映画 1950年代 アメリカ

2009年10月12日

地獄の戦場

5 1951年<アメリカ>

監督 ルイス・マイルストン

出演 リチャード・ウィドマーク

    ジャック・パランス

    カール・マルデン

    レジナルド・ガーディナー

    ロバート・ワグナー

ストーリー

第二次世界大戦下、米国海兵隊B中隊は南太平洋のある島に上陸した。上陸後、日本軍のロケット砲の集中砲火をあび前進出来なくなる。意外である。敵軍にロケット砲の装備はなかったはずだ。任務に着いた中隊長アンダースンは、洞穴の中にいる日本人将校らが降伏を求めているとの情報を得る。アンダースンは小隊を率いてその洞穴へと赴くが…。

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      中隊長アンダースン少尉(リチャード・ウィドマーク)

日本のロケット砲が無尽蔵に飛んでくるという、ちょっとありえない設定の映画だったが、戦争の無情さは良く描けていると思った。

戦争から逃げたいと願いながら戦わずにはいられない男。それを知りながら見ているしかない男。ガダルカナルの生き残りの部下たち。日本兵の執拗な攻撃にあい、一人、また一人と死んでいく…。

アンダースンはガダルカナルの戦いで、44人中7人しか帰還させられなかったことに頭を痛め、戦争から逃げたいと願いながら逃げられず、何かあると片頭痛を発症させるまでになっている病人である。しかし、今作戦もガダルカナルの生き残りを再び連れて、島を占領し、日本兵を捕虜にする役目を負っている。彼らを失う恐怖とまた戦わねばならない。辛い立場だ。

“ドク”はガダルカナルでのアンダースンの命の恩人だ。“ドク”は、アンダースンの心の内を知りながら、彼に言われるがまま薬を処方してしまう。本当は薬などではアンダースンの片頭痛を癒すことは出来ないと知りながら。そして島に上陸すると、何やらメモを書き始める。アンダースンに宛てたものだ。

                  “ドク”(カール・マルデン)

7_2“コンロイ”“ピジョン”“坊や”は、ガダルカナルの生き残り組だ。特にコンロイは教師時代のアンダースンの教え子で、彼には大変世話になっていた。どもりを直し、卒業生総代にまでなった。上陸前は戦いを放棄しようとするが、アンダースンに励まされ、そしてアンダースンの戦う姿に勇気を得て立ち上がる。

“ピジョン”はボクサー上がり。“坊や”は姉がハワイで日本人と結婚したことから傷つき、敏感になっている。“ピジョン”は“坊や”を「俺のマネージャー」と呼び可愛がっている。

戦場でウイスキーを作るのを生きがいにしているツワモノもいる。しかし、いざ戦いとなると彼ほど頼れるものはいないという。

そんな男たちと通訳、従軍記者を連れ、日本兵のいる洞穴へやって来たアンダースン。しかしこの洞穴から、生き地獄が待っていた…。

嘆く“ピジョン”(ジャック・パランス)と“坊や”

11_3 捕虜を司令部に送り届けるまでに、ガダルカナルの生き残りが一人、また一人と死んでいく。“坊や”は日本兵を皆殺しにしようとし、“ピジョン”にたしなめられるものの自滅して果てる。“ドク”も例外ではなかった。衛生兵とて戦争の犠牲になるのだ。彼は従軍記者に書きかけのメモを託して亡くなった。

その間にも日本のロケット砲は止む気配を見せず、司令部をいらつかせる。捕虜を連れ帰って尋問するが、なしのつぶてだ。しかし、自決した将校から獲得した地図と、“坊や”の遺品から出てきた洞穴にあった地図を照らし合わすことによって、ロケット砲の場所を特定しようとする試みが続くが…。総攻撃までのタイムリミットはあと55分…。

その間、本隊に帰った“コンロイ”がロケット砲により、死んだ。アンダースンが教師時代どもりを直す言葉として使った「希望は万人の母なり。皆それを胸に活きるべし」という言葉をアンダースンに残して…。

“ドク”と“コンロイ”の死がアンダースンを追い詰める。吐き気に襲われ自暴自棄になる。しかし、“ドク”の残した遺言めいたメモがアンダースンを再び駆り立てる…。

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リチャード・ウィドマークが、片頭痛に苦しみながらも何かに突き動かされるように戦う男を熱演している。特に温厚で誠実な教師時代から、島へ上陸前の心の弱さをさらけ出す表情、しかし上陸後は頼れる中隊長としての顔、仲間を失い片頭痛に苦しむ姿、しかし仲間の死を乗り越え、さらに前進する姿は、個性派から演技派への道をひた走るウィドマークの姿と重なる。素晴らしい。

日本のロケット砲の場所を探し当てるのは、実に呆気なかったが、その間までの105分間(映画は114分)は流石巨匠ルイス・マイルストンである。ひっぱりにひっぱり、アンダースンの苦悩、その他兵士の個性、日本兵捕虜の個性を充分に描き切っている。

日本兵の描き方も特に偏ったところがなく、捕虜になって辱めをうけるよりは最後は自決する…というのは、1951年当時外れのない描き方で驚かされる。

まぁ、日本兵の苗字に少しおかしいものがあったのと、ガダルカナルの戦いの後で日本軍にロケット砲を無尽蔵に降らせることが出来る余力があったのか疑問だが、それにせよ、戦闘場面は迫力いっぱい、ウィドマークも迫力いっぱいで満足のいく出来であった。

6_2

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2009年8月27日

四十挺の拳銃

3 1957年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演

バーバラ・スタンウィック

バリー・サリヴァン

ディーン・ジャガー

ジョン・エリクソン

ジーン・バリー

ストーリー

1890年代。力が物を言う西部開拓時代のアメリカ、アリゾナ州コーチス郡。そこは女ボス、ジェシカが牛耳る町だ。彼女は大牧場を経営するかたわら、賄賂で政治家をてなづけ、40人の荒くれどもからなる武装集団を従えていた。ある日、郵便強盗を逮捕するため、2人の弟と共にこの町へやって来た連邦保安官のグリフは、町で暴れ無法の限りをつくしていた男ブロッキーの逮捕に貢献する。しかしプロッキーがジェシカの弟だったことからすぐに釈放され、郵便強盗として逮捕された保安官助手はジェシカの手下によって殺されてしまう。一方グリフの上の弟ウェスは鉄砲加治屋の娘と恋に落ちる。やがてグリフとジェシカも惹かれあうが…。

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     女ボス、ジェシカ(バーバラ・スタンウィック)

大平原をゆっくり進む粗末な2頭立て馬車。その姿に黒い雲がかかる。その向かいから勢いよくジェシカを先頭に40頭の馬が土埃を残して走り去る。馬車に乗っていた3兄弟はすっかり汚れてしまって、街に着くと公衆浴場へと急ぐがそこにはジェシカの弟ブロッキーが酒に酔い街を破壊していた…。

ハワード・ホークス的な西部劇の趣があるが(登場人物が歌を披露するしね)、それを裏切らない映画の出来である。

女ボスの姉の威光の陰で傍若無人な振る舞いに及ぶ弟。その弟を歩き方一つでビビらせる男グリフ。無敵の男として有名なグリフ。連邦保安官として正義を実行するが、銃には決して頼らないのだ。もう10年も人を殺していない。しかし、弟の逮捕も無情にジェシカの力ですぐに釈放になってしまう矛盾に唇を噛みしめる。

コーチス郡ではジェシカの力が物をいう時代だが、1890年代という時代ははニュー・フロンティアの時代。グリフは自分が時代遅れの人物だと悟っている。だからボネル家3兄弟の末弟チコには銃を持たせたくない。彼は父親の許へ農夫として送られることになる。

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ボネル3兄弟。グリフ(バリー・サリヴァン)、チコ(ロバート・ディックス)、ウェス(ジーン・バリー)

グリフとジェシカは初めて言葉を交わしたときから、恋に落ちる。

そして、保安官のローガンとジェシカの尋常なざる関係。ローガンはジェシカを愛しており、彼女のために悪事を働いてきた男。しかし、グリフとジェシカが妖しい関係になると、グリフを殺そうとし、ジェシカに愛を乞う。だがジェシカの気持ちはグリフにあり、ローガンは小切手一枚でお払い箱になる。なんとも哀れな結末である。

そしてジェシカの弟ブロッキーは、グリフに恨みを持ち暴走は止まらない。最後は姉のジェシカを盾にグリフに戦いを挑む。

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ジェシカを人質にグリフに戦いを挑むブロッキー(ジョン・エリクソン)

最後は意外な展開でグリフVSブロッキーの幕は閉じる。

― ストーリーも素晴らしいが、なんといっても魅力的なのが、女ボスのジェシカを演じるバーバラ・スタンウイックである。毅然としている女ボスだ。税金のほとんどを自分のものとし、政治家に賄賂を気前良く送る女でもある。数々の悪行を重ねているが、グリフ役のバリー・サリヴァンとの会話と絡み合う視線はセクシャルだし、黒ずくめの衣装でで馬にまたがる姿はとてもかっこ良くシェイプされていて、50歳とは到底思えない。

グリフが保安官助手を殺した男を逮捕しに、ジェシカの領地にやってくる。すると突然の竜巻が2人を襲う。ジェシカの馬は暴れ、落馬し引きずられるジェシカ。これをスタントマンに頼らず自分で演じたんだから大したもんだ。尊敬せずにはいられない。

バリー・サリヴァンも好演。実に味わい深い顔をしており、鋭い眼光が印象的。

スペクタクルでもあり、濃厚な恋愛劇・憎愛劇でもある。そして青少年の非行に警鐘を鳴らした作品でもあると思う。

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2009年6月24日

拾った女

6 1952年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演

リチャード・ウィドマーク

ジーン・ピーターズ

セルマ・リッター

マーヴィン・ヴァイ

リチャード・カイリー

ストーリー

ニューヨークの地下鉄を舞台にスリを働くスキップは、キャンディという女から財布を抜き取るが、中には共産圏スパイ団の機密ファイルが入っていた。物をスラれたことに気づいたキャンディは雇い主ジョーイに知らせたが、共産圏スパイである彼は全力を挙げてそれを取り戻すようキャンディに命令する。スリの現場を目撃してていたFBIは、キャンディが知らぬ間にスパイの手先となっていることを知っていので、この機に一挙にスパイ組織の全貌を掴もうと捜査に乗り出した。彼らは裏事情に精通しているモーというネクタイ売りの女から、スリはスキップの仕業であることを聞き出し、キャンディをおとりに彼からフィルムのありかを吐き出させようとするが…。

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  スリに及ぼうとするスキップ(リチャード・ウィドマーク)

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     何も知らぬキャンディ(ジーン・ピーターズ)

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これほどまで政治色を濃く出した映画は、当時としては珍しいのではないか。“冷戦”まっただ中の時代、しかし、“冷戦”を真正面から取り上げた映画というのは無かった。(と、いうか日本に入ってこなかったのかもしれないが…)

だがこの作品は、ずばり“冷戦”に切り込む。FBI対共産圏スパイ組織である。いや、スキップ対共産圏スパイ組織か。

共産圏スパイ組織の機密マイクロフィルムを偶然スッた男スキップは前科3犯で、今度捕まると終身刑の身である。このスキップがマイクロフィルムの価値を知った。気が治まらないのはそれをスラれたキャンディである。彼女はスキップがスッた物の価値を分かっていない。しかし、雇い主の昔の男ジョーイから最後までやり抜くのが彼女の仕事だと言い聞かされ、仕方なくモーに大金を払いスキップの居所を聞き出し、マイクロフィルムの入った封筒を取り戻すべく奔走するのだった。

しかし2人は恋に落ちてしまい、キャンディはマイクロフィルムとジョーイの正体を知る。一方追い詰められたジョーイはスキップの居所の口を割らないモーを殺す。

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        殺されるモー(セルマ・リッター)

スキップからマイクロフィルムを奪い返し警察のおとりとなったキャンディはジョーイと会い、彼にマイクロフィルムを渡すが、1コマ足りなかった。激怒するジョーイはキャンディに乱暴を働き、殺そうと銃を放つのだった…。

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共産圏スパイ組織の機密フィルムをめぐる、キレのあるスリルとサスペンス。そして見事なまでの暴力描写。女性がここまで乱暴に扱われる映画も珍しい。最初はスキップに不意に殴られ気絶し、次はジョーイに乱暴される。殴られ、投げ飛ばされ、命の危険にさらされる。そしてスキップ対ジョーイの死闘はリアルである。スキップの鉄拳がボキッ!ボキッ!とジョーイに重くのしかかる。スキップの鉄拳はキャンディの痛恨を晴らすかのようだ。

それにこの映画は、強烈な恋愛映画でもある。スキップの家に忍び込んだキャンディがスキップに不意打ちを食らわされる。その後の2人はとてもロマンティックである。強力な磁力で惹かれあう。もう後戻りは出来ない。強烈なキス、キス、キス…。反目しながらも唇を重ねる。キャンディはスキップの身を案じてマイクロフィルムを取り返し、スキップはキャンディの恨みとばかり、ジョーイに襲いかかる。

リチャード・ウィドマークは1950年代に入ってから役の軌道修正をしてきてますね。社会の底辺で生きる男ながら、同情の余地はたっぷりある男として「街の野獣」から方向転換、ビリングも一位。堂々としたスターの仲間入りをした訳ですね。そして珍しい“金髪の男優スター”でもあったんですな。当時男優スターに金髪はいなかった。(アラン・ラッドぐらいしか思いつかない…)

ジーン・ピーターズのキリッとした女っぷり、セルマ・リッターの哀しい老女っぷりも、この映画の見所。

しかしなんといっても、強烈な暴力シーン、強烈なキスシーンに心奪われる映画である。

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2009年6月12日

街の野獣

22 1950年<アメリカ>

監督 ジュールス・ダッシン

出演 

リチャード・ウィドマーク

ジーン・ティアニー

クーギー・ウィザース

フランシス・L・サリヴァン

ハーバート・ロム

ヒュー・マーロウ

ストーリー

いつも一獲千金を夢見ているハリー・ファビアンはナイトクラブ「銀狐」の客引きをしている。そのナイトクラブの歌姫メリーはハリーの恋人で、彼が堅気になることを願っている。レスリングの試合場で客引きをしていたハリーは八百長試合に憤慨する世界的な伝説のレスラー、グレゴリウスを見て、彼を担ぎ上げ一儲けしようと企んだ。グレゴリウスとの話し合いは上手くいったが、どうしても興行には400ポンド必要だった。ナイトクラブの主人ノセロスに頼むと、200ポンドを作ってきたら後半分は出してやろうと言われとりあってくれない。方々金策に駆けずり回ったが、誇大妄想狂的なハリーの話に乗るものはいなかった。しかし、彼はノセロスの妻ヘレンに会い、彼女はノセロスと別れて新しいナイトクラブを開きたい、ついては200ポンドを出すから警察に手を廻してナイトクラブの経営許可証を獲得してほしい、そして一緒にやっていこうと持ちかけられる。金の欲しいハリーはこの申し出に同意して、ヘレンには偽造の許可証を渡し、ノセロスから200ポンドを得、待望のレスリング興行へ乗り出すのだった…。

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ハリー(リチャード・ウィドマーク)に現実的になれと言うメリー(ジーン・ティアニー)

400ポンドをめぐって壮絶な騙し合いが始まる。ハリーを客引きに雇っているナイトクラブ「銀狐」の主人ノセロスをその妻エレンが騙す。そしてエレンをハリーが騙す。更にハリーをノセロスが騙す…。

見事400ポンドを手にし、レスリングの興行権を手にしたハリーは、「ファビアン興行会社」を立ち上げ意気揚揚。しかしロンドンのレスリング興行を一手に担っているのはクリストという男。早速ハリーの許へケチをつけにやって来た。だが、ハリーには味方がいた。伝説のレスラー、グレコリウスである。実はクリストとグレゴリウスは親子だった。ハリーを信じて疑わないグレゴリウスにクリストは引き下がる。

しかし、ノセロスはクリストと組んでいた。2人は古い仲だったのだ。ノセロスは200ポンドを作ったのが妻のエレンであることを知っており、彼女とハリーの仲を疑っていた。狡猾な彼は200ポンドを出資する代わりに共同経営者になっていたが、それを「やはり金にならない」と言って反故にする。

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妻エレンとハリーの仲を疑うノセロス(フランシス・L・サリヴァン)

ハリーはノセロスの口車に乗せられ、グレゴリウスが忌み嫌うレスラー、ストラングラーを興行に引き込むことにする。そうすればノセロスの金は安泰のはずだった。

グレゴリウスにも彼の弟子ニコラスと試合することを承知させた。しかしノセロスは手を引いた。ついにハリーは恋人メリーがせっせと貯めていた金を盗み出し、それをストラングラーのギャラに充てる。しかし、ハリーの練習場でストラングラーがグレゴリウスにケチをつけ始めたのがきっかけで、2人は死闘を演じることとなる。そのおかげでグレゴリウスが死んだ。

黙っていないのが息子のクリストだ。彼はその場から逃げたハリーに賞金を懸ける…。

一方ノセロスと別れ、新しいナイトクラブに命を捧げたエレンだったが、開店前に経営許可証が偽造であることが警官にバレるのだった。愕然とするエレン…。

8

騙し、騙された3人の男女、ハリー、ヘレン、ノセロスには破滅しか待っていなかった。

ハリーを騙したノセロスはヘレンに去られ自殺し、ノセロスを騙したヘレンはハリーに騙され夢破れノセロスの許へ帰るが時すでに遅し、ヘレンを騙しノセロスに騙されたハリーは偶然の事故とはいえグレゴリウスを失い追われる身に。

「成功したい」「追われる人生からおさらばしたい」と、一攫千金の夢を追いすぎたハリーはとにかく徹底して“運”に見放された男でもあった。やくざな世界でしか生きられず、金策は口八丁で他人頼み。ようやく“運”が向いたと思ったら、なんと騙されていたとは!!

夢叶って意気揚揚の男から惨めに追われる男に大変身の、ハリー・ファビアン役のリチャード・ウィドマークが上手い。興行主としての幸せに溢れた顔、ノセロスが手を引くと言った時の焦り、ヘレンを騙す時のずる賢い顔、恋人メリーから金を盗む時の悪意に満ちた顔、そしてグレゴリウスを死なせクリストから追われる立場になった時の顔…。

とにかく彼は追われていた。走っていた。映画の冒頭からロンドンの街を走り抜けていた。最後は追われて、追われて、走りに走り、そして走る。汗が滴り落ちる。本当にリチャード・ウィドマークが走りまくる。彼は足が速いね。彼が走ってるだけで、映画に疾走感が出て、説得力が出る…なんて思うのは贔屓目か。

ノセロス役のフランシス・L・サリヴァンも妻を愛しすぎた男として好演。ヘレン役のクーギー・ウィザースも崩れた女の感じが良かった。(名前は読み取れなかったが)グレゴリウス役の俳優さんも堂々とした“これぞ伝説のレスラー”という感じが良く出ていたし、息子クリスト役のハーバート・ロムの無慈悲な男も良かった。ただ、ジーン・ティアニーが急に容色が衰えた感じがして残念だった。

ダッシン監督のキレの良い演出が伝わる作品。

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2009年6月 9日

サンセット大通り

1 1950年<アメリカ>

監督 ビリー・ワイルダー

出演 

ウィリアム・ホールデン

グロリア・スワンソン

エリッヒ・フォン・

     シュトロハイム

ナンシー・オルソン

ストーリー

ハリウッドのサンセッド大通りに面するある邸宅のプールに、若い脚本家ジョー・ギリスの死体が浮かんだ。死んだ彼はそのいきさつを語る。失職ライターのジョーは映画会社への脚本売り込みも意の如く進まず、貧窮のどん底にあった。ある日月賦の払込み不足から自動車会社の男に追いかけられたジョーは、サンセット大通りにある荒れ果てた邸宅に逃げ込む。そこにはサイレント映画の大女優ノーマ・デズモンドが、執事のマックスと共に過去の夢に生きていた。ジョーが脚本化だと知ると、ノーマは主演を念願し自ら書いている「サロメ」の脚本をまとめるようジョーを邸に住み込ませることにした。若いジョーにとって、この妄想狂の老女の相手は空虚な生活に違いなかったが、ずるずるとハマり、ノーマと抜き差しならない関係に落ち込んでいくのだった…。

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  死体が語る…。ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)

壮絶すぎるほど“グロテスク”な物語。

世間から忘れられたサイレント映画の大スター、ノーマ・デズモンドと彼女に仕える忠実な執事マックス。ところがノーマは自分が過去の人物だとはまったく気づいていない。ファンレターは来るし、映画の構想もある。ただ依頼がないだけ。しかしノーマは強気である。サイレント映画の偉大さを語り、自分が映画界に返り咲く自信は満々である。

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過去に生きる女、ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)

ビリー・ワイルダー監督はとっても意地悪である。“これでもか”というように、ノーマ・デズモンドを「過去」の偉大なる大スターとして描いている。すなわち、「今」は落ちぶれ忘れ去られた人物として。

ノーマ・デズモンドの周りは全て時代ががっている。彼女の許に集まる友人はこれまたサイレント映画時代の化石である。バタスー・キートン、アンナ・Q・ニルソン、H・B・ワーナー…。ノーマが観る映画も自分の映画だけである。(そしてそこに映された映画は、皮肉にも執事役のシュトロハイムが監督し未完に終わった「ケリー女王」である)

そして、ノーマの忠実な執事のマックスである。ノーマのことを「奥様」と言いかしずいているが、かつてはノーマを発掘し、自ら監督し、夫であった男なのである。この不気味な設定には絶句するしかないのである。そしてジョーにノーマの執事になった顛末を告白するシーンは、シュトロハイムのイミテーションである。

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時代物の車で出かけるマックス(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)、ジョー、ノーマ

まるでノーマもグロリア・スワンソンのイミテーションのようだが、やがてジョーを愛しはじめたノーマが彼の心を繋ぎとめるために、水着美人(駆け出し時代やっていた)やチャップリンの物まねをしてみせたり(やはり駆け出し時代、チャップリンの映画にチョイ役で出演したことがある)する場面は鳥肌ものである。

そして、大御所監督セシル・B・デミルの登場である。グロリア・スワンソンとコンビを組んで大ヒットを飛ばした監督。実名での登場である。そしてノーマを「ヤング・フェロウ」と呼び、「サロメ」のひどい出来の脚本に弱りながらも巧みにかわし、彼女を手厚く迎える。

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       ノーマと、セシル・B・デミル監督

ノーマは、「サロメ」のことで呼び出しがあったのだと思いいそいそと撮影所に駆けつけ、皆から盛大に歓迎されるが、実はノーマの車をあるスターの映画に貸してもらえないかという皮肉に満ちたものだった。

ノーマのヒモとなり下がり恋もままならない、仕事にも嫌気がさしてくる、自分にもほとほと嫌気やさし邸を後にする決心をするジョー。一方ノーマは「サロメ」に傾倒していく。「サロメ」はノーマの命そのもの。「サロメ」を演じるため若返りの努力は狂気じみ、ついには「サロメ」そのものになってしまう幕切れは壮絶だ。

グロリア・スワンソンもシュトロハイムもよく役を引き受けたなぁ。2人は真の「プロ」である。

コメデイー映画の評価が高い監督だが、「深夜の告白」や「失われた週末」、それにこの作品のような“怖い映画”の方が好きである。実はビリー・ワイルダー監督の真価は、“怖い映画”の方にあるのだと思っている私である。

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2009年5月18日

リオ・ブラボー

1_21959年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演 ジョン・ウェイン/デイーン・マーティン/リッキー・ネルソン/アンジー・ディッキンソン/ウォルター・ブレナン/ワード・ボンド/ジョン・ラッセル/クロード・エイキンス/ペドロ・ゴンザレス=ゴンザレス

ストーリー

メキシコとの国境に近い町リオ・ブラボーの保安官チャンスは、酒場の揉み合いで殺人を犯したジョーを逮捕した。しかし、ジョーの兄ネーサン・バーデットはこの地方の勢力家で、部下に命じて町を封鎖したため、チャンスは窮地に陥る。チャンスに加勢を申し出た親友のホイーラーはバーテットによって雇われた殺し屋に射殺され、駅馬車の故障で取り残された女博打師のフェザースは町から出られなくなった。チャンスの味方は飲んだくれの相棒デュードと足の不自由な老人スタンピー、そしてホイーラーと共に町にやって来た銃の名人コロラドだけだった。合衆国司法執行官が町へ着くまでの6日間、この少ない人数だけでバーテットの手からジョーを奪われずに町は守れるのか…?

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 デュード(ディーン・マーティン)とチャンス(ジョン・ウェイン)

汚いなりのデュードがそろりと酒場の裏口から入って来る。見渡せば、酒、酒、酒である。なんとか酒にありつきたいデュードはジョーの勧めに乗る。するとジョーは銀貨をたん壺に投げ入れる。拾おうとするデュード。しかし、「足」がたん壺を蹴る。チャンスの登場である。

出だしから快調そのもの。人物描写も冴えている。

まずはデュード。酒に呑まれた人生の惨敗者である。

ホイーラー殺しの犯人を追い詰めたチャンスとデュード。しかし、怪我をさせただけで逃してしまう。犯人の行く先は…バーテットの酒場しかない。今まで酒場の裏口から入り続けていたデュードが、「これからは入り口から入る」と宣言して、見事犯人を射殺する。

しかしデュードは酒の禁断症状に苦しめられる。手が震えタバコが巻けない。それが彼を苦しめる。そしてある事件をきっかけにコロラドの活躍も相まって、ついにはチャンスの相棒から降りようとする。しかし、酒を断つことに完全に勝利し、その時からデュードはチャンスにとって頼もしい相棒となる。

デュードがタバコを巻けずに折ってしまうと、すぐチャンスが代わりのタバコを差しだすのも何気ないが良いエピソードだ。

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      酒を断つデュード(ディーン・マーティン)

そして、途中からチャンスとデュードに加勢するコロラド。

ダイナマイトや燃料を輸送する馬車隊のボス、ホイーラーと共に町へやって来た拳銃の早打ち名人である。しかしホイーラーの死によって、町に留め置かれることになる。チャンスがフェザースをイカサマ師だと疑ったとき、彼女の嫌疑を晴らしてみせたり、「皆殺しの歌」をバーデットが楽団に演奏するよう指示して帰ったことをチャンスに知らせたり、チャンスがバーテット一味に捕まった時、それを助けたことによって彼の助手に抜擢される。若いのになかなか目端が利くんである。

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       コロラド(リッキー・ネルソン)

主役を張る保安官チャンス。

正義と人情の男である。酒に呑まれたデュードに厳しく接しながらも、彼が立ち直るのを誰よりも信じ待っている。デュードが質に入れた拳銃も買い戻し手入れをし、服も着られる日まで保管している情に厚い男。スタンピー老人も彼の愛の対象だ。しかし女には弱く、ぶっきらぼうである。フェザースには最初は素性が知れた女だと軽蔑の眼で見ていたが、彼女の身の上話(なぜ手配書にのるようになったか)を聞くうちに一気に惹かれていく。

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         チャンス(ジョン・ウェイン)

しかしこのチャンスという男、恋にのぼせているのか結構ドジを踏む。何度もバーテット一味に捕まりながら、誰かに助けられる(コロラド、フェザース、デュード、スタンピーにまで!)助けるより助けられるほうが多いと思う。それでいいのか、保安官よ…。

チャンスが恋する女、フェザース

結婚した男がイカサマ師だったことから、手配書に載る危険人物。バクチ打ちでもある。チャンスに興味を持ち、バーテット一味から逃れられる最後の駅馬車に乗らず町に残る変わり者。常に強気で冷静で…。この女性像、ローレン・バコールの完全なるイミテーションであるのが分かる。

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       フェザース(アンジー・ディッキンソン)

チャンスを守ろうとバーの椅子で眠るフェザースをチャンスが何も言わず抱き上げ部屋へ連れて行くシーンはとてもセクシーである。2人の関係はとても“性的な匂い”がたちこめる。

足が不自由な老人スタンピー。

ジョーのお守りばかりで不平不満だらけのやたらと銃をぶっぱなしたくてしょうがないという、カクシャクとした男だ。実は昔バーデットに自分の土地を奪われていたせいで、彼に恨みを抱いている。

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        スタンピー(ウォルター・ブレナン)

歌で男の友情を確かめ合うシーンも良い。クライマックスまで目が離せない。最後の大爆破シーンなど壮観のなにものでもない。

ジョン・ウェインも久々に、1956年の「捜索者」以来西部劇に帰ってきて生き生きしている。ハワード・ホークス監督とっても4年ぶりの監督作品である。力作である。

さて、この映画は「真昼の決闘」の嫌悪感から作られたそうだが、なるほど、チャンスはホイーラー達素人の助けは要らないというセリフがある。その通り、プロ集団の見事な“仕事”であった。

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2009年5月17日

紳士は金髪がお好き

10 1953年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演

マリリン・モンロー

ジェーン・ラッセル

チャールズ・コバーン

エリオット・リード

トミー・ヌーナン

ストーリー

ブロンド美人のローレライとその親友でブルネット美人のドロシーはニューヨークのナイトクラブの花形スター。ローレライはなかなかのチャッカリ娘で金持ち息子ガスの心をとらえ婚約にこぎつける。その婚約者のおかけで2人は豪華客船でパリへ渡ることになった。ところがローレライの素行を疑う婚約者の父親はこの船に探偵アーニーを乗り込ませていた。そんなことは露知らず、浮気でダイヤモンドに目がないローレライは早くも鉱山王ビークマン卿にモーションをかけるが…。

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ナイトクラブの花形スター、ドロシー(ジェーン・ラッセル)ローレライ(マリリン・モンロー)

この映画はもう2人のグラマー女優の楽しい競演にただただ酔いしれるのみ。2人のショー場面もたっぷり。ホークス監督大サービスです。

しかし、だからといって「話」が無いわけじゃない。原作は女流作家アニタ・ルースが1920年代に発表したベストセラー。なかなか“皮肉”が効いてる作品でもある。

マリリン・モンロー扮するローレライは1920年代に現れた“フラッパー”の典型的な人物。男を選ぶ基準はズバリ「経済力」。婚約者ガスのことを“ダディ”と呼んではばからない。対する親友のドロシーはお金より「色男」。ローレライはドロシーのことを心配し、金持ちを紹介しようとするが、実は自分でも値ぶみしているというしたたかな面も。

パリ行の豪華客船でローレライのターゲットは決まった。南アフリカ第二のダイヤモンド鉱山を所有するビークマン卿の妻が持っているダイヤで出来たティアラだ。一方ドロシーは盛んにモーションを掛けてくる「色男」アーニーをガスの父親が送り込んだ私立探偵とは知らずに恋に落ちるが、ある日彼がローレライとビークマン卿の写真をこっそりと撮っている場面に出くわし、アーニーの正体を知る…。

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    ダイヤモンドのティアラに大興奮のローレライ

マリリン・モンローが、「ダイヤモンドは女の友達」を可憐に披露すれば、ジェーン・ラッセルは、モンローのパロディを裁判所で演じる。

中でも目を引かずにいられないのは、ドロシー演ずるジェーン・ラッセル。モンローが肉体美を盛んに賛美されていたこの絶頂期に、その上を行くダイナマイト・バディである。そしてなんといっても、“パワフル”の一語に尽きる。モンローは“受け身”の肉体美、ジェーン・ラツセルは“攻撃的”な肉体美である。

そういう訳で、私はモンローよりジェーン・ラッセルに「1950年代のアメリカの豊さ」を見るのである。映画自体は、1920年代の原作の味は薄めれているものの(だって映画の時代背景は1950年代)ザッツ・1950年代の豪華で楽しい作りであった。

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2009年5月16日

モンキー・ビジネス

5 1952年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演

ケイリー・グラント

ジンジャー・ロジャース

チャールズ・コバーン

マリリン・モンロー

ヒュー・マーロウ

ストーリー

科学者のバーナビーは会社の研究所で若返りの薬を開発中で、そのことで頭がいっぱいだ。妻とパーティに行くはずだったが気もそぞろでやめてしまう有様だ。あくる日、たまたま研究室が無人になったときに、実験用に飼育していたチンパンジーが檻を抜け出し、バーナビーが研究していた薬にいたずらをし、それを飲料用のタンクに入れてしまう。そんなことは全く知る由もないバーナビーは自ら実験体になり薬を飲むが、薬の苦さに思わず飲料水を飲んでしまう。すると身も心も若返ったバーナビー。そして研究室にやって来た妻エドウィナは夫の研究の助けになればと薬を飲み、同じく飲料水を飲むと…。

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バーナビー(右、ケイリー・グラント)が開発したストッキングを見せる社長秘書ミス・ローレル(マリリン・モンロー)

若返るのである。いい歳をした大人が(ケイリー・グラントは48歳、ジンジャー・ロジャースは41歳)5歳児ぐらいまで“退化”するのである。

エドウィナは新婚当時に戻りカマトトとなり、バーナビーは近所の子供とインディアンごっこに励む。薬の効力は一度眠ってしまうと元に戻るのだが、ついにはバーナビーが赤ちゃんにまで“退化”…?眠りから覚めたエドナはパニックに!!

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 5歳児のバーナビーとエドウィナ(ジンジャー・ロジャース)

この映画は、その“幼い演技”(これが本当のサルまねか)をいかに耐えるかにかかっている。2人の退化した演技を楽しく鑑賞出来れば「大成功」である。しかし、耐えかね、恥ずかしい・見ていられない…と思えばもうこの映画は何の価値も見出せないだろう。

まぁ、「価値」といっても大したものがある訳ではないのだが…。

しかし、ケイリー・グラントの“なりきり”は一見の価値ありである。楽しくなる…というか、感心の部類に入る演技をしてらっしゃる。彼は何をやららせても上手いんだなぁ。流石である。ジンジャー・ロジャースは…意見が分かれるところだろう。彼女は基本的にコメディエンヌだと思うのだが、今作の“なりきり”私は何も言うまい…。

随分とふっくらしたマリリン・モンローが無邪気な社長秘書役で作品に華を添えているのが、この映画の救いどころでもある。

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2008年10月 1日

熱いトタン屋根の猫

1 1958年<アメリカ>

監督

リチャード・ブルックス

出演

エリザベス・テイラー

ポール・ニューマン

バール・アイヴス

ジャック・カースン

ジュディス・アンダーソン

ストーリー

“ビッグ・ダディ”と家族の者から呼ばれる大農園主ポリット家の当主が邸に帰って来た。65歳の誕生日を迎える彼を、長男のグーパーとその妻メエ、蛙の化け物のような2人の5人の子供たちがことさら仰々しく歓迎した。癌という不治の病の“ビッグ・ダディ”の莫大な財産を何とか有利に相続しようというのだ。しかし“ビッグ・ダディ”には真実は隠されていた。自分は健康体だと信じて疑わない“ビッグ・ダディ”。彼にはもう1人、次男のブリックがいた。フットボール選手だったブリックと、彼の妻マギーは父にとって信頼するに足る夫婦だったが、しかし現在のブリックは酒に溺れ仕事も辞め、妻マギーとも「夫婦生活」をしようとしない焦燥の日々を送っていた…。

※ 先日お亡くなりになったポール・ニューマン氏を偲んで、「追悼、ポール・ニューマン」をお送りいたします。

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言い争いの絶えない“愛”の無い夫婦、ブリック(ポール・ニューマン)とマギー(エリザベス・テイラー)

ブリックは酒に酔い競技場でハードルを飛び越えそこね、足を骨折したばかり。自暴自棄になっている。そして、妻マギーと肌を合わそうとさえしない。その様子は隣の部屋の兄嫁に筒抜けだ。そんな欲求不満な生活を強いられる妻マギーもヒステリー気味だ。それを、「熱いトタン屋根の猫みたい!」とブリックに訴えると、「愛人を作れ」という答えが返ってくるだけだ。しかしブリックを愛しているマギーは今はなんとか踏みとどまる気でいる。

そんな中、“ビッグ・ダディ”が飛行場に着いた。騒々しく歓迎する長男一家とは裏腹に、静かに“ビッグ・ダディ”を見守るマギー。

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“ビッグ・ダディ”は、マギーの運転する車で皆を置いて屋敷まで帰ってしまう。マギーは“ビッグ・ダディ”が好きだった。彼はマギーに、「わしはまだ死なん。人生に未練がいっぱい残っている。これから楽しむんだ。」と、自分が築き上げた帝国を見ながら言った。

“ビッグ・ダディ”は一代で大農場主・大富豪にまで登り詰めた人物だ。誰も信用せず、妻をも愛さず、ただひたすら事業を大きくすることだけに力を傾けてきた独裁的な男だ。

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        “ビッグ・ダディ”(バール・アイヴス)

その父親の余命がいくばくもないことは、ブリックにも知らされた。知らないのは“ビッグ・ダディ”、その妻とマギーの3人だけだった。庭では偽善的なパーティが続いていた…。

マギーが部屋へ帰ると、ブリックは帰り支度をしていた。マギーにも“ビッグ・ダディ”の余命が知らされた。一緒に帰ろうとブリックは言う。しかしマギーは、このまま帰ってしまうと財産は兄夫婦のものになる、このままじゃ負けると譲らない。そしてしんみりと、「何がいけなかったの?」と夫婦の問題に切り込んできた。「“スキッパー”のこと、告白したのが間違いね」と言うと、ブリックの顔は焦りに満ちた。“スキッパー”のことをとことん話し合い誤解を解きたいマギーだが、ブリックはいつも逃げるのだ。

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そこに、“ビッグ・ダディ”が姿を現した。ブリックと酒を交わし、「秋晴れの気分だ」と言う。「今までは急いで生きて来たけど、これからは遊ぶぞ」と宣言する。しかし、ブリックの酒癖のことで2人は口論となる。ついに“ビッグ・ダディ”の口からも、そんなに酒を飲むのは“スキッパー”の死が原因だということが漏れた。

間違ってはいなかった。ブリックにとって“スキッパー”は、誰よりも―妻のマギーよりも―愛していた男だった。ブリックも観念した。マギーが呼ばれた。ブリックの死の真相を正すために…。

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― この映画の要点は、“人間の醜さ”“人生の修正”“親子愛の修正”“夫婦愛の修正”の4点だと思う。

「夫婦愛の修正」はなかなか複雑である。一気には解決しない(できない)問題をはらんでいる。

ベッドを共にしないが離婚もしない異常な関係の夫婦が一組。日々の詳細は隣の部屋の兄嫁から母親に筒抜けだ。そして“ビッグ・ダディ”にも。夫婦がこうなったのは一人の人間の「死」に原因があるようだ。

一番の原因だと思われている妻マギーは、夫ブリックを心から愛している。だからいつ何時でも2人で、彼のためにフットボール・チームまで作らせた“スキッパー”が憎かった。そして復讐の時が訪れる…。ブリックが怪我で入院中、スキッパーは無様なプレーをし、チームは大敗。彼は酒に酔った。チャンスだ…。しかしマギーは悪女になれず、ブリックの愛を失うのを恐れて、スキッパーの許から逃げ帰ってしまう。

しかし、ブリックは信じてはくれない。その後、スキッパーからブリックに電話があって、マギーと寝たと告白されたのだ。ブリックは電話を切って再三かかって来たベルに2度と出なかった。そしてスキッパーは自殺をしたのだった。

電話に出なかったことが、スキッパーの自殺の原因だとブリックは言う。彼は怯えていた。信じられなかった。彼は泣きだして、「君がいないとダメだ。助けてくれ」と言う。聞いていられなかった。ベルは悲鳴のように鳴り続けていたけど、取れなかった、と。

ブリックがマギーと「夫婦生活」を営もうとしないのは、スキッパーがマギーと寝たと告白したことを信じているから。そして酒に溺れるのは、スキッパーの自殺が自分に原因があると考えているからだ。

しかし、ブリックは“ビッグ・ダディ”に「なぜ離婚せん」と詰め寄られると、だんまりを決め込むのだ。

“ビッグ・ダディ”は、事実は事実。彼はブリックが殺したんじゃない。自殺したんだ。大人になれ、妻や人生から逃げるな、現実を直視しろと強い調子でブリックに迫るが、彼はハッパをかけられ立ち直れるような男ではなかった。とことん、潰れているのだ。

「夫婦愛の修正」は「人生の修正」と「親子愛の修正」を経て行われることになる。

反対に「人生の修正」と「親子愛の修正」はあっさりと行く。ありきたりだ。

ブリックがうっかり、「パパはじきに死ぬんだ」と口を滑らせた時、初めて“ビッグ・ダディ”は衝撃というものを受ける。1人地下室にこもって思いを巡らせる…。

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その間、部屋では醜い遺産相の言い争いが繰り広げられる。ブリックの酒癖を攻撃する兄夫婦。マギーがブリックに遺産をあげないための陰謀だ、貪欲で汚いと訴えると、兄嫁によるマギーへの攻撃。(子供が出来ない理由だって知ってるんだから!!とまで言い出す始末だ)ブリックばかり可愛がってきた母親への恨みつらみ…。それを聞きながら、ブリックは地下室へ下りていく。

「なぜわしに頼らんで、スキッパーを頼った。家族の方がお前を愛しているのに。何でも買ってやったぞ、忘れたのか?」という言葉にブリックは敏感に反応する。「物はいらない!!」と 。そして地下室の骨董品を壊し始める。自分の等身大のパネルを「クズだ!!」と言って叩き割る。そして、ボスではなく「父親」が欲しかったんだと、ブリックは言った。愛情が欲しかったと。お互い古い付き合いだけど他人なのだ、と言う。

話は“ビッグ・ダディ”の父親にまで及んだ。彼の父親は浮浪者だった。貨車のただ乗りをしていた。貨車を追いかけていて、心臓まひで死んだ。遺体は線路わきに埋めた。浮浪者のくせに笑いながら死んだ。ブリックは、「子どもといつも一緒にいられたから、幸せで笑ったんだよ」と言った。「わしも浮浪者の父親を愛していた」と“ビッグ・ダディ”が応えた。

ところでお前には生きていく勇気があるか?と、“ビッグ・ダディ”はブリックに向かって言い、やってみよう、助け合ってその階段を登ってみようと、地下室の階段をブリックと共に登った。

地下室で「人生の修正」と「親子愛の修正」が行われた。

兄夫婦が母親に書類にサインさせようとしている中(母親はガンとして、「私はまだ未亡人じゃない」とサインに応じない)、兄嫁がマギーも遺産を狙っていると攻撃すると、マギーは高らかに、「ブリックは何も欲しがっていません。たとえ“ビッグ・ダディ”がくださっても辞退するでしょう」と言った。そこに、“ビッグ・ダディ”とブリックが現れる。部屋は書類が散乱している。

兄夫婦が慌てて書類を隠そうとすると、それを取り上げ、「虚偽の匂いがするな」と言う。「虚偽の悪臭がプンプンだ」と。それは“死”の匂いだと“ビッグ・ダディ”は言い放つ。

そしてマギーの重大発表が、「夫婦愛の修正」につながる。長い道のりだったが。たとえそれが“嘘”だとしても、本物に変えてしまうマギーの力強さがある。

「人間の醜さ」は映画全体を貫いていて楽しめる構造になっている。“ビッグ・ダディ”と皆から呼ばれながらも、妻も息子たちさえ誰も愛したことはない独裁者の父親。酒に溺れ、マギーを避けるブリック。“ビッグ・ダディ”を愛しながらも、実体験から貧乏生活はまっぴらごめんだと思っているマギー。“これ見よがし”に遺産を狙ってくる兄夫婦。遺産を独り占めするためら、マギー夫婦の私生活を暴くのさえ厭わないその根性の汚さぶりはかえって痛快なほどだ(兄嫁がナイス・キャラだ!!)。

しかし、「夫婦愛の修正」までのプロセスの複雑さ・面白さから見れば、「人生の修正」「親子愛の修正」はありきたりすぎて、面白みが全くといっていいほど、ない。演出も平凡だ。映画の前半(マギー夫婦の私生活と“ビッグ・ダディ”の帰還、なぜマギー夫婦がベッドを共にしなくなったのか)後半(「人生の修正」「親子愛の修正」「夫婦愛の修正」)の出来がこうも割れた映画も珍しいかもしれない。

ポール・ニューマンは、スキッパーという“男”を愛しながらも、マギーをも愛さずにはいられないという複雑な性癖の男を好演。

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2008年9月25日

遊星よりの物体X

X6 1951年<アメリカ>

監督 

クリスチャン・ナイビー

出演

ケネス・トビー

マーガレット・シェリダン

ロバート・コーンウェイト

ダクラス・スペンサー

ジェームズ・アーネス

ストーリー

アラスカの米軍基地は、北極の科学研究所から謎の飛行物体が落下し、磁力計が狂っているという連絡を受ける。司令部から北極に到着したヘンドリー大尉は、キャリントン博士から報告を受け、スコット記者らと共に落下地点へ向かい、一部分を除き氷に埋もれた円盤を発見する。氷から掘り出すために爆弾を使用するが、爆破と共に円盤に引火、円盤は爆発し飛散する。ガイガー・カウンターが反応する辺りを調べると、氷の中に人のような「物体」が確認できたので、ヘンドリー大尉たちは氷ごと「物体」を掘り出し、科学研究所に持ち帰るが…。

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                          これが謎の円盤だ!!

キャリントン博士は宇宙の神秘だと心躍らせているが、「物体X」の見張りに立った軍側は戦々恐々だ。氷の奥から覗く頭と目がこちらを見ている…。4時間交代は2時間交代に短縮された。

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キャリントン博士(ロバート・コーンウェイト)、助手のニッキー(マーガレット・シェリダン)、ヘンドリー大尉(ケネス・トビー)

交代に立った兵士が、「物体X」に支給された電気毛布をかけてしまった。そして、兵士は怪しい影に襲われる。拳銃で激しく応戦する…。ヘンドリー大尉一行が駆けつけると、溶けた氷には人形の跡が残っていた。そして研究所の外では、「物体X」が犬と交戦中だった。急いでその場に駆けつけるが、「物体X」は犬3頭を殺し、噛みちぎられた「腕」を残して姿を消していた…。

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その後のキャリントン博士たちの研究で、「物体X」の“腕”は植物性のものと判明する。「物体X」の星では植物が進化したのだ。

ヘンドリー大尉たちはその後も「物体X」の捜査を続けたが、どこにもいなかった。しかしキャリントン博士は温室で目ざとく植物の一部が枯れてるのを発見する。ごみ箱から血の抜かれた犬の死骸が出てきたことから、「物体X」は生きていると確信する。キャリントン博士は「物体X」と意思疎通してみせると頑なだった。また温室に戻って来る。それまで科学者連中で見張りを立てることにした。軍には内緒で…。

X14ついに「物体X」が温室に姿を現した。見張りの2人を惨殺し、駆け付けたヘンドリー大尉たちをも一撃で倒そうとする。犬に噛みちぎられた腕はもう生えていた。とっさに銃を発射し、ドアを塞いで温室に閉じ込めたが安心は出来ない。キャリントン博士もついに悟った。未知なる「物体」との戦いに巻き込まれたと。体力も知力も人間を凌ぐ。我々は「物体」の“養分”にすぎないと…。

しかし、キャリントン博士の「物体X」への執着は相当なもので、ヘンドリー大尉とキャリントン博士は対立する。しかし、恐れをなした科学者たちがヘンドリー大尉側に付いた。大尉は「物体X」を焼き殺そうとするが、すんでのところで将軍からの電信で「物体X」は生かされることになった。「もっともなことだと思うね」と捨て台詞を吐くキャリントン博士。

…猛吹雪でもう外からの見張りは出来なくなっていた。すると、不意にガイガー・カウンターが上がり始めた。もう一刻も争っていられない。ヘンドリー大尉は「物体X」を焼き殺すことにする。ありったけのガソリンを集めて、「物体X」を待った。すると電気が消え、突然「物体X」が現れた。皆は「物体X」に向かってガソリンをかけ、火を点けた。火だるまになった「物体X」は窓を破り、逃げ去ったが…。

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― ハワード・ホークス監督が独立プロ「ウィンチェスター・プロ」で作った2作品のうちの1作。

「プロデューサー」に徹したはずなのに、映画にかかわった者が皆監督はホークスだったと言っているので、主導権を完全に握り自ら操縦もしたんでしょうねぇ。

出演者も題材も限りなく“B級”なのに、映画自体は“A級”ですよ。良く出来ています。SF映画の古典「地球の制止する日」と同じく“異星人襲来映画”の先駆けだと思われれますし(作られたのは同じ年)、随所にハワード・ホークスらしい演出が効いています。

まず、「男」の映画であるということ。男の中の男「軍人」の一団がありとあらゆる脅威から見事生還する。

もちろん、ヘンドリー大尉とキャリントン博士の助手ニッキーとの恋愛シーンも随所に見られますが、2人のシーンは「脱出」や「三つ数えろ」のボギーとバコールをチラリと思わせます。(マーガレット・シェリダンもなかなかのクール・ビューティなんですね)

そして、「軍人」VS「科学者」の構図が飛びぬけて良い。

「軍人」は「物体X」をあくまでも“外からの脅威”と見抜き、「物体」を排除しようとする。対する「科学者」キャリントン博士は「物体X」を科学の勝利とみなし、知恵を授かろうとまでする。「物体X」が知力も体力も人間より凌ぎ、想像もつかない“脅威”だと知っているとしても。

勝手に血漿を持ち出し、「物体X」の手の種子を土に撒き血漿を注入するのだ。そして物凄いスピードで成長したものは…恐ろしいものだった。何千体の「物体X」が作り出されるのか。そしてその物をめぐってヘンドリー大尉と対立する。大尉は皆に公表すべきだと。博士は素人には何も分からないのだと。

いよいよガソリン攻撃でも駄目で、強力な電磁波攻撃へ転じるとき、キャリントン博士は「物体X」が現れると、電源を切ってしまうのである。そして「物体X」に近づき、「私は味方だ」だと宣言するのだ。

このすっとこどっこいな博士は、後のSFホラー映画でよく見られる、頑固で機転の利かない科学者のハシリであろう。

ずっとヘンドリー大尉にへばりついて、「記事を書かせてくださいよ。」「物体Xが来たら写真を撮らせてくださいよ。」などと言っている割に記事を差し止められ、記者の仕事を与えられず、「物体X」の排除に躍起になるスコット記者もいいキャラクターだ。

1982年には、ジョン・カーペンター監督により「遊星からの物体X」としてリメークされる名作である。

しかし、皆放射能が強い所にいながら普通の服って…。「物体X」にやられなくても放射能に汚染されて寿命は短いに違いない。

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