シドニー・ルメット監督死去
1950年代から活躍した映画監督、シドニー・ルメットさんが9日、リンパ腫によりニューヨークの自宅で死去しました。
享年86歳。
1924年6月24日、ペンシルベニア州フィラデルフィア生れ。
幼少の頃一家でニューヨークに移住し、以後拠点にすることになる。
4歳で子役としてラジオドラマに出演。10代から子役としてブロードウェイの舞台に立った。
しかし、俳優活動に飽き足らなくなったルメットは、1950年代に演出家に転向する。黎明期のテレビドラマの制作に手腕を発揮し、売れっ子演出家となった。
1957年に初の劇場映画『十二人の怒れる男』を監督する。この作品でベルリン国際映画祭の金熊賞を受賞。一躍人気監督の仲間入りを果たす。テレビ演出家から転じた映画監督としては草分けであり、同時に非ハリウッド系の映画勢力であるニューヨーク派の旗手としての活躍が始まる。
その他の代表作に、1958年『女優志願』、1959年『蛇皮の服を着た男』、1964年『質屋』、『未知への飛行』、1973年『セルピコ』、1974年『オリエント急行殺人事件』、1975年『狼たちの午後』、1976年『ネットワーク』、1982年『評決』、2007年『その土曜日、7時58分』などがある。
1999年の『グロリア』では、主演のシャロン・ストーンがゴールデンラズベリー賞にノミネートされ、作品自体が駄作の烙印を押され、ルメット自身も終わった監督と見なされたことがある。(事実、1990年代は生彩を欠いた。)
アカデミー賞に4回、英国アカデミー賞監督賞に3回、カンヌ映画祭パルム・ドールに4回ノミネートされたが、いずれも受賞には至らなかった。しかし、2005年にはその生涯における業績を評価され、アカデミー名誉賞を贈られた。
ご冥福をお祈り致します。
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