映画 1930年代 アメリカ

2009年6月 2日

民衆の敵

4 1931年<アメリカ>

監督

ウィリアム・A・ウェルマン

出演

ジェームズ・キャグニー

エドワーズ・ウッズ

ジーン・ハーロウ

ジョーン・ブロンデル

ベリル・マーサー

ストーリー

シカゴの町に育ったトムとマットは少年時代から札付きのワルでプティー・ノーズという悪党にそそのかされ万引きなどを働いていたが、そのうち2人は純然たる悪党となりノーズの指示で怪我を強盗を企てるようになった。だがこれは警官の知るところとなり失敗に終わった。この時無情にも2人を置き去りにして姿を消してしまったノーズの行為は彼らをいたく憤らせた。間もなくトムとパットは運輸会社のトラック運転手となり、パディーという大親分に匿われるようになった。やがて世界大戦が勃発し、トムの兄で善良なマイクは戦場において勲功を立てたが、トムは禁酒法の影響により酒が高くなったのをきっかけとし、マットと共に大々的に政府の倉庫に保管された酒を盗み出す仕事に取り掛かった。トムとパットは親分パディーと共々ネイルス・ネイザンというギャングの手下となり、酒の密造・密売に手を染め出すが…。

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マット(エドワーズ・ウッズ)と、トム(ジェームズ・キャグニー)

面白いのは「暗黒街の顔役」と共通して、映画が始まる前に“この作品はギャング礼賛ではない”と注意書きのスーパーが流れる。それほど1930年代は、ギャング映画が多く作られた。この映画はそんなギャング映画の夜明けである。

トムとマットは幼い頃からいつも一緒のワル仲間。何をするにも一緒。パディーの組織に入り立派な悪党になっていく2人。若い頃裏切られたプティー・ノーズにも見事復讐を果たす。

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    プティー・ノーズに復讐を果たすマットとトム

と、後のギャング映画なら2人は悪の世界を制覇しようと考えるところだが、最後まで親分に忠実な部下なんである。制覇出来るきっかけはあった。大親分のネイルス・ネイザンの不慮の死である。彼は乗馬中暴れ馬から落ちて命を落とす。だがトムとマットが取った行動は、ネイザンの命を奪った馬を殺すことだった。

野望は小さい2人である。

トムと兄との確執(この兄貴が偽善的な男で嫌味なんだな)。兄に対する劣等感と母親の2人に対する揺れる思い。

しかしなによりもこの映画の一番の“核”は、トムとマットの友情物語である。彼らの友情に嘘偽りは無い。2人の友情の深さには感動さえ覚えるほどだ。ギャングの抗争はこの映画においてはやや隅に置かれているといってもよいのではないだろうか。

女優陣であるが、核になって出演しているのはトムの“母親”だけである。ビリング3番目のジーン・ハーローは映画に華を添える程度の出演。なんだかやけに不細工に見えたし…。トムの恋人にいたっては頬にグレープフルーツを押し付けられフェード・アウトである(この作品中白眉なシーンであるが)。

トム扮するジェームズ・キャグニーは快調そのもの。小気味よい演技。そして拳でパットや母親の頬をこづく仕草は母性本能にグッとくるのである。グレープフルーツは御免だが、グーでトントンと優しくこづかれてみたいものである。

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2009年5月25日

暗黒街の顔役

2 1932年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演 ポール・ムニ/アン・デュヴォラク/カレン・モーリー/オズグッド・パーキンス/ジョージ・ラフト/ボリス・カーロフ

ストーリー

トニー・カモンテはギャングの大親分ビッグ・ルイ・コステロの用心棒だったが、相手のギャングの親分ロヴォに買収されてコステロを暗殺する。そうしてコステロの縄張りを手に入れたロヴォはトニーの手柄と腕前を買って彼を副親分に引き立てる。しかし野心満々のトニーは副親分の地位では満足せず、やがては親分の地位をも狙う下心を抱いていた。それにトニーはロヴォの情婦ポピーにも心を惹かれていた。まずは腕前を見せるために南側の親分オハラを襲ってこれを射殺し、ビール密売の縄張りを拡張する。トニーはさらに勇んで、手ごわい北側へも手を伸ばすことにした。気の弱いロヴォはこれに反対するが、トニーの気勢はもう命令などは受けなかった。ついには機関銃を手に入れたトニーにはもはや敵などいないも同然だったが…。

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      トニー・カモンテ(中央、ポール・ムニ)

最初はどうってことないチンピラのトニーだったが、機関銃を手に入れてからは鬼気迫るほどの凶暴性を身につける。彼に逆らうものは皆殺しだ。ついにはロヴォの情婦ポピーもトニーの危険な香りにまいり、彼に鞍替えする。

この状況に嘆いているのは母親だけ。妹のチェスカも兄のおこぼれにあずかる始末だ。しかしトニーはチェスカに近親相姦的な思いを抱いており、自分以外の男が近づくのを許さない。だがトニーが全米を制圧し警察からしばらくポピーと一緒に身を隠している間に、チェスカはトニーの手下のリナルドと結婚していた。故郷へ帰ったトニーはまずチェスカの許を訪れる。扉を開けるリナルド。トニーはリナルドを躊躇なく殺してしまう。悲しみ嘆くチェスカ。その時初めてトニーに「後悔」という思いが生まれる。そして、リナルド殺しから警察に追い詰められていくトニー…。

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トニー(ポール・ムニ)、ポピー(カレン・モーリー)、リナルド(ジョージ・ラフト)

狂気の男、登場。初めて機関銃をぶっぱなした時の恍惚の表情ときたら、尋常じゃない。

このトニー・カモンテのモデルは、アル・カポネですね。表題のとおり顔に傷があり、「聖バレンタインデーの虐殺」もちゃんと再現されている。

ギャングの抗争のすざまじさ、トニーの妹における異常なまでの思いは、背筋が寒くなるほどだ。ギャング映画は最後が惨めなほど素晴らしい作品になる。この作品もそれを外していない。

良く出来た脚本と素晴らしい監督、そして良質の役者を揃えると映画がリアルになる。まったくもって素晴らしく狂った傑作である。

そしてトニーの手下リナルド役のジョージ・ラフトの粋な色男ぶりに惚れる映画である。コインをもてあそぶしぐさが有名だが、自然に立ち上る男の色気は抗えない魅力なのだ。

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2008年9月 9日

コンドル

17 1939年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演 ケイリー・グラント

    ジーン・アーサー

    トーマス・ミッチェル

    リタ・ヘイワース

リチャード・バーセルメス

ストーリー

N・Yのショウ・ガール、ポニー・リーは南米の巡業を終えパナマを経ての帰途、エクアドルのバランカという小さな港に到着した。滅多にお目にかかれない美しい女性の出現に、彼女は米人飛行家や荒海稼ぎの船員たちの注目の的となった。この港町には定期郵便の空港があって、ジェフ・カーターという堅物が支配人だ。飛行機はアンデス連山を超え、しばしば起こる濃霧や密雲を冒して飛ばねばならぬので極めて危険な航空路である。飛行士の2人組はポニー・リーの関心を引こうと争っていたが、ジェフはその1人に郵便運搬を命じた。しかし天候が急に悪化し、ジェフは天候が回復するまで上空を旋回するよう命じたが、ボニー・リーとの食事の約束のため彼は無理に着陸を試みて機体は大破、帰らぬ人となった。しかしジェフたちは悲しみに暮れるでもなく、普段通りに酒を飲み仕事をこなす。はじめはそんなジェフを非難するボニー・リーだったが、飛行士達の性格を知ると共に段々ジェフに心惹かれ、出発を延期することになる…。

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ジェフ(ケイリー・グラント)と、ボニー・リー(ジーン・アーサー)

まだ「飛行機」がロマンに溢れ、危険な乗り物だった時代の物語。

飛行機乗りの男たちは明日をも知れぬ命をただ愛機にゆだね、女たちは黙って耐えるしかない。男たちには奇妙な連帯感が溢れ、女をシャット・アウトする。

特にジェフは女に対し“頼むこと”を絶対にしない男だ。ジェフは空港の支配人であり、一番危険な任務を担っている(一番危険な飛行は彼自身が出向くのである)。そんな男に惚れたボニー・リーはまんじりともしない夜を過ごすのである。

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        危険な飛行を見守る男と女

    (右から2人目、キッド役トーマス・ミッチェル)

死んだ飛行士がいれば、代わりの飛行士がやって来る。それは昔試験飛行中故障が起こったとき自分だけパラシュートで飛び降り、同乗の機関士を見殺しにした男だった。身元がバレないようマクファースンという偽名でやって来たが、その同乗の機関士とはジェフの右腕的存在のベテラン飛行士キッドの弟だった。当然身元がバレ、飛行士たちの目つきは冷たいものに変わる。そして、彼の妻が昔ジェフと訳ありだった女ジュディだった…。

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           ジュディ(リタ・ヘイワース)

― う~ん…。ジーン・アーサー扮するボニー・リーがストーリーの邪魔。彼女さえいなければ、この作品は素晴らしく立派な「男」の映画になったのに。ボニー・リーのせいでえらく甘ったるい恋愛映画くずれの作品に落ちてしまった…。残念でならない。

1930年代、「飛行機」はまだ危険で浪漫に満ちた乗り物だったのは想像に難くない。その中での男たちの連帯感の素晴らしさ。中でもジェフとキッドの友情は女心にもグッとくる。キッドだけが知っているジェフの心の内。長い飛行生活なかで視力が落ち、「引退」を言い渡す時のジェフの辛さ。キッドの無念さ。それでも2人は何もなかったかのように「飛行機」に吸い寄せられていく。トーマス・ミッチェルは相変わらず“上手い”としか言いようがない。

そして過去を背負った飛行士マクファースン扮するリチャード・バーセルメスも素晴らしい演技だ。(あの、リリアン・ギッシュの永遠の相手役である)ただただ寡黙に過酷なスケジュールをこなす飛行士。妻ジュディが彼のことを分からないとジェフに訴えるのも無理はない。過去の汚名に耐え、彼もまた「飛行機」のとりこなのだ。段々とキッドとの関係が変化していくのも、いい。

主役の一端を担うケイリー・グラントも、軽妙洒脱な演技を加えつつ「飛行機」に魅せられた男を好演していると言ってもいいだろう。

航空シーンの素晴らしさもこの映画の売りの一つだろう。山の隙間を縫い、尾根を越え、プロペラの音を響かせながら飛行機は飛ぶ。酸素の薄くなったはるか上空では、酸素チューブ(!)を口にくわえ操縦桿を握るのである。(当時の航空事情が良く理解できるエピソードだ)

さて、男女関係だが、ジュディ扮するリタ・ヘイワースが妖艶な人妻の雰囲気を早くも醸し出しているのが興味深い。(このとき彼女はまだ二十歳だった)ジュディに妖艶に迫られたらジェフも…となりそうだが、そうはならない。妖艶でジェフと過去はあったものの、まだ“誘う女”ではなかったリタ・ヘイワースは夫のリチャード・バーセルメスに従順な妻なんである。

結局、ジーン・アーサー扮するボニー・リーだけが、男たちの気を乱し、相思相愛の仲ながらジェフの気持ちを分からずに、ただ邪魔をし、ジェフの拳銃を横取りし「飛行機」に乗せないと脅すのである。でもやっぱり、ああ悪い女ね…って拳銃を捨てると暴発し、ジェフの肩に命中。見事ジェフを「飛行機」から引きずりおろすのである。(そして直接ではないものの、キッドの死の原因を作るのだ)

こんなどうしようもない女に惚れるジェフもどうかしてるよ。ボニー・リーさえいなければなぁ…。

しかし、「ジーン・アーサー」という女優を使わざるを得なかったとしたら…この役は彼女の為に書かれたと言っても過言でははないほどピッタリである。

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2008年9月 1日

特急二十世紀

201 1934年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演 

ジョン・バリモア

キャロル・ロンバード

ウォルター・コノリー

ロスコー・カーンズ

ストーリー

オスカー・ジャフィは一種変わった世間を超脱した人間で狂った天才とでもいうべき舞台の演出家だ。彼は下着モデルをしていた無名の新人リリー・ガーランドという女優をみそめ周囲の反対を押し切って大スターに仕立て上げるが…。

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狂気の天才舞台演出家オスカー・ジャフィ(ジョン・バリモア)

しかしリリーはずぶの素人。立ち位置もままならず、婚約者が死んだと聞かされても満足な悲鳴1つ上げられない。かくして、オスカーのマンツーマンの“指導”が始まる。

舞台上には立ち位置を示したチョークの線が幾重にも重なり乱れ飛び、悲鳴はリリーのコートについていたコサージュの留ピンを彼女のお尻にグサリ!!見事にリリーは「ギャーッ!!」と叫び、舞台は大成功。

リリーは見事スター女優となり、ついでに2人の愛も燃え上がった。

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  舞台成功後のリリー(キャロル・ロンバード)とオスカー

以後2人の組んだ作品は次々に当りを取り、リリーは押しも押されぬ大スター、オスカーは天才演出家と持てはやされることとなる。

― それから3年…。

実はオスカーは嫉妬深い男だった。りりーは夜の街にも出れず母親にさえ会わせてもらえない。ついにはリリーに探偵を付け盗聴を仕掛けたと知ったとき、ついにリリーはオスカーの許を飛び出し、ハリウッドへ。

リリーに去られたオスカーは、彼女を「舞台」から追放すると宣言し、彼女の代役を発掘し、大スターに仕立て上げ、上演する舞台はまたまたどれも大成功…とはいかなかった。上演する舞台はどれも大失敗。借金だけが膨らんでいったのだ。

リリーの存在が大きかったのは明らかだった。傷心のオスカーは打ち切りになった舞台の先シカゴからN・Yへと帰路に就くため、腹心の部下2人と特急二十世紀へと飛び乗る。

一方ハリウッドでちゃっかり「スター」となっていたリリーも別の駅で特急二十世紀に乗ってきた。なんと都合よく部屋はオスカーの隣。かくして3人は借金清算のためリリーを「舞台」の契約書にサインさせるべく、あの手この手を使って奮闘することとなる…。

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― 「スクリューボール・コメディ」の幕開けに相応しいなんとも“けたたましい”作品。

特に“名優”ジョン・バリモアの最後の名演といってもいい。目を大きく見開き大げさな身振り手振りで最初から最後まで抱腹絶倒の演技で押し通す。それに応えるようにキャロル・ロンバードも妙に芝居がかったちょっと“臭め”の演技で、いい。オスカーの腹心の部下2人のなんともとぼけた個性も生きている。

(借金を踏み倒したため)指名手配されたオスカーがシカゴ脱出を図る手段は、自らが「役者に落ちぶれてしまった」と嘆くほど完璧な変装だったり、彼がリリーとの関係修復をせまりにいざ隣へ…とドアを開けると、リリーと彼女のハリウッドの恋人が愛を囁いていたり、リリーが特急二十世紀号へ乗ったのは、かつてオスカーの部下だった男が興行する「舞台」に出るためだったり、「大富豪」と名乗りやたらと偽の小切手を切る狂った男にオスカーたちがすっかり騙されてしまったりと、一時間半のなかに見せ場はギユッと詰まっている。

3年間散々束縛されて逃げ出したのに、ハリウッドの恋人にはやけに冷たかったり、オスカーの大言に自ら乗ってしまい益々大きくしてしまったりと、リリーも複雑な女心を見せる。

しかしやっぱり、“ジョン・バリモア”なんだよなぁ。彼の熱演なくしてこの映画の“けたたましい”雰囲気はなかったと言っていいし、映画の成功要因の大部分をなしていると思う。

この映画は、名優“ジョン・バリモア”を見よ!!

ちなみに、キャロル・ロンバードはハワード・ホークス監督の「またいとこ」なんだそうな。

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2008年3月11日

力と栄光

2 1933年<アメリカ>

監督 

ウイリアム・K・ハワード

出演 

スペンサー・トレイシー

コリーン・ムーア

ラルフ・モーガン

ヘレン・ヴィンソン

ストーリー

トム・ガーナーは片田舎の貧家に生まれ、小学教育も受けずに成長した。読み書き算数の出来ない彼は鉄道の保線係として人生のスタートを切った。トムは村の小学校の教師サリーに、読み書き算術を習うよになる。いつしか2人は恋に落ち結婚した。かくして2人は二人三脚で出世の道を歩むことになるが…。

※ ネタバレです。

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幸せなサリー(コリーン・ムーア)と、トム(スペンサー・トレイシー)

1人の男が自殺した。鉄道会社の社長、トム・ガーナーの葬儀の日。1人の男はいたたまれずに席を立った…。

家に戻り妻が入れたコーヒーを飲む。妻は夫が持ち帰ってきた写真を見て、「彼なら自殺して当然よ」と強い口調で言うのをたしなめた。その男はトムの幼馴染で秘書のヘンリーだった。

幼い頃から今日までの思い出がよみがえる…。

…泳ぎを教わった幼い頃。トムは自分が学校へ行けないと思うと涙かにじんだ。

社長秘書となり、トムの立派な社長ぶりに心躍らせた日々。彼は強かった。誰よりも…。

…しかし、彼は二十歳まで読み書き算数が出来なかった。手紙がくると村の教師サリーに読んでもらったが、いつしかサリーに教わっていた。そして2人は恋に落ち結婚した。

鉄道会社の社長となり、買収した線の会社社長が美しい娘を連れて訪問してきた。トムはその娘に一目ぼれする。それが不幸の始まりだった…。

サリーは1人息子トム・ジュニアを甘やかし、いつのまにか短気な女になっていた。享楽的な息子をめぐりトムと意見が衝突する。「私のおかげで今のあなたがあるのよ」が口癖になっていた。

…新婚の頃、トムは今のままで充分生活出来ていたので高望みはしなかったが、サリーの野望が彼を突き動かす。サリーがトムの代わりに保線係につき、トムは鉄道の勉学に昼夜励んだ。2人の間にトム・ジュニアが生まれ、トムも出世街道を着々と登っていった。

トムのイヴに対する気持ちは高ぶるばかりだ。ついにトムはサリーにイヴを愛していることを告げた。するとサリーは、「望み通りにしていい。死ぬまでに一度ぐらい…」と言ってトムと別れることを承知した。しかし、彼女はその直後市電の前に身を投げ出す…。

サリーが亡くなった後、すぐにトムとイヴは結婚式を挙げる。息子が付添い人で参列者はヘンリーだけだった…。

その直後、ストライキが始まる。トムは強気だ。しかし結局400人もの犠牲者を出してしまう。しかしトムはそのことには気に留めなかった。

トムとイヴの結婚記念日、彼は家に戻ったところ偶然イヴの電話を聞いてしまう。「今、子供は足元にいるわ。小さな金髪の天使。あなたに似てる…」問い詰めるトム。イヴの言い訳はどう考えても嘘だ。トムはうつろになりながら会社に戻るが、重役会議にも身が入らない…。イヴの言葉が響く…。「あなたに似てる…」…結局ヘンリーを呼んで家に帰った。再び子供は誰の子かイヴに問い詰める…。泣きじゃくるイヴ。トムは「望み通りにしていい。死ぬまでに一度ぐらい…」と、かつてサリーが言った最後の言葉を繰り返し、自分の部屋に消えた。そして、その直後銃声がした。ヘンリーとトム・ジュニアが駆けつけると、「サリー…」と言ってトムは息絶えた…。

― “天才児”“スクリューボール・コメディの王”プレストン・スタージェス、渾身のオリジナル脚本のドラマ。これは決して“スクリューボール・コメディ”ではない。念のため。

結婚によって貧困からのし上がり、世話になった妻を捨て若い女に走り、結局は2度目の妻に裏切られ、自殺して果てた男…。そして葬儀では誰も悲しまないという皆には憎らしい男…。

ん~…何か似てると思うでしょ。「市民ケーン」に。

これは、モンスター映画「市民ケーン」の先駆的な作品ですね。まぁ、トム・ガーナーには「謎」は無いし、映画の作りも稚拙だが…。

「市民ケーン」の先駆的作品ということ、プレストン・スタージェスが脚本を書いたということが重要なのね、この映画は。この2つの要因だけで紹介した作品です。

しかし、プレストン・スタージェス渾身の脚本も監督が悪きゃ台無しなんですね。なんと退屈な映画なことか。稚拙な出来なことか。1時間半の映画が3時間に思えたわ…。

この映画は、あくまでも「市民ケーン」のストーリーの先駆的なものであって、「市民ケーン」自体の先駆的なものではないのをしっかりと心に留めるように。

出演陣も、まだスペンサー・トレイシーに貫禄が足りないし(これが痛い!)、コリーン・ムーアにとっては最晩年の作品だし(1934年に引退)、皆何か薄い…。かろうじて語り部のヘンリー役ラルフ・モーガンは手堅いと言えるか。

“これ”と“あれ”とでは大違いなのだ。

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2007年11月20日

赤ちゃん教育

Photo 1938年 <アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演

キャサリン・ヘプバーン

ケーリー・グラント

チャールズ・ラグルス

バリー・フィッツジェラルド

メイ・ロブソン

ストーリー

若き動物学者デイヴイッド・ハックスリーは、4年を費やして雷龍の骨格を組み立て、残るは助間鎖骨1本で成功というところまで来ていた。折りしもコロラドにおける発掘隊から骨を発見、すぐ送るという電報が届いた。骨格が成功すると、彼は博物館の助手アリスと明日結婚することとなる。その日は、博物館に百万ドルを寄付してもよいと言っているある未亡人の法律顧問ピーボディとゴルフの約束があったので、彼は出かけた。ところが、ゴルフ場では横着なわがまま娘に邪魔され、その晩レストランで彼と食事をすることとなるが。そこにもかの令嬢の姿があった…。

たぶん、これが今年最後の特集となるでしょう。「ジョン・ウェインに続く、ケイト・ヘプバーン生誕100周年記念特集」をお楽しみください。

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  その後の悪夢は知らない動物学者デイヴイッド

          (ケーリー・グラント)

Photo_4 ゴルフ場ではデイヴイッドの球を自分の球と思い打ってバーディ。そして帰りには、デイヴイッドの車を自分の車と間違え、めちゃくちゃな出し方をし、車を破損させそのままデイヴイッドを乗せて走り去ってしまう令嬢。

ピーボディ氏との約束の会食の場にもなぜか彼女がいる。彼女の「オリーブ投げ」とやらで、デイヴイッドはすべり転び、帽子はおしゃかだ。これが悪夢の始まりとは…。的を得ない彼女とのやり取りは疲れるだけだ。おまけに上着を破られ、デイヴイッドは彼女のドレスを破いてしまう。ピーポディ氏には「すぐ戻りますから!!」としか言えないで終わる…。

しかし翌日、待望の「骨」が送られてきた。博物館に行って組み立てれば、何もかも上手くいく。が、かの令嬢スーザンから電話が入る。「豹」を引き取ってもらいたいというのだ。

          デイヴイッドに何かと迷惑をかけるスーザン

         (キャサリン・ヘプバーン)

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なんとスーザンはデイヴィッドに一目ぼれしていたのだ。それで、かまってもらいたくて豹の「ベイビー」をだしに騒ぎを起こしているのだ。

また一騒動起こしたスーザンとデイヴイッド。なんとか家に帰り着き、彼は結婚式のためにシャワーを浴びる。しかし、スーザンはデイヴイッドの服を全部街の洗濯屋にやってしまう。スーザンの可愛いいたずら、最後の抵抗だ。しかし、2人の知らぬ間に「骨」は、スーザンの家の犬ジョージによってさらわれてしまうのだった…。果たして2人は「骨」を取り戻すこととが出来るのか?そして、知らぬ間にサーカスから間違えて引っ張ってきた獰猛な豹の「ベイビー」は本物の「ベイビー」に変えることが出来るのか?

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― ん~…この作品は「スクリューボール・コメディ」と呼ばれる類の映画なんですが、このジャンルの映画って、滅ぶべき運命にあった気がする…。

主人公たちの意味のない立ち振る舞い。何もかも狂っているんですよねぇ…。それが面白いのか、つまらないのか、70年を経て分かる映画だったとは!もちろん賞賛もあるでしょう。時を経て確固たる地位を築いている映画もある。(この映画もその一つなんですがね)しかし、観れば観るほど映画が枯れていくような…。

この映画の原因は、スーザンが終始意味のない勝手な行動に走ることにあると思うのですが、それに我慢できるか(無神経でいられるか)にかかっているのではないのでしようか?

「スクリューボール・コメディ」は、女(たいていが大金持ちの令嬢)が勝手な行動に出て皆を巻き込み、男(庶民代表)がそれを全て抱きとめて、何もかもが収まって良かった良かった、という作品のオンパレード。それを早口にまくし立てる男女ならなおさらOK。身勝手な女ほど「可愛い」とされる不思議な世界。(「クラーク・ゲイブル特集」で紹介した「或る夜の出来事」は、このジャンルの最高傑作ですね)

残念ながら「赤ちゃん教育」は、年を経て、あらゆる所にほころびが出た映画でしたね。ん~…スーザンの行動に何か理由付けがあれば、少しは“もった”映画だったとも思うんですが…これは残念…。

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2007年9月23日

駅馬車

1 1939年 <アメリカ>

監督 ジョン・フォード

出演                          ジョン・ウェイン

クレア・トレヴァー

トーマス・ミッチェル

アンディ・デヴァイン

ジョン・キャラダイン

ルイズ・プラット

ジョージ・バンクロフト

ストーリー

1885年頃、アリゾナのトントから今のニューメキシコのローズバーグまでの路は、荒野を駅馬車で横切ってたっぷり2日を要した。大男のくせに臆病なバックの操る馬車が今、その旅程へ出発しようとしていた。様々な人々を乗せたこの馬車を護衛するのは、警察部長カーリーで、彼は脱獄囚リンゴー・キッドを捕らえる目的をも持っていた…。

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       モニュメント・バレーを往く駅馬車

「ルネ・クレール特集」の後は、うって変わって、「生誕100周年、ジョン・ウェイン劇場」です。“男”の世界、どうぞ宜しく。

騎兵隊の中で「ジェロニモ」の恐怖が広がる中、駅馬車は人々を乗せ出発しようとしていた。

酒場女のダラスは、この町の風紀係りの婆様たちから追い出され、呑んだくれの医師ブーンも宿屋からたたき出され、目的もないまま駅馬車に乗った。一方、酒の行商のピーコックはカンザスにいる妻子の許へ帰る途中、マロリー夫人は騎兵隊長の夫の許へ身重だが会いに行く途中、大博打打のハットフィールドはマロリー夫人に一目ぼれし彼女を守るという大義名分で、そして銀行のゲートウッド頭取は銀行の金を横領して、駅馬車はアパッチの襲来を恐れ、騎兵隊の警護を受けローズバーグまで向かおうとしていた。

しかし、そこに一人の男が立ちはだかる。脱獄囚のリンゴー・キッドだ。

リンゴー・キッド見参!! ここからジョン・ウェイン神話が始まる…

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馬がダメになったため、駅馬車に同乗することになったが、彼は警察部長カーリーによって逮捕された身で、再び旅が始まった。

第一の中継地へ着くと、皆避難が始まっていた。騎兵隊も命令で駅馬車に警護に付くのはここまでだ。しかし、ピーコックを除く皆の全員一致で、ローズバーグまで前進することに決まる。皆はダラスを無視するが、リンゴーは何かと彼女には優しく接してくれる。やがて2人の間に愛情が芽生える…。

第二の中継地。またも騎兵隊は居ず、マロリー夫人の夫が怪我をしたという知らせが入り、彼女は倒れる。しかしそれは彼女が産気づいたのだった。懸命にテキパキと動くダラス。ブーン医師は一生懸命コーヒーを飲み酒を抜き、お産に備えた。

その間、中継地のアパッチ族の妻が牧童を使って、替え馬を盗み出すという事件がおきる。― 翌朝、マロリー夫人は母親になった。ブーン医師とダラスの惜しみない協力のおかけで。

そして、無骨だがリンゴーはダラスに愛の告白をするが…カーリーにさえぎられ、彼女自身も混乱し答えは保留になってしまう。

乗客が一人加わって再び駅馬車は走り出した。しかし、出発する前にアパッチの“戦ののろし”が上がっているのを見たのだった…。第三の中継地が焼かれ、渡る橋もなくなったが、皆で乗り切りまた駅馬車は走った…。

しかし、もう少しでローズバーグというところで、アパッチ族が襲ってきた…。

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― ジュン・フォード監督作品の古典中の古典劇。この映画でジョン・ウェインは一気に三流スターから大スターへと仲間入りしたのでありますね。

そして、もう一つ有名なのがフォード監督と言えば「モニュメント・バレー」というほどのものが初めて見参した映画でもあります。

この映画は、バラバラな個性を持った人間が狭い“駅馬車”という空間の中に閉じ込められ、旅をしながら、「一致団結」することを説いた映画なんでしょうね。しかし、事が運ぶのは、アパッチ襲撃以外は全て“外”でです。そこらへんがちょっと難しい。あくまでも“駅馬車”という空間は、御者・警察部長も含めて9人(!)の性格描写をしたりする2次的なものなのではないでしょうか。

流石、名脚本家のダドリー・ニコルズ、9人の個性を書ききっていますね。呑んだくれの医師ブーンの優しさ、酒場女のダラスの優しさと強さと脆さ、リンゴーのダラスに対する愛の態度。特にダラスの描写は絶品でした。騎兵隊隊長のマロリー夫人からは冷たい目で見られ、男たちからは居ないかのように振舞われ、優しく接するのはブーン医師とリンゴーのみ。“酒場女”というものは全く褒められた商売じゃない。しかしリンゴーは彼女に盲目的な愛を捧げる。それに戸惑いながらも彼の愛に応えようとするが、ブーン医師に「彼を愛しているの」と言うと、「傷つくし、ローズバーグへ着けば素性がばれる」と言われ、彼女の心は益々揺れる…。

そして話の山が2つ。アパッチ族の襲来と、リンゴーのプラマー3兄弟への復讐。

アパッチ族の襲来は、素晴らしいの一言。崖の上から駅馬車が走っている姿を見つめるアパッチ族。その音楽も良いんですねぇ。じゃんじゃんじゃ~んっ!!って、いかにも戦いが起こりそうな雰囲気。アパッチ族と駅馬車の男達の戦い、馬の疾走! 拳銃の音、矢の音、リンゴーが馬に飛び乗る場面、もうダメかと諦めかけたところへの騎兵隊の到着。女が観ても興奮出来るほど、全てが良く出来ていました。

プラマー3兄弟のへの復讐は、うって変わって“静”が支配する。拳銃の音だけが木霊する…。ローズバーグ中に響く不安…。

とこもかく、この映画のジョン・ウェインは「リンゴー・キッド」になりきっていましたね。ジョン・フォード監督も“弟子”の思わぬ出来ばえに、ハッとしたのではないでしょうか。

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2007年7月20日

彼奴は顔役だ!

12 1939年 <アメリカ>

監督 

 ラオール・ウォルシュ

出演 

 ジェームズ・キャグニー

 ハンフリー・ボガート

 プリシラ・レーン

 グラディス・ジョージ

 ジェフリー・リン

 フランク・マクヒュー

ストーリー

第一次大戦も終局に近いフランス戦線で、3人のアメリカ兵が帰還後後の方針を語り合っていた。再び自動車整備工として生活の安定を求めるエディ。酒場に戻り大物になると強気なハリー。弁護士として活躍したいと希望を抱くロイド。中でもエディはいつも慰問文をよこす美女ジーンに会えると思うと、心がときめいた。しかし、理想と現実は全く違った。一番遅く帰還したエディには職がなく、友人のタクシー運転手ダニーと交代で車を使い、なんとか生活をしのいでいたが、禁酒法が彼に味方する…。

5_28

元の会社で仕事を断られるエディ(ジェームズ・キャグニー)

-1920年にアメリカは全土で“禁酒法”が施行された。しかし酒の流通は地下にもぐり、かくして、“もぐり酒場”- スピーク・イージー - という言葉が生まれる。法の網をくぐる裏社会の連中は、新しい収入源に群がり計り知れぬ利益を得た。

ある日、タクシーの客から袋を渡され、店のママ、パナマに渡して金をもらってくれと言われたので、エディはそうした。すると、エディとパナマは禁酒法違反で逮捕されてしまう。裁判でパナマは無罪になるが、エディはロイドの弁護もむなしく有罪。罰金100ドルを払えるはずもなく、エディは刑務所行きとなる。しかし、パナマが保釈金を払ってくれ、すぐ釈放となった。

11_9パナマとエディは表はペンキ屋だが、裏は“もぐり酒場”に入って祝杯をあげた。エディはミルクで。そしてパナマから、密造をやらないかと誘われた。大金が転がりこむと。

そしてエデイは密造の道へと入る。まずは密造酒を仕入れ届ける役から。すると、酒が1本につき1ドル値上になった。冗談じゃない。酒は自分の家の浴槽で作ることにし、それを売る役にまわった。

-1922年、禁酒法が全国に浸透。違反も当たり前になった。そして、密造工場に蒸留機が登場。メチルを精製する手間が省け作業は効率化され、酒の大量生産が実現した。

エディは密造酒の副業の一環として、タクシー会社を作った。ロイドが顧問弁護士として就いていた。エディの許へ求人の列が出来た。しかし彼は前科のあるものしか雇わなかった。密造酒の店は大繁盛だ。そして、金を払わない支配人の店へ自ら出かけていった。

楽屋口から入って支配人を見つけ、金が未払いだ。もう待てない…と言ったところで、1人のショーガールが目に入った。いつも慰問文を書いてきてくれたあの子だった。帰還後、会いに行ったときはまだ高校生だったのに、時のたつのは早い。たちまち恋に落ちたエディ。支配人に小切手は明日でいいと言って帰った。

 成長したジーン(プリシラ・レーン)

19_2翌日、ショーが終わるとエディがジーンを待っていた。しつこいとも思われるエディの口説きをかわしながらも、いつしか帰りの列車に一緒に乗り、将来は歌手になりたいと夢を語り、彼に歌を聞かせていた。ショーの契約期間が来週で終わり、また別の仕事を探すことになると聞いたエディは、早速パナマのいる“もぐり酒場”で歌手として強引に売り込み、実力は「まあまあ」だったが、専属の歌手とした。

                    ジーンの歌に不安を隠せないエディ

17_3自分の店へジーンを連れて行き、ロイドを紹介した。2人は瞬時に何かを感じたが、この時はエディにさえぎられた。「作業場」を見せてまわるエディ。少し鼻が高い。

ジーンのデビューの夜。エディは店をサクラで満杯にした。どうも落ち着かない。彼はジーンにプレゼントする物をパナマに見せた。豪華なものだ。ショーの後で告白するらしい。パナマは急ぎすぎだと言うが、エディの熱は冷めない。昔は下品な女といたのに…私みたいな。あんた、傷つくかもね。と、忠告だ。俺がフラれると?と、いぶかるエディだが、話はそれでお仕舞いにして、「世紀の歌姫」のデビューだ。

8_24

エディを愛してる?パナマ(グラディス・ジョージ)

15_7ジーンが歌いだすと、いつも不安そうにギュッとパナマの手を握るエディ。それが彼女には辛かった…。

彼女が歌い終わると大拍手に迎えられた。そしてパナマの言う通り、エディは傷つきそうだった。ジーンの歌に、誰よりも大きく拍手を送る男がいたのである。

                   愛しげに見守るロイド(ジェフリー・リン)

7_29花に囲まれた楽屋で、エディは例のプレゼントを彼女に渡していた。すっかりジーンと相思相愛だと思っているエディ。しか「好きだけど…」とは言うが、言葉を濁すジーン。エディは自分を取り巻く環境が彼女には悪いと思い「金がたまったら足を洗って、所帯を持って過去は忘れる」そう言って上機嫌でエディは楽屋から出て行った…。

暗黒街の大ボス、ブラウンにエディのところの酒は置かないと言われた彼は、沿岸警備隊を装ってブラウンの船から荷を強奪することにした。船がやって来た。相手は警備隊と間違って減速した。そしてエディたちは船に乗り込む。しかし正体はバレ、たちまち殴り合いになる。エディ側が拳銃を持って脅したので、荷は彼の船に積み込まれた。しかし、1人の男が何事かと出てきた。フランス戦線で一緒だったハリーだ。彼はエディに2人だけで話そうと言って来た。つまり、だ。俺が盗む手はずを整える、お前は酒を売ればいい…という事だ。ブラウンを裏切るのは以前にもやっている。お互いに信用できないが、共同経営をすることになった。

- 1924年、アメリカはついに狂気の時代に突入する。密造業は大規模な組合連合を形成するまでに成長し、巨額の利益を追えば副産物が生まれる。不正、暴力、殺人。そして、軽量で強力なマシンガン、トミーが開発された。それによって殺人も大量生産された…。

国営倉庫…エディたちは、ここの酒を強奪しようとしていた。警備員を殴り倒し、鍵を手に入れ、素早くトラックに酒を運び込んだ。すると、交代の警備員がやって来た。作業は中 止。ハリーはまた警備員を殴り倒した。その警備員は、フランス戦線で彼らを荒く使っていた上官だった。ハリーはこの男に恨みがあったのだ。彼はエディの制止も聞かずに、この男を殺した。

店ではジーンの華やかなショーが始まっていた。パナマがロイドに、彼女と合っているわねと言う。…私とエディのように、と。

そこにエディたちが入ってきた。ハリーは、タクシーなんかやめて、密造のほうに専念しろと言うが、エディはタクシーは体裁が良い。老後の保険だと答える。ダニーとロイドが席を外す。エディはロイドを良い奴だと言うが、ハリーは、勘だがあの青二才はジーンに惚れてると言う。

3_46

パナマも、当たっているかも。事実なら打つ手はないと言う。すぐさまジーンの楽屋に駆け込むエディ。彼は、彼女の歌のレッスンにも金を惜しまなかった。それで「まあまあ」から、「世紀の歌姫」へと変身したのだ。そして、当時は高価なラジオまで買ってやった。ロイドが楽屋に入ってきて、タクシーを買う小切手にサインが欲しいと言う。ジーンのラジオに、「金さえあれば何でも手に入る」と厳しい言葉を投げかけるロイド。彼女の表情が険しくなる。

そこに、ニュースが入った。エディたちの“仕事”のニュースだった。死んだ警備員の名前にロイドは覚えがあった。しかし、ブラウンが来るとなって、エディは楽屋を出て行った。

残ったロイドは、ジーンのエディに対する態度に腹を立てている。しかし彼女はエディを傷つけたくなかったが…ロイドはあくまでも彼女が愛しているのは自分だと彼女からエディに言わせたいらしい。

16_8また華やかなショーが始まる中、ブラウンがやって来て、彼の部下が発砲し、店は混乱を極めた。客は出口へなだれ込み、パナマが収拾しようにも無駄だった。

店のオーナーがやって来て、多大な損害を受けたとエディに言った。すると彼は、オーナーの言い値でこの店を買うと言うではないか。ロイドに契約を頼むが、彼は手を引くと答えた。そしてハリーに、この世界に関わったならそれなりの覚悟を持て、妙な噂が出たら真っ先に貴様を疑う…と言われて、店から追い出された。

そして、彼が買収した店は「パナマ・クラブ」としてスタートした。そしてエディはハリーを無視するようになっていく。車が物凄いスピードで、死体を投げて走り去った。ダニーだった…。ブラウンの仕業に違いないと思ったエディはブラウンの店へ急ぐ。ハリーは早速ブラウンへ電話をかけて、エディが向かっていると密告した。

表向きのブラウンの店では、エディたちの襲撃に備え、老夫婦を人質に店をカラにした。

    ブラウンの店にやって来たエディ

18_4   

すると、人質の夫人が叫んだ。「ここから出たい!私たちを出して!!」と。それがきっかけになって、銃撃戦が始まった。そしてエディはブラウンを殺した…。

ブラウンの店の銃撃戦のラジオのニュースを美女に囲まれて聞いていたハリーは、死亡した人物のなかにエディがいないことに不安を感じた。エディはハリーを殺したいが裏切りの証拠が無いので、それを見つけ次第必ず殺す…と言って出て行った。

「パナマ・クラブ」に帰ってきたエディに悪いニュースが待っていた。ジーンが店をやめたのだ。彼女は恋をしている。パナマは、彼女は初めからロイドに夢中だったとついに明かした。2人の仲を知らなかったのはエディだけだったのだ。

店から出たエディは打ちのめされて、帰ろうとしていた。しかしジーンとロイドを見つけ、2人の方へ早足で歩いてきた。そしてロイドを殴るが、打ちひしがれた様子で「すまない」と言って、歩み去りまた店へ戻ってきた。そして、今まで酒など飲まなかったエディが、初めて酒を飲んだ…。

- 1929年、混乱の時代も終わりに近づき、株式市場が活気づいた。ブームは、金持ちも労働者も主婦層までにも広がった。皆が好景気に浮かれていたが、しかし10月29日「暗黒の火曜日」がやって来て、株式市場は崩壊した…。破産者は後を絶たなかった。エディもその1人だった。タクシー会社の株をハリーに売らざるを得なかった。屈辱。ハリーは一台だけタクシーをエディに残してやった。酒場と密造者が真っ先に打撃を受けた。エディの酒場も没収され、タクシーで細々と生活をしていくしかなかった…。1933年に禁酒法が終わりを告げ、彼の時代も終わった…。

― 「汚れた顔の天使」同様、30年代後半のキャグニーのギャング映画は、無神経な人間にとことん人生を狂わされる、可哀想なギャング・スターを演じていますね。ジーンとロイド、ハリーと、揃いも揃ってなんたる無神経なのか。

ハリーは根っからの“裏切り者”“不審者”ですが、ジーンとロイドの無神経さはひどいな。ジーンはエディが彼女に夢中と知っていて、歌のレッスンが出来、数々のプレゼントを貰いながら、“もぐり酒場”ではあるが「世紀の歌姫」とまで呼ばれるようになるが、ダニーの死ですっかり怖気づき、エディに何も言わずに勝手に店をやめてしまう。ロイドはもっと酷い男ですね。彼からは決して自分とジーンが愛し合っているとは言わない。あくまでも彼女に言わせようと仕向ける根性が女々しくて、嫌~な男ですよ。エディとロイドが密造を始めた頃からの関係なのに、あっさりと切ってしまえるこの無神経さ。ハリーが脅しをかけるのも納得かなと思わせる。

一方、とことんエディについていくパナマは気高い、素晴らしい女性です。ビリングは、ジーンを演じたプリシラ・レーンのほうが上なんですが、彼に初めて会ったときから恐らく恋していたエディに対する高貴な気持ちを演じる姿のグラディス・ジョージは、プリシラ・レーンよりずっと上でしたね。そのおかげで、この映画が締まったものになっているのも確かです。

悪役ボギー第三弾は、“平気で人を裏切る冷たい悪人”です。フランス戦線では、ロイドがなかなか敵を殺せないでいる中、彼の銃は百発百中。“殺し”をなんとも思っていない男。そしてボスのブラウンを裏切り、エディも裏切る。当時の得意役ですね。そしてキャグニーに殺されるのも。

キャグニーは今一“悪者”になりきれないギャング・スターを好演。会社の求人に前科者ばかりを使うのは、この仕事に引き入れたくない。2年ももいると“悪”に染まるからだとロイドに言うやさしさを持っている。彼は基本的に「人が良い」のね。だから、無神経な人間に平気で裏切られる。悲しい男ですね…。

最後に、ジーンとロイドがまたまた“無神経さ全開”を披露する。彼のタクシーにたまたま乗った彼女は、懐かしさからか彼に声をかけ、ロイドは検事になったと自慢し、豪華な家の中まで見せ、息子まで登場させる。つらっとした顔をして、彼に自分との正反対の暮らしを見せる無神経さ。

10_15 

そしてまた、彼らもエディに最後まで「願う」だけの人種だったのだ。なんという哀れな男なのか…。

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2007年7月17日

汚れた顔の天使

5_31 1938年 <アメリカ>

監督 マイケル・

        カーティズ

出演 ジェームズ・

        キャグニー

   パット・オブライエン

   ハンフリー・ボガート

   アン・シェリダン

  ジョージ・バンクロフト

ストーリー

貧民屈の少年ロッキーとジェリーは、貨物列車に忍び込み、積んであった万年筆を盗んで逃走したが、ジェリーだけが上手く逃げられ、ロッキーは捕まり感化院に送られた。これが2人の運命の分かれ路であった。時がたち、今や押しも押されぬギャングの頭目となったロッキーは、刑務所から放免され久しぶりに世間へ出てきた。そして、あのとき逃げたジェリーは神父となって、貧民屈の初年たちの指導をしていてた…。

※ ほとんどネタバレです。

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  悪徳弁護士と面会中(左、ジェームズ・キャグニー)

                        フレイザー(ボギー)

4_47悪徳弁護士フレイザーと組んで金を強奪し、彼だけが捕まり刑務所に入れられた。しかし、フレイザーは有力者に話をつけ、3年で出所できるように計らった。怒り心頭のロッキーだが、彼が捕まると強奪した貸金庫の金は没収になる。10万ドルだ。服役する代わりに、自分が出所したら10万ドルは返せと言う。俺を騙すな、と念を押して。

― 3年の時がたち、ロッキーは釈放された。せわしない下町の故郷に帰ってきた。そして、彼は足を教会へ向ける。教会では、少年たちが賛美歌の練習に余念がなかった。そしてそれを指導しているのが、少年時代の友人、ジェリーだった。彼は今はすっかり更正しており、神父の道へ進んだ。指導が終わると、少年たちは一気に外へと走り出た。貧民屈の少年たちのようだ。

   15年ぶりの再会

18_6ジェリーが部屋へ戻ると、ロッキーも続いた。そして、「15年間気になっていたが、万年筆はどうした?」と聞いた。ロッキーはジェリーに遠慮でもしてたのか15年も会わなかったのだ。住所が変わり検閲されるから手紙も書かず、彼を見つけても声を掛けなかった。

昔話に華が咲くが、子供が神父を呼びに来た。子供の不良化を防ぐために、レクリエーションをしているのだ。「耳が痛い」とロッキー。ジェリーは、「祈ってたよ」と言う。そしてジェリーはロッキーに部屋を紹介し、店へ急いだ。

ロッキーは早速、そのアパートへ部屋を借りに来た。ドアを叩き部屋を見せて欲しいと言ったが、案内の女性に何故か見覚えがあった。

     掃き溜めに美女(アン・シェリダン)

19_5

なんと、それは少年時代散々からかった、オテンバ娘少女ローリー・マーティンだった。今は美しく成長し、魅力的な女性になっていた。

そしてロッキーはその足で、フレイザーのいる店へとやって来た。10万ドルを取り返すためだ。フレイザーはロッキーの登場に動揺を隠し切れないが、とにかく彼を部屋へ通した。この店はキーファーという影の実力者が経営する店だ。ロッキーは早速10万ドルの話に入るが、フレイザーは、金は突然なので手許には無い。だが週末までに用意するから、それまで今ある金500ドルをロッキーに渡した。ロッキーは仕事も用意してくれと言う。そういう約束だったのだ。彼が刑務所に行っている間、フレイザーが稼ぐ…。しかしフレイザーは今、キーファーの店で働いている。しかしロッキーは、約束したのはお前とだ。俺の面倒はお前が見ろ…と強気だ。約束は守ってもらうと強く念を押しすロッキー。

フレイザーが言葉を濁したとき、キーファーが部屋へ入ってきた。ロッキーの仕事はキーファーが世話をすることになった。そしてロッキーはキーファーに送られながら部屋を出て行った。すると、フレイザーは電話をかけた。ロッキーを殺せという命令だ。

…せわしないし下町。貧民屈の少年たちが今日も幅をきかせて歩いている。新聞を読みながら歩いてきたロッキーに目をつけ、財布を奪う。ロッキーはたちまち渋い顔になる。

12_10昔も今も少年たちのたまり場は変わらない。盗んできた財布を開けて金を山分けにしようとしたところ、ロッキーが現れた。リーダーの少年に金を回収させ、自分を知らしめた。“ロッキー・サリヴァン”だと。たちまち少年たちの心を掴んだロッキー。

そしてロッキーの部屋で少年たちとランチを取っていると、ジェリー神父が尋ねてきた。神父が今日はバスケットの試合の日だと少年たちに誘いをかけに来たのだ。しかし、少年たちは動こうともしない。するとロッキーは金を餌に彼らを試合へ引っ張っていき、試合の中でこの世の洗礼を受けさせる。彼らはすっかりロッキーの舎弟になった気分になった。

…そして、試合見物に来ていたローリーとロッキーは一緒に帰る。話しながら歩いているとき、ロッキーは1人の男の気配に気づく。アパートの前まで来ると男たちがたむろしている。彼はローリーを別のアパートの中へ入れ、自身はドラッグ・ストアーに入る。男たちは、この店でロッキーを始末するつもりだったが、ロッキーの機転で難を逃れる。しかし男たちはロッキーを片づけたと思い、フレイザーに「彼を始末した」と電話を入れる。フレイザーは満足げにニヤリと微笑んだ…。

フレイザーが家へ帰ってきて車から降りると、ロッキーが電光石火の早業で現れた。フレイザーが所有するすべての鍵を取り、彼の部屋の金庫を開けさせた。あくまでも10万ドルを返させる気だ。しかし現金の10万ドルはなく、彼は証券で金を貯めこんでいたのだ。そして金庫の中のものを全て手に入れた。

16_5彼はフレイザーにキーファーへ電話をかけさせ、フレイザーが彼に、ロッキーが明朝行きます。11時に銀行から10万ドル引き出して渡してくださいと言う。フレイザーはロッキーの人質になった。命がかかっている。フレイザーの額に汗がにじみ、電話を握る手は震える…。

翌日、11時にロッキーがキーファーの店へやって来た。弱みを握られたキーファーは10万ドルを払わずにはいられなかった。尾行しなきゃ人質は返すと言って、彼は店を出て行った。すると、キーファーは警察に電話をし、ロッキーが身代金10万ドルで弁護士を誘拐したという情報を提供した。

ロッキーが部屋へ帰る途中の階段で、刑事らしき男たちを見た。同じアパートに住んでいる少年を呼び、そして10万ドルを封筒に入れ、少年に“巣”に隠すよう託した。そして、刑事たちがロッキーの部屋へ入ったが、何も出てこなかった。しかし情報提供があった手前、ロッキーを警察へ連行し、尋問が行われた。“人質”のはずのフレイザーは旅行中。警部が白状しろと詰め寄ると、弁護士を呼ぶと言った。フレイザーだ。

ようやくキーファーの許へ戻ったフレイザー。キーファーがロッキーを、誘拐の現行犯で彼を検挙したと言ったのを聞いてフレイザーは青ざめる。金庫の中の全てをロッキーが握っているのだ。それをバラされたらどうなるか?町はひっくり返る。ロッキーの件は間違いだったとして、彼を釈放させた。

…“巣”では、少年たちが「フレイザーがロッキーによって誘拐」という号外を読んでいた。するとあの封筒の中身は「金」か…。彼が刑務所行きになれば自分のものになる…というずる賢い少年もいるなか、ロッキーは現れた。封筒を返させ、少年たちに、このことは何も知らないんだと言い聞かせた。俺たちは「仲間」だと言い、皆と握手するロッキー。そして大金をやり、帰った。

24_410万ドルを部屋の中に分散して隠しているとき、ジェリー神父がやって来た。神父の話は、少年たちがバスケットボールの試合に来ない…というものだった。そこへローリーがやって来て、少年たちを見かけたと言う。ビリヤード場で、札ビラを切って近所の子にビールをおごっていた、と。

そしてビリヤード場にジェリー神父が現れる。「試合に行かないのか?」と聞くと、行くものもあれば、そのままビリヤードをやり続けているものの方が多数だった。彼らは着飾って、ゲームに金を賭けていた。神父の話を聞き、神妙になる少年たちだったが、「試合」へは行かなかった…。

ロッキーとローリーは相思相愛の仲になっていった。ある店に2人で行く。ローリーの新しいドレスは輝くようだ。そしてふとロッキーが用があると言って消えた。

            楽しく踊る二人

7_31

キーファーの部屋へ行ったのだ。キーファーは、全てを水に流そうと言う。警戒するロッキーだが、話は聞くことにした。金庫から持ち出した書類の行方だ。用心のため預かっておくとロッキーにかわされた。キーファーが何が望みだと聞くと、最初の約束通り半分もらうということだった。ロッキーもこの店の共同経営者となったのだ。しかし、そんなことを許す2人ではない。書類を取り戻すまでだ。

ある日ジェリー神父の許に、新しいレクリエーション・センターの寄付金として1万ドルが配達された。神父はロッキーの“店”へ出向いた。1万ドルを返し、そして驚いたことにロッキーに対して宣戦布告したのだ。子供たちを悪の道から救うためには、フレイザー誘拐事件の真相を究明する、と。そうすれば、色々な悪事が法律の前にさらされる。君も巻き込まれて、こっぴどくやっつけられると言った。

ロッキーは、出来ると思うならやるがいいと言う。俺に遠慮はいらない、と。そして2人の友情は終わりを告げたが、神父は昔のよしみで頼みがあるという。少年たちに金をやるなというのだ。彼を崇拝させたくないからだと。頼む…と言い、店を出て行った。

“悪”を告発するため、新聞社を回る神父。ついに支援してくれる新聞社を獲得した。新聞に、「神父、真の改革運動を提唱」と一面に載った。新聞は勢いを増し、「ロッキー調査を叫ぶ市民の声」「市政を蝕む暗黒街を暴露」と、次々にジェリー神父の望んだ通りの展開になっていった。

黙っていないのが、ローリーだ。豪華なコートを羽織ながら、ジェリー神父に詰め寄る。悪いのは彼じゃない、感化院に入れられたから犯罪者になったと、彼の耳には痛い言葉を投げつける。皆がなんと言おうと私たちだけは彼を愛している、と。神父も「愛している」と言うではないか。子供の頃から愛していた。一緒に喧嘩をし、盗みもした。神に誓って言うが、彼のためになるならなんでもすると言う。命だってやる。だが、子供たちが同じように悪い環境にいる。ロッキーのようになって欲しくない、と。子供たちを救ってやりたい。犠牲には出来ない…。

新聞は益々騒ぎ立てた。「ロッキーがいかに市を牛耳っていたかを暴く」「公聴会 今夜!」などなど。

ジェリー神父の、市政の腐敗を攻撃するラジオを聴きながら、ロッキー、キーファー、フレイザーが3人並んでいた。キーファーは強がり、フレイザーは額に汗をにじませタバコをふかし続け、ロッキーはその2人を観察していた。激しい神父のフレイザー誘拐事件の追及に及ぶと、キーファーはついにラジオを切った。そしてキーファーは神父を消すと言った。ロッキーはそれは許さないと言う。するとフレイザーが、先走ってもしょうがないと話を挟んだ。しかし、キーファーは益々熱くなる。とにかく神父に手出しはさせないと言ってロッキーは部屋を出たふりをした。フレイザーがそれを確認して、ロッキーを殺し、神父を捕らえ、書類を手に入れるという解決法を吹き込んだ。それを聞いてロッキーは出てきた。思わず拳銃を手にするキーファー。しかし、ロッキーの銃弾のほうが早かった。キーファーは崩れ落ち、死んだ。

16_7そして、フレイザーもロッキーの手にかかって、無残に死んでいった。ついに2人を手にかけたロッキー。後は逃げるだけだった。

警官との銃撃戦にもつれ込んだ。催涙弾を放たれ、いぶり出す気だ。しかしロッキーは最後まで抵抗をやめない。そこにジェリー神父とローリーが現れた。神父はロッキーと話をさせて欲しいと言う。ジェリー神父は話しかけた。「出て来い」と。しかし、ロッキーはそれどころではなかった。催涙ガスに警官の発砲。そしてついに神父はロッキーの許へ行った。

ジェリー神父はロッキーに自首を勧める。君は負けたと言って。警察の声にロッキーは、出て行くと言え、警官を下がらせろと神父に言い、一緒に行くと負けを認めた。ジェリー神父に肩を抱かれ、出て行こうとするロッキー。しかし、最後に待っていたのは、神父を盾にして出て行くことだった。ロッキーは簡単には“負け”を認めないのだ。

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しかしロッキーは神父を「伏せろ!」と言って突き飛ばし、逃げた。そして銃弾が足に当たり、御用となった…。彼の拳銃には弾は一発も入っていなかった。

ロッキーは「死刑」となった。“巣”の少年たちは未だにロッキーを英雄視していた。英雄らしく死ぬと。

― 死刑当日、ジェリー神父が特別許可をもらって会いに来た。彼は最後の頼みを言いに来たのだ。心を持ってくれと。最後の瞬間に泣き喚いてくれと。臆病者になれと。これは、天国で生まれる勇気だと言って。君と私とむ神だけが知る勇気だと。子供たちの期待を裏切ってくれと。ロッキーを軽蔑させたいと言うのだ。― そして“時間”が来た…。

       電気椅子に向かうロッキー

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― この映画を観て、混乱してしまいました…。う~ん…当時の映画における規制もあるのでしょうが、この映画はねぇ…。とにかく混乱です。

「神父」というものは、なんて罪深い人種なんでしょう…。子供たちの為だと言っては、ロッキーに願うだけで、与えない。子供たちが自分の手に負えないからといって、ロッキーに頼る。“裏切り者になれ”と。“臆病者になれ”と。

ロッキーがジェリー神父にした行為は、“子供たちの為”というより、その後の神父のためですよ、これは。彼が15年も神父に会うのを避けていたのは、彼と知り合いだということで、悪い噂が立ってはいけないという思いがあったのでは…とも思いました。それなのに…ああ、それなのに…。ロッキーを愛してはいるけど、彼の事を何も理解出来なかった男でしたね。この神父は。

子供の頃、ロッキーだけが捕まって、自分は負い目があったので自首しようか…共犯がいると刑も軽くなるし…とロッキーに相談したところ、やめろ。お前のほうが早く走っただけのことだと、ジェリーをかばうやさしさを何故分からなかったのか。子供たちを救おうと思ったなら、何故ロッキーも救おうとしなかったのか?彼なりの無情な“救い”はしましたけどね。彼が「偽善者」に見えてしょうがなかった。

そして、警察との銃撃戦で、彼がロッキーの許へ行く。君が殺されるのを見ていられないと言いながら。しかし、最後の場面ではちゃっかり居るんですよ。一粒の涙なんか流しちゃったりして。彼の方が、実は“英雄”きどりなんですよ。

新聞も、フレイザー誘拐事件で随分世間に“悪の廃絶”を訴えたような感じを与えましたが、これも怪しい。新聞社というのは一度売れたら、同じような記事がどんどん出てくる。しまいには、イエロー・ジャーナリズムのように、世間を炊きつける。これは神父の思いとは関係なしに、ロッキーの死刑まで、“売らんがな”の記事になっていってる。少年たちの読む新聞はまさにそうなってますね。

― 悪役ボギー第2弾。頭の切れる悪徳弁護士の役です。ロッキーと2人で強奪した10万ドルは、現金ではなく、証券で貯め込んでいた。今や10万ドル以上です。しかし、その金は渡したくない。そして殺そうとする。失敗してロッキーが現れると、とたんに弱気になる。危機が訪れると、額に汗をかきタバコを猛烈にふかし、落ち着かなくなる。しかし、キーファーにロッキーと神父殺害を持ちかけて、バレたら町がひっくり返るという書類を取り戻そうとする冷静さも持ち合わせている。段々貫禄が出てきた感じがしましたね。ブレイク寸前という感じです。

キーファー役の、ジョージ・バンクロフトは、そろそろキャリアの終わり頃でしょうか。演技に切れがなくなっていますね。同じタイプの優秀な俳優ヴィクター・マクラグレンが彼にとって代わるのがこの頃ですかね。

― そして、キャグニーは、やはり素晴らしいの一言。なんと少年時代から演じているんです。神父役のパット・オブライエンは別の少年が演じてましたが。そう言われれば、彼には“少年っぽさ”がありますね。それが魅力の1つにもなっています。そして、ダンサー特有の動き。彼のダンス・スタイルはテキパキとしたコマのようなダンス。その動きが役に説得力を持たせています。彼の喋り方もダンスと同じですね。それが少年たちの崇拝のもとになる。もたもたしていた動きや喋りだったら、誰もついてこないでしょう。彼のパキッとした“存在”が光りました。

「神父」が“偽善者”だということを知った映画でしたね…。

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2007年7月13日

化石の森

8_31936年 <アメリカ>

監督 アーチー・L・メイヨ

出演 レスリー・ハワード

     ベティ・デイヴィス

   ハンフリー・ボガート

ストーリー

作家のアラン・スクワイヤーは、家庭生活に幻滅し、家を出てヒッチハイクで、アリゾナの砂漠で放浪の度を続けていた。“化石の森”と呼ばれるところから15マイル離れた土地に、メープル親子の営むサービス・ステーションがあった。娘のガブリエルは米仏のハーフで美しい娘だ。彼女は現代の芸術に深い理解を持ち、この荒涼たる砂漠を離れたいと望んでいた。そして、ラジオでは、6人を殺したギャング、デューク・マンディが逃亡しているとしきりにまくし立てていた。スクワイヤーが店に着いて、ガブリエルと話をしたとき、2人は互いにほのかな愛情を感じあうが…。

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     荒涼とした砂漠に一軒だけ立つ店

砂漠の中を一人歩く男。車が通りかかるが、指を立てても止まってくれない。彼は永遠と思える時間を歩き続けるのだ。

給油ついでに食事も出来る店で、美しい娘ガブリエルは給仕としてくすぶっていた。父親は世知辛く、祖父は話好きだが余計者だ。家族仲は必ずしも良好とはいえない。祖父の今日の話題は、6人を殺しだギャング、デューク・マンティが、この辺りにいるということだ。父親は自警団の一員として彼に立ち向かう気でいる。しかし、そんな話に興味の無いガブリエルは本を持って外へ出た。すると店で働いているアメフトに夢中の男ボーズが、彼女にちょっかいを出してくる。ボーズはガブリエルにも夢中なのだ。しかし彼女は何とも思ってはいない。ボーズが無理やりガブリエルにキスしたとき、一人の男が現れた。砂漠を歩き続けた男だ。疲れきった様子で、食事を頼んできた。そして、ガブリエルとその男は店へ入る。

              放浪の紳士(レスリー・ハワード)

11_10彼が一通り注文を済ませた後、ガブリエルは何故か色々と聞きたい衝動に駆られた。何処から来たのか、何処へ行くのか?イギリス人なのだろうか?彼は放浪者で、行き先は決まっていない。今はアメリカ人のようなものだという。謎めいた男だ。

新聞が届いてから、祖父はデューク・マンティに夢中だ。トイレで顔を洗っていた男にも話しかける始末。話せる人間が現れて嬉しいようだ。ちょうどガブリエルが食事を運んできたとき、祖父が彼の職業を聞いた。作家だという。名前はアラン・スクワイヤー。すると、アランが少しガブリエルと話がしたいという。

美しい娘なので、将来は女優の道へ進むの?というアランの問いに、ガブリエルはフランスのブールジュに画家の勉強をしに行くのだと答える。実は彼女は米仏のハーフで、両親の離婚で、母親はフランスで暮らしているのだ。彼女の誕生日には本を贈ってくれる。これはヴィヨンの詩集だと彼に見せる。するとアランが食事を食べ終わるまで、何か1つ読んで欲しいと頼んだ。ガブリエルはこれに応える。そして、一番のお気に入りを読む。

“わが身を焦がし、恋人たちの愛の喜びを君にささげたい。愛を知ること、それが二人の出会った目的。理性は私に愛を怠るなと命ずる。私も嫌でないのだから。より一層の愛をさざけ続けるのだ。それが二人の出会った目的…”

放浪者を愛するガブリエル(ベティ・ディヴィス)

3_45読み終わると、ふと二人は見つめあった…。

フランス人は聡明だとガブリエルは言う。祖父が死んだら、この店を売ってブールジュに行くと固く決めている。しかし、アランはフランスには失望するだけだと答える。実は彼もフランスに住んでいたのだが、小説を出版したが売り上げは微々たるもの。リヴィエラで8年間を過ごしたが、彼の妻の期待に反して彼は芽が出ないままだった。そして家を出て、アメリカへ。そして、親指一本でここまで来たのだ。

ガブリエルがアランに、一緒にフランスへ…と誘うが、しかしアランはもうフランスには帰る気はなかった。ガブリエルはヴィヨンの詩のようにすっかり情熱的に彼を愛してしまい、「あなたは魅力的だわ」と言う。一方のアランもガブリエルを愛しいと思ったが、彼女の愛情をかわす術は心得ていた。しかし、ガブリエルが「私ってきれい?」と恥じらいながら聞いてきたときには、「言い尽くせぬほどに」と答えてしまう。

しかしアランは、彼女の気持ちには感謝している。また孤独な旅の途中で思い出すだろうと言い店を出て行こうとしたが、最後の願いとして、別れのキスを頼んだ。だかこれは…。その言葉にガブリエルは応える。分かっている、ただのキスね。そう、その先には何もない…。そして2人はキスをする。しかし食事の料金を払う段階になって、彼は金を持っていなった。ボーズともみ合うアラン。そこに、一組の夫婦が現れた。金持ちのようだ。アランがガブリエルに別れを告げたとき、彼女が止めた。この夫婦の車に彼を同乗させてもらえないだろうかと聞き、乗せてくれることになり、しかもガブリエルは、食事代の“お釣り”と称して金までアランにやった。そして、「もう会うことはないだろう。でも、この金はきっと返す…。いつの日か」と言い、ガブリエルは「ブールジュで会えるわ」と応え、2人は握手して別れた。だが、2人共に名残惜しそうだった…。

車は順調に西へ向かっていたが、ラジオでは相変わらずデューク・マンティの情報を流していた。すると、ちょうどマンティたちのいる場所へ車が通りかかる。車は強奪された。そして、ガブリエルの店の方へと車を走らせて去っていった。不安になるアラン…。そして、彼は一人またもとの道を戻っていった。

                マンティ一味登場(真ん中、ボギー)

16_6やはり、マンティたちは、ガブリエルのいる店へとやって来た。拳銃を持って。デューク・マンティは、手をかすかに曲げ、少し猫背で疲れたような感じだが、目がギョロギョロした不気味な男だ。そして、油断が全く無い男でもあった。

アランはずっと歩き通し、店へ戻ってきた。驚くガブリエル。アランは、その先で車を奪われた。近くに強盗犯がいるとまくし立てたが、後の祭りだった。デューク・マンティがアランの前に顔を出した。そしてアランに「来い」と言う。アランの荷物を確認してから、そこの椅子に座れと命令した。

6_43

店の中に皆が集められた。この店に篭城して彼は何をしようというのだう。祖父は本物のデューク・マンティに興奮を隠しきれない。それよりマンティは乾杯だと言う。祖父は、この地に無法者が帰ってきて最高の気分だと言う。そして、アランは生きて、この世にあることに乾杯した。

祖父の一人語りが弾み、ボーズが強がる中、マンティはラジオの音量を大きくさせた。また彼らの情報だ。別の一台がいるらしい。男3人女1人で逃走中のようだ。女の車は行方を捜索中だ。マンティはラジオに聞き入る。部下が、何故奴らはドリスを…と言ったとたん「黙れ!」と凄んだ。そして、アメフトの試合の結果に事が移るとラジオを消すように言った。どうやら彼は、ドリスという恋人と落ち合って逃げるつもりらしい。

一方ボーズは戻ってきたアランに対して、嫉妬のし通しだ。そして、ボーズに促され、ついにガブリエルはアランに激しい愛を抱いていることを告白した。しかし、アランは体をガブリエルから反らし、困惑しているだけだ。その態度で、彼女は完全にアランに拒否されたと思った。しかし、思いは募るばかりだ。

すると、アランは祖父と話がしたいと言う。早速アランは話し始めた。自由公債のことだ。孫娘にそれを少し相続されたらどうかと言う。しかし祖父とアランは汚い言葉で互いを罵りあうことになる。祖父は「酔っとる」と呆れる。するとマンティが立ち上がり、「さもなきゃ、てめえは人間のクズだ」と、アランに迫ってきた。するとアランは笑いながら、無礼を謝った。そのとき、3人が歩いてくるという連絡があった。

ボーズはアランににじり寄ったマンティの隙をつき、銃を横取りし、マンティに向けた。ちょうど3人が店に入ってきて、女が悲鳴を上げた。今度はその隙をつき、マンティがボーズの手を撃った。幸い彼は軽傷だったが、ガブリエルと手当てを受けに部屋から消えた。

店に入ってきたのは、アランを乗せた金持ち夫婦とその運転手だった。彼女が、この男を乗せたからよ。対処もしない…と辛口だ。するとアランが、マンティにそのバッグをいいか?と聞いた。書類の間に保険証書があるという。マンティは抛ってよこした。アランが保険証書と格闘している間、夫婦は金で開放してもらおうとしたが無駄だった。

       死刑執行人?

2_45するとアランが1つ頼みがあると言ってきた。保険は自分の唯一の財産だ。保険金は5千ドル。今、こう裏書した“保険金はミス・メープルに”人質になった夫婦が自分の署名の証人だ。頼みは、夫婦の署名が済んだら自分を殺して欲しいと…。これにはマンティも驚いた。しかしアランは言う。どっちみち“死刑”は一回だ。いまさら何人殺しても同じだろう、君は刑を執行するだけだ、と。

署名の証人に任命された夫婦の妻のほうが、彼女に恋を?と聞いた。アランはついに言った。「ええ、恐らく…」と。彼女の勇敢な心が愛させると。自分が死ねば、彼女に美しいものを沢山見せてあげられる。すべては一発の銃弾によって…。「やってくれるか?」とアランは急くように聞く。マンティは、「ああ喜んで」とぶっきらぼうに言った。そしてアランは書いた…。夫婦は証人のところに署名をした。

マンティの部下が、もう行こうと言い出した。しかしマンティはあくまでも“あいつら”を待つつもりだ。部下たちは女など信用できないと言うが、ドリスは必ずここへ来ると言って聞かない。

そして、喜んで殺すと言ったのは冗談じゃないんだぜと言う。アランも、お互い本気の話だと返す。アランが、「また会おう…いつか」と言うと、マンテイは「すぐさ」と応えた…。

ガブリエルがボーズの手当てを終えて戻ってきた。そして、思いついたと言う。この店を「デューク・マンティが来た店」として売りに出すという考えを。祖父はまだフランスへ行く気なのかと聞くが、これは父さんの為で自分はロスで働くと言う。彼女はアランに拒絶されたと思い、自分のことはどうだってよくなっていた。アランが何を言っても聞く耳持たずだ。

3_44砂嵐が激しくなる中、アランがここは誰でも自分の人生を語りたくなると言う。マンティに、君の人生は?と聞くアラン。マンティは、ガキの頃からムショ暮らし、あとは死ぬだけの人生だと打ち明ける。部下がもう行かないと、と言うので、マンティはついに出発する覚悟を決めた。アランは、時間はまだか?と聞いてきた。マンティは、そろそろだと答える。そして、アランはガブリエルに話があると打ち明けるが、彼女は後にしたいと言う。しかし、アランには時間がない。彼らが去る時は、自分も去るのだ。

そしてアランはガブリエルに、愛していると言った。生涯で初めての本気の恋だと…。

― う~ん…この映画、「ギャング映画」というよりも、ギャングが出てくる「恋愛映画」でしたね。

砂漠の荒涼とした店で、潜在的な芸術家同士のほのかな愛が芽生えるが、男は放浪の旅を続けたい。だから愛した女を突き放し、また1人孤独になろうとしたのに、思わぬギャング団の出現で、彼女を守るため店に戻らざるを得なくなる。そして極限の状況で男は彼女からの愛を否定しながらも、強く引かれていき、彼女もついに彼の愛を獲得し、2人は幸せを手に入れたかに見えたが…。彼は愛した女に“フランス”を見せるため、保険の受取人に彼女を選び、極悪非道のギャングに自分を殺してくれと頼む…。

デューク・マンティ一味が店に押し入るまで、完全なアランとガブリエルのラブストーリーです。マンティ一味は、アランを店に戻す役として出て来たに過ぎない?しかし、この店(密室)だけのストーリーではストーリーが広がりませんから、そんな事はないですね。

デューク・マンティ一味は、アランとガブリエルの“愛”の行方の「スパイス」として、出てくるように感じました。彼らの恋愛に、時には邪魔をし、時には強く結びつける。そして、デューク・マンティは極悪非道な犯罪者であるが、アランと同じく“守るもの”を持っていたがために、自滅するのだ。

さて、デューク・マンティを演じたボギーですが、この役に良く合っていますね。キャラクター作りを一所懸命やっているのが伺えます。あまり喋らず(ああ…とか、そうか…とか)疲れたような体勢だが、厳しい視線が皆を貫く。しかし、凄むときは迫力満点。後に見せた名演技「黄金」を思い出させます。それの荒削り版だと思えば結構。舞台でも共演した主役のレスリー・ハワードが、彼がこの映画に出なければ自分も出ないと言った話は有名ですね。しかし、その後もさっぱり芽が出ず、キャグニーやベティ・デイヴィスの映画で脇役を演じ続けることになるのは何故でしょう?41年の「ハイ・シェラ」まで脚光を浴びるまで長かった…。

酒をこよなく愛し、開拓地の頃からここに住んでいるという祖父も良い。ブロンコ・ビリーに2度撃たれて生き残った唯一の人物だと店の客に触れ回っているし、ここの電線は自分が初めて引いたと嘘か真か分からないことを言う祖父。デューク・マンティが店に現れたときには大喜びし、そして金にはしっかりしている爺さん、チャーリー・グレイブウィンは、この話に、唯一の“可笑しみ”を与えてました。

ベティ・デイヴィスは…美人なんでしょうか?いわゆる“強気の美人”なんでしょうね。しかし、美しいから女優になる?という台詞には…どうだろうなぁ?。しかし、アランといるときは“愛らしさ”が全開でしたね。そこのところは流石ですね。

皮肉屋の売れない作家、アラン・スクワイヤー役のレスリー・ハワードはもう雰囲気からしてぴったりなのね。彼が主役なのが良く分かる映画です。彼については何も言うことなしです。

そして、この台詞が女性の心をガッチリ掴むんですよ。祖父が、孫娘の人生に5千ドルの価値はないぞ。と言うと、アランは「男は女に与える生き物だ。苦悩、激情、信念、嫉妬、愛、憎しみ…生死をも。男はそのために存在し、すべての苦難を受け入れる…」

そしてフランスの詩人、フランソワ・ヴィヨンの詩も効いてます。

最初にアランに読んで聞かせる情熱的な、ガブリエル一番のお気に入りの詩。そして終盤でアランがガブリエルに聞かせる“君の畑にまく種は空種ではない”という詩。

そして最後に読まれる詩、“君の畑にまく種は…”の続きですね。

“君の畑にまく種は空種ではない、その実が私に似ているから。その畑を耕し肥やすは神の御心。それが二人の出会った目的…”

やっぱりこれは、「恋愛映画」でしたね。

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