映画 1950年代 アメリカ

2009年10月12日

地獄の戦場

5 1951年<アメリカ>

監督 ルイス・マイルストン

出演 リチャード・ウィドマーク

    ジャック・パランス

    カール・マルデン

    レジナルド・ガーディナー

    ロバート・ワグナー

ストーリー

第二次世界大戦下、米国海兵隊B中隊は南太平洋のある島に上陸した。上陸後、日本軍のロケット砲の集中砲火をあび前進出来なくなる。意外である。敵軍にロケット砲の装備はなかったはずだ。任務に着いた中隊長アンダースンは、洞穴の中にいる日本人将校らが降伏を求めているとの情報を得る。アンダースンは小隊を率いてその洞穴へと赴くが…。

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      中隊長アンダースン少尉(リチャード・ウィドマーク)

日本のロケット砲が無尽蔵に飛んでくるという、ちょっとありえない設定の映画だったが、戦争の無情さは良く描けていると思った。

戦争から逃げたいと願いながら戦わずにはいられない男。それを知りながら見ているしかない男。ガダルカナルの生き残りの部下たち。日本兵の執拗な攻撃にあい、一人、また一人と死んでいく…。

アンダースンはガダルカナルの戦いで、44人中7人しか帰還させられなかったことに頭を痛め、戦争から逃げたいと願いながら逃げられず、何かあると片頭痛を発症させるまでになっている病人である。しかし、今作戦もガダルカナルの生き残りを再び連れて、島を占領し、日本兵を捕虜にする役目を負っている。彼らを失う恐怖とまた戦わねばならない。辛い立場だ。

“ドク”はガダルカナルでのアンダースンの命の恩人だ。“ドク”は、アンダースンの心の内を知りながら、彼に言われるがまま薬を処方してしまう。本当は薬などではアンダースンの片頭痛を癒すことは出来ないと知りながら。そして島に上陸すると、何やらメモを書き始める。アンダースンに宛てたものだ。

                  “ドク”(カール・マルデン)

7_2“コンロイ”“ピジョン”“坊や”は、ガダルカナルの生き残り組だ。特にコンロイは教師時代のアンダースンの教え子で、彼には大変世話になっていた。どもりを直し、卒業生総代にまでなった。上陸前は戦いを放棄しようとするが、アンダースンに励まされ、そしてアンダースンの戦う姿に勇気を得て立ち上がる。

“ピジョン”はボクサー上がり。“坊や”は姉がハワイで日本人と結婚したことから傷つき、敏感になっている。“ピジョン”は“坊や”を「俺のマネージャー」と呼び可愛がっている。

戦場でウイスキーを作るのを生きがいにしているツワモノもいる。しかし、いざ戦いとなると彼ほど頼れるものはいないという。

そんな男たちと通訳、従軍記者を連れ、日本兵のいる洞穴へやって来たアンダースン。しかしこの洞穴から、生き地獄が待っていた…。

嘆く“ピジョン”(ジャック・パランス)と“坊や”

11_3 捕虜を司令部に送り届けるまでに、ガダルカナルの生き残りが一人、また一人と死んでいく。“坊や”は日本兵を皆殺しにしようとし、“ピジョン”にたしなめられるものの自滅して果てる。“ドク”も例外ではなかった。衛生兵とて戦争の犠牲になるのだ。彼は従軍記者に書きかけのメモを託して亡くなった。

その間にも日本のロケット砲は止む気配を見せず、司令部をいらつかせる。捕虜を連れ帰って尋問するが、なしのつぶてだ。しかし、自決した将校から獲得した地図と、“坊や”の遺品から出てきた洞穴にあった地図を照らし合わすことによって、ロケット砲の場所を特定しようとする試みが続くが…。総攻撃までのタイムリミットはあと55分…。

その間、本隊に帰った“コンロイ”がロケット砲により、死んだ。アンダースンが教師時代どもりを直す言葉として使った「希望は万人の母なり。皆それを胸に活きるべし」という言葉をアンダースンに残して…。

“ドク”と“コンロイ”の死がアンダースンを追い詰める。吐き気に襲われ自暴自棄になる。しかし、“ドク”の残した遺言めいたメモがアンダースンを再び駆り立てる…。

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リチャード・ウィドマークが、片頭痛に苦しみながらも何かに突き動かされるように戦う男を熱演している。特に温厚で誠実な教師時代から、島へ上陸前の心の弱さをさらけ出す表情、しかし上陸後は頼れる中隊長としての顔、仲間を失い片頭痛に苦しむ姿、しかし仲間の死を乗り越え、さらに前進する姿は、個性派から演技派への道をひた走るウィドマークの姿と重なる。素晴らしい。

日本のロケット砲の場所を探し当てるのは、実に呆気なかったが、その間までの105分間(映画は114分)は流石巨匠ルイス・マイルストンである。ひっぱりにひっぱり、アンダースンの苦悩、その他兵士の個性、日本兵捕虜の個性を充分に描き切っている。

日本兵の描き方も特に偏ったところがなく、捕虜になって辱めをうけるよりは最後は自決する…というのは、1951年当時外れのない描き方で驚かされる。

まぁ、日本兵の苗字に少しおかしいものがあったのと、ガダルカナルの戦いの後で日本軍にロケット砲を無尽蔵に降らせることが出来る余力があったのか疑問だが、それにせよ、戦闘場面は迫力いっぱい、ウィドマークも迫力いっぱいで満足のいく出来であった。

6_2

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2009年8月27日

四十挺の拳銃

3 1957年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演

バーバラ・スタンウィック

バリー・サリヴァン

ディーン・ジャガー

ジョン・エリクソン

ジーン・バリー

ストーリー

1890年代。力が物を言う西部開拓時代のアメリカ、アリゾナ州コーチス郡。そこは女ボス、ジェシカが牛耳る町だ。彼女は大牧場を経営するかたわら、賄賂で政治家をてなづけ、40人の荒くれどもからなる武装集団を従えていた。ある日、郵便強盗を逮捕するため、2人の弟と共にこの町へやって来た連邦保安官のグリフは、町で暴れ無法の限りをつくしていた男ブロッキーの逮捕に貢献する。しかしプロッキーがジェシカの弟だったことからすぐに釈放され、郵便強盗として逮捕された保安官助手はジェシカの手下によって殺されてしまう。一方グリフの上の弟ウェスは鉄砲加治屋の娘と恋に落ちる。やがてグリフとジェシカも惹かれあうが…。

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     女ボス、ジェシカ(バーバラ・スタンウィック)

大平原をゆっくり進む粗末な2頭立て馬車。その姿に黒い雲がかかる。その向かいから勢いよくジェシカを先頭に40頭の馬が土埃を残して走り去る。馬車に乗っていた3兄弟はすっかり汚れてしまって、街に着くと公衆浴場へと急ぐがそこにはジェシカの弟ブロッキーが酒に酔い街を破壊していた…。

ハワード・ホークス的な西部劇の趣があるが(登場人物が歌を披露するしね)、それを裏切らない映画の出来である。

女ボスの姉の威光の陰で傍若無人な振る舞いに及ぶ弟。その弟を歩き方一つでビビらせる男グリフ。無敵の男として有名なグリフ。連邦保安官として正義を実行するが、銃には決して頼らないのだ。もう10年も人を殺していない。しかし、弟の逮捕も無情にジェシカの力ですぐに釈放になってしまう矛盾に唇を噛みしめる。

コーチス郡ではジェシカの力が物をいう時代だが、1890年代という時代ははニュー・フロンティアの時代。グリフは自分が時代遅れの人物だと悟っている。だからボネル家3兄弟の末弟チコには銃を持たせたくない。彼は父親の許へ農夫として送られることになる。

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ボネル3兄弟。グリフ(バリー・サリヴァン)、チコ(ロバート・ディックス)、ウェス(ジーン・バリー)

グリフとジェシカは初めて言葉を交わしたときから、恋に落ちる。

そして、保安官のローガンとジェシカの尋常なざる関係。ローガンはジェシカを愛しており、彼女のために悪事を働いてきた男。しかし、グリフとジェシカが妖しい関係になると、グリフを殺そうとし、ジェシカに愛を乞う。だがジェシカの気持ちはグリフにあり、ローガンは小切手一枚でお払い箱になる。なんとも哀れな結末である。

そしてジェシカの弟ブロッキーは、グリフに恨みを持ち暴走は止まらない。最後は姉のジェシカを盾にグリフに戦いを挑む。

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ジェシカを人質にグリフに戦いを挑むブロッキー(ジョン・エリクソン)

最後は意外な展開でグリフVSブロッキーの幕は閉じる。

― ストーリーも素晴らしいが、なんといっても魅力的なのが、女ボスのジェシカを演じるバーバラ・スタンウイックである。毅然としている女ボスだ。税金のほとんどを自分のものとし、政治家に賄賂を気前良く送る女でもある。数々の悪行を重ねているが、グリフ役のバリー・サリヴァンとの会話と絡み合う視線はセクシャルだし、黒ずくめの衣装でで馬にまたがる姿はとてもかっこ良くシェイプされていて、50歳とは到底思えない。

グリフが保安官助手を殺した男を逮捕しに、ジェシカの領地にやってくる。すると突然の竜巻が2人を襲う。ジェシカの馬は暴れ、落馬し引きずられるジェシカ。これをスタントマンに頼らず自分で演じたんだから大したもんだ。尊敬せずにはいられない。

バリー・サリヴァンも好演。実に味わい深い顔をしており、鋭い眼光が印象的。

スペクタクルでもあり、濃厚な恋愛劇・憎愛劇でもある。そして青少年の非行に警鐘を鳴らした作品でもあると思う。

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2009年6月24日

拾った女

6 1952年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演

リチャード・ウィドマーク

ジーン・ピーターズ

セルマ・リッター

マーヴィン・ヴァイ

リチャード・カイリー

ストーリー

ニューヨークの地下鉄を舞台にスリを働くスキップは、キャンディという女から財布を抜き取るが、中には共産圏スパイ団の機密ファイルが入っていた。物をスラれたことに気づいたキャンディは雇い主ジョーイに知らせたが、共産圏スパイである彼は全力を挙げてそれを取り戻すようキャンディに命令する。スリの現場を目撃してていたFBIは、キャンディが知らぬ間にスパイの手先となっていることを知っていので、この機に一挙にスパイ組織の全貌を掴もうと捜査に乗り出した。彼らは裏事情に精通しているモーというネクタイ売りの女から、スリはスキップの仕業であることを聞き出し、キャンディをおとりに彼からフィルムのありかを吐き出させようとするが…。

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  スリに及ぼうとするスキップ(リチャード・ウィドマーク)

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     何も知らぬキャンディ(ジーン・ピーターズ)

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これほどまで政治色を濃く出した映画は、当時としては珍しいのではないか。“冷戦”まっただ中の時代、しかし、“冷戦”を真正面から取り上げた映画というのは無かった。(と、いうか日本に入ってこなかったのかもしれないが…)

だがこの作品は、ずばり“冷戦”に切り込む。FBI対共産圏スパイ組織である。いや、スキップ対共産圏スパイ組織か。

共産圏スパイ組織の機密マイクロフィルムを偶然スッた男スキップは前科3犯で、今度捕まると終身刑の身である。このスキップがマイクロフィルムの価値を知った。気が治まらないのはそれをスラれたキャンディである。彼女はスキップがスッた物の価値を分かっていない。しかし、雇い主の昔の男ジョーイから最後までやり抜くのが彼女の仕事だと言い聞かされ、仕方なくモーに大金を払いスキップの居所を聞き出し、マイクロフィルムの入った封筒を取り戻すべく奔走するのだった。

しかし2人は恋に落ちてしまい、キャンディはマイクロフィルムとジョーイの正体を知る。一方追い詰められたジョーイはスキップの居所の口を割らないモーを殺す。

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        殺されるモー(セルマ・リッター)

スキップからマイクロフィルムを奪い返し警察のおとりとなったキャンディはジョーイと会い、彼にマイクロフィルムを渡すが、1コマ足りなかった。激怒するジョーイはキャンディに乱暴を働き、殺そうと銃を放つのだった…。

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共産圏スパイ組織の機密フィルムをめぐる、キレのあるスリルとサスペンス。そして見事なまでの暴力描写。女性がここまで乱暴に扱われる映画も珍しい。最初はスキップに不意に殴られ気絶し、次はジョーイに乱暴される。殴られ、投げ飛ばされ、命の危険にさらされる。そしてスキップ対ジョーイの死闘はリアルである。スキップの鉄拳がボキッ!ボキッ!とジョーイに重くのしかかる。スキップの鉄拳はキャンディの痛恨を晴らすかのようだ。

それにこの映画は、強烈な恋愛映画でもある。スキップの家に忍び込んだキャンディがスキップに不意打ちを食らわされる。その後の2人はとてもロマンティックである。強力な磁力で惹かれあう。もう後戻りは出来ない。強烈なキス、キス、キス…。反目しながらも唇を重ねる。キャンディはスキップの身を案じてマイクロフィルムを取り返し、スキップはキャンディの恨みとばかり、ジョーイに襲いかかる。

リチャード・ウィドマークは1950年代に入ってから役の軌道修正をしてきてますね。社会の底辺で生きる男ながら、同情の余地はたっぷりある男として「街の野獣」から方向転換、ビリングも一位。堂々としたスターの仲間入りをした訳ですね。そして珍しい“金髪の男優スター”でもあったんですな。当時男優スターに金髪はいなかった。(アラン・ラッドぐらいしか思いつかない…)

ジーン・ピーターズのキリッとした女っぷり、セルマ・リッターの哀しい老女っぷりも、この映画の見所。

しかしなんといっても、強烈な暴力シーン、強烈なキスシーンに心奪われる映画である。

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2009年6月12日

街の野獣

22 1950年<アメリカ>

監督 ジュールス・ダッシン

出演 

リチャード・ウィドマーク

ジーン・ティアニー

クーギー・ウィザース

フランシス・L・サリヴァン

ハーバート・ロム

ヒュー・マーロウ

ストーリー

いつも一獲千金を夢見ているハリー・ファビアンはナイトクラブ「銀狐」の客引きをしている。そのナイトクラブの歌姫メリーはハリーの恋人で、彼が堅気になることを願っている。レスリングの試合場で客引きをしていたハリーは八百長試合に憤慨する世界的な伝説のレスラー、グレゴリウスを見て、彼を担ぎ上げ一儲けしようと企んだ。グレゴリウスとの話し合いは上手くいったが、どうしても興行には400ポンド必要だった。ナイトクラブの主人ノセロスに頼むと、200ポンドを作ってきたら後半分は出してやろうと言われとりあってくれない。方々金策に駆けずり回ったが、誇大妄想狂的なハリーの話に乗るものはいなかった。しかし、彼はノセロスの妻ヘレンに会い、彼女はノセロスと別れて新しいナイトクラブを開きたい、ついては200ポンドを出すから警察に手を廻してナイトクラブの経営許可証を獲得してほしい、そして一緒にやっていこうと持ちかけられる。金の欲しいハリーはこの申し出に同意して、ヘレンには偽造の許可証を渡し、ノセロスから200ポンドを得、待望のレスリング興行へ乗り出すのだった…。

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ハリー(リチャード・ウィドマーク)に現実的になれと言うメリー(ジーン・ティアニー)

400ポンドをめぐって壮絶な騙し合いが始まる。ハリーを客引きに雇っているナイトクラブ「銀狐」の主人ノセロスをその妻エレンが騙す。そしてエレンをハリーが騙す。更にハリーをノセロスが騙す…。

見事400ポンドを手にし、レスリングの興行権を手にしたハリーは、「ファビアン興行会社」を立ち上げ意気揚揚。しかしロンドンのレスリング興行を一手に担っているのはクリストという男。早速ハリーの許へケチをつけにやって来た。だが、ハリーには味方がいた。伝説のレスラー、グレコリウスである。実はクリストとグレゴリウスは親子だった。ハリーを信じて疑わないグレゴリウスにクリストは引き下がる。

しかし、ノセロスはクリストと組んでいた。2人は古い仲だったのだ。ノセロスは200ポンドを作ったのが妻のエレンであることを知っており、彼女とハリーの仲を疑っていた。狡猾な彼は200ポンドを出資する代わりに共同経営者になっていたが、それを「やはり金にならない」と言って反故にする。

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妻エレンとハリーの仲を疑うノセロス(フランシス・L・サリヴァン)

ハリーはノセロスの口車に乗せられ、グレゴリウスが忌み嫌うレスラー、ストラングラーを興行に引き込むことにする。そうすればノセロスの金は安泰のはずだった。

グレゴリウスにも彼の弟子ニコラスと試合することを承知させた。しかしノセロスは手を引いた。ついにハリーは恋人メリーがせっせと貯めていた金を盗み出し、それをストラングラーのギャラに充てる。しかし、ハリーの練習場でストラングラーがグレゴリウスにケチをつけ始めたのがきっかけで、2人は死闘を演じることとなる。そのおかげでグレゴリウスが死んだ。

黙っていないのが息子のクリストだ。彼はその場から逃げたハリーに賞金を懸ける…。

一方ノセロスと別れ、新しいナイトクラブに命を捧げたエレンだったが、開店前に経営許可証が偽造であることが警官にバレるのだった。愕然とするエレン…。

8

騙し、騙された3人の男女、ハリー、ヘレン、ノセロスには破滅しか待っていなかった。

ハリーを騙したノセロスはヘレンに去られ自殺し、ノセロスを騙したヘレンはハリーに騙され夢破れノセロスの許へ帰るが時すでに遅し、ヘレンを騙しノセロスに騙されたハリーは偶然の事故とはいえグレゴリウスを失い追われる身に。

「成功したい」「追われる人生からおさらばしたい」と、一攫千金の夢を追いすぎたハリーはとにかく徹底して“運”に見放された男でもあった。やくざな世界でしか生きられず、金策は口八丁で他人頼み。ようやく“運”が向いたと思ったら、なんと騙されていたとは!!

夢叶って意気揚揚の男から惨めに追われる男に大変身の、ハリー・ファビアン役のリチャード・ウィドマークが上手い。興行主としての幸せに溢れた顔、ノセロスが手を引くと言った時の焦り、ヘレンを騙す時のずる賢い顔、恋人メリーから金を盗む時の悪意に満ちた顔、そしてグレゴリウスを死なせクリストから追われる立場になった時の顔…。

とにかく彼は追われていた。走っていた。映画の冒頭からロンドンの街を走り抜けていた。最後は追われて、追われて、走りに走り、そして走る。汗が滴り落ちる。本当にリチャード・ウィドマークが走りまくる。彼は足が速いね。彼が走ってるだけで、映画に疾走感が出て、説得力が出る…なんて思うのは贔屓目か。

ノセロス役のフランシス・L・サリヴァンも妻を愛しすぎた男として好演。ヘレン役のクーギー・ウィザースも崩れた女の感じが良かった。(名前は読み取れなかったが)グレゴリウス役の俳優さんも堂々とした“これぞ伝説のレスラー”という感じが良く出ていたし、息子クリスト役のハーバート・ロムの無慈悲な男も良かった。ただ、ジーン・ティアニーが急に容色が衰えた感じがして残念だった。

ダッシン監督のキレの良い演出が伝わる作品。

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2009年6月 9日

サンセット大通り

1 1950年<アメリカ>

監督 ビリー・ワイルダー

出演 

ウィリアム・ホールデン

グロリア・スワンソン

エリッヒ・フォン・

     シュトロハイム

ナンシー・オルソン

ストーリー

ハリウッドのサンセッド大通りに面するある邸宅のプールに、若い脚本家ジョー・ギリスの死体が浮かんだ。死んだ彼はそのいきさつを語る。失職ライターのジョーは映画会社への脚本売り込みも意の如く進まず、貧窮のどん底にあった。ある日月賦の払込み不足から自動車会社の男に追いかけられたジョーは、サンセット大通りにある荒れ果てた邸宅に逃げ込む。そこにはサイレント映画の大女優ノーマ・デズモンドが、執事のマックスと共に過去の夢に生きていた。ジョーが脚本化だと知ると、ノーマは主演を念願し自ら書いている「サロメ」の脚本をまとめるようジョーを邸に住み込ませることにした。若いジョーにとって、この妄想狂の老女の相手は空虚な生活に違いなかったが、ずるずるとハマり、ノーマと抜き差しならない関係に落ち込んでいくのだった…。

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  死体が語る…。ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)

壮絶すぎるほど“グロテスク”な物語。

世間から忘れられたサイレント映画の大スター、ノーマ・デズモンドと彼女に仕える忠実な執事マックス。ところがノーマは自分が過去の人物だとはまったく気づいていない。ファンレターは来るし、映画の構想もある。ただ依頼がないだけ。しかしノーマは強気である。サイレント映画の偉大さを語り、自分が映画界に返り咲く自信は満々である。

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過去に生きる女、ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)

ビリー・ワイルダー監督はとっても意地悪である。“これでもか”というように、ノーマ・デズモンドを「過去」の偉大なる大スターとして描いている。すなわち、「今」は落ちぶれ忘れ去られた人物として。

ノーマ・デズモンドの周りは全て時代ががっている。彼女の許に集まる友人はこれまたサイレント映画時代の化石である。バタスー・キートン、アンナ・Q・ニルソン、H・B・ワーナー…。ノーマが観る映画も自分の映画だけである。(そしてそこに映された映画は、皮肉にも執事役のシュトロハイムが監督し未完に終わった「ケリー女王」である)

そして、ノーマの忠実な執事のマックスである。ノーマのことを「奥様」と言いかしずいているが、かつてはノーマを発掘し、自ら監督し、夫であった男なのである。この不気味な設定には絶句するしかないのである。そしてジョーにノーマの執事になった顛末を告白するシーンは、シュトロハイムのイミテーションである。

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時代物の車で出かけるマックス(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)、ジョー、ノーマ

まるでノーマもグロリア・スワンソンのイミテーションのようだが、やがてジョーを愛しはじめたノーマが彼の心を繋ぎとめるために、水着美人(駆け出し時代やっていた)やチャップリンの物まねをしてみせたり(やはり駆け出し時代、チャップリンの映画にチョイ役で出演したことがある)する場面は鳥肌ものである。

そして、大御所監督セシル・B・デミルの登場である。グロリア・スワンソンとコンビを組んで大ヒットを飛ばした監督。実名での登場である。そしてノーマを「ヤング・フェロウ」と呼び、「サロメ」のひどい出来の脚本に弱りながらも巧みにかわし、彼女を手厚く迎える。

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       ノーマと、セシル・B・デミル監督

ノーマは、「サロメ」のことで呼び出しがあったのだと思いいそいそと撮影所に駆けつけ、皆から盛大に歓迎されるが、実はノーマの車をあるスターの映画に貸してもらえないかという皮肉に満ちたものだった。

ノーマのヒモとなり下がり恋もままならない、仕事にも嫌気がさしてくる、自分にもほとほと嫌気やさし邸を後にする決心をするジョー。一方ノーマは「サロメ」に傾倒していく。「サロメ」はノーマの命そのもの。「サロメ」を演じるため若返りの努力は狂気じみ、ついには「サロメ」そのものになってしまう幕切れは壮絶だ。

グロリア・スワンソンもシュトロハイムもよく役を引き受けたなぁ。2人は真の「プロ」である。

コメデイー映画の評価が高い監督だが、「深夜の告白」や「失われた週末」、それにこの作品のような“怖い映画”の方が好きである。実はビリー・ワイルダー監督の真価は、“怖い映画”の方にあるのだと思っている私である。

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2009年5月18日

リオ・ブラボー

1_21959年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演 ジョン・ウェイン/デイーン・マーティン/リッキー・ネルソン/アンジー・ディッキンソン/ウォルター・ブレナン/ワード・ボンド/ジョン・ラッセル/クロード・エイキンス/ペドロ・ゴンザレス=ゴンザレス

ストーリー

メキシコとの国境に近い町リオ・ブラボーの保安官チャンスは、酒場の揉み合いで殺人を犯したジョーを逮捕した。しかし、ジョーの兄ネーサン・バーデットはこの地方の勢力家で、部下に命じて町を封鎖したため、チャンスは窮地に陥る。チャンスに加勢を申し出た親友のホイーラーはバーテットによって雇われた殺し屋に射殺され、駅馬車の故障で取り残された女博打師のフェザースは町から出られなくなった。チャンスの味方は飲んだくれの相棒デュードと足の不自由な老人スタンピー、そしてホイーラーと共に町にやって来た銃の名人コロラドだけだった。合衆国司法執行官が町へ着くまでの6日間、この少ない人数だけでバーテットの手からジョーを奪われずに町は守れるのか…?

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 デュード(ディーン・マーティン)とチャンス(ジョン・ウェイン)

汚いなりのデュードがそろりと酒場の裏口から入って来る。見渡せば、酒、酒、酒である。なんとか酒にありつきたいデュードはジョーの勧めに乗る。するとジョーは銀貨をたん壺に投げ入れる。拾おうとするデュード。しかし、「足」がたん壺を蹴る。チャンスの登場である。

出だしから快調そのもの。人物描写も冴えている。

まずはデュード。酒に呑まれた人生の惨敗者である。

ホイーラー殺しの犯人を追い詰めたチャンスとデュード。しかし、怪我をさせただけで逃してしまう。犯人の行く先は…バーテットの酒場しかない。今まで酒場の裏口から入り続けていたデュードが、「これからは入り口から入る」と宣言して、見事犯人を射殺する。

しかしデュードは酒の禁断症状に苦しめられる。手が震えタバコが巻けない。それが彼を苦しめる。そしてある事件をきっかけにコロラドの活躍も相まって、ついにはチャンスの相棒から降りようとする。しかし、酒を断つことに完全に勝利し、その時からデュードはチャンスにとって頼もしい相棒となる。

デュードがタバコを巻けずに折ってしまうと、すぐチャンスが代わりのタバコを差しだすのも何気ないが良いエピソードだ。

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      酒を断つデュード(ディーン・マーティン)

そして、途中からチャンスとデュードに加勢するコロラド。

ダイナマイトや燃料を輸送する馬車隊のボス、ホイーラーと共に町へやって来た拳銃の早打ち名人である。しかしホイーラーの死によって、町に留め置かれることになる。チャンスがフェザースをイカサマ師だと疑ったとき、彼女の嫌疑を晴らしてみせたり、「皆殺しの歌」をバーデットが楽団に演奏するよう指示して帰ったことをチャンスに知らせたり、チャンスがバーテット一味に捕まった時、それを助けたことによって彼の助手に抜擢される。若いのになかなか目端が利くんである。

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       コロラド(リッキー・ネルソン)

主役を張る保安官チャンス。

正義と人情の男である。酒に呑まれたデュードに厳しく接しながらも、彼が立ち直るのを誰よりも信じ待っている。デュードが質に入れた拳銃も買い戻し手入れをし、服も着られる日まで保管している情に厚い男。スタンピー老人も彼の愛の対象だ。しかし女には弱く、ぶっきらぼうである。フェザースには最初は素性が知れた女だと軽蔑の眼で見ていたが、彼女の身の上話(なぜ手配書にのるようになったか)を聞くうちに一気に惹かれていく。

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         チャンス(ジョン・ウェイン)

しかしこのチャンスという男、恋にのぼせているのか結構ドジを踏む。何度もバーテット一味に捕まりながら、誰かに助けられる(コロラド、フェザース、デュード、スタンピーにまで!)助けるより助けられるほうが多いと思う。それでいいのか、保安官よ…。

チャンスが恋する女、フェザース

結婚した男がイカサマ師だったことから、手配書に載る危険人物。バクチ打ちでもある。チャンスに興味を持ち、バーテット一味から逃れられる最後の駅馬車に乗らず町に残る変わり者。常に強気で冷静で…。この女性像、ローレン・バコールの完全なるイミテーションであるのが分かる。

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       フェザース(アンジー・ディッキンソン)

チャンスを守ろうとバーの椅子で眠るフェザースをチャンスが何も言わず抱き上げ部屋へ連れて行くシーンはとてもセクシーである。2人の関係はとても“性的な匂い”がたちこめる。

足が不自由な老人スタンピー。

ジョーのお守りばかりで不平不満だらけのやたらと銃をぶっぱなしたくてしょうがないという、カクシャクとした男だ。実は昔バーデットに自分の土地を奪われていたせいで、彼に恨みを抱いている。

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        スタンピー(ウォルター・ブレナン)

歌で男の友情を確かめ合うシーンも良い。クライマックスまで目が離せない。最後の大爆破シーンなど壮観のなにものでもない。

ジョン・ウェインも久々に、1956年の「捜索者」以来西部劇に帰ってきて生き生きしている。ハワード・ホークス監督とっても4年ぶりの監督作品である。力作である。

さて、この映画は「真昼の決闘」の嫌悪感から作られたそうだが、なるほど、チャンスはホイーラー達素人の助けは要らないというセリフがある。その通り、プロ集団の見事な“仕事”であった。

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2009年5月17日

紳士は金髪がお好き

10 1953年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演

マリリン・モンロー

ジェーン・ラッセル

チャールズ・コバーン

エリオット・リード

トミー・ヌーナン

ストーリー

ブロンド美人のローレライとその親友でブルネット美人のドロシーはニューヨークのナイトクラブの花形スター。ローレライはなかなかのチャッカリ娘で金持ち息子ガスの心をとらえ婚約にこぎつける。その婚約者のおかけで2人は豪華客船でパリへ渡ることになった。ところがローレライの素行を疑う婚約者の父親はこの船に探偵アーニーを乗り込ませていた。そんなことは露知らず、浮気でダイヤモンドに目がないローレライは早くも鉱山王ビークマン卿にモーションをかけるが…。

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ナイトクラブの花形スター、ドロシー(ジェーン・ラッセル)ローレライ(マリリン・モンロー)

この映画はもう2人のグラマー女優の楽しい競演にただただ酔いしれるのみ。2人のショー場面もたっぷり。ホークス監督大サービスです。

しかし、だからといって「話」が無いわけじゃない。原作は女流作家アニタ・ルースが1920年代に発表したベストセラー。なかなか“皮肉”が効いてる作品でもある。

マリリン・モンロー扮するローレライは1920年代に現れた“フラッパー”の典型的な人物。男を選ぶ基準はズバリ「経済力」。婚約者ガスのことを“ダディ”と呼んではばからない。対する親友のドロシーはお金より「色男」。ローレライはドロシーのことを心配し、金持ちを紹介しようとするが、実は自分でも値ぶみしているというしたたかな面も。

パリ行の豪華客船でローレライのターゲットは決まった。南アフリカ第二のダイヤモンド鉱山を所有するビークマン卿の妻が持っているダイヤで出来たティアラだ。一方ドロシーは盛んにモーションを掛けてくる「色男」アーニーをガスの父親が送り込んだ私立探偵とは知らずに恋に落ちるが、ある日彼がローレライとビークマン卿の写真をこっそりと撮っている場面に出くわし、アーニーの正体を知る…。

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    ダイヤモンドのティアラに大興奮のローレライ

マリリン・モンローが、「ダイヤモンドは女の友達」を可憐に披露すれば、ジェーン・ラッセルは、モンローのパロディを裁判所で演じる。

中でも目を引かずにいられないのは、ドロシー演ずるジェーン・ラッセル。モンローが肉体美を盛んに賛美されていたこの絶頂期に、その上を行くダイナマイト・バディである。そしてなんといっても、“パワフル”の一語に尽きる。モンローは“受け身”の肉体美、ジェーン・ラツセルは“攻撃的”な肉体美である。

そういう訳で、私はモンローよりジェーン・ラッセルに「1950年代のアメリカの豊さ」を見るのである。映画自体は、1920年代の原作の味は薄めれているものの(だって映画の時代背景は1950年代)ザッツ・1950年代の豪華で楽しい作りであった。

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2009年5月16日

モンキー・ビジネス

5 1952年<アメリカ>

監督 ハワード・ホークス

出演

ケイリー・グラント

ジンジャー・ロジャース

チャールズ・コバーン

マリリン・モンロー

ヒュー・マーロウ

ストーリー

科学者のバーナビーは会社の研究所で若返りの薬を開発中で、そのことで頭がいっぱいだ。妻とパーティに行くはずだったが気もそぞろでやめてしまう有様だ。あくる日、たまたま研究室が無人になったときに、実験用に飼育していたチンパンジーが檻を抜け出し、バーナビーが研究していた薬にいたずらをし、それを飲料用のタンクに入れてしまう。そんなことは全く知る由もないバーナビーは自ら実験体になり薬を飲むが、薬の苦さに思わず飲料水を飲んでしまう。すると身も心も若返ったバーナビー。そして研究室にやって来た妻エドウィナは夫の研究の助けになればと薬を飲み、同じく飲料水を飲むと…。

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バーナビー(右、ケイリー・グラント)が開発したストッキングを見せる社長秘書ミス・ローレル(マリリン・モンロー)

若返るのである。いい歳をした大人が(ケイリー・グラントは48歳、ジンジャー・ロジャースは41歳)5歳児ぐらいまで“退化”するのである。

エドウィナは新婚当時に戻りカマトトとなり、バーナビーは近所の子供とインディアンごっこに励む。薬の効力は一度眠ってしまうと元に戻るのだが、ついにはバーナビーが赤ちゃんにまで“退化”…?眠りから覚めたエドナはパニックに!!

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 5歳児のバーナビーとエドウィナ(ジンジャー・ロジャース)

この映画は、その“幼い演技”(これが本当のサルまねか)をいかに耐えるかにかかっている。2人の退化した演技を楽しく鑑賞出来れば「大成功」である。しかし、耐えかね、恥ずかしい・見ていられない…と思えばもうこの映画は何の価値も見出せないだろう。

まぁ、「価値」といっても大したものがある訳ではないのだが…。

しかし、ケイリー・グラントの“なりきり”は一見の価値ありである。楽しくなる…というか、感心の部類に入る演技をしてらっしゃる。彼は何をやららせても上手いんだなぁ。流石である。ジンジャー・ロジャースは…意見が分かれるところだろう。彼女は基本的にコメディエンヌだと思うのだが、今作の“なりきり”私は何も言うまい…。

随分とふっくらしたマリリン・モンローが無邪気な社長秘書役で作品に華を添えているのが、この映画の救いどころでもある。

6

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2008年10月 1日

熱いトタン屋根の猫

1 1958年<アメリカ>

監督

リチャード・ブルックス

出演

エリザベス・テイラー

ポール・ニューマン

バール・アイヴス

ジャック・カースン

ジュディス・アンダーソン

ストーリー

“ビッグ・ダディ”と家族の者から呼ばれる大農園主ポリット家の当主が邸に帰って来た。65歳の誕生日を迎える彼を、長男のグーパーとその妻メエ、蛙の化け物のような2人の5人の子供たちがことさら仰々しく歓迎した。癌という不治の病の“ビッグ・ダディ”の莫大な財産を何とか有利に相続しようというのだ。しかし“ビッグ・ダディ”には真実は隠されていた。自分は健康体だと信じて疑わない“ビッグ・ダディ”。彼にはもう1人、次男のブリックがいた。フットボール選手だったブリックと、彼の妻マギーは父にとって信頼するに足る夫婦だったが、しかし現在のブリックは酒に溺れ仕事も辞め、妻マギーとも「夫婦生活」をしようとしない焦燥の日々を送っていた…。

※ 先日お亡くなりになったポール・ニューマン氏を偲んで、「追悼、ポール・ニューマン」をお送りいたします。

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言い争いの絶えない“愛”の無い夫婦、ブリック(ポール・ニューマン)とマギー(エリザベス・テイラー)

ブリックは酒に酔い競技場でハードルを飛び越えそこね、足を骨折したばかり。自暴自棄になっている。そして、妻マギーと肌を合わそうとさえしない。その様子は隣の部屋の兄嫁に筒抜けだ。そんな欲求不満な生活を強いられる妻マギーもヒステリー気味だ。それを、「熱いトタン屋根の猫みたい!」とブリックに訴えると、「愛人を作れ」という答えが返ってくるだけだ。しかしブリックを愛しているマギーは今はなんとか踏みとどまる気でいる。

そんな中、“ビッグ・ダディ”が飛行場に着いた。騒々しく歓迎する長男一家とは裏腹に、静かに“ビッグ・ダディ”を見守るマギー。

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“ビッグ・ダディ”は、マギーの運転する車で皆を置いて屋敷まで帰ってしまう。マギーは“ビッグ・ダディ”が好きだった。彼はマギーに、「わしはまだ死なん。人生に未練がいっぱい残っている。これから楽しむんだ。」と、自分が築き上げた帝国を見ながら言った。

“ビッグ・ダディ”は一代で大農場主・大富豪にまで登り詰めた人物だ。誰も信用せず、妻をも愛さず、ただひたすら事業を大きくすることだけに力を傾けてきた独裁的な男だ。

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        “ビッグ・ダディ”(バール・アイヴス)

その父親の余命がいくばくもないことは、ブリックにも知らされた。知らないのは“ビッグ・ダディ”、その妻とマギーの3人だけだった。庭では偽善的なパーティが続いていた…。

マギーが部屋へ帰ると、ブリックは帰り支度をしていた。マギーにも“ビッグ・ダディ”の余命が知らされた。一緒に帰ろうとブリックは言う。しかしマギーは、このまま帰ってしまうと財産は兄夫婦のものになる、このままじゃ負けると譲らない。そしてしんみりと、「何がいけなかったの?」と夫婦の問題に切り込んできた。「“スキッパー”のこと、告白したのが間違いね」と言うと、ブリックの顔は焦りに満ちた。“スキッパー”のことをとことん話し合い誤解を解きたいマギーだが、ブリックはいつも逃げるのだ。

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そこに、“ビッグ・ダディ”が姿を現した。ブリックと酒を交わし、「秋晴れの気分だ」と言う。「今までは急いで生きて来たけど、これからは遊ぶぞ」と宣言する。しかし、ブリックの酒癖のことで2人は口論となる。ついに“ビッグ・ダディ”の口からも、そんなに酒を飲むのは“スキッパー”の死が原因だということが漏れた。

間違ってはいなかった。ブリックにとって“スキッパー”は、誰よりも―妻のマギーよりも―愛していた男だった。ブリックも観念した。マギーが呼ばれた。ブリックの死の真相を正すために…。

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― この映画の要点は、“人間の醜さ”“人生の修正”“親子愛の修正”“夫婦愛の修正”の4点だと思う。

「夫婦愛の修正」はなかなか複雑である。一気には解決しない(できない)問題をはらんでいる。

ベッドを共にしないが離婚もしない異常な関係の夫婦が一組。日々の詳細は隣の部屋の兄嫁から母親に筒抜けだ。そして“ビッグ・ダディ”にも。夫婦がこうなったのは一人の人間の「死」に原因があるようだ。

一番の原因だと思われている妻マギーは、夫ブリックを心から愛している。だからいつ何時でも2人で、彼のためにフットボール・チームまで作らせた“スキッパー”が憎かった。そして復讐の時が訪れる…。ブリックが怪我で入院中、スキッパーは無様なプレーをし、チームは大敗。彼は酒に酔った。チャンスだ…。しかしマギーは悪女になれず、ブリックの愛を失うのを恐れて、スキッパーの許から逃げ帰ってしまう。

しかし、ブリックは信じてはくれない。その後、スキッパーからブリックに電話があって、マギーと寝たと告白されたのだ。ブリックは電話を切って再三かかって来たベルに2度と出なかった。そしてスキッパーは自殺をしたのだった。

電話に出なかったことが、スキッパーの自殺の原因だとブリックは言う。彼は怯えていた。信じられなかった。彼は泣きだして、「君がいないとダメだ。助けてくれ」と言う。聞いていられなかった。ベルは悲鳴のように鳴り続けていたけど、取れなかった、と。

ブリックがマギーと「夫婦生活」を営もうとしないのは、スキッパーがマギーと寝たと告白したことを信じているから。そして酒に溺れるのは、スキッパーの自殺が自分に原因があると考えているからだ。

しかし、ブリックは“ビッグ・ダディ”に「なぜ離婚せん」と詰め寄られると、だんまりを決め込むのだ。

“ビッグ・ダディ”は、事実は事実。彼はブリックが殺したんじゃない。自殺したんだ。大人になれ、妻や人生から逃げるな、現実を直視しろと強い調子でブリックに迫るが、彼はハッパをかけられ立ち直れるような男ではなかった。とことん、潰れているのだ。

「夫婦愛の修正」は「人生の修正」と「親子愛の修正」を経て行われることになる。

反対に「人生の修正」と「親子愛の修正」はあっさりと行く。ありきたりだ。

ブリックがうっかり、「パパはじきに死ぬんだ」と口を滑らせた時、初めて“ビッグ・ダディ”は衝撃というものを受ける。1人地下室にこもって思いを巡らせる…。

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その間、部屋では醜い遺産相の言い争いが繰り広げられる。ブリックの酒癖を攻撃する兄夫婦。マギーがブリックに遺産をあげないための陰謀だ、貪欲で汚いと訴えると、兄嫁によるマギーへの攻撃。(子供が出来ない理由だって知ってるんだから!!とまで言い出す始末だ)ブリックばかり可愛がってきた母親への恨みつらみ…。それを聞きながら、ブリックは地下室へ下りていく。

「なぜわしに頼らんで、スキッパーを頼った。家族の方がお前を愛しているのに。何でも買ってやったぞ、忘れたのか?」という言葉にブリックは敏感に反応する。「物はいらない!!」と 。そして地下室の骨董品を壊し始める。自分の等身大のパネルを「クズだ!!」と言って叩き割る。そして、ボスではなく「父親」が欲しかったんだと、ブリックは言った。愛情が欲しかったと。お互い古い付き合いだけど他人なのだ、と言う。

話は“ビッグ・ダディ”の父親にまで及んだ。彼の父親は浮浪者だった。貨車のただ乗りをしていた。貨車を追いかけていて、心臓まひで死んだ。遺体は線路わきに埋めた。浮浪者のくせに笑いながら死んだ。ブリックは、「子どもといつも一緒にいられたから、幸せで笑ったんだよ」と言った。「わしも浮浪者の父親を愛していた」と“ビッグ・ダディ”が応えた。

ところでお前には生きていく勇気があるか?と、“ビッグ・ダディ”はブリックに向かって言い、やってみよう、助け合ってその階段を登ってみようと、地下室の階段をブリックと共に登った。

地下室で「人生の修正」と「親子愛の修正」が行われた。

兄夫婦が母親に書類にサインさせようとしている中(母親はガンとして、「私はまだ未亡人じゃない」とサインに応じない)、兄嫁がマギーも遺産を狙っていると攻撃すると、マギーは高らかに、「ブリックは何も欲しがっていません。たとえ“ビッグ・ダディ”がくださっても辞退するでしょう」と言った。そこに、“ビッグ・ダディ”とブリックが現れる。部屋は書類が散乱している。

兄夫婦が慌てて書類を隠そうとすると、それを取り上げ、「虚偽の匂いがするな」と言う。「虚偽の悪臭がプンプンだ」と。それは“死”の匂いだと“ビッグ・ダディ”は言い放つ。

そしてマギーの重大発表が、「夫婦愛の修正」につながる。長い道のりだったが。たとえそれが“嘘”だとしても、本物に変えてしまうマギーの力強さがある。

「人間の醜さ」は映画全体を貫いていて楽しめる構造になっている。“ビッグ・ダディ”と皆から呼ばれながらも、妻も息子たちさえ誰も愛したことはない独裁者の父親。酒に溺れ、マギーを避けるブリック。“ビッグ・ダディ”を愛しながらも、実体験から貧乏生活はまっぴらごめんだと思っているマギー。“これ見よがし”に遺産を狙ってくる兄夫婦。遺産を独り占めするためら、マギー夫婦の私生活を暴くのさえ厭わないその根性の汚さぶりはかえって痛快なほどだ(兄嫁がナイス・キャラだ!!)。

しかし、「夫婦愛の修正」までのプロセスの複雑さ・面白さから見れば、「人生の修正」「親子愛の修正」はありきたりすぎて、面白みが全くといっていいほど、ない。演出も平凡だ。映画の前半(マギー夫婦の私生活と“ビッグ・ダディ”の帰還、なぜマギー夫婦がベッドを共にしなくなったのか)後半(「人生の修正」「親子愛の修正」「夫婦愛の修正」)の出来がこうも割れた映画も珍しいかもしれない。

ポール・ニューマンは、スキッパーという“男”を愛しながらも、マギーをも愛さずにはいられないという複雑な性癖の男を好演。

8

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2008年9月25日

遊星よりの物体X

X6 1951年<アメリカ>

監督 

クリスチャン・ナイビー

出演

ケネス・トビー

マーガレット・シェリダン

ロバート・コーンウェイト

ダクラス・スペンサー

ジェームズ・アーネス

ストーリー

アラスカの米軍基地は、北極の科学研究所から謎の飛行物体が落下し、磁力計が狂っているという連絡を受ける。司令部から北極に到着したヘンドリー大尉は、キャリントン博士から報告を受け、スコット記者らと共に落下地点へ向かい、一部分を除き氷に埋もれた円盤を発見する。氷から掘り出すために爆弾を使用するが、爆破と共に円盤に引火、円盤は爆発し飛散する。ガイガー・カウンターが反応する辺りを調べると、氷の中に人のような「物体」が確認できたので、ヘンドリー大尉たちは氷ごと「物体」を掘り出し、科学研究所に持ち帰るが…。

X2

                          これが謎の円盤だ!!

キャリントン博士は宇宙の神秘だと心躍らせているが、「物体X」の見張りに立った軍側は戦々恐々だ。氷の奥から覗く頭と目がこちらを見ている…。4時間交代は2時間交代に短縮された。

X1

キャリントン博士(ロバート・コーンウェイト)、助手のニッキー(マーガレット・シェリダン)、ヘンドリー大尉(ケネス・トビー)

交代に立った兵士が、「物体X」に支給された電気毛布をかけてしまった。そして、兵士は怪しい影に襲われる。拳銃で激しく応戦する…。ヘンドリー大尉一行が駆けつけると、溶けた氷には人形の跡が残っていた。そして研究所の外では、「物体X」が犬と交戦中だった。急いでその場に駆けつけるが、「物体X」は犬3頭を殺し、噛みちぎられた「腕」を残して姿を消していた…。

X3

その後のキャリントン博士たちの研究で、「物体X」の“腕”は植物性のものと判明する。「物体X」の星では植物が進化したのだ。

ヘンドリー大尉たちはその後も「物体X」の捜査を続けたが、どこにもいなかった。しかしキャリントン博士は温室で目ざとく植物の一部が枯れてるのを発見する。ごみ箱から血の抜かれた犬の死骸が出てきたことから、「物体X」は生きていると確信する。キャリントン博士は「物体X」と意思疎通してみせると頑なだった。また温室に戻って来る。それまで科学者連中で見張りを立てることにした。軍には内緒で…。

X14ついに「物体X」が温室に姿を現した。見張りの2人を惨殺し、駆け付けたヘンドリー大尉たちをも一撃で倒そうとする。犬に噛みちぎられた腕はもう生えていた。とっさに銃を発射し、ドアを塞いで温室に閉じ込めたが安心は出来ない。キャリントン博士もついに悟った。未知なる「物体」との戦いに巻き込まれたと。体力も知力も人間を凌ぐ。我々は「物体」の“養分”にすぎないと…。

しかし、キャリントン博士の「物体X」への執着は相当なもので、ヘンドリー大尉とキャリントン博士は対立する。しかし、恐れをなした科学者たちがヘンドリー大尉側に付いた。大尉は「物体X」を焼き殺そうとするが、すんでのところで将軍からの電信で「物体X」は生かされることになった。「もっともなことだと思うね」と捨て台詞を吐くキャリントン博士。

…猛吹雪でもう外からの見張りは出来なくなっていた。すると、不意にガイガー・カウンターが上がり始めた。もう一刻も争っていられない。ヘンドリー大尉は「物体X」を焼き殺すことにする。ありったけのガソリンを集めて、「物体X」を待った。すると電気が消え、突然「物体X」が現れた。皆は「物体X」に向かってガソリンをかけ、火を点けた。火だるまになった「物体X」は窓を破り、逃げ去ったが…。

X13

― ハワード・ホークス監督が独立プロ「ウィンチェスター・プロ」で作った2作品のうちの1作。

「プロデューサー」に徹したはずなのに、映画にかかわった者が皆監督はホークスだったと言っているので、主導権を完全に握り自ら操縦もしたんでしょうねぇ。

出演者も題材も限りなく“B級”なのに、映画自体は“A級”ですよ。良く出来ています。SF映画の古典「地球の制止する日」と同じく“異星人襲来映画”の先駆けだと思われれますし(作られたのは同じ年)、随所にハワード・ホークスらしい演出が効いています。

まず、「男」の映画であるということ。男の中の男「軍人」の一団がありとあらゆる脅威から見事生還する。

もちろん、ヘンドリー大尉とキャリントン博士の助手ニッキーとの恋愛シーンも随所に見られますが、2人のシーンは「脱出」や「三つ数えろ」のボギーとバコールをチラリと思わせます。(マーガレット・シェリダンもなかなかのクール・ビューティなんですね)

そして、「軍人」VS「科学者」の構図が飛びぬけて良い。

「軍人」は「物体X」をあくまでも“外からの脅威”と見抜き、「物体」を排除しようとする。対する「科学者」キャリントン博士は「物体X」を科学の勝利とみなし、知恵を授かろうとまでする。「物体X」が知力も体力も人間より凌ぎ、想像もつかない“脅威”だと知っているとしても。

勝手に血漿を持ち出し、「物体X」の手の種子を土に撒き血漿を注入するのだ。そして物凄いスピードで成長したものは…恐ろしいものだった。何千体の「物体X」が作り出されるのか。そしてその物をめぐってヘンドリー大尉と対立する。大尉は皆に公表すべきだと。博士は素人には何も分からないのだと。

いよいよガソリン攻撃でも駄目で、強力な電磁波攻撃へ転じるとき、キャリントン博士は「物体X」が現れると、電源を切ってしまうのである。そして「物体X」に近づき、「私は味方だ」だと宣言するのだ。

このすっとこどっこいな博士は、後のSFホラー映画でよく見られる、頑固で機転の利かない科学者のハシリであろう。

ずっとヘンドリー大尉にへばりついて、「記事を書かせてくださいよ。」「物体Xが来たら写真を撮らせてくださいよ。」などと言っている割に記事を差し止められ、記者の仕事を与えられず、「物体X」の排除に躍起になるスコット記者もいいキャラクターだ。

1982年には、ジョン・カーペンター監督により「遊星からの物体X」としてリメークされる名作である。

しかし、皆放射能が強い所にいながら普通の服って…。「物体X」にやられなくても放射能に汚染されて寿命は短いに違いない。

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2008年4月25日

大いなる西部

11 1958年<アメリカ>

監督

ウィリアム・ワイラー

出演

グレゴリー・ペック/ジーン・シモンズ/チャールトン・ヘストン/バール・アイヴス/チャールズ・ビックフォード/チャック・コナーズ/アルフォンソ・ベドーヤ

ストーリー

1870年代、テキサスに東部から1人の紳士ジェームズ・マッケイが地元の有力者テリル少佐の一人娘パトリシアと結婚するためやって来た。だがテリル家はパットの親友で女教師のジュリーが相続する水源地をめぐってヘネシー家と争っていた。一方テリル家の牧童頭スティーヴはパトリシアを密かに愛しジェームズを疎ましく思っていた。非暴力・平和主義のジェームズはこれら全てを合法的に解決しようとするが…。

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婚約したジェームズ・マッケイ(グレゴリー・ペック)と、パトリシア(キャロル・ベイカー)、テリル少佐(中央、チャールズ・ビックフォード)

なにしろこのジェームズ・マッケイという男、徹底した平和主義者だ。テキサスに着いてそうそう、テリル家と反目するヘネシー家の長男バック率いるならず者に、いいようにもてあそばれても手も出そうとしない。バックたちはマッケイを臆病者として町で散々言いふらす始末だ。

そして、テリル家では必ず通らなければいけない儀式、暴れ馬の“サンダー”にも乗ろうとしない。西部で生まれ育ったパトリシアにはそれが「男らしくない」と感じてしまい、不満である。

テリル少佐が牧童たちを連れて、ヘネシー家の村を襲撃しに行くという。自分のせいで何もこんなことをすることはないと訴えるマッケイだが、テリル少佐は面目を潰されたのだから当然の行為だと譲らず、村を襲い、その足で町へ行きヘネシー家の一味をリンチにかけた。その間バックは見つからぬよう隠れていた…。

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  テリル家の牧童頭スティーヴ(チャールトン・ヘストン)

なすすべもなくテリル家に留まっていたマッケイだが、暴れ馬“サンダー”に乗る決心をした。ただし、皆には内緒で。知っているのは馬を世話しているラモンだけだ。何度も振り落とされたが、サンダーを攻略した。

…その夜、テリル家ではマッケイとパットの婚約パーティが開かれていた。華やかに着飾った紳士淑女。踊るマッケイとパット…。その時、窓から1人の男が入って来た。ヘネシー家の主、ルーファス・ヘネシーである。

1

      ルーファス・ヘネシー(バール・アイヴス)

ヘネシーとテリル少佐は30年以上も遺恨の仲だ。彼は“ビック・マディ”と言う、牧場を経営しているものには大事な水源地を独り占めにしようとしている少佐を責めた。今度村を襲ったらただではおかないと脅した。そして家を後にした…。

…翌朝、マッケイは“ビック・マディ”目指して1人で旅立った。東部の男が無茶をする、道に迷うに違いない…少佐は牧童たちをマッケイの捜索にあてた。マッケイが分からなくなるパット。スティーブは彼を「とんだ恥さらしだ」と一蹴した。パットが彼をぶつと、スティーヴは激しくキスをした…。抵抗するパット。激しく求めるスティーヴ…。

マッケイは朽ちた邸宅に行き当たる。それは“ビック・マディ”の持ち主、ジュリーの祖父の家だった。ジュリーも偶然この地にいたので、“ビッグ・マディ”を案内してもらうマッケイ。

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              “ビッグ・マディ” 

マッケイはジュリーに“ビッグ・マディ”を買いたいと申し出る。テリル家にもヘネシー家にも水を供給する。そうすれば平和が保てる。パットにも結婚の贈り物になる。…ジュリーはマッケイに“ビッグ・マディ”を売った…。

スティーヴたちはマッケイを捜索したが全く見つからなかった。夜を徹しての捜索だ。しかし、そこにマッケイが通りがかる。彼の行動を激しく非難するスティーヴ。

家に帰り着くと、スティーヴがマッケイに喧嘩を売って来た。しかし、挑発には乗らないマッケイ。やはりこの男は“臆病者”なのだと皆が思った。パットも思った…。マッケイは明日の朝、町に移るという。もうパットはマッケイに愛情を感じなくなっていた…。

…夜中、マッケイはスティーヴの許を訪れる。マッケイはスティーヴが売った喧嘩を受けたのだ。ただし知るのはこの2人のみ。壮絶な殴り合いは果てしなく延々と続いた…。

朝、マッケイはテリル家を後にした…。

スティーヴはテリル少佐に命令され、気が進まない中でヘネシー家の牛を水源地から追い散らしていた…。

ヘネシー家ではルーファスがそれを聞いて怒り心頭だ。ルーファスはバックにジュリーを連れて来いと命令する。お前に夢中なら来るはずだと言う。実はバックはジュリーに夢中で、父親にはジュリーの方が彼に夢中だと偽って報告していたのだ…。ルーファスももちろん“ビッグ・マディ”を独り占めする気でいて、ジュリーに土地の権利書にサインさせようという腹なのだ。

…町ではマッケイとジュリーが会っていた。

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      ジュリー(ジーン・シモンズ)と、マッケイ

マッケイは、“ビック・マディ”はジュリーの贈り物にするのをやめたと言った。ジュリーは説得を試みるが、マッケイは根は深い所にあるのだと言う。そして改めて“ビッグ・マディ”を登記したいという。ジュリーの許可を貰って早速登記に取り掛かるマッケイ。

そこに、パットがやって来た。彼女はジュリーからマッケイが“サンダー”に乗ったと、“ビック・マディ”を結婚の贈り物として買ったことを知らされていた。「結婚は出来ない」と断るマッケイに関係修復を迫るパット。「あなたを愛しているの。パパに牧場の話をするわ。“ビツグ・マディ”のことでパパは大きな計画があるの…」うんざりするマッケイ。少佐のための“ビッグ・マディ”ではない。ヘネシー家にも水を分ける…。激しく罵るパット。…それでパットとは終わった。

一方ジュリーは、パットにさらわれヘネシー家へと急がされていた…。

― う~ん…、これほど悩ましい映画とは…。ちょっと困ったぞ。

そもそもこの作品は「西部劇」と言えるのか?それとも「西部劇」の範疇には入りきらないほど壮大な物語なのか?

人間関係は、流石の巨匠ウィリアム・ワイラー監督らしく上手く描けている。

“ビッグ・マディ”をめぐる2家族の30年間の遺恨。いかにも東部の紳士的な主人公。その主人公の婚約者に密かに恋心を抱く牧童頭。主人公に降りかかる“西部”の洗礼。親離れ出来ない婚約者。親の頭を悩ませる何事も出来そこないの長男。唯1人主人公の意を汲んでくれる“ビッグ・マディ”の持ち主…。主人公は誰とも戦わずに密かに全てを解決しようとする…。

この、“誰とも戦わない”主人公が悩みの種なのだ。

徹底した平和主義で秘密主義でもある。皆の前で笑い者にならなければいけない儀式、暴れ馬の“サンダー”には1人で密かに攻略してしまうし、牧童頭のスティーヴが売って来た喧嘩も皆が寝静まった夜中に密かに行われる。「これで何が証明できたか?」と言うマッケイだが、西部の男はそういうことを人前でファイトし、「男らしさ」を証明しなければいけないのではないのかな?主人公マッケイは東部とは全く異なる土地「西部」に来ても、「男らしさ」は必然な事ではないと思っている。

これが今までの「西部劇」の主人公像とは全く異なるところなんですよねぇ…。それがこれからの「西部劇」の主人公像と言ってしまえばそれまでなんですが、どうも納得がいかない。正統派の西部劇ではないですよね。全く戦わない男が主人公?

そして、「なにもそこまで…」と思う演出。ロング・ショットが多発しすぎなのよ。「西部」の広大さ・雄大さをシネスコの画面にここぞとばかりに出そうという意思は汲み取れましたが、「なにもそこまで…」と感じるショットが多かった。人間が豆粒なんですもん。その豆粒は、本当にグレゴリー・ペックなのかい?チャールトン・ヘストンなのかい?と訝しく思ったもんです。

あと、馬が去りゆくシーンも多かった。これも本当に役者が馬に乗っているのか怪しいシーンである。女性陣の乗馬シーンはスタントだったし。

“手造り”の「西部劇」を遥か彼方に追いやった映画でもありますね。

ストーリー上では、バール・アイヴス演じるヘネシー家の当主がもうけ役でしたね。息子が野蛮でいやらしい男なので、親もそうかと思いきや…実は真っ当な常識人。しかし、“ビッグ・マディ”から水が供給されてもテリル少佐とはそれは長い遺恨の仲。最後はこれぞ「西部の男」っぷりを見せてくれます。

チャールトン・ヘストンはまだ若いなぁ…という印象。「十戒」でモーゼやった後なんですがね、グレゴリー・ペックの域までには届かず。この後再びワイラー監督と組んで、「ベン・ハー」で主演男優賞を獲得するんですね。(主演男優賞はグレゴリー・ペックより早く獲得)この人は“助演”ではなく、あくまでも“主演”で映える人なんだなぁ…と思った次第。

この作品を「西部劇」として期待して観たら、拍子ぬけするかもしれません。単に物語の舞台が「西部」にすぎないと感じました。

3時間弱、長いぞ。

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2008年4月12日

ワーロック

14 1959年<アメリカ>

監督

エドワード・ドミトリク

出演

リチャード・ウィドマーク

ヘンリー・フォンダ

アンソニー・クイン

ドロシー・マローン

ドロレス・マイケルズ

ストーリー

ワーロックの町では、マキューンの経営するサン・パブロ牧場のならず者たちが暴れまわっていた。部下の1人は散髪屋に難癖をつけ殺した。翌日、町の住人は集会を開き、町を自衛するために凄腕保安官クレイを呼ぶことにした。マキューンの部下の1人、ジョニーは自分たちの行為を恥じており、町に残ることしたが…。

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やって来た救世主クレイ(ヘンリー・フォンダ)と、相棒の賭博屋モーガン(アンソニー・クイン)

早速マキューン一味がモーガンの経営する酒場「フランス宮殿」へやって来た。クレイと対峙する腹積もりだ。早速腹心の部下ゲートがクレイに難癖をつけるが、彼は軽くやり過ごしマキューンに宣言した。

「私は町に雇われた保安官だ。2つの規則を定め徹底的に守る。第1に、撃ち合いを始めた者は私が殺す。第2は、騒ぎを起こした者は町から追放する。これは法として成立しているから絶対に従え。追放者が町へ入れば許さない。」と。

ジョニーの弟ビリーはいきり立つが、マキューン一味はおとなしく帰っていった。ジョニーは去りがたい衝動を抑えつつ、最後に続いた…。

外へ出ると、ジョニーと一味のいざこざが始まる。そして皆が帰るとき、彼は決心した。この町に残ると。そしてマキューン一味から離れた…。

…ワーロックの町へ向かう馬車がマキューン一味の3人に襲われた。男が馬車から出てくる。しかし、その男を狙撃したのはモーガンだった…。困惑する一味だが、金は奪って逃げた。馬車はワーロック目指して走り去った。

馬車が町に着く。出てきた女はクレイが知っている女だった。クレイに挑んだ婚約者を殺されたリリーという女だ。

クレイ達が馬車を襲った3人を捕まえてワーロックまで戻り、彼らを裁判にかけるため一時牢に入れた。その中にはジョニーの弟ビリーもいた。町の住民は興奮してリンチにかけようとする。しかしクレイが、集団リンチは最も卑劣な行為だと諫め、皆を帰した。

翌朝、裁判のため群保安官がやって来た。皆がこの町に群保安官補も置かないと文句を言うと、募集中だという。そこでジョニーが立候補した。彼は正式に群保安官補に任命された。

     群保安官補に立候補するジョニー

       (馬の前、リチャード・ウィドマーク)

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ジョニーはクレイと違って、この町に秩序を取り戻すのは“対話”だと思っている。必要とあらば彼と対峙する気でいるのだ。

                 リリー(ドロシー・マローン)とジョニー

6リリーはそんなジョニーをクレイの復讐に利用しようと考える。家に招待し、料理を振る舞う。しかし、色々と話していくうちに彼女はジョニーに惹かれ始める…。

一方クレイは丘で早打ちの修練中、数少ないクライ擁立反対派だったジェシーという女性に出会う。

  ジェシー(ドロシー・マイケルズ)

16彼女は、クレイがマキューン一味を銃も使わずに町から撤退させたことで彼を尊敬し惹かれていたのだ。

そしてジェシーはクレイに会いに来たのだった。“愛”を期待して。それは裏切られなかった。クレイもジェシーに好意を寄せていた。熱い接吻を交わす2人…。

ジェシーの家で食事中、モーガンがクレイを呼びにきた。町を追放された3人が待っていると知らせて来た。決着がつき次第この町を去ろうと言うモーガンとジェシーと結婚してこの町に留まると言うクレイ…。

…3人がクレイの前に姿を見せた。ジョニーはクレイに弟と話させてくれと頼む。聞き入れられた。しかし、ビリーは聞く耳を持たない。

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クレイは3人ににじり寄りながら、おとなしく町を出ろと警告する。しかしビリーはクレイに銃を抜けといきがる。物陰からクレイを狙っていた第4の男がモーガンに撃たれ、それをきっかけに銃撃が響いた。ビリーはクレイに殺された…。

       説得がむなしく終わったジョニー

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ジョニーはこれ以上クレイの手によって死者を出さないよう、単身マキューンの許へ乗り込み、話し合いによって決着を着けようとするが…。

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― いやいや、曲者役者3人(リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン)の豪華共演ですねぇ。(ヘンリー・フォンダはもうこの頃から「正統派」とは言えなくなっていくんですな…)

ストーリーも良く出来てます。「悪」の集団マキューン一味が町を席巻する。なすすべもない住人。凄腕の雇われ保安官とその相棒の賭博屋の奇妙な友情と愛憎。「悪」の側にいた男が“法の番人”になるという奇抜さ。女に対する愛の形…。

まず、主役の一端を担うリチャード・ウィドマーク。

一時は「悪」に憧れた男だったが、ある事件をきっかけに、「悪」であることを嫌うようになり、ついには「善」の象徴でもある群保安官補になる。「悪」との対峙はあくまでも“対話第一”で、説得出来なかったときは町の住人が立ち上がってくれることを願っているという、実はとてもクリーンな男であったという、なかなか難しい役をさりげなく熱演。うん、熱演なんだけど、熱演と見せないそのさりげなさが渋い。

もう一端のヘンリー・フォンダ。

相棒モーガンに豪華な生活を提供され、点々と「悪」に苦しめられている町へ保安官へと高給で雇われる男。優秀な保安官の印、「黄金銃」を持つ男でもある。そして自分の立場を良くわきまえている男。一つの町に留まるのは、町に平和が戻るまで。町に不要になった時はモーガンと共に去るのみ。しかし今回の町では愛する女が出来、一つ町に留まろうとするが…という、「悪」との対峙はあくまでも“銃”という男を難なくこなすこの演技力の凄さ。この人、上手いとしか形容が出来ない。

たぶん一番難役であっただろうアンソニー・クイン。

唯1人、人間扱いをしてくれたクレイにただひたすら尽くす賭博屋のモーガン。実はリリーに恋心を寄せながら、クレイを邪魔する者を許さず、クレイを英雄にするためには手段を選ばない男。そんな役を余裕たっぷりに演じる。憎いねぇ。

リリーやジェシー、町の人々、マキューン一味の書き込みも巧みだ。ストーリー運びも最後まで飽きさせない。

ひたすらカッコいいラストのヘンリー・フォンダにリチャード・ウィドマークはちょっと喰われた感があるが、監督の力量に違わない出来の映画だと思う。

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2008年2月18日

見知らぬ人でなく

6 1955年 <アメリカ>

監督

スタンリー・クレイマー

出演

ロバート・ミッチャム

オリヴィア・デ・ハヴィランド

フランク・シナトラ

チャールズ・ビックフォード

グロリア・グレアム

ストーリー

幼少から医者に憧れていたルークは母の計らいでその道に進むことが出来だが、母の死後飲んだくれの父に学費を使い果たされ退学処分を受けそうになる。その頃、手術の見学を取り計らってくれた看護師クリスと親しくなり、彼女の友達の家へ親友アルと共に招かれた時、彼女が金持ちであることを知った。野心に駆られたルークはクリスと結婚する…。

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アル(フランク・シナトラ)、ルーク(ロバート・ミツチャム)、クリス(オリヴィア・デ・ハヴィランド)

ルークは勤勉な医学生だ。仲間からも一目置かれいる存在だ。

しかし、母親がルークのために貯金した金を全て父親が酒に変えてしまった。父親を責めても空しさしか残らないルーク…。彼は学費調達のため、奔走することになる。

           研究熱心なルーク

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普段から何かと世話になっているアーロンズ教授に小額だが金を借りることが出来、なんとか退学までの期間を延ばすことが出来た。

そんな時、救いの天使が現れる。彼に密かに思いを寄せている看護師クリスである。クリスは何かとルークの願いを聞き入れてきた。そのクリスがアルとルークをパーティに誘った。2人は手術を見せてくれたお礼に出席する。

その席で、実はクリスは倹約家で貯金が3万4千ドルもあることをルークは知る。ルークの野心が頭をもたげた…。クリスは年上で決して美人とは言えない。しかし…金があり、自分に好意を寄せている。

早速ルークはクリスをデートに誘い、恋人になることに成功する。

ある日ルークはクリスにプロポーズするが、しかしとてもそんな状況ではないと告白する。“退学”になる。それでクリスには充分だった。自分が金を出すから、医者になってほしいと言い出す。何としてでも医者にさせる、と。

しかし、ルークがクリスと結婚するのは、金と引き換えの義務からだった…。

結婚もし、研修期間も終わり、ルークたちは「医者」になった。

ルークはグリーンヴィルという小さな町医者になる。

毎日が目まぐるしい忙しさだ。

その中でテキパキと患者をさばいていくランクルマン医師にルークは尊敬の念を抱いていく…。

専業主婦となったクリスは、ルークとの子供を希望しはじめる…。

ある夜、馬丁がケガをしたという電話がルークの許に入る。そこでラング夫人と会う。意識しあう2人…。何か運命的なものを感じた…。

昨夜のことは、ランクルマン医師にはもう届いていた。警告されるルーク。

そこに薬局のセールスマンがやって来る。最新式の聴診器を売りに来たのだ。

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ルークはランクルマンの胸に聴診器を当てる…。沈黙が流れる…。

ランクルマンは聴診器を買うことにした。

ランクルマンは心臓病にかかっていた…。休養を進めるルークだが、ランクルマンは聞こうともしない。

手術…スナイダー医院長が参加するが、何も役に立たない男だった。

久しぶりの非番、ルーク夫妻とランクルマンは町のクラブで楽しんでいた。ラング夫人も偶然来ていた。楽しげに踊る2人。何かを感じ始めるクリス…。自然と酒のピッチが早くなる。

その夜、寝室でクリスは言った。「私たち、子供を作ってもいいころよ」と。しかし、ルークの返事はつれなかった。「まだ無理だ」と。

             ラング夫人(グロリア・グレアム)と

                                      恋に落ちるルーク

5そんな中、クリスの妊娠が発覚した…。しかしルークには言えない…。

ルークはそんなことは露知らず、いつの間にか頻繁に足が向いていたラング夫人とついに恋に落ちる…。

― いやはや、これは“珍品”中の“珍品”ですぞ。

なんてったって“マッチョ”なロバート・ミッチャム、“遊び人”のフランク・シナトラが懸命に人の命を救おうとする医者を熱演!!(その仲間に、リー・マーヴィンまでいる!)

そして、ロバート・ミッチャムと恋に落ちる謎めいた退屈なラング夫人に、グロリア・グレアム!!(出番は少ないものの、今回も強烈な印象を残しております。アンニュイなのね~)

そんな、どミスキャストの故なのか、映画が長い、長い。色んな要素を詰め込みすぎたのね。

ルークの退学問題から、クリスとの結婚。医者になり小さな町の医者になって希望に燃えたはいいが、勉強したような病気とは無縁だ。それなのに目の廻る忙しさ。

尊敬しているランクルマン医師は心臓病を患っていて、いつ倒れるかも分からない。医院長のスナイダーは役に立たない人物ときている。

そして最初の出会いから意識していたラング夫人との恋。望まないクリスの妊娠…。

    絶望のクリス…

8_2おまけに病院に腸チフスの患者が出て、クリスと2人で協力して患者を回復に導くが、「君は最高の看護師だ。子供が欲しいなんて言わないで、この病院で働かないか?」というルークの無神経な誘いにクリスは絶望する。クリスはラング夫人とルークの関係まで知ってしまった…。クリスはルークを家から追い出す。

そして、ついにランクルマン医師が倒れる…。

どうだ、「詰め込みすぎ」とはこういうことを言うのだ。

男性陣はミスキャストもいいところだが、女性陣はしっくりいってます。

クリス役のオリヴイア・デ・ハヴイランドは、何をやらせても上手い人だが、このクリス役は「女相続人」のバリエーションでしたね。看護師としての腕の良さが本物か?というほどリアルであった。

誘う女、ラング夫人。グロリア・グレアムは、もう居るだけでいいの。ちょうど熟した果実のように甘く誘う…。

要するにこの映画は、男性陣のミスキャストに笑い、女性陣の名演に酔うというよく分からない作品なのだ。

スタンリー・クレイマー監督は、「製作者」としては、素晴らしい作品を世に送り出している人なんですね。これが、製作・監督もかねた第一作目だそうです。

「製作者」としては、カーク・ダグラスが強烈な印象を残した「チャンピオン」、ホセ・ファラーがアカデミー主演男優賞を受けた「シラノ・ド・ベルジュラック」、アーサー・ミラーの戯曲「セールスマンの死」、ゲイリー・クーパーの「真昼の決闘」、ボギーの狂った演技が素晴らしかった「ケイン号の叛乱」などを世に出しているんですね。

その後、製作・監督としても、「手錠のままの脱獄」、「渚にて」、「ニュールンベルグ裁判」、「招かれざる客」など、結構社会派なんですな。

しかし、監督デビューは「製作」ほど簡単にはいかず、ですね。

かくしてこの作品は、彼のほろ苦い監督デビュー作となったわけです。

グロリア・グレアムが出ていなかったら、紹介しなかったかも知れない作品でもある…。

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2008年1月 7日

口紅殺人事件

Photo_4 1956年 <アメリカ>

監督 フリッツ・ラング

出演 

ダナ・アンドリュース

ジョージ・サンダース

トーマス・ミッチェル

アイダ・ルピノ

ロンダ・フレミング

サリー・フォレスト

ストーリー

アパートに住む若い独身女性が浴室で殺され、壁に「ママに聞け」という口紅の文字が残されていた。カイン・グループの老社長はこの事件を知るや社の全力を挙げてこの事件の特ダネを物にするよう命じたが、その直後彼は急死する。息子ウォルターが新社長に納まるが、仕事に疎い彼は“総監督”を抜擢し専務制をしきたい腹案を発表した。写真部長クライツァー、通信部長ラヴィング、新聞編集長グリフィスの3重役はこの椅子をめぐって競争を始めた。ピューリッツア賞受賞のTVキャスター、モブリーも巻き込んで、“口紅殺人事件”がテスト・ケースになる…。

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敏腕TVキャスター、エドワード・モブリー(ダナ・アンドリュース)

モブリーはカイン・グループの後継者にと、社長に考えられたほど優秀な男だ。しかし、彼には野望は無かった。たまに本を書き、闘争とは無縁。それが彼の生き方だ。その彼がカイン社長の死を見取った。

3人は「口紅殺人事件」をめぐって醜い競争を始める。互いに顔色を伺いながら、スパイを送り込みながら…。ラヴィングは、同じ社の記者で恋人のミルドレットをスパイに使い、グリフィスは友人であるモブリーを巻き込み、クライツァーは新社長の妻ドロシーと愛人関係にあり彼女の押しで昇進しようとしていた…。

モブリー、その恋人でラヴィングの秘書ナンシー(サリー・フォレスト)、グリフィス(トーマス・ミッチェル)、ミルドレッド(アイダ・ルピノ)

Photo

「口紅殺人事件」がいまだ解決する見込みの無い中、モブリーは恋人のナンシーをアパートに送って、ドアの鍵で事件のヒントを得る。彼女の部屋のドアの鍵はボタン式だ。「口紅殺人事件」の被害者のドアの鍵も同じだった。

そんな中、事件の容疑者が出た。グリフィスからの電話でモブリーと友人のカウフマン警部補が会いたいと行って来た。渋るモブリーだが、グリフィスの「友人だろ!!」の一言で警察に出向くことになった。

容疑者の尋問を見たが、モブリーは犯人ではないと確信する。犯人は若者で異常者の計画的犯行、初犯ではないと見破る。

…そしてまた新たな殺人が起こる。「口紅殺人事件」と同一の犯人だと警察とモブリーはみた。そして被害者の爪から犯人の髪の毛が出る。机にはマンガ「絞殺魔」が無造作に置かれていた。警察をあざ笑う犯行だ。

ここでモブリーは冒険に出る。TV電波に乗せて「口紅殺人事件」の犯人の推理をしたのだ。犯人がTVを見ていることを見越して、犯人に語りかけたのだ。犯人への挑発だ。

すると、モブリーの周辺にいる人物にも危険が及ぶ。なんとモブリーは新聞で大々的に恋人ナンシーと婚約したと発表したのだ。犯人の次の獲物はナンシーだ。彼女には厳重な警察の警護がつくことになった…。

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  高級クラブに顔が利くのが自慢の男。ラヴィング

            (ジョージ・サンダース)

一方、ラヴィングはグリフィスの手からモブリーを奪い取って味方に引き入れようとしていた。それにはミルドレッドの“魅力”がものを言う。早速作戦に出るミルドレット…。大人の色気を最大活用し、モブリーに迫る…。

そしてクライツァーはカイン新社長の妻ドロシーと逢瀬を楽しんでいた。逢瀬に使う部屋は、なんとナンシーの部屋の隣だった。懸命にクライツァーの有能ぶりをアピールするドロシー。そこに雑貨店の男が品物を持ってやって来た。クライツァーが対応したが、彼はドロシーの存在に気づく。思わずボタン式の鍵を押しそうしなった時、クライツァーが金を払いすぐドアを閉めた…。

しかし、ついに彼はナンシーの部屋を発見する。部屋の前にはモブリーからの花束と手紙が置いてあった。手紙を盗み見る。確信に変わった…。

帰りのタクシーでモブリーとミルドレッドは熱いキスを交わす。お互いパートナーに対しての言い訳を並べながら…。

…次の日、ミルドレッドは会社の全部署で昨日の出来事を言いふらしていた。面白くないのはモブレーだけではない。ナンシーは電話にも出てくれない。

その隙にラヴィングは大きな成果を挙げていた。事件推理の見事な報道で“中西部テレビ”との巨額の契約を成功させたのだ。その結果グリフィスはモブリーを探し、クライツァーはドロシーと連絡を取ろうと必死だった。

その間、モブリーはカウフマン警部補と会っていた。犯人の行動が段々大胆になってきているとモブリーは考えた。今までは夜の犯行だったが、今度は白昼堂々犯行でより快楽を得る危険が迫っていると。ナンシーが危ない。2人は大急ぎで店を出て行った。

ナンシーのアパートにもう犯人は潜んでいた。しかし、呼び鈴を押し自らを“モブリー”と名乗ったが彼女に拒絶され、ちょうど逢瀬にやって来たドロシーの部屋に入り込んだ。そして犯行に及んだが、すんでの所で彼女は逃げ出しナンシーに助けを求めた。

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犯人は逃げた。ちょうどそこにモブリーが到着する。ナンシーの指示で犯人を追い詰めるモブリーとカウフマン警部補。

Photo_4 犯人は地下鉄の乗客に紛れ込むが、乗り遅れてしまう。確実に迫るモブリー…。犯人と取っ組み合いになりながら、地下鉄の恐怖にも耐えなければならない。

そして、犯人は階段を上がって外に出ようとしていた。追うモブリー。しかし、外に出た瞬間、犯人は逮捕された…。

― 皆様、遅れましたが、明けましておめでとうございます。今年も是非宜しくお願いいたします。

さてさて、2008年幕開けの映画は巨匠フリッツ・ラング監督の「口紅殺人事件」です。この映画がなんとも面白い。ただの「犯罪映画」じゃないのが良いですね。

3重役の汚い手を使ってでも昇進しようとする執念の競争。騙しあい、スパイを送り込み、何の関係も無かったモブリーをも巻き込み、「口紅殺人事件」は犯行の度合いが段々大胆になりながら、事件終結のスクープは誰の手に?

最初に勇み足をしたのは、通信部長ラヴィング。警察の内部情報をそのまま信じ、管理人を犯人と断定しTVに乗せようとしたのだった。しかし、法廷外での発言以外は引用者が責任を問われるのだ。報道したら告訴される恐れがあった。慌てて取り消すラヴィング。しかし、彼はモブリーの見事な推理報道で“中西部テレビ”との巨額な契約を成功させ、一歩先に出る。

新聞編集長のグリフィスは、見事な一面を作り上げるが、事件には“モブリー頼み”で自分から動こうとはしない。

クライツァーは新社長の妻ドロシーに取り入り、彼女の押しの一手で昇進しようとしていた。事件の解決など興味はないのだ。

そんな中、事件解決の中心人物となるのが、ピューリッツア賞受賞のTVキャスター、エドワード・モブリーだ。警察事件から5年も遠ざかっていると言いながらも、その卓越した推理力、罠の仕掛け方は流石と言わざるを得ない。

しかし、そんな彼も所詮は一人の男。一人の女を愛し“婚約”したといっても、ミルドレッドの誘惑にはグラつくのだ。そんな“人間らしさ”を見せるのも上手いと思った。

この映画の見せ場は2つある。

まず、「口紅殺人事件」の犯人がTVでモブリーの推理を聞いて、初めは余裕の表情が推理が進むにつれ、顔色が変わっていく。そして母親が部屋に入ってくるとTVを慌てて消す。しかし、この母親は犯人の本当の母親ではなく、犯人は「養子」であった。そして、常々彼女が女の子が欲しかったことに恨みを抱いていたのだ。

そして、ドロシーが犯人に殺されそうになり、モブリーとカウフマン警部補が犯人を追い詰めていくところだ。特に地下鉄のシーンは緊迫ものである。取っ組み合いになり、モブリーが倒れる。そこに電車が…。スリリングであった。

事件は無事解決となり、3人のうち誰が昇進するのか?社長のさじ加減一つなのだが、ここでも醜い争いが起きる。そして、どんでん返しでにやりとさせられる。

アイダ・ルピノの“ちょっとした悪女ぶり”にも注目だ。

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2007年12月15日

去年の夏突然に

Photo 1959年 <アメリカ>

監督

ジョセフ・L・

       マンキーウイッツ

出演

キャサリン・ヘプバーン

エリザベス・テイラー

モンゴメリー・クリフト

アルバート・デッカー

ストーリー

1937年、アメリカ南部ニュー・オリンズ。ライオンズ・ビュー州立病院の若い外科医クックロウイッツ博士はロボトミー手術に成功し、注目を集めていた。彼は市の金持ちの未亡人ビネブル夫人の風変わりな邸に招かれ、病院を寄贈するのを条件に、聖メアリー病院に入院中の姪キャサリンの手術を依頼される…。

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      ビネブル夫人(キャサリン・ヘプバーン)

緊急の用件だということで、予定の時間通りやって来たクックロウイッツ博士の目の前に、エレベーターからビネブル夫人が詩的に降りてきた。そして、息子“セバスチャン”の愛した庭園に案内される。

“セバスチャン”の庭園は、原始の熱帯雨林だ。彼が生物の進化を嫌って作った庭だという。

彼女は息子を亡くしたのに、まるでいまだに生きているかのように話す。息子と私は一心同体で有名だったと。“セバスチャンとバイオレット”。それが2人だった。…それが去年の夏突然に…終わったのだ。

ビネブル夫人の姪も、去年の夏突然に錯乱を起こし始めたのだという。彼女は“セバスチャン”と一緒に欧州旅行に行っていたのだ。今は聖メアリー病院に入院中だが、退院を迫られているという。卑猥な言葉や、“セバスチャン”の人格を傷つけるようなことを口走るようだ。その時クックロウイッツ博士の記事を新聞で読んで、彼女を救うことが出来るのではないかと思いたったのだという。

博士はビネブル夫人の姪に会うことを了解した…。

… 聖メアリー病院。クックロウィック博士は、ビネブル夫人の姪、キャサリンの様子を影から診ることにした。別段変わったところはない。タバコが吸いたいだけの女性だ。しかし博士と2二人きりになると、攻撃的な性格を覗かせる。本当にビネブル夫人が言ったとおりの女なのだろうか?

自分は正気だとキャサリンは言う。そこでクックロウイッツ博士は彼女に“セバスチャン”のことを聞いた。キャサリンは、「彼に好かれ、私も愛しました。…彼の流儀で」と言う。

ふとキャサリンは、「カベサ・デ・ロボで…」と言った。去年の夏彼と過ごし、彼が死んだ所だ。博士が彼の死因を聞くと、ビネブル夫人と同じく「心臓マヒで」という答えだ。その直後自分はおかしくなったのだとキャサリンの告白は続く。「何も覚えていない」と言うキャサリンに、クックロウイッツ博士は「“セバスチャン”と去年の夏のことを思い出すのだ」と言う。

そしてキャサリンは、去年の夏のことを回想し始める…。しかしそれも途中までだった。キャサリンの助けの言葉が響く…。我を忘れて泣き出す。

キャサリンはクックロウイッツ博士に助けを求めた。博士はそれを受け入れた…。

… ライオンズ・ビュー州立病院の敷地の向かいに、もうすでに「セバスチャン・ビネブル記念病院」の設立工事が始まっていた。しかし、クックロウイッツ博士の表情は浮かない。キャサリンは手術に値する患者ではない…と思っているのだ。去年の夏に起こったことを全て思い出せば彼女は開放される。博士はそう思っていた。

しかし、クックロウイッツ博士は、「あなたを助けたい。信じてください」としか言うことしか出来ない。キャサリンは、「信じたいわ。私には確かに助けが必要よ…」と言う。見つめあう2人…。

ベネビル夫人が病院へやって来た。クックロウイッツ博士に“セバスチャン”の最後の「夏」の詩集をあげた。博士は夫人に“セバスチャン”の死因を詳しく教えてくれと迫った。やはり「心臓マヒ」でやり過ごされてしまった…。しかし博士はどうしても“セバスチャン”の死んだ事情を知りたいのだ。それでなければキャサリンを救えない。

Photo_5そして、私のためにキャサリンと話をしてくれと頼んだ。ビネブル夫人は最初は躊躇したが、キャサリンの部屋へと向かった。

眠るキャサリンに、ビネブル夫人は「美しいですね…」と羨望の眼差しを彼女に向ける…。

目覚めたキャサリンはそこにいたビネブル夫人に向かって牙をむく。“セバスチャン”が死んだのはあなたのせいだと。しかし夫人は冷静にやり過ごし、部屋を出て行った。

ビネブル夫人、クックロウイッツ博士(モンゴメリー・クリフト)キャサリン(エリザベス・テイラー)

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サンルームでビネブル夫人が博士を待っていると、彼はキャサリンを連れてきた。キャサリンがもう一度夫人と話がしたいという。

去年の夏、自分が“セバスチャン”の旅に同行したのは、彼が来いと言ったからだ。夫人は病気で旅は無理だと。でも一人旅は嫌だから自分に行こうと言ってきたのだ。

「そして死んだ」とビネブル夫人ははき捨てるように言った。「彼に恋したのね、去年の夏」とキャサリンを責めるように言う。キャサリンは、「あなたに代わって与えようとしました。優しい理解と愛情を…」夫人はキャサリンの言葉をさえぎる。「息子と私の信頼は比類のないもので神聖な契約でした。彼はその契約を破り私を置いて彼女と旅に出たのです。」怒りに燃えるビネブル夫人…。キャサリンの言葉など信じようともしない冷徹な目…。

するとキャサリンは言った。「彼があなたを必要としたのは、利用できる間だけ。若くて魅力のある間だけだった」と。「彼が家を出たのは、母親の魅力が失われたからだ」と言った。「彼はオモチャのように母親を捨て、新しいオモチャの私を連れて旅に出たのです」と、クックロウィック博士に告白した。「私たちは獲物をおびき寄せる道具でした。セバスチャンの釣りの餌です。」「彼女は良い魚を誘う力を失って捨てられたわ」動揺するビネブル夫人をよそにキャサリンの告白は続く。「内気なセバスチャンの代わりに華やかな所で男集めを…私も伯母と同じことをしました…彼に男を紹介する役を!」

ビネブル夫人はめまいを起こし倒れこんだ…。

…そしてキャサリンは自殺をしようと、女性患者の懇談場所の柵から身を乗り出した…。すんでのところで医師に助け出された。

Photoクックロウイッツ博士は、キャサリンにある実験を施すことにした。場所は“セバスチャン”の庭だ。

その前に、博士は何故自殺未遂を起こしたか聞いた。キャサリンは言う。みんなが私の死を望んでいるはずだ。母と兄もお金が貰え、あなたにも病院が…と。

クックロウイッツ博士は両手をキャサリンの前に出し、「ここへあなたの抵抗を全て渡しなさい。あなたの手から私の手へ…」と言った。キャサリンは博士の手を握り、「私の手よ。抵抗などないわ」と、博士にすがるような目で言った。真実をありのままに話すことを約束した。そして急にクックウイッツ博士の手を解き、2人は抱き合い、キスを交わした。

そしてキャサリンとクックウイッツ博士は“庭”へと歩を進め、キャサリンは博士に言われたとおり、“セバスチャン”との去年の夏の恐ろしい出来事を話し出すのだった…。

― この話は難しいなぁ…。実に難解。思いっきりストーリー解説が長くなってしまったじゃないか…。マンキーウイッツ監督は無難にまとめているという感じてすね。

“セバスチャン”という死んだ息子の汚点を隠すために、その夏一緒に欧州を旅行していた姪を精神的錯乱が冷めないうちに、ロボトミー手術で黙らせてしまおうという市の有力者の未亡人ビネブル夫人と、実際に彼女に会ってみて手術は必要はないと思い、原因はやはり、去年の夏に“セバスチャン”と一緒に行った旅行に鍵があると見た精神外科医クックウイッツ博士。

そして、「患者」キャサリンが語った“セバスチャン”との去年の夏の体験は、誰もが予想だにしなかった衝撃的なものだった…。

結局キャサリンが州立病院でビネブル夫人に食ってかかったように、彼女たちは“セバスチャン”の歪んだ性を満足させるために選ばれた“餌”にすぎなかった。

ビネブル夫人がいくら息子“セバズチャン”と自分が特別な精神的に結ばれた関係にある、特別な関係の2人なのだ…と話を飾ってみても、結局は“女”としての賞味期限が過ぎたと“セバスチャン”が感じるや、あっさりと捨てられるのである。

キャサリンの告白が続くなか、度々ビネブル夫人の手のアップが写される。それは、老いた女の手でしかない…。(女の「老い」は手から忍び寄るのだ…)

ピネブル夫人自体は、自分の「老い」のために今までの2人きりでの旅行がキャンセルされたなどとは認めないところだろう。“セバスチャン”の「夏の詩」も彼女がいたから完成できたと思っているのだから。

しかし「ビネブル夫人」に、キャサリン・ヘプバーンはちょっと軽かったという印象を受けた。彼女はどちらかというと、「喜」に傾いている女優さんだと思うのだけれど、「ビネブル夫人」はもっと、堂々と重さを持った女優さんが演じたほうが迫力が数段違ったと思うのは私だけであろうか?

反対に、エリザベス・テイラーは大熱演。ヘプバーンを完全に喰ってましたね。

モンゴメリー・クリフトは、交通事故からの顔のダメージが多少影を落としているような感じで、演技も凄い…とは言い切れないのが残念なところか。

しかし、1930年代~40年代はキャサリン・ヘプバーンは、化粧は嫌い、スカートは嫌い…と「女性らしさ」をとことん嫌っていた感があったのが、50年代に入ると彼女もやはり「女」だったのかぁ…と思わせる。51年の「アフリカの女王」から、衣装は常にハイネックだし、この作品では常に手袋をしている。

だから、「手のアップ」のシーンで監督とモメた。プロデューサーとモメた。彼女の出番が全て終わったときに、「ホントにホントに私の出番は終わったのね?」と確認して、ペッと2人にツバを吐きかけたのは有名な話だ…。

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2007年11月 7日

悲しみよこんにちは

Photo 1957年 <アメリカ>

監督

オットー・プレミンジャー

出演

ジーン・セバーグ

デイヴッド・ニーヴン

デボラ・カー

ミレーヌ・ドモンジョ

ストーリー

あの日から総てが変わった。何もかもが永遠に― 。1年前の夏の17歳の私は幸福だった。海を見下ろす南仏の丘の別荘に私たちはいた。母を15年前に亡くした父レイモンドとその愛人エルザと私の3人。海での日、私は若い法科の学生フィリップと出会い接吻を交わした。そして、母の友人だった、夫と離婚した中年女性のデザイナーのアンヌが、レイモンドの招待を受けてやって来たのだ。彼女の出現に、私たちの気楽な生活が終わりそうなことを直感した…。

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   もう子供には戻れないセシール(ジーン・セバーグ)

この18歳のセシールというお嬢さん。歳の割にはなかなか処世術に長けている。街にいる間は愛しいパパとパーティ三昧の日々だ。彼女に近寄ってくるくる男にも、大体の見当はついてしまっている。しかし、人前では見せない顔がある…。チーク・ダンスのときに見せる表情…「無表情」だ。

ジュリエット・グレコが歌う、

「笑いのない 私のほほえみ

愛情のない 私の口づけ

忘れられない人を思う時の

ほろ苦い この悲しみ…」

この歌詞に彼女の表情は益々硬くなる…。

ダンスの相手が父親のレイモンドに代わる。お互いに「楽しい」とは口にするものの、セシールは、また“幸福”になれるのか疑問だった。

― それは1年前、リビエラでのことだった…。

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恋人のようなレイモン(デイヴイッド・ニーヴン)とセシール

初日にセシールは、ヨットが壊れて弱っていた青年フィップを助けた。彼の話では3人は何かと話題の的らしい。その後セシールは2人を紹介する。しかし、アンヌが来るという手紙にセシールは驚く。実は彼女はアンヌにあまり良い印象を受けていなかったのだ。

アンヌが別荘へやって来た。しかし、出迎えに行ったレイモンドとエルザとは行き違いになったようだ。このエルザという女性は、堅苦しいのだ。セシールのジョークも真面目に受けてしまうきらいがある。まるで“母親”気取りの女なのだ。

             エルザ(デボラ・カー)とセシール

Photo_3おまけに、レイモンドに「楽しい友達」がいるというだけで、屈辱だのと言ってくる。

ところが、レイモンドたちが帰ってくると、何も無かったように、「私は元気。下で日光浴をするわ。」と、さらりと逃げる。セシールは困惑する…。

そしてアンヌはずっと居て、彼女はメイドやレイモン、エルザたちの心を完全に捉えたのだ。彼女なしの生活が考えられないくらい幸福だった。

レイモンドは決心したようだ。エルザにプロポーズした…。セシールは知った。しかし、不安と安堵が交差した。レイモンドは冷めるのも早かったからだ。

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しかしセシールは、アンヌがもたらしたこの変化を受け入れようとしていた。だが、それは大きく変わる。フィリップと愛撫をしていたら、アンヌに咎められたのだ。「もうフィリップに会輪ないほうがいい。そういう行為だけが愛情の全てだと思うなら間違いだ。」と。アンヌは崖に一歩踏み出してしまった。セシールに命令できるのはレイモンだけなのに、彼女はその掟を破った。

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彼女は完全に主導権をとり始めていた。レイモンも彼女の言うことには逆らえなくなった。結局、この権力的なアンヌにレイモンも重荷になっていく…。

そしてセシールは、ある「計画」を立て始める…。

― 17歳だから書けた、瑞々しくも残酷な小説の映画化。

ジーン・セバーグが“悪魔”になりきれない“小悪魔”を素晴らしくリアルに演じている。この「ヴァカンス」に集まった男女は、大なり小なり“秘密”を抱えていて、その“秘密”のめくり方が怖いんだね。

レイモンにはエルザという愛人が居るが、アンヌを迎えるにあたって追い出してしまう格好になってしまう。だからといって、心は完全にアンヌにあるわけではない。彼は、“新鮮”なものが好きなだけなのだ。彼女に結婚を切り出すのも、別な理由からだった。

アンヌもレイモンに別荘に招待されてやって来るが、下心がないわけじゃない。彼女は離婚暦のあるキャリア・ウーマンである。しかし、その環境を変えようと思いきってやって来た。アンヌはファッション・デザイナーであるが、エルザが着られる程度のそんなに“お高くない”デザイナーであろう。そして、居心地の良いレイモンのエスコートを受けるのを夢に見ている程度の女だ。

一番複雑な時期のセシールは大人からは“子供扱い”され、恋人からは“結婚”の対象であるが、揺れる。揺れるのである。一年前の屈託のない笑顔から、一年後の冷めた目を持つ少女は、アンヌの登場から始まった…。彼女さえ現れなければ、世界はずっと彼女のものだったろう。

パーティ三昧の日々。ヴァカンスを楽しみ、フィリップとの恋を謳歌しようとしているのに、「勉強」はどうした。「恋愛」は毒だ。と、まるで母親のように小言を赤の他人に言われる筋合いはないのだ。それを言えるのはレイモンだけなのに、アンヌは土足でセシールの心の中に入ってくる。しかし、彼女はやりたいようにやる少女なのだ。そのセシールにたて突く女は誰であろうと…。

ヴァカンスの最後には、“子供”の部分が露呈してしまうが、もう遅い…。もう“子供”には戻れなくなっていた…。自分が招いた事とはいえ…。

ジュリエット・グレコが歌う、

「笑いのない 私のほほえみ

愛情のない 私の口づけ

忘れられない人を思うときの

ほろ苦い この悲しみ…」

この曲の時のセシールの表情は緊張に満ちて、やるせない…。

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2007年11月 3日

めぐり逢い

Photo 1957年 <アメリカ>

監督 レオ・マッケリー

出演 ケーリー・グラント

    デボラ・カー

    リチャード・デニング

     ネヴァ・パターソン

    キャサリン・ネスビット

ストーリー

ニューヨーク航路の豪華客船の美しい船客テリー・マッケイは、置き忘れたシガレット・ケースが縁で、希代のプレイボーイでこの旅が終われば6億ドルの女相続人と結婚するニッキー・フェランテと知り合った。お互い婚約者のいる身だったが、たちまち2人は一緒に食事をするほどの仲になった。2人の噂は船中に広まり、ゴシップになるのを避けて別行動をとるが、偶然が2人をめぐり逢わせる。そして、旅の終わりにはお互いに愛し合っていることに気づくのだった…。

※ またネタバレです。

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噂の種、ニッキー(ケーリー・グラント)とテリー(デボラ・カー)

この2人、船内で別行動をとろうとすればするほど同じ行動をとってしまい、そのたびに一緒になってしまうという不思議な縁で結ばれた男女だ。

Photo_2 ある日、船がヴィル・フランシェに停泊することになり、ニッキーは祖母を訪ねるという。一緒に来ないかという彼の誘いに乗ったテリー。丘の上に立つ祖母の邸宅は、まるで天国のようだとテリーは思う。

庭にある礼拝堂から出てきたのは、紛れもなくニッキーの祖母ジャヌーだった。感じの良い祖母ジャヌー。そして小さいが荘厳な礼拝堂。彼女は祈りを捧げる。ニッキーはそんな彼女の姿を見て、何かを感じる…。

Photo_3この邂逅はテリーにとって、とても有意義なものだった。実はニッキーが画家を目指していたことも知った。ニッキーが祖母に祖父の画を贈った。感激するジャヌー。

船の汽笛が響いた。もうお別れだ。3人とも名残惜しい。別れる前にピアノが聞きたいとニッキーが言う。昔祖母はコンサート・ピアニストだったのだ。美しい調べ…。テリーは生涯この歌を忘れないだろう…。

汽笛が2度鳴り、いよいよ本当にお別れだ。…船はまたニューヨークを目指して旅立った。

2人の気持ちは固まった。“荒波”に乗り出す覚悟だ。

相変わらず船内では2人のゴシップは噂の種だった。なんと船内で2人一緒の写真が出回っていたのだった…。別行動は水の泡。こうなったらもう覚悟を決めて、最後の夜を誰はばかれることなく、一緒に楽しむことにした。

Photo_5デッキに出て、これからの2人の身の振り方を考えもした。ニッキーは自分で稼いだことのない男だ。しかし、たとえ彼に仕事やお金が無くても、幸せを逃したら後悔する。

ニッキーは、半年必死に自分の手で働いて自活してみせるという。それが出来たら結婚してほしいと。

翌朝、ニッキーの許へテリーが「ダーリン。7月1日5時に会いましょう」という手紙を持ってやって来た。場所は…ニッキーが、天国に一番近い場所、エンパイヤステートビルの102階の展望台がいいと言う。しかし、テリーが「でも万が一…」と不安がるが、彼は「必ず行くんだ」と力強く言った。

ニューヨークに船が到着した。

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そして2人はそれぞれの婚約者の許へ帰りつつも、“愛”は相手に無いことを告白し、テリーはボストンでクラブ歌手(吹き替えは「王様と私」同様マーニ・ニクソン)、ニッキーはニューヨークで画家になるため奮闘した。

7月1日…テリーは胸を躍らせボストンからニューヨークへと向かった。ところが約束の5時に遅刻しそうだった。彼女はタクシーを降りて歩いてビルまで行くことにした。

― 誰かが車に轢かれた。駆けつける野次馬。気の遠くなるような救急車搬送までの時間…。

ニッキーはすでにビルの102階で待っていた。しかし、待てど暮らせど彼女は来ない…。深夜まで1人待ったが、ケリーは現れる気配も無い。ついに彼はビルを降り、雷雨に打たれ1人寂しく帰っていった…。

実は、交通事故にあったのはテリーだったのだ。彼女の足の機能は失われた。しかし気丈にも歩けるめどが立つまで、ニッキーにはこの事実を伏せておきたいと言う。

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だが、ニッキーは何も知らず傷ついた。フランスへ行き、祖母ジャヌーの家へ行った。しかし、そこももう何も無かった。3人で過ごした思い出だけが、ニッキーの心によみがえるだけだった…。

…そして2人は、違う道を行くことになる。ニッキーはあの礼拝堂で祈るテリーを描いた絵で画家として成功し、テリーは神父様の紹介で、地区の音楽教師となり、1人で身を立てていくことが出来るようになった…。テリーの足が回復しなければ、もう会うことは無いかもしれないが…。

― デボラ・カー、36歳。ケーリー・グラント、53歳の「大人のロマンス」ですね。豪華客船の上で出会った“本物の愛”。お互いに婚約者がいたために余計に盛り上がる“愛”。2人は半年後に再会を約束するが、果たせなかった…。

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しかし、運命のいたずらか、2人はやはり「めぐり逢う」運命にあるのか、クリスマスに出会ってしまう。お互い“昔の婚約者”を連れて…。これで、「ハッピーエンド」で終わったとテリーがつぶやく。彼が出て行ってから、車椅子が運ばれてくる…。

めぐり逢う運命にありながら、いたずらに引き離されてしまう男女。もしかしたらテリーはニッキーに対してプライドが高かったのではないのか?

ビルでの再会までは2人は離れていても、心がつながっていた。そして、希望に満ちていた。ニッキーが待ちぼうけを食らうまで…。そしてテリーも、二度と自分の足で歩けなくなってしまうかもしれないのに、ニッキーに言えない。せめて足が回復するまでと。回復しなければ?ニッキーがいつまでもテリーを待っていると思っているのか?そのときは、キッパリと別れられるのだろうか?そこが女の浅知恵なんだなぁ…(と、思っちゃ映画にならんのでしょうねぇ…)

これで本当に2人は終わりなのか?いいえ、これは正統な「恋愛映画」ですとも。紆余曲折を経て、ハッピーエンドにならなくてはいけませんね。女性の涙をここぞとばかりに流させないといけない。

その後は怒涛のハッピーエンディングまでひた走る。

電話帳でテリーの家の住所を調べたニッキーが彼女の許へやって来る。7月にビルに来なかったことを暗に非難するニッキー。もう捨て鉢である。しかし、彼女があの礼拝堂の画を買った人物だと分かると、大団円。かくして、もうニッキーに“秘密”を隠すことなどなくなり、彼女の持っていても何にもならないプライドは消え、やっと2人は幸せにめぐり逢うことが出来たのである。

ちなみに1939年に「邂逅」という題名で、レオ・マッケリー監督が初映画化しています。(この作品は同じ監督によるリメイクですね)。1994年には「めぐり逢い」と同じ題名で、ウォーレン・ベイティ=アネット・ベニング、祖母役にキャサリン・ヘプバーンというキャストで映画化されています。

「恋愛映画」は疲れる…。

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2007年10月31日

白い砂

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監督

ジョン・ヒューストン

出演

デボラ・カー

ロバート・ミッチャム

ストーリー

1945年、南太平洋戦の最中、1人のアメリカ海兵隊員が半死半生の身である小さな島に漂着した。彼はアリソン伍長といい、島で会った人間は意外にも1人の若い修道女アンジェラだけだった。この島の住人は皆逃げ出し、同行の老神父にも死なれて、今や島は全くの孤島だった。この、日本軍の近い孤島で奇妙な2人だけの生活が始まった…。

* ほとんどネタバレです。

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 孤島に流れ着いたアリソン伍長(ロバート・ミッチャム)

このアリソン伍長という男、気の遠くなるような月日を漂流し、やっと陸地にたどり着いた。島を流れる川で焼けた肌と喉を潤し、周りに目をやる。…この島の家には誰もいない。無人島か?ふと陸の上を見上げると、古ぼけた教会があった。教会に続く道を行くと1人の修道女が入り口の掃除をしていた。

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この島に1人取り残されたシスター・アンジェラ(デボラ・カー)

彼女によれば、4日前から1人きりだという。お互いこの島に行き着いた境遇を語り合い、第一日目は終わった。

翌日、食料がないので早速食料探しだ。幸いこの島は食料資源が潤沢で、木には果物、海には魚という具合だ。アリソン伍長は豚の鳴き声に導かれ、身を隠すのに良い洞窟も見つけた。

しかし、こんな小さな島にアメリカ軍が上陸する可能性があるのだろうか?噂話では、大きな島には上陸するが、小さな島は素通りされるということだった。アリソン伍長は確実な援護を得られるフィジーまで行くことも考えたが、遠すぎた。しかし、シスター・アンジェラは小さな可能性に賭けた。フィジー行きへの準備が始まる。シスター・アンジェラはヤシの葉でボートの帆を編んだ。アリソン伍長は舵を作った。

するとそこに一機の飛行機が飛んできた。日本軍だ。念のためフィジーに行く準備が整うまで、夜は彼が見つけた洞窟で寝ることになった。

                  日本軍の上陸を見守る

               シスター・アンジェラとアリソン伍長

Photo_6翌日、爆撃と共に日本軍が島に上陸した。教会も、果物もヤシの木も吹っ飛んだ。フィジー行きはキャンセルされた。アリソン伍長は教会の燃えカスから、十字架を持ってきてくれた。それがシスター・アンジェラの救いだった。

日本軍がこの洞窟を見つけないか2人は心配だった。これは杞憂に終わったが、食料はなく、夜の海で漁をするにも命がけだった。シスター・アンジェラは生の魚は口に合わず、アリソン伍長は危険を犯し日本軍の食糧倉庫に入り込み、食料や缶詰を盗み出した。

一晩中帰ってこないアリソン伍長をシスター・アンジェラは死ぬほど心配していた。「もうだまって出て行かないで。約束して、お願い。」と、取り乱した。

そのお詫びといったらなんだが、彼女が休んでいる間にアリソン伍長はプレゼントとして、櫛を作った。彼女は喜んだが、尼僧は髪が短いから櫛を使わないという。がっかりするアリソン伍長だが、彼女は十字架の横に置いてくれた。「ずっと大事にする。」と言って。

Photo_7もう、この頃にはシスター・アンジェラに情が移っていたアリソン伍長は、彼女に尼僧になるための心得を聞いたりした。

彼女によれは、尼僧になるための修練期間は5年。最後の誓いはその後だ。シスター・アンジェラは来月その誓いを立てることになっている。ということは、彼女の覚悟が決まらなければ尼僧にならならくてもいいということだ。

― 翌朝、アリソン伍長が洞窟から外へ出ると日本軍が引き上げていた。食料も置いていった。喜ぶ2人。

      日本軍の撤退に、喜び踊りだす2人

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日本軍が海上戦で負けて撤退したとすれば、アメリカ軍の空爆が始まる。そして、その後に上陸するはずだ。シスター・アンジェラは、「早く来てくれればいい」と願うように言う。

すると、唐突にアリソン伍長が「国に帰っても、最後の誓いを立てないでほしい」と言うではないか。「結婚してほしい」とも言った。それは、シスター・アンジェラも薄々気づいていることだった…。彼女はやはり、「キリストに身も心も捧げてしまったのでいけない」と言うしかなかった。

翌朝、アメリカ軍は上陸する気配が無い。そして色々な理由をあげて、昨夜はどうかしていた。すまなかったとシスター・アンジェラに謝罪するアリソン伍長。しかし、彼に言われれば言われるほど、自分がいたたまれなくなるシスター・アンジェラだった。

夜は雨になった。酒のせいもあってか、饒舌に、彼女にしつこく迫るアリソン伍長。シスター・アンジェラは気が気でない。彼女も饒舌になる。アリソン伍長がついに火蓋を切った。2人はここから、この先何年も出られない。味方が来るならとうに上陸しているはずだ。やはり小さな島は素通りされたのだ。ずっと2人きりで、尼を続ける必要があるのか?意味が無い。海兵も同じだ。アダムとイヴだ。

その言葉に感情を抑えきれなくなったシスター・アンジェラは、雨の中を走り出し身を投げて泣いた…。

Photo_9翌朝、気を失って倒れているシスター・アンジェラをアリソン伍長が見つけ、小屋に運ぼうとしたが、日本軍の艦隊が目に入った。また洞窟に隠れるしかない。

また、次々と上陸する日本軍。アメリカ軍は負けたのか?

猛烈な寒さを訴えるシスター・アンジェラ。アリソン伍長はまた危険を犯して、日本軍の宿舎に入り込み、シーツを拝借する。しかし、それが日本軍の1人に見つかってしまう。仕方なく殺す伍長。彼を海に捨て、洞窟へと向かう。

彼女の服を脱がし、シーツでくるみ、暖めた。憔悴するアリソン伍長。彼女が目覚めた。

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ただ、ひたすら「許してほしい」と言うアリソン伍長の謝罪を彼女は、「あの時逃げたのは、貴方のせいじゃない。真実から逃げたの」と、彼を許した。私たちに明日は来ないかもしれない。それが神の思し召しなら。一瞬を生きるだけ。先は神のみぞ知る、だと。

島の焼き討ちが始まった。アリソン伍長が殺した軍人から敵がいると踏んだのだろう。洞窟に隠れて長い時間がたった。そこに、アメリカ軍がやって来た…。ついに来たのだ。

― 登場人物が2人しかいない珍しい作品ですね。男と女が2人…という点では、同じヒューストン監督の「アフリカの女王」もそうでした。

根っからの海兵隊(もちろん“男のなかの男”)と敬虔な修道女の2人が協力しながら、時にはぶつかりながら小さな孤島の洞窟の中で生きていく。軍人の男には1人で生きていく“すべ”がある。しかし、何も出来ない、出来ることといったら“神に祈るだけ”の修道女を置いてもいけず、サバイバルすることは男にとっては容易ではなかっただろう。特に、女に惚れたときには。しかも彼女は純真無垢。男に何の用心もしていない。むしろ、信頼している。

Photo_11 男にしてみればたまったものじゃないだろう。“尼僧”だとは言うものの、まだ現世に戻れるとあっては、2人でいるのはよほど紳士なのか、それとも彼女をいたずらに傷つけたくなかったのだろう。「海軍兵士」の誇りもあろう。

2人が交わす最後の会話が良い。心が打たれる。アリソン伍長が「あんたと出会えてよかった。素晴らしい経験だったよ。幸せになってくれ。…さようなら。」と言う。シスター・アンジェラは「さようなら、アリソン伍長。どんなに離れていても、二度と会えなくても貴方は私の親友です。永遠に…。」そして、運ばれていくアリソン伍長の側を一時も離れずに、彼に貰った「十字架」と「櫛」を肌身離さず持っていくシスター・アンジェラ…。

2人は「戦友」だったのだね。

ちなみに、ジョン・ヒューストン監督の“現場主義”は有名。この作品は、当時イギリス領トバゴ島で撮影されたそうです。(今のトリニダード・トバゴ共和国、トバゴ島)AFI(アメリカ映画協会)で監督が名誉賞を受けたとき、ロバート・ミッチャムが撮影秘話を面白おかしく喋っていましたが、彼の作品に出る俳優は“タフ”でなければやっていけません。ボギーでさえ根を上げそうになった撮影のきつさは、今や“伝説”と化しています。この作品のロバート・ミッチャムは“タフ”さにも注目だ。

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2007年10月28日

王様と私

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監督 ウォルター・ラング

出演 デボラ・カー、ユル・ブリンナー、リタ・モレノ、マーティン・ベンソン

作詞 オスカー・

     ハマースタイン2世

作曲 リチャード・ロジャース

振付 ジェローム・ロビンズ

ストーリー

1862年、東洋の王国シャムの宮廷に家庭教師として入った英国女性アンナは、見るもの、聞くことの全てに驚きの目を見張った。しかし、王が家の提供を忘れていることを知り、彼女は王に直談判に行く。力で支配する王に対して反発を覚え、すぐにでも国に帰ろうとするアンナだったが、王は話は早々に彼女を後宮へ伴い、正妃ティアンをはじめ数多くの王子・王女らを引き合わせる…。

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  王子・王女たちには好かれるアンナ(デボラ・カー)

しかし、このアンナという女性、かなりな頑固者である。毎日王の聞こえるところで、子供たちに「我が家に勝るところなし」という歌を歌わせる。「家」「家」「家」責めである。宮殿では一緒に連れてきた息子を育てられないと思っているのだ。

王とアンナは事あるごとに衝突するが、実は王は進歩の遅れたこの国を早く近代化しようと、必死になっていたのだ。

             アンナには頑固な王(ユル・ブリンナー)

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ある日の夜中、王からアンナにお呼びがかかる。「聖書」を読んでいた王は、モーゼが世界が6日で出来たと言っている。何百万年もかかっているのに、彼は愚か者だと。アンナは、「聖書」の著者は科学者ではなく信仰家だ。彼らは神の奇蹟をうたった訳で日数は問題ではないと王に教える。

そうと分かると王は話を切り替え、リンカーンに手紙を書くという。アンナが王の言うことを清書するが、そのとき王はアンナに「この国では国王を見下ろすことは許されん。」と言うではないか。アンナは立って、王は床に寝そべっていたのだ。しかしアンナは家臣のようにひれ伏すのはお断りだと譲らない。仕事にならないと。王は「ともかく見下ろすな。」と言うだけだ。「自分が座るときはアンナも座る、膝をつけば彼女も膝をつく。エトセトラだ!」アンナはこの子供っぽい王に仕方なく折れた。そして、座ったり寝そべったりしながら手紙を書くのだった…。

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翌朝、首相のクララホムが一通の手紙を手にやって来た。昨年フランスに領土割譲したときの不安が的中したというのだ。このままではいつ英国も牙を向くか分からない。わが国は侵略者の餌食だと言うではないか。

王は悩んだ…。ここは冷静に科学的に考えることだと言いながらも、何をしていいのか迷っていた。そこに「我が家に勝る家はなし」の歌である。王はアンナに八つ当たりだ。アンナが刃向かうと、「召使の分際で、出すぎた事を申すな!」との命令である。この「召使」がアンナの気に障った。アンナの思いのたけが、王国批判として口に出た。「近代社会の仲間入りをしたいなんて口先だけ。すべて国王の意向次第」だと。そしてアンナは国へ帰る決心をし、荷物をまとめた。

夜…アンナの許へ正妃ティアンが訪れる。英国政府はシャムを属領にすべきだと書いてある手紙が手に入ったとのこと。王は今苦境に立たされている。彼女はアンナにすぐ王の許へ行き、それとなく“相談相手”になってくれないかと願った。

Photo_10アンナは王の許へ駆けつける。そしてシャムが野蛮な国でないと証明する方法を、2人で考えた。

東洋の親善訪問で英国大使が来るときに、歓迎の宴を設けるのだ。手厚くもてなし、皆の心を掴めばビクトリア女王にも好意的な報告が届くはずだ。

それで決まった。最高の衣装をつけ、識者や西洋風に着飾った美女に作法を教え、席に出す。食事も西洋風、椅子にテーブル、ナプキンも。黄金の食器類。西洋のダンス・ミュージック。英国人には葉巻。それにバンコクの主だった西洋人も招待することになった。

次第に打ち解けていく王とアンナ…。それは尊敬…恋愛にも似ていた…。

歓迎の宴、当日…アンナの衣装は素晴らしかった。しかし、胸の露出した衣装にケチをつける王。しかも大使と一緒にやって来たエドワード・ラムゼイ補佐官はアンナと旧知の仲で、彼がアンナに気があるのを見逃さなかった王は機嫌を損ねる。

― アンナの巧みなリードで宴は大成功に終わった。

宴の後、広間で一人遅い夕食をとる王。そこへアンナが現れ、きっとビクトリア女王にいい報告が行くと言う。しかし王はアンナが“エドワード”という名前を出すと、とたんに不機嫌になる。

しかし、今回の宴では十分アンナの世話になったことが分かっている王は、彼女に自分のしている指輪をねぎらいの印としてとらせる。そして2人は見つめあい…。

       SHALL WE DANCE ?

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― マーガレット・ランドンのベストセラー小説「アンナとシャム王」を基にしたミュージカル。実はこの作品は、1946年の「アンナとシャム王」に次ぐ映画化である。(46年版はストレート・ドラマで、アンナにアイリーン・ダン。シャム王にレックス・ハリスンが扮している。)1999年にも、ジョディ・フォスター、チョウ・ユンファで「アンナと王様」という題名で作られている。

近代化の波に乗り遅れないよう尽力するシャム王。その子供の王子・王女の家庭教師として雇われた未亡人アンナとの心の交流…淡い恋を名曲に乗せて見事に映画として消化している。ロジャース=ハマースタインのコンビによるミュージカルのスタイルは健在だ。

アンナが船からバンコクに降り立つときに歌う、<アイ・ホイッスル・ア・ハッピー・チューン>、後宮の女性たちに亡夫の写真を見つけられ歌う、<ハロー・ヤング・ラヴァーズ>、そして最後を飾る歌、<シャル・ウィ・ダンス?> いずれも名曲である。

ちなみにデボラ・カーの歌は、マーニ・ニクソンという女性による吹き替えである。彼女は「ウエスト・サイド・ストーリー」のナタリー・ウッド、「マイ・フェア・レディ」のオードリー・ヘプバーンの吹き替えも担当している、知る人ぞ知る“影の名歌手”なんである。

この映画の副筋に、ビルマ大公からの貢物タプテティムとその恋人ルン・タの悲恋が描かれているが、その関係の切なさを、歓迎の宴の日、「アンクルトムの小屋」に基づいた劇を披露する形でストーリーに巧みに組み込んでいる。2人が逢引するときに歌う、<ウイ・キス・イン・ザ・シャドウ>も名曲である。(タプティム演じるリタ・モレノは、歌えるのに吹き替えなのは何故?)

デボラ・カーは、「地上より永遠に」よりふっくらとした印象を受けた。あの19世紀特有の衣装のせいか?(この衣装も大きくデフォルメされているが…)教養高い、プライドもまた高い未亡人である。王をしょうのない子供のように思いながらも、彼の思いに共感し、いつしか惹かれていく…。「地上より永遠に」より表情を思い切り豊かにし、王と丁々発止のやり取りをする。その辺が上手いですね、彼女は。貫禄さえ感じます。

Photoしかし本当の主役は、誇り高きシャム王を演じたユル様である。彼はこれが映画デビュー作。そしてアカデミー主演男優賞受賞の快挙である。

しかし1951年から幕を開けた舞台でのオリジナル・キャストの一員である。もちろん<王様>。この役はやり慣れたものであったのだった。だが、あの“何もかもを射抜く目差し”あの服の下から覗く“しなやかな肢体”…。セクシーだ…。もう女性たちは彼にメロメロであろう。(ええ、私もその一人です。)

だが、舞台に忠実なこの映画では彼の歌は少ない。舞台が開演したときは、彼はあくまでも、アンナの“相手役”であったのだ。主演のアンナは、伝説の英国女優ガートルート・ローレンス。ユル様は映画と同じく、これがブロードウェイ・デビュー作である。

歌って踊れるエキゾチックでセクシーなスターは、この後ミュージカル映画には出ていない。ひたすら舞台でシャム王を演じ続けた。映画ではそのエキゾチックな風貌を買われ、スペクタクル映画などに活躍した、異色のスターである。1962年に作られた「隊長ブーリバ」で少しだけ歌う場面が見られる程度だ。

最後に、作詞・作曲チームのロジャース=ハマースタインが楽曲を提供したミュージカルであるが、「洗練」とは程遠い舞台が多い。決してフレッド・アステアなぞ登場しそうにない。「オクラホマ!」は、ずばりオクラホマが舞台だし、「回転木馬」は、天国とニューイングランド州の小さな町、「ステート・フェア」は、中西部のある田舎町、「南太平洋」は、太平洋の名もない島が舞台である。ずはり“泥臭い”のである。(しかし、その中で名曲は盛沢山だが…)

M-G-M社のミュージカルを見慣れた読者には、ちと辛いものがあるだろう…。

        艶やかなデボラ・カー

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2007年10月26日

地上より永遠に

Photo_2 1953年 <アメリカ>

監督 

フレッド・ジンネマン

出演

バート・ランカスター

モンゴメリー・クリフト

デボラ・カー

フランク・シナトラ

ドナ・リード

ストーリー

太平洋戦争直前の1941年、ホノルルの兵営にプルーイットという青年が転属してきた。彼は上官に反目したたため、一兵卒に落とされたのだった。この新しい部隊の大尉はボクシングに夢中で、彼が以前の隊で活躍したことを知りチーム入りを勧めるが、プルーイットはにべもなく断った。それから度重なる嫌がらせを受けるようになるが、彼は自分の意志を貫き続ける。そんな彼の心の拠りどころが、マッジオと行ったクラブの女ロリーンだった。一方プルーイットを影で支えてきたウォーデン曹長もまた、大尉の妻カレンと許されぬ仲になっていく…。

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ホノルルの兵営にやってきたプルーイット(モンゴメリー・クリフト)

今回は、先日亡くなった女優デボラ・カーさんを偲んで、「追悼、デボラ・カー」をお送りいたします。

ホノルルの兵営に転属になったプルーイットだが、それはこの部隊の大尉が望んだことだった。彼は優秀なミドル級のボクサーで、チームに入れば優勝は間違いない。しかし、彼は練習相手に怪我を負わせてからボクシングとは縁を断ち切ったのだった。だが、ボクシング部員は皆彼の上官。厳しい“いじめ”が待っていた。

             行進にもケチをつけられる

             プルーイットとマッジオ(フランク・シナトラ)

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プルーイットはしかし、“いじめ”に耐え続けた。それを見守っていたのが、曹長ウォーデンである。彼は公明正大に物事を判断する男だ。上海で戦闘に加わり、フィリピンでも戦った勇敢な軍人でもあった。

その彼が、大尉の妻カレンと顔を合わせている間に彼女に惹かれていく。

ある雨の日、大尉の承認が必要な書類を彼の家に持っていくが、あいにく彼は不在でカレンだけが酒を飲み、一人でいた。彼女はウォーデンに挑発的な態度だが、“女の弱さ”をさらしてしまう。そして2人は恋に落ちた…。

待ちに待った給料日。ウォーデンとカレンは逢引をする。2人で海を泳ぎ、ビーチで熱い抱擁を交わした。

   ウォーデン(バート・ランカスター)とカレン(デボラ・カー)

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挑発的な態度に出たのは、今度はウォーデンだった。彼女の「男関係」に嫉妬したのだ。カレンは「男は皆同じ」だと言う。怒るウォーデンだが、彼女は話し出した。「結婚2年で関係は破綻していた。しかし、妊娠していたので希望をつないだ。だが、陣痛が起きたとき医者を連れてくるよう頼んだが、彼は若い女と楽しみ泥酔し、医者も呼ばず眠りこけた。1時間後に出産したが、死産だった。それ以来子供を産めない体になってしまった。それから男と出歩いた。-夢を追って…」と。

ウォーデンはカレンをきつく抱きしめるしかなかった…。

一方マッジオは嫌がるプルーイットを街へ連れ出し、行きつけの酒場へと行く。プルーイットはそこで、ある女に釘付けになる。ロリーンだ。彼女に群がる男に嫉妬するプルーイット。それが彼女の「仕事」だと分かっていても、だから尚更だった。

 ロリーン(ドナ・リード)に打ち明け話をするプルーイット

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そして彼女にボクシングをやめた理由を話し出した。将来を嘱望されていたボクサーが彼の練習相手だった。ある時、普通のパンチで倒れた。起き上がりもせず、動きもしなかった。1週間も危篤状態が続いたが、助かった。だが失明した。見舞いに行き、ボクシングの話をしたとき、その彼が見えない目から涙を流した。それ以来見舞いには行けなくなってしまった…と。

ロリーンはプルーイットをきつく抱きしめるしかなかった…。

“いじめ”に耐え続けるプルーイットに、ウォーデン曹長は彼に休暇をやるという。実は曹長の作った書類には大尉は目も通さずに署名しているのだ。

その外出の日、一人準備に遅れたマッジオは、病人が出て警備の任務に就かされる。プルーイットもロリーンの冷たい態度に苛立ちを感じる。ともかくホテルで待っていると言い残し出て行く。ロリーンはホテルに来た。そこにベロベロに酔ったマッジオも来た。制服姿で。不審に思ったプルーイット。すると、警備の任務から逃げ出して来たという。職務放棄だ。

Photo_6早く戻らないと大変なことになる。プルーイットは彼の酔いを覚まし、すぐ帰るようタクシーを呼びに行った。しかし、その隙にマッジオはMPに捕まってしまう。

そしてマッジオは6ヶ月の営倉入りになる…。この営倉の曹長は、マッジオと何かと遺恨がある男ジャドソン軍曹だった。

プルーイットとロリーンが幸せに浸っている間、ジャドソンはマッジオの体を執拗に痛め続けた。マッジオの頭にはもう“脱走”しかなかった。

一方、幸せなはずのウォーデンとカレンも隠れて会うことに2人とも疲れてきていた。カレンは2人が幸せになる方法が一つだけあるという。

Photo_7ウォーデンが「将校」になれさえすればいいのだ。うすれば、カレンは大尉と離婚して一緒になれると希望を持った。しかしウォーデンが「将校は嫌いだ」と拒絶する。反目しあう2人はいつしか言い争いになっていた。2人は、こんな惨めな気持ちは初めてだと思うようになる。反対車線から来る車にも顔を隠さなければならない逢引。しかし狂おしく愛してもいる。この相反する気持ちをどすればいいのだろう…。

マッジオが脱獄に成功し、プルーエットと酒を飲み交わしていたウォーデン曹長の前に姿を見せた。しかし、もう彼はボロ布だった。そしてプルーエットの腕の中で死んだ…。

夜…ロリーンの勤めるクラブから出てきたジャドソンを追う1人の男がいた。プルーエットである。彼を暗い路地へ連れ込み、ナイフで刺して殺した。この殺しは新聞の一面を飾った。プルーエットもジャドソンのナイフでケガをして、兵営には帰れなかった。

指揮官室では、大尉の処遇が検討されていた。プルーエットを不当に虐待してきた罪で有罪になった。軍法会議を恐れた大尉は逃れる方法として、辞表を出すことを命令された。

それをカレンが知ると、ウォーデンに会いたいと電話してきた。2人はいつもの海岸で会う。元大尉は来週本土送還になる。彼女に一緒についてきてほしいという。ウォーデンはいつ「将校」になるのか?カレンには衝撃的な答えが返ってきた。書類は出来ているが、サインはしていない、と。

Photo 2人で計画していたのに、何故?口先だけだったの?カレンは戸惑いを隠せない。ウォーデンは、自分はあくまでも一兵卒だ。将校は“演技”が必要だが、自分はそれが出来ないと言う。

別れのときが来た。カレンから切り出した。そして彼女は去っていった…。

…12月7日、朝が来た。皆変わりなく朝食をとっている。飛行機の音が騒がしい。突然の爆発音。日本軍が空軍基地に爆撃を仕掛けた。太平洋戦争の始まりである…。

― 「ここよりとわに」と読む。

なんて素晴らしく計算された映画なんだろう。誰が「主役」というわけではなく、ウォーデン曹長、大尉の妻カレン、プルーイット、ロリーン、マッジオの人生が絡み合いながらも離れ、そしてまた絡み合う。本当に見事に計算しつくされた映画である。

この映画で大事なのは、「軍人」であること。「軍」が好きだと言いながらも、決して「軍」の色に染まれなかったアウトローのプルーイット。「軍」は生活の手段のマッジオ。そして、プルーイットと対極にある、根っからの「軍人」ウォーデン曹長。彼は前線に出られない“将校”などには、さらさら興味がなかったのである。

「軍人」の“妻”としての女ほど、忍耐力を要求され、かつつまらないものはないだろう。夫がいつ戦場に出て行って、一通のそっけない手紙が来る日を待つというものは哀れでもある。しかし、平和なときはひたすら“暇”をもてあそぶのである。両極端な日々を生きる女の気持ちはいかばかりか。

プルーエットがロリーンにプロポーズするシーンがあるが、彼女は「軍人の妻は嫌」と断るのである。「マトモになるの」と言うのである。「マトモな職業のマトモな人と結婚して、マトモな妻になり、マトモな家庭を築くの。」と言い切るのだ。

しかし、「軍人」以外にはなれないと思っているプルーエットには厳しい言葉である。そのプルーエットも「軍人」としては、かなり変わり者である。ボクシングに夢中になっている隊の大尉からクラブに誘われても頑なに断り続ける頑固な男。ボクシングをやらないためなら、どんな“いじめ”にも耐えてしまう強い意志。

しかし、男の巣「軍」というところは、なんと子供じみたところか。あの、ジョン・ウェインの「男の中の男の世界」とはすっかりかけ離れた世界なんですね。プルーエットへの“いじめ”はその最たるものだし、カレンと仮面夫婦でありながら昇進の面で離婚出来ずにいる大尉。その大尉がプルーイットをわざわざ自分の隊に転属させる理由…。

涙なしでは観れない場面を2つ。マッジオが死んだ夜、プルーイットが兵営全棟に響くようにトランペットを涙を流しながら演奏する場面。思わずウォーデン曹長もつけていた机のライトを消してしまう。そして、ウォーデンとカレンの別れの場面。カレンが日差しを遮った手が、敬礼のようだったこと。「軍人」ウォーデンに対する最後の皮肉ですね。

さて、デボラ・カーであるが、彼女の役はいわゆる“妖婦”である。はじめのキャスティングではこの役、ジョーン・クロフォードが演じる予定だったとか。しかし、上品で貞節、一種冷たいイメージの彼女は、なぜかこの役に合っていた。子供が産めないことで悩み、男でその寂しさを紛らわせてきた女。ウォーデンでの恋愛では計画的なところも見せる。実に“女の苦悩としたたかさ”を背負った役柄である。この役が演じられるとは、女優みよりに尽きるかもしれない。

作品賞・監督賞・助演男優(フランク・シナトラ)・助演女優(ドナ・リード)など、「ローマの休日」を抑えて8部門受賞。納得!

原作は800ページを超える大著。今なら映画化に4時間ぐらいかかるであろうが、この作品、118分である。今の映画に関わる者よ、見習ってほしいものである。

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2007年10月15日

男の魂

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監督 ジョン・ファロー

出演 ジョン・ウェイン

    ラナ・ターナー

    ライル・ベトガー

    タブ・ハンター

デイヴィッド・ファラー

ストーリー

第二次大戦勃発の頃、ドイツ貨物船エルゲンシュトラッセ号はシドニー港に食料と燃料の補給のため停泊していたが、英国の巡洋艦ロックハンプトン号の追撃に会い、急きょ船長のカール・エーリッヒ、典型的ナチの一等航海士カーシュナー、海軍士官候補生ウェッサー、そして豪州でスパイ活動をしていたエルザ・ケラー等を乗せ、南米のパルパライソに向け港を出た。老朽した船は食料と燃料が枯渇し、困苦の航海を強いられる…。

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ネピアに婚約者に会ってほしいと言われるカール(ジョン・ウェイン)

ドイツ人といえども、皆が皆ナチ党の支持者ではない。エルゲンシュトラッセ号の船長カールは、ヒトラーが嫌いだった。

そして旧知の英国ロックハンプトン号の副長ネピアがカールを訪ねてきた。婚約者を紹介するためだ。しかし、この美しい婚約者エルザ・ケラーをカールは知っていた。数々の男をもてあそんでは捨てた女だった。ネピアが用事で船を下りるとカールはエルザに、カールから彼女の身元を話すか、それともエルザ自身からネピアに身元を明かし彼の前から消えるか迫った。彼女は怒りカールに復讐を誓い下船した。

霧が濃くなり、ナチ党の命令を無視し、いよいよ出港というときに副領事官が現れもう一人乗客を頼むと言ってきた。情報部員で逮捕される前に逃がしたいのだと。そこに現れたのは、なんとエルザだった。彼女は“女の武器”を最大限に使い情報を引き出していたのだ。ネピアとの婚約も“仕事”の一環だった。

   カールと本当は女スパイだったエルザ(ラナ・ターナー)

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ついに英国がドイツに宣戦布告した。ロックハンプトン号はカールの操るエルゲンシュトラッセ号を拿捕する任務に就く。その頃、食糧不足に陥っていたカールは、カーシュナー達をオークランド諸島に上陸させる。

5食糧救難所に4人の漁師がいたが、カーシュナーは食料を全て奪い、彼らを殺した。そして燃料不足。石炭から木への燃料の変換。船のあらゆるところの木が燃料にされた。船員の命綱である救命ボートまでも。そして船はロックハンプトン号の予想を裏切り続け、燃料とする木の豊富なポンポンギャリに着く。

カールの船がポンポンギャリに着いた頃、ロックハンプントン号はオークランド諸島で惨殺された漁師を埋葬していた。これをカールの仕業だと思ったネピアは、カールと縁を断ち切り憎悪し、エルゲンシュトラッセ号の追跡を再開する…。

ポンポンギャリでは、船員は日に14時間働き疲れもピークに達し不穏な空気が流れだしていた。そしてオークランド諸島でのカーシュナーの蛮行がカールに知らされる…。

― 「絶海の嵐」「中共脱出」に続いて、ジョン・ウェイン“海の男”になる。

今回は第二次大戦化のドイツ人船長…。ジョン・ウェインがドイツ人ねぇ…。しかし、背景がほとんど見えない映画のため違和感はありません。と、いうかドイツ人を演じているようには見えないってことね。それだけ演出が平板だったとも言える。

この作品は「中共脱出」と共通点がありますね。まず、ジョン・ウェインが「船長」で、彼の操る船がオンボロ、石炭の燃料を木に変える、美女との恋の行方等…。美女がジョン・ウェインに愛の告白をする、というのも共通していますね。男みよりに尽きるなぁ。

しかし、今回はグイグイと船員を有無を言わせずひっぱっていく男です。それこそ彼の本来の役であろう。だが、その為船員との衝突もある。旧知の親友とのある事件から起こる軋轢。戦争のため微妙な立場に置かれる船の行方も気になるところではある。

…が、なにか集中出来ないものがある。映画が長く感じる。余計なエピソードが多いのだ。それもジョン・ウェインがあずかり知らぬところで。それらを取り除けば話は締まり面白いものになっただろうに。ジョン・ウェイン大活躍だけに、ちょっと残念な結果だ。

ちなみに、監督のジョン・ファローはミア・ファローのお父さんなんである。

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2007年10月 9日

中共脱出

3 1955年 <アメリカ>

監督

ウィリアム・A・ウェルマン

出演

ジョン・ウェイン

ローレン・バコール

ポール・フォックス

マイク・マザーキ

ストーリー

アモイの中共軍拘留所に抑留されていた中国船の米人船長ワイルダーは、ワナだと思いつつも簡単に脱獄に成功した。その彼を向かえたのは、ある小さな村の村長ツオーと、中共治下の米開業医の娘キャシーだった。共産主義に反対するツオーたちは自由主義者のワイルダーを動かし、彼の指示による村全体の香港への脱出を計画していた。ワイルダーは準備さえ満足に整わない計画を一笑に付すが…。

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作戦を告げるキャシー(ローレン・バコール)と困惑するワイルダー(ジョン・ウェイン)

海図も無い、村人を乗せる船はオンボロの川蒸気。しかし、村人の意思は鉄のように硬かった。もうこの国の共産主義にはうんざりなのだ。1年前から脱出する準備は着々と進めていた。

そしてついにワイルダーは折れる。頭の中の海図を紙に起こした。思いもかけぬ中共軍の村への手入れがあり、軍人を殺した。川蒸気を中共軍から奪う作戦に自ら加わった。

しかし、ついに出航というとき、キャシーの父親が大物政治家の手術を失敗し死刑になったという知らせがツオーからもたらされた。ワイルダーはこのことをキャシーに隠して出航しようとしたが、キャシーは父親が帰らなければ出発しないと言い張る。そんな自分勝手なことで出航を遅らせれば、村人に危険が及ぶ。彼女に本当のことを言い、目を覚まさせ、村人全員を川蒸気の乗せ香港までの厳しい旅が始まった…。

      竹山号の船長になったワイルダー

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ー ちょっと考えうるところではこの作品、ジョン・ウェインがグイグイと力まかせに中共軍を蹴散らし暴れまわる…と思いきや、意外や意外、実に細やかな演出の映画でした。さすが“巨匠”ウィリアム・A・ウェルマン監督。そのせいかジョン・ウェインがちょっと目立たない作品になってしまっています。本当の主役は、川蒸気に乗った村人たちなのが明らかですね。

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物語は川蒸気が出航してから、ぐんぐん面白さが加速します。

村で唯一の共産主義者フェン一族が食料に毒を入れる。そして食糧難…。さらに燃料不足と嵐の中で襲ってくるフェン一族の男どもとの戦い。中共軍の攻撃。濃い霧に行く手を阻まれる…。船の損傷…。キャシーの身勝手な振る舞い。そしてワイルダーとキャシーの恋の行方…と、作品を面白くさせるエピソードがてんこ盛り。それを大味にならずに細やかに描いているのは見事としか言いようがない。

ジョン・ウェインの役どころは、長い間中共軍に捕らえられ架空の人物「ベイビー」に語りかけ正気を保って今まで来た男。村人の執念にいつしか自分も一体化し、リーダーとなっていく。ジョン・ウェインらしい“男のなかの男”ですね。

ジョン・ウェインが、「今の中国」の脅威をフェン一族に一言ぶつのは、当時いかにアメリカが“共産主義”に対して恐れを抱いていたかを示すメッセージですね。

ローレン・バコールがいま一つパッとしなかったのはちょっと残念…。

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2007年6月29日

先生のお気に入り

1_20 1958年 <アメリカ>

監督 ジョージ・シドニー

出演 クラーク・ゲーブル

    ドリス・デイ

    ギグ・ヤング

ストーリー

ニューヨークの新聞、「イヴニング・クロニクル」の社会部長ジム・ギャノンは、学歴もなく裸一貫でたたき上げたタフな新聞記者で、経験以外のものを信用しない男だ。そんな彼が、編集局長のロイドに市立大学の夜学のジャーナリズム講座での講演を頼まれた。しかし彼は即座に、E・R・ストーン教授に丁寧な断りの手紙を書いた。しかし、翌日ロイドの命令で、彼は講座の教室にいた。やがて教授が入ってきたが、なんとE・R・ストーン教授とは、美しいブロンド美女だった…。

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 どうやって“お気に入り”に?ストーン教授(ドリス・デイ)

「イヴニング・クロニクル」社の社内見学。1人外れて鬼のジム・ギャノン社会部長めがけて勇敢に立ち向かったのは、ジムの許で新聞記者見習いをしているバーニーの母親だ。母親は、息子をクビにしてくれと頼む。どうしても復学させ、教育を受けさせたいのだ。しかしギャノンの信条は、記者の勉強に学校は不要。彼も無学な中卒の男だった。苦労して、ここまでのし上がってきたのだ。説得しますよとやさしく母親に言うも、彼にはそんな気はこれっぽっちもなかった。

編集局長のロイドに頼まれた、市立大学のジャーナリスム講座の講演を丁寧な手紙で断ったが、ギャノンは教授をてっきり男だと思っていた。しかし、教授は女だという。女ならあんな手紙は書かなかったと言うが、もう遅い。それにジャーナリズムが女に教えられるはずがないとロイドに噛み付く始末だ。しかし社主の大佐がそこの大学の理事で、名誉学位も貰っていた。そして、“頼み”は“命令”に変わる。

市立大学の夜学のジャーナリズム講座…ジムは恐る恐る教室を見渡し、入るべきか迷っていた。授業を始めると言う声がする。振り返ると、なんと若い女性ではないか。驚くジム…。ストーン教授は、今日は「イヴニング・クロニクル」のギャノン記者に講演を頼んだが、断られたと手紙を読み出した。これにはギャノンも困った。彼女が手紙を読む度に、彼は表情を白黒させる…。そして彼女が自習を言い渡したとき、そっと教室を出て行った…。

               授業の邪魔?(左、クラーク・ゲーブル)

4_44市立大学…ジムは遅刻して登場。すっかりストーン教授に目を付けられてしまう。名前を聞かれて、つい“ギャラガー”と偽名を使ってしまう。しかし、キプリングの話を先手を打って完璧に唱和し、それは“エマーソン”の言葉だと訂正してみせる。ピューリツァーの言葉まで完璧に言い当ててしまう嫌味さ。むっとしたストーン教授は、彼はこの講座に登録されていない。勝手な公聴はお断りだ。申し込みたければ事務局へどうぞと、突き放す。

次の講座日…登録証を持ってジムが現れた。2人は初めてあった日からやり合っている。今日もそうだ。しかし、250語に記事を要約する課題を教授から与えられたが、150語で済ませてしまう。そしてそれが教授の感銘を受けてしまうのだ。少し気が引けるジム…。彼女はジムに本気で新聞記者にならないかと持ちかけるのだった…。

すっかりストーン教授の魅力の虜になり、仕事中も気もそぞろのジム。一方ストーン教授のほうでは、もう彼を新聞記者にさせるつもりでいる。ジムは夜しか時間が空いていないので予約を取るが、彼女の夜のスケジュールは「バイン博士」と一緒でぎっしりだ。

新聞社の秘書に、「パイン博士」を調べさせたら、とんでもない人物だった。山ほど学位を持ち、7ヶ国語を操る天才。著作の多さに老人だろうと皆で噂するが、本人の顔写真が載っていた。若くてハンサムな男だ。ジムの自信は沈んだ…。

ストーン教授もすっかり、ジムの才能の虜になり、本気で新聞記者を目指すべきだとジムを説得していた。大学も自分も彼を応援するというのだ。…しかしジムは、ストーン教授に熱いキスをして去っていった。強いパンチを受けたようなストーン教授…。

11_6「ボンゴ・クラブ」…ジムのガールフレンドが働いている店だ。彼女は何か喋っているが、彼は何も聞こえないようだ。そこに、ストーン教授がパイン博士と一緒にやって来た。2人楽しく歓談していたところで、ストーン教授がジムを見つけた。にっかりと笑いを返すジム。彼女がショーの支度に行くと、ジムは、2人のテーブルにやって来た。パイン博士の専門外の話題で度肝を抜こうとしたジムだが、バイン博士は完全無欠な人物だった。何でも知っているのだ。ジムは形無し…。ストーン教授と一緒に踊っても、マンボになるとジムは踊れない。パイン博士と交代だ。そしてジムは“ある事”を計画する。彼をへべれけに酔わそうというのだ。

   パイン博士の誕生日に乾杯!(左、ギグ・ヤング)

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しかし、強い酒を何杯お替りしても彼は酔わない。なんと、飲酒時の心理を研究して自制法を発見し、自分は底なしなのだとか。ジムのほうが酔いが回って危ない状態だ。ジムを送って行こうとする2人。パイン博士が、どうもジムは酸素不足のようだから深呼吸して、と自分でやり出すと、とたんに今までの酔いが回って倒れて寝てしまった…。

5_30結局ジムがストーン教授を送り、必殺のキスをお見舞いする。これには彼女も勝てない。ストーン教授とパイン博士が恋人同士だと勘違いしていたジムは心の中でニンマリだ。なぜかストーン教授のほうが積極的だったりする。一緒に食事をしようとイスを探しに扉を開けたら、彼女の父親、偉大なるピューリッツァー賞受賞者ジョエル・B・ストーンの資料が飾ってあった。新聞にかかわる者なら、いくら“無学な男”でも彼は知られた人物だ。罪深い気持ちに襲われるジム…。彼女が冷蔵庫を漁っている間にジムは出て行く…。

翌朝、激しい二日酔いのパイン博士の許を訪ねるジム。“ある男”にたとえ、自分とストーン教授の関係をパイン博士に話すと、結婚したほうが良いと言う。ジムは独身主義だったが、案外的を得ていると思うようになる。それには、正直に何もかも話すことだ。出来た女性なら許してくれるはずだという。話す前にバレたら一巻の終わりだから早く話すことだ、ギャノン君と言うではないか。パイン博士には何もかもお見通しだった…。

新聞社へ帰ってきたジム…大佐がお呼びだ。部屋に入るジム。なんとそこにはストーン教授がいるではないか。正直に話す前にジムの正体がついにバレた。彼女は大学に優秀な生徒がいると、この新聞社に売り込みに来たのだ…。その優秀な生徒が、この新聞社きっての敏腕記者、ジム・ギャノンだったとは…。

― う~ん……この映画、2時間あるんですが1時間半くらいに縮められそうですねぇ。中だるみとでもいうんでしょうか?ちょっと退屈なプロットがあったりします。

ストーン教授に、ジムの正体がバレてからがまずい。“無学”をそこまで貶めなくてもねぇ…。“学”のある女にふられたくらいで、もう世界の終わりみたいな態度をとるなよ。傷つき誰も救えないような次元まで落ち込むことですかね。“無学”でも苦労して出世してきたという実績がパアになってしまっています。これはいけない。もっと男らしい態度と自信を持った男だったのが、何なんでしょう?それに“高校卒業”の資格を授ける茶番は余計傷つきますよ、“学”のない人間が見てる場合はね(それは私だが…)。人生“学歴”が全てなのか?これは大きな問題もはらんでいますね。「勉強が出来る」と「頭が良い」というのは違うものです。そこの所をよ~くかみ締めて鑑賞しましょう。“無学”だが、自信に満ちていた頃のクラーク・ゲーブルは「男臭さ」がよく出てましたね。私ならやっぱりこっちの男に惚れますよん。

それと、ストーン教授役はドリス・デイしかいなかったのか?若くて美人の教授という役でてすが、彼女、はっきり言って“美人”じゃないもの。DVDは怖いですよ~。彼女の顔のソバカスがはっきり見える。他にいなかったのかなぁ…。ベティ・バコールあたりよさそうなんだけど…。しかし彼女だと、“親しみやすさ”がなくなりますね…。

う~ん…彼女のテンポの良い歌「Teacher's Pet」に免じて、クラーク・ゲーブルの相手役の妥協点をあげましょうか…。元ダンサーだけあって、スタイルも良いですな。度々彼女のお尻を目で追いかける、クラーク・ゲーブルもご愛嬌です。

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2007年6月25日

深く静かに潜航せよ

1_19 1958年 <アメリカ>

監督 ロバート・ワイズ

出演 クラーク・ゲーブル

    バート・ランカスター

    ジャック・ウォーデン

    ブラット・デクスター

ストーリー

第二次大戦のさなか、豊後水道を襲う作戦で、日本軍に自分の潜水艦を爆破され、米国海軍の慣例により、艦長として責任を取ったリチャードソン海軍中佐は、戦局が不利であることに手を焼いた当局の命令で、再び潜水艦ナーカ号の指揮を命ぜられた。一方、ナーカ号の副長ジム・ブレッドソーは、人望もあり、自らも艦長に任ぜられる事を信じていたために、絶望的な気持ちになり、他艦に転出を願い出るが、中佐はこれを止め、修理完了したナーカ号は第七海域めざし出航した…。

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自分のほうが艦長にふさわしいと言いに来たジム(バート・ランカスター)と余裕のリチャードソン中佐(クラーク・ゲーブル)

リチャードソン中佐の艦が爆破されてから一年後…真珠湾。相変わらず日本の潜水艦「アキカゼ」が豊後水道で4隻もアメリカの戦艦を破竹していた。いても立ってもいられないリチャードソンだが、彼はもう“艦長”ではないのだ。

船長の負傷でナーカ号が真珠湾に帰ってきた。久しぶりの帰還で皆が浮かれている。そして、乗組員から“新任のブレッドソー船長”に、ジャケットが贈られた。しかし、ナーカ号の艦長にはリチャードソン中佐がなるという。彼は目的地の第七海域に詳しいからだ。リチャードソンが上層部に強く働きかけたらしい…。

ブレッドソーはリチャードソンに直談判しに行く。1つの艦に2人の艦長はいらないと。リチャードソンの下にブレッドソーがいると、乗組員の反感が大きいだろう。段々とブレッドソーはけんか腰になっていくが、リチャードソンの冷静さに負けた。そして、ナーカ号は真珠湾を出て行った…。

                   誰もが認めない艦長の登場

6_42 リチャードソンの艦内放送では、第七海域は通るが豊後水道は避けて通るとのことだった。ホッとする乗組員。そして、毎日毎日何十回にも渡る訓練が始まった…。新しい試みだが、艦が水平になり次第魚雷を発射する訓練だ。そして発射するまでに秒数を減らしていくのだ。第七海域に到達するまでには、33秒にまで減らすつもりだ。

夜、後方に日本の潜水艦が見えた。撃沈できるが、リチャードソンはそのまま敵に後ろを見せ、潜水艦を見逃した。乗組員の間では、リチャードソンは“臆病者”と見なされ、ジョークのネタにまでなっていた。ブレッドソーも、リチャードソンはまったく何をしたいのか、分からなくなっていた…。

ある日、レーダーに2艘の船影が写り、初めてリチャードソンの指示で、艦を敵艦へ向けて直進した。先導は駆逐艦モモ、後続は大型タンカーだ。駆逐艦をやり過ごし、タンカーを狙うことになった。魚雷が発射される。タンカーは木っ端微塵になった。作戦成功だ。すると駆逐艦モモが、ナーカ号へ向かってきた。リチャートソンは、「訓練の疑問に対する答えを出す」と言って、駆逐艦モモを撃沈した。

     訓練の答えを出したリチャードソン中佐

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32秒で駆逐艦モモを撃沈した乗組員たちに、リチャードソンは、もう怖いものはない。訓練も平常のだけにすると、乗組員たちに労いの言葉をかけた。たちまち乗組員たちの艦長に対する評価が変わる。凄い艦長だと。しかしブレッドソーは、リチャードソンが豊後水道へ行くことを望んでいると考えていた。

リチャードソンはやはり豊後水道へ行く気なのだ。そんな危険は冒せないと言うブレッドソーに、艦長は私だと言うリチャードソン。毎日の辛い訓練も、敵に後ろを見せ潜水艦を見逃し、魚雷を温存し“臆病者”呼ばわりされたのも、1年前自分が指揮した潜水艦が「アキカゼ」にやられてから、ずっと考えていたことだったのだ。ブレッドソーは、もし失敗して生還すれば軍法会議にかけると脅すが、リチャードソンは失敗など考えられないと言う。ひとしきり2人でやりあった後、リチャードソンは乗組員に豊後水道行きを告げる。

豊後水道に着いた…乗組員が死の宣告のように皆に告げる。ブレッドソーが艦の上層部の部下たちに、軍記にのっとり艦長になるよう要請された。しかし彼は、1艦の船長は1人だと拒否した。海の底へ沈んでもリチャードソンに付いていくと言うのだ。艦長と副官の2人の考えがさっぱり分からない部下たち…。

やはり間違った答えだったのか…

5_29 艦内にけたたましいブザーが鳴り、戦闘態勢に入った。リチャードソンの双眼鏡が輸送船を捉えた。「アキカゼ」は後方で輸送船の護衛だ。まず輸送船を撃沈し、「アキカゼ」がナーカ号に向かってきたら、攻撃を仕掛けるという作戦だ。しかし、何故かナーカ号の位置を日本の船団は知っているらしい…。戦闘機が場所を教えていたのだ。そして魚雷が輸送船を撃沈し、「アキカゼ」がこちらへと向かってきた。

ナーカ号は「アキカゼ」を退治するどころか、潜航したところで、周波数を読まれ爆弾を雨あられと落として来た。戦艦魚雷室が被害を受けた。リチャードソンが被害の確認に行く。そのとき、爆弾が破裂してリチャードソンは頭を激しく打ち、乗組員は魚雷の下敷きになり3名が死亡した…。

ナーカ号に残された最後の手は、“死んだふり”だった。着衣や死亡した乗組員を魚雷官から放出することしか出来なかった。しかしそれが功を奏して、「アキカゼ」は遠ざかっていった…。憔悴しきったリチャードソンと、ブレッドソーが見詰め合う…。

各所の修理に乗組員を行かせたところで、リチャードソンは気を失った。軍医によれば、最悪の脳震盪。今後も尾を引くという。更にこれ以上無理をすれば死ぬと。リチャードソンは、その話は誰にも内緒だと釘を刺す。

リチャードソンはブレッドソーを呼んで、艦の修理が終わり次第、また豊後水道へ戻ると言う。ブレッドソーの理論詰めの話に怒りがこみ上げるリチャードソン。また2人はひとしきりやりあい、真珠湾で艦の修理が終わると、指揮官はブレッドソーが自ら取ると宣言し、乗組員にも伝えた。まさに一触即発の2人だ。

…しかし偶然聞いていた東京ローズのラジオ放送が、「アキカゼ」に対する打開策を教えてくれたのだった。

― 強烈な個性を持つ男2人の壮絶な激闘の物語。

どちらも自分に自身がある男同志の壮絶なる記録。一回失敗して、それを取り戻そうとする男。艦長になれたはずなのに、その男によって副官に留まり続けなければいけなかった男。その2人の男がぶつかり合う。まさに一触即発の関係。そして、2人について行く乗組員。毎日繰り返される辛い訓練。全ては第七海域に鎮座する「アキカゼ」に復讐するため、プライドが砕かれた1年も前から考えていた作戦のためだった…。それに付き合わされる乗組員はたまったものじゃない。バート・ランカスター演じるブレッドソーもそう考えていた。

しかし、それでは“負け犬”の考えなのだ。世界に誇るアメリカの潜水艦が逃げ腰じゃ、なんにもならんでしょうに。そう考えるとクラーク・ゲーブル演じるリチャードソン中佐が正しい。

やたらと、“大スター”を喰いたがるバート・ランカスターですが、クラーク・ゲーブルは「ヴェラクルス」における、弱りまくってたゲイリー・クーパーのようにはいかなかったようですね。クラーク・ゲーブル57歳、いまだに勢いは衰えていません。多少体がたるんでいますが(お腹が多少出ていますね…)この作品では、クラーク・ゲーブルに“華”を持たせていると言ってもいいでしょう。彼もまだまだ健在振りをアピールしています。

ちなみに、潜水艦のシーンは大写しになっているときは本物の画像を使ってます(ジョン・フォードなんかが撮った画像を使っているようですね…)当たり前ですが、迫力満点です。しかし、小さな模型になると、とたんに“円谷プロ”か?というお粗末さ…。それに魚雷を発射しているのが、プールなんですよ。海のはすが、何も無い。海草も海底もそれはきれいにまっさらなんです。やはり個人事務所はお金を集めるのが大変なようで…。

             濡れる“キング”もセクシーで(濡れすぎか…)

8_22                    

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2007年6月22日

モガンボ

1_21 1953年 <アメリカ>

監督 ジョン・フォード

出演 クラーク・ゲーブル

    エヴァ・ガードナー

    グレイス・ケリー

    フィリツプ・

        ステイントン

ストーリー

ヴィクター・マースウェルは、アフリカ奥地で野獣を捕まえ、動物園やサーカスに売りさばく仕事して暮らしていた。そこは週一回通ってくる河蒸気が唯一の文明社会のつながりだ。ある日、ヴィクターの知らぬうちに、美しい女性エロイズ・ケリーがこの地に訪れていた。彼女はニューヨークのショー・ガールで、知り合いのインドのマハラジャの招きでやって来たのだが、マハラジャは国の騒動で1週間前に帰ってしまっていた。彼女は翌週の便船で帰国を待つ間にヴィクターに強く惹かれたが、所詮は違う世界に生きている身だ。翌週の便船でエロイズと入れ違いで、英国の生物学者ノードリー夫妻が到着した。彼の若く美しい妻リンダにヴィクターは惹かれるようになっていく…。

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ブラジャーにバスローブ?いぶかるヴィク(クラーク・ゲーブル)

今日はラッキーな日になるはずだった…。大きく若い黒ヒョウが罠に掛かったのだ。後は収穫するだけだが、同僚のボルチャックがヒョウに噛まれ、乱暴に網を扱ったため、黒ヒョウは逃げてしまった。彼を殴り倒し、コテージに帰りシャワーを浴び一息つこうとしたら、先客がいるではないか。

13_4

彼女はニューヨークからはるばるやって来た、エロイズ・ケリーという女性だった。彼女は、インドのマハラジャの招待を受け来たのだが、その肝心のマハラジャが国の危機で1週間前に帰国してしまったのだった。悪態をつくエロイズ。ヴィクも負けてはいない。俺の仕事をくれぐれも邪魔をしてくれるなと、つれない。早くもけんか腰の2人。

エロイズは一刻も早くこの土地から出たかったが、翌週の船まで交通手段が無いという…。「楽しい一週間になりそう…」などと言うが、本気であろうか?

しかし、動物たちの施設に興味を抱くエロイズ。彼女は何も恐れはしないのだ。ディナーの席で仲間の2人に紹介を受けたが、相変わらずエロイズとヴィクは一触即発な関係だ。だが、獲物が捕まったとの情報に、皆が食事そっちのけで出て行く。彼女も続く。子供のサイが捕獲された。エロイズはそれを「カンガルーね。」と、真剣な面持ちで言う。呆れるヴィク…。

夜中…動物の声で眠れないエロイズは、銃の手入れをしていたヴィクと話す。けんか腰になりさえしなければ、ヴィクは良い人物だ。“何か”を感じあう2人。そして夜明け、見事な朝焼けに照らされたサファリは素晴らしかった。そして、ヴィクはエロイズを強引に抱き寄せキスをする…。しかし、エロイズは冷静だ。所詮は一週間の仲なのだから…。

 見事な朝焼けに酔いしれるエロイズ(エヴァ・ガードナー)

5_26

ヴィクの仲間のブラウニーと話に華が咲くエロイズ。ブラウニーは、彼女には深い傷があると感じた。彼は情のある鋭い男だ。いつか、そのうち話すわと言うエロイズ…。しかしヴィクが帰ってきて、帰りの船が来たと告げた。もうここに来て一週間たっていたのだ。

22_2_1 船がやって来た。英国からの客、ノードリー夫妻を乗せて。エロイズは彼らと入れ違いに故郷へ帰るのだ。ノードリー夫妻が船から降りる。とりわけ妻のリンダは、この旅にウキウキしてしているようだ。そして船はエロイズを乗せ、ヴィクから遠ざかっていった…。

ヴィクは、ノードリーの妻リンダに早速興味を持つも、夫ドナルドが昨日ツェツェバエの注射を受けたと聞いて驚く。彼らはゴリラの生態を観察したいと言ってきたのだ。これはヴィクも聞いていない話だった。ゴリラは接触が難しいので、彼らをその地まで連れて行く意味が見出せなかった。「お金はいくらでも払います」と、妻リンダは言うが、そこが“上流階級の人間”の卑しいところだ。ボルチャックをガイドにすることで収めようとしたが、ドナルドが突然倒れた。注射の副作用だ。

11_5突然のことで取り乱すリンダ。夫の熱はヴィクのせいだと言わんばかりだ。夜になり、夫の熱が下がり、リンダは、ヴィグに今朝のことを謝った。自分が恥ずかしい、色々と迷惑をかけて申し訳ないと。そんな率直なリンダに惹かれていくヴィク。

そんな中、エロイズがコテージに帰ってきた。船が難破したのだ。船の修理には3~4週間ほどかかるという。と、いう事はエロイズもその期間この地に留まることになる。温室育ちのリンダを出来るだけ刺激させないようにしてくれと頼むヴィグ。エロイズは妙な感情を悟り、面白いはずがない。

翌朝、すっかり夫も健康を取り戻し、気分も落ち着いたリンダだが、エロイズが話しかけてきた。ヴィグは抜け目のない人物だと言うのだ。警告したつもりだったが、リンダは気分を害し、散歩に出かけた。

最初は素晴らしいサファリの散歩だったが、いつしか道を行くうち、猛獣の残酷な場面に出くわし、パニックに陥るリンダ。ヴィクとブラウニーが必死に探すが、彼女は動物捕獲用の落とし穴に落ちてしまった。黒ヒョウが彼女を狙うが、危機一髪ヴィグが彼女を救った。いつしか天気は大荒れとなり、激しい風に強い雨が降り出した。ヴィグがリンダを抱え上げる。それにしがみつくリンダ…。そんな状況をエロイズは最後まで見ていた…。

野性の王子に救われたお姫様、リンダ(グレイス・ケリー)

14_1

この頃にはもう、ヴィクに強く惹かれていたエロイズは、そんな場面を見せられて、ただ1人泣くのをこらえるしかなかった…。

ノートリー夫妻の到着と、ドナルドの快気祝いのパーティーが開かれた。ヴィクとリンダのことを当てこすりしながら話すエロイズ。2人は気まずい雰囲気に気もそぞろだが、何も知らない夫ドナルドは、エロイズの話に面白く耳を傾けている。

      楽しげな2人…

10_11リンダの魅力のおかげか、ヴィクはゴリラの生息地に案内すると言う。大喜びのドナルド。彼の様子を見て、リンダも声が上ずるほど喜んで見せた。エロイズはこの地に留まろうとしたが、餌の係りだけを残し6週間は閉鎖するという。キナまで行けば、あとは行政官が送ってくれる。10日後には飛行機でカイロと言う訳だ。「早いほど結構」と、心にも無いことを言う。

しかし、ブラウニーには何もかもお見通しなのだ。「あれは似合いの夫婦だ。やめておけ」と、ヴィクに忠告した…。

ゴリラの生息地に出発の日…相変わらずエロイズは際どいジョークでドナルドを楽しませていたが、リンダとヴィクは面白いはずがない。しかし、キナに行き、サンブル居留地の行政官と会うとエロイズとノートリー夫妻はお別れだ。あと少しの辛抱だ。

途中、舟と漕ぎ手を借りるため、ある場所に立ち寄った。出迎えたのは神父だ。貸すのはいつもの条件だという。上半身裸になったヴィクが、部族の男たちから、槍で狙われる…というものだ。怖いもの知らずで、勇敢なヴィク。はらはらしながら見ていたエロイズ。そして“式”が終わり出発の運びになった。エロイズは神父に少し時間を貰い、懺悔する…。リンダにもヴィクとのことで頭を冷やすよう忠告したが、リンダは彼女の言うこと、などまるで聞き耳を立てない。益々意固地になるばかりだ。

        ヴィクを取り合う頑固な女2人

25

キナに着き、エロイズと別れの場所に着いたというのに、そこは象の密猟で部族と険しい雰囲気になっていた。瀕死の行政官を連れ出し、彼らも素早くそこから脱出した。結局エロイズは帰れず、皆と行動を一緒にするしかなくなった…。

安全な場所に着き、エロイズは1人物思いに沈んでいた。そこにブラウニーが現れ、“傷”の話をして欲しいと言う。彼女はありれた傷だと言いながらも話し始めた。結婚して3週間で夫が出征、そして2ヵ月後に戦闘機もろとも亡くなったということだった。短いけど一生分の幸せを味わった。ヴィクに似た強烈な男だったらしい…。

18_5そしてリンダは、夫を置き去りにしてヴィクと探索に出ていた。彼といると不思議と何も怖くない。ヴィクが激しくキスをしても、拒むどころか、自分からも激しく求めるのだった。夜、テントに帰ると夫のドナルドが彼女を求めてきた。それを拒絶するリンダ…。

翌朝、ゴリラの生息地に出発する一行。エロイズは興味がなく、留まることにした。ついにゴリラが姿を見せた。喜び勇むドナルド。リンダもゴリラの生態に興味津々のようだ。しかしボスゴリラが現れ、こちらに向かってくると、リンダは怯え上がり、ドナルドも緊張する…。それを冷静に導くヴィク。そんなヴィクの姿を見せられて、恋に落ちない女がいようか?

         “愛”を確かめ合う2人

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夜の帳が下りる中、ヴィクとリンダは愛を確かめ合っていた。もう夫のドナルド以外は誰でも2人の関係を知っている…。リンダは気がとがめる。ヴィクもそうだ。あんな善良な男を裏切るなんて、気がとがめないほうがおかしい…。この関係を彼にはっきり言うことだとヴィクはリンダに勧告するが…。

― う~ん…またまた“うぶで堅気な娘”(今度は人妻だが…)に熱を上げる、“キング”ですねぇ…。彼の容姿やキャラクターを考えると、どう考えても “男なれ”した強い女が似合うと思うのですが…。エヴァ・ガードナーは彼にピッタリですね。それにグレイス・ケリーをも凌ぐ美しさ。“粋”な女性ですよ。

2人は正反対ですね。どちらも美しくはありますが、グレイス・ケリーは“野暮ったい”。生物学者の妻ですから、夫について行くためにサファリ・スーツぐらいしか着ない。例外は、歓迎会で着た紫のドレスだけか…。(彼女はどうも契約会社のM・G・M社ではお洒落させてもらえませんね。彼女といえば、「ヒッチコック」ですもんね…)

エヴァ・ガードナーは、大変な数の荷物を持ってきている設定上、着るものは“粋”ですよ。彼女の、ボンッ!キュッ!ボンッ!体型を最大限に生かしたコスチュームの数々でした。もうウエストが細いのを強調しているのね。彼女が最初にヴィクと別れたときに着た白いスーツなんて好きですねぇ。

そして、40年代をすっ飛ばして53年当時の“キング”クラーク・ゲーブル。実は彼の40年代の映画は物凄く少ないんです。妻キャロル・ロンバートを亡くし、自ら軍隊に志願し戦争に行ってましたからね…(1901年生まれの彼は召集されないんですよ)と、言う訳で50年代の映画に飛んでしまいました。彼はやはり、この前紹介した30年代の映画よりは断然老けています(当たり前だっつうの!!)が、男っぷりは上がっているんですね。もみ上げの辺りに白髪が見えますが、体つきはダブることなく締まっています。顔つきにも“皮肉”な感じが見え隠れして、それが良い効果を出しています。そして歳の離れた美女2人と愛し合う…(エヴァとは19歳、グレースとは28歳!)。相変わらず似合いますねぇ。憎いほどですよ。やはり“キング”という称号が似合う男、クラーク・ゲーブル。素晴らしい…。

ただ、やはり残念なのはDVDになり「高画質」になったことで、現地撮影と(本当にアフリカに行って撮っています)セットの撮影がすぐ分かっちゃうところですかね。動物の映像は、資料映像なんだと思い納得しながら見なくてはいけませんが、ね。

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2007年4月24日

探偵物語

3_33 1951年 <アメリカ>

監督 ウィリアム・ワイラー

出演 カーク・ダグラス

    エレノア・パーカー

    ホレス・マクマホン

    リー・グラント

 ウィリアム・ベンデックス

ストーリー

ニューヨーク西47丁目の第21警察署。ある午後のこと。刑事部屋には夜の簡易裁判を待つ万引き女や、ネタ探しの記者、難題を持ち込む市民達でにぎやかだった。正義に燃えるマクラウド刑事は署の前で偶然妻メアリーと会い、ご機嫌で署に戻ってきた。早速彼の仕事が始まる。店の金を使い込んだ青年の恋人を呼び出すが、駆けつけてきたのは彼女の妹のスーザンだった。分署長モナハンを訪ねてきた弁護士シムスは、依頼人シュナイダーを出頭させるが、担当のマクラウドは乱暴者だから人権を尊重してくれと言っていた。シュナイダーという男は堕胎医で、マクラウドは必死にその証拠を掴もうと必死だったが、患者は亡くなってしまった。それを聞いたモナハンはメアリーを警察署まで呼んだ…。

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マクラウド(カーク・ダグラス)と妻メアリー(エレノア・パーカー)

この夫婦はラブラブなのに何故か子供が授からない。今日も妻メアリーは病院に行ってきたばかりだった。マクラウドは何としても子供が欲しいと思っている。それはメアリーにとっても同じことだ。久しぶりに会った2人は、今日はデートをしようと言い別れた。

しかし署に帰った彼を待っていたのは、いつもの忙しい仕事だった。店の金を使い込んだ青年の許には、彼が好意を寄せているニューヨーク一番の売れっ子モデルではなく、その妹スーザンだった。彼は第二次大戦で勲章を受けており、そんなことをするはずがないと必死に訴えるスーザンだったが、青年は彼女に金を使い込んだことを認めた。ショックをうけるスーザン。

                 裁判を待つ万引き女(リー・グラント)

5_19 一方見ることすべてが目新しい万引き犯の女は、部屋をうろちょろし、弁護士は彼女の妹の旦那に決まった。それまで長い時間が始まる。

そして、デートへ急ごうとするマクラウドの許に、堕胎医をしているシュナイダーがやって来た。早速面通しが始まる。しかし、女はシュナイダーの所で目をそらしつつ、「このなかにはいない。」と言い張る始末。明らかに買収されていた。

別室へ消えたマクラウドを同僚が追う。事件に厳しすぎるマクラウドは、実は父親の悪行を見て育ち、母親は精神を病んで亡くなったことを告白する。だから“悪人”には敏感なのだと言う。父親と同じ“匂い”がすると。

シュナイダーの手術で面会謝絶になっていた娘と面通しをするため、マクラウドはシュナイダーを連れて病院へ急ぐが、娘が死んでシュナイダーは無罪放免となったが、マクラウドは気がすまない。シュナイダーをしこたま殴って彼に怪我をさせてしまう。署に戻った2人だが、シュナイダーは苦しみながらも、「タミ・ジャコベッティ」という名前を言ったまま気絶した。マクラウドの態度に業を煮やした分署長モナハンは、マクラウドを叱責し、そして「タミ・ジャコベッティ」を探せと命令した。これでは愛する妻メアリーとのデートはお預けになりそうだ。

分署長(ホレス・マクマホン)とマクラウド

6_28シュナイダーの弁護士がもの凄い勢いで署にやってくるや、マクラウドの妻に秘密があると告げて帰っていった。何か引っかかる分署長のモナハンは電話でメアリーを署まで来てくれるよう呼び出す。

その間にも、警察の仕事には休みがない。ケチな泥棒の二人組みを取り調べたりしているときに、メアリーが署にやって来た。マクラウドには内緒だ。彼に過去の犯罪のデータを倉庫まで取りに行かせ、分署長の部屋へ通されるメアリー。そこにダミ・ジャコベッティが現れて、泣き崩れるメアリー。そしてマクラウドが部屋へ呼ばれた…。

 自分がどうして呼び出されたのか困惑するメアリー

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いやいや~、面白かったですよ。刑事部屋のごみごみした雰囲気、刑事達の忙しく働く姿。そして犯罪者が引きも切らずにやってくる…。よからぬ計画を立てている犯罪者もいる中で、自分の仕事に没頭する刑事達。活気に満ちた現場。当時の警察署はこうだったんだなと思わせる。そして、このストーリーはたった一日のなかで起こる事なんですよ。やはりウィリアム・ワイラー監督、上手いですね。

犯罪者に厳しすぎるマクラウドと対照的に、店の金を使い込んだ青年にもう一度チャンスを与えてはどうかと店主に言う、人情厚い彼の同僚ブロディ刑事もいる。そして、万引き女のリー・グラントがなかなか良いたたずまいなんですね。ちょっとずれてるところが可笑しくてよい感じです。

一方、妻メアリーを許したいのに許せない、許せないのに許したい…という相反する気持ちが交錯するマクラウド。哀しい男ですね…。

               自分の脳みそを洗い流したいって…←おい

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2007年4月14日

復讐鬼

11_3 1950年 <アメリカ>

監督 ジョセフ・L・

    マンキーウィッツ

出演 リチャード・

       ウィドマーク

    シドニー・ポワチエ

    スティーヴン・

         マクナリー

    リンダ・ダーネル

ストーリー

郡立病院に勤める医師、ルーサー・ブルックスは、医師の州板検査に合格した初の黒人だ。しかし、まだ自信が持てず研修を続けたいと、彼の顧問医師ウォートンに言う謙虚な医師でもあった。ある日、強盗をして脚を撃たれた兄弟が群立病院の刑務所病棟に運び込まれた。兄のレイは元気で、ブルックスに皮肉を言うほどだったが、弟のジョニーは弱っていた。ブルックスは、ジョニーに脳溢血の疑いがあると思い、検査をするが途中で死んでしまう。兄のレイは、黒人であるブルックスが彼を殺したと思い込み、復讐を誓う。そしてブルックスはウォートンに自分の診断の正確さを証明するために、死体解剖を要求するが、故人の家族の許可なしでは出来ないことを知った。ジョニーが結婚していたことを知り、ブルックスとウォートンは彼の妻の許へ行くが…。

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ジョニーを検査しようとするブルックス医師(シドニー・ポワチエ)と、その様子を見守るレイ(リチャード・ウィドマーク)

リチャード・ウィドマーク3連発!!

おそらくこの映画がデビュー作と思われます、シドニー・ポワチエ。主演のリチャード・ウィドマークと競り合って、見事な演技です。

この映画は人種問題にメスをズバッと入れていますね。流石は巨匠マンキーウイッツ。やってくれます。1950年という当時の時代から見て、斬新かつ大胆なテーマを取り上げています。

さて、強盗で脚を撃たれ捕まり、治療のために郡立病院に搬送されたビドル兄弟。弟のジョニーは病院に来たときはもう様子が変だった。担当医師になったブルックスは脳溢血ではないかと疑い、彼を検査をしたが結局亡くなってしまう。もう兄のレイは半狂乱だ。彼は異常なまでに黒人を険悪している人間だった。黒人が白人を殺したのをこの目で見たと思い込む。そしてブルックスは、検査の仕方が正当であったか自信がなくなってくる…。ウォートン医師に、「自分でも同じことをやったさ。」と励まされても、表情が浮かない。今すぐにでも死体解剖をしたかったが、州の規律で家族の許可がなければ解剖は出来ない。もちろん、兄のレイは問題外だ。死因は謎のままになってしまった。

                    黒人はゆるさねぇ…

1_5翌日の新聞に小さいが先日の強盗でジョニーが死亡したという記事が出た。院長は黒人に寛大な男だが、しかしこの記事で“黒人”ブルックスの名前が出るのを恐れている。

やはりジョニーの死因は解剖しかないと思うブルックスとウォートン。そこに、朗報が。亡くなったジョニーには妻がいたのだ。妻のイーディスを訪ねる2人。しかしイーディスはジョニーとは一年半前に離婚しており、解剖の件もあっさりと断った。彼女は白人のスラム街、ビーバー運河から這い出て今はもう少しまともな生活をしている。ビーバー運河の連中とは関わりあいたくないのだ。

しかし、イーディスはレイに面会に来た。ここぞとばかりにブルックスの悪口を言うレイ。そして見事に彼に騙されたイーディスは、レイのもう1人の兄弟と連絡を取った。そしてビーバー運河の仲間はある作戦を練った。ジョニーの仇討ちで、黒人街を襲撃するのだ。

 レイの面会にやって来たイーディス(リンダ・ダーネル)

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しかしそのことを知った黒人達も、襲撃に備えた作戦を練り白人達を全滅させる。ビーバー運河は地獄絵そのものだ。そして、勝利を確信していたレイにとっても面子が丸つぶれだった。

白人達が次々と郡立病院に運ばれてきたが、黒人のブルックスに酷な言葉をかける家族たち。そしてブルックスは患者を置き去りに消えた…。ブルックスは、「ジョニー殺し」の罪で警察に自首したのだった…。

いやいや、面白い映画ですよ。人種間の問題にからめて、“人間のごみため”ビーバー運河の連中と、その長である“黒人を険悪する”レイと模範的な“黒人”のブルックスとの対決。あくまでもブルックスを殺そうとするレイの執念。もうレイはブルックスを“黒人”だから懲らしめようというのではなくて、自分のプライドの問題にすりかわってますね。そして“模範的な黒人”というイメージは、最初の映画で決まってしまったんですね、ポワチエさんは。リチャード・ウィドマークは、先の2作品に比べると、少しソフトな印象を受けました。うらぶれたリンダ・ダーネルも良し。ブルックスの顧問医師、ウォートンを演じたスティーヴン・マクナリーも毅然とした態度を崩さずに、ブルックスを信じ導いていく役を好演していました。

マンキーウイッツは本当に質の高い映画を作りますねぇ…。つくづく感心。(『クレオパトラ』は置いといて…)

ブルックスとウォートン(スティーヴン・マクナリー)

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2007年3月27日

アスファルト・ジャングル

4_26 1950年 <アメリカ>

監督 ジョン・ヒューストン

出演 スターリング・

                    ヘイドン

    サム・ジャッフェ

    ルイス・カルハーン

    ジーン・ヘイゲン

    マリリン・モンロー

ストーリー

西北部のある都市。夜明けに刑務所から出所した“ドク”リーデンシュナイダーは、賭博業者のコビーの許を訪れ、宝石泥棒の計画があるから暗黒街のボスとして鳴らしている弁護士エメリックに渡りをつけてくれと言ってきた。コビーは承諾し、ディックスという頑固な若者をドクに紹介する。デックスはケンタッキー生まれで、幼い頃牧場が人手に渡り、なんとかそれを買い戻す金を得ようと町へ出てきたのだが、今は落ちるとこまで落ちてヤクザものになっており、コビーに借金をし、酒場のガスやその友人ルイスに厄介になっている男だった。コビーとドクがエメリックの許を訪れたところ、彼は二つ返事で犯行のための金の援助を承諾した。しかし、実は彼は犯行援助に出す金など一銭もなかった…。

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強盗事件の面通しをされるディックス (スターリング・ヘイドン)

裏切りに満ちた男達の欲望が交錯する見事な犯罪映画でありました。

この作品には、際立った主人公というものがいないんですね。しかしストーリーの中軸になるのは、刑務所から出所したばかりでもう宝石泥棒の計画を実行しようとする“ドク”、気が弱いのが玉に傷の賭博業者コビー、破産してしまったのにプライドの高さゆえそれを言えず、犯行が成功したら全てを自分の懐に入れ愛人と高飛びを企んでいる敏腕弁護士エメリック、そしてちんけな窃盗事件ばかりを犯しその金を競馬につぎ込んでいるディックスの4人でしょう。そしてエメリックが使っている私立探偵や、悪徳警官が取り巻く。みんな“宝石”を手に入れるために。そのなかで“主役級”と言えるのがスターリング・ヘイドン扮するディックスなんでしょうな。

その共通するところがない男たちが協力して宝石泥棒を決行しようとする。

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         犯罪計画を確かめ合う男達

計画は綿密に練られていて成功は確実だったはずが、1つのミスで狂い始める。店の金庫が開けられたのは良いものの、それがきっかけで店の警報装置が鳴り、警官が駆けつける事態に陥ってしまった。しかし宝石は目の前、急いでカバンに宝石を積め出口へと急ぐ。この一連のシーンは緊迫していて目が離せないくらい良い出来です。自分も共犯者になった気がするのね。

店を出たとたんに駆けつけてきた警察に遭遇する3人。ディックスが警官を殴った瞬間、銃が暴発。弾を金庫破りが腹に受けてしまう。病院へ行けば素性がバレてしまうので、家で医者が来るのを待つことになる…。

                             エメリック弁護士

10_7

一方、無事エメリックの別邸へ着いたドクとディックス。しかし、エメリックは難癖をつけ、この家に宝石を置いておいたほうが利口だと2人を口説く。なにかおかしいとにらんだドク。そのとき一緒にいた探偵がやはり宝石を奪おうと、銃で脅しをかけてきた。しかしディックスのほうが一足早く発砲。探偵は死んでしまうが、ディックスも横腹に傷を受けてしまう。

何もかも崩れ去ったエメリック。ドクに誘われるまま、自分がおかれている苦しい立場を告白。そして殺された探偵を始末することとなり、河に捨てた。

今や“宝石”を売って現金に換金する― ということは出来なくなってしまった。ドクが綿密に立てた計画はもろくも崩れ去ったのだ。そして新聞の第一面でデカデカと「宝石泥棒はドクの仕業」という文字が躍っていた…。

そして、ねんごろになっていた悪徳警官から真実を話すよう暴力を受けたコビーは宝石泥棒の件を全て話してしまう。そして欲を出しすぎた男達は次々と死んでいく…。

  ディックスを愛しているドール

    (ジーン・ヘイゲン)

8_13この映画はほとんど“女性”が出てきません。エメリックの妻と愛人(マリリン・モンロー)そしてディックスを愛しているショー・ガールのドールの3人。ジョン・ヒューストンが好む“男性映画”ですね。出演している男達が皆破滅へと向かっていく。

そのなかで、一番目立っていた女優はジーン・ヘイゲン。後に『雨に唄えば』でとんでもない声の持ち主のスターを演じましたが、この映画はあくまでもストレート・プレイ。しかし、職にあぶれて2,3日泊めてくれとディックの許へやってきて、涙を流しながらつけまつげを取るシーンなど良かったですよ~。声も普通だったし。とことんディックについて行く健気さが良かった。2_36

対するエメリックの愛人を演じたマリリン・モンローですが、出演は微々たるものでしたが、この映画では“セクシー・ダイナマイト”を封印ですね。後の映画で見るようなダイナマイト・ボディではないんですよ。要はスリムなのね。まだ“余計なセクシーさ”が無くて、こんなマリリンもありかな…などと思ってしまいましたね。

ともかく、ジョン・ヒューストンお得意の“男の映画”の傑作に違いない。女性は皆置いてけぼりなんだよなぁ…。彼の恋愛映画って…『アフリカの女王』くらいしか思いつかないですね…。『荒馬と女』は、恋愛映画に入れても良いとは思いますが、やっぱりマリリン・モンローが置き去りにされる映画だったな…。

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2007年3月13日

悪人と美女

2_34 1952年 <アメリカ>

監督 ヴィンセント・ミネリ

出演 カーク・ダグラス

    ラナ・ターナー

    ウォルター・ピジョン

    ディック・パウエル

    グロリア・グレアム

ストーリー

ハリウッドの一流監督のフレッド、今をときめく大スターのジョージア・ロスリン、第一級の脚本家のジェームズ・バートローに、パリにいるジョナサン・シールズが電話がかかってきた。しかし、彼の手によって一流になった3人は冷淡にも電話には出なかった。その日の真夜中、3人は「シールズ・プロダクション」の製作責任者のハリィ・ベベルに呼ばれ、ジョナサンの電話の要件は、彼が2年ぶりに映画製作を始めるにあたって3人の協力を求めてきたのだと聞かされた。それでも3人は協力する気にはなれず部屋を出て行った。実は3人にはジョナサンにまつわる苦い思い出があったのだ…。

6_21

  野心に燃えるプロデューサー、ジョナサン・シールズ

            (カーク・ダグラス)

冷酷なショー・ビジネスの世界で成功するためには手段を選ばない男と、彼とかかわったがために天国と地獄を見た3人の物語。

ショー・ビジネスの世界で生きていくということは、成功による喜びも大きいが、何かを見失い失意の底に落ちる危険もはらんでいる。ジョナサン・シールズはそれを身にもって体験した人間である。体験したからこそ、より強くなれる男なのだ、ジョナサン・シールズという男は。これはカーク・ダグラスにピッタリな役ですね。

                B級映画製作に大忙しの頃

8_8今をさかのぼること18年前、映画事業の開拓者であったジョナサンの父の葬儀が行われていた。そこで彼と当時B級専門の映画監督フレッドは出会った。フレッドは最初はジョナサンに良い印象を受けなかったが、2人は映画製作に燃える…という共通点を持っていたので、次第に一緒に仕事をするようになっていった。多くのB級映画を作ったが、2人はそんなことでは満足がいかなかった。そして、大作『遥かなる山』の映画化にとりかかるが、フレッドはジョナサンに裏切られる。監督は自分ではなかったのだ。― しかしフレッドは、それからハリウッド随一の監督の道を歩んだ。

  3人を説得するハリィ・ベベル

    (ウォルター・ピジョン)

4_25今や“大スター”“女神”と崇められる存在になった女優ジョージア・ロリスン。

彼女の亡父は、ハリウッドの最も偉大な俳優の1人と言われ、彼女にはそれが重荷だった。エキストラに毛が生えた役ばかりの仕事を酒で紛らわせていた。しかし、ジョナサンは彼女に目をつけ、彼が作る映画の大役に大抜擢したのだ。これは賭けでもあったが、ジョナサンの指示のもとジョージアは見事な女優になっていく…。そして2人の間には愛情が芽生えていた。

 ジョージア・ロスリン、大女優への道のり(ラナ・ターナー)

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しかし、愛していたのはジョージアだけだったことが判明する。ジョナサンにとって彼女は、あくまでも“商品”でしかなかった。― 傷ついたジョージアは彼の許から離れ、“大スター”への道を歩んでいく。

              作家(デイック・パウエル)と

               その妻(グロリア・グレアム)

9_8次の獲物は、大学教授でもあり作家でもあるジェームズ・バートローだ。彼に脚本を書いてもらいたく、彼は気が進まなかったのだが、ミーハーな妻 ローズマリーに口説かれ、ハリウッドで仕事をすることになった。しかし、妻が邪魔で仕事に集中できない。そこでジョナサンは普段から懇意にしている俳優をローズマリーに紹介し、バカンスへと誘いをかける。

おかげで、ジェームズの仕事ははかどったが、妻のローズマリーが俳優もろとも飛行機事故で亡くなってしまう…。妻のバカンスと死はジョナサンが大いに関わっていると知ったジェームズは怒りに燃えるが、『誇らしき地』という脚本を残して、ジョナサンと袂を分かつ。― そして彼はピューリッツア賞を貰い第一線の脚本家として名声を得る。

一方ジョナサンは『誇らしき地』を自ら監督したものの、大失敗に終わってしまう。自分のプロダクションも火の車だ。― そして休養も兼ねてパリへと旅立つ。

ジョナサンに見初められた為に仕事が成功するものの、裏切られたという思いが交錯する3人。特にジョージアとジェームズは私生活でも裏切られている。それでもジョナサンと働いた日々が、3人の頭の中にはっきり残っている。あの、がむしゃらに働いた日々だ。あの日々は何もかも充実していた。

3_29ジョナサン・シールズという、野心に満ちたモンスターは、カーク・ダグラス自身をダブらせたような役ですねぇ。いや、実に適役。獲物を狙う狩人のような狡猾な目をしています。そして“獲物”になった3人。苦い思いはしたけれど、それを経て一流になったのは彼のおかげともとれる。まぁ、それぞれ彼に対して恨みとも取れる感情を持っていますが、ジョナサンは3人よりも苦い思いを噛みしめて生きてきたことを忘れてはならないでしょう。映画の成功、スター誕生、傑作な脚本。それを自分で監督して、駄作を作ってしまうという愚かな行為をおかしたけれど、不死身の男ジョナサン・シールズ。彼の求めるものは、「完璧」。だから再起を賭けた映画を作れるのは、この3人しかいないとふんだのは明らか。そしてこの3人は彼のオファーを受けるのか?

ジェームズ・バートローの妻ローズマリーを演じたグロリア・クレアムは、このミーハーでハリウッドのスターに憧れる…という演技でアカデミー助演女優賞を獲得しています。しかし出番が驚くほど少ない。もっと出番を増やしてくれていたら、賞を獲得したことに納得がいきますが…。う~ん…少ない…。

ジョナサンの会社の製作責任者、ハリィ・ベベル扮するウォルター・ピジョンですが、始めは誰だか分からなかったですねぇ…。ずいぶんお年をめされた感じですが、これはハリウッド・マジックですかね。後年も映画に精力的に出ていますが、そんなに老けた感じではなかったですよ。

とにかく、カーク・ダグラスの独壇場です。ビリングはMGMのスター(この映画はMGM製作なんですね)ラナ・ターナーに一位を譲ったものの、映画は完全にカーク・ダグラスのものです。

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2007年3月10日

暗黒街の女

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監督 ニコラス・レイ

出演 ロバート・テイラー

    シド・チャリシー

    リー・J・コッブ

ストーリー

1930年代のシカゴはギャングの街だった。暗黒街のボス、リコ・アンジェロのパーティには100ドルを貰ったショー・ガール達が召集されていた。リコの経営するキャバレーのショー・ガール、ヴィッキー・ゲイもその1人だった。リコの子分のルイにからまれそうになったヴィッキーは、リコの顧問弁護士トミー・ファレルに家まで連れて帰ってくれるよう頼んだ。こうして、ヴィッキーと足の悪い弁護士トミーは知り合う。しかしトミーは彼女に、パーティ・ガールとして金で誇りを売ることの愚かさを責め、ヴィッキーを激怒させる。数日後、ルイの裁判で自分の足の悪さを強調し、術策を弄して陪審員の同情を集め見事ルイを無罪に導いた。そんなトミーをヴィッキーは、自分が誇りを売るのと同じ行為だと責めるが、2人の心は急接近する…。

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足は悪いが、暗黒街に君臨する顧問弁護士トミー・ファレル

             (ロバート・テイラー)

う~ん…、監督もキャストもなかなか豪華ですが、凡作と言わずにはいられないでしょうな…。

暗黒街のボスとそのお抱え弁護士、その弁護士を愛するショー・ガール…と“フィルム・ノワール”の題材は揃っているものの、この作品はそうではない。1930年代に流行った“ギャング映画”です。なんとも時代遅れの代物なんですね。一瞬化石が目を覚ましただけに過ぎない作品ですなぁ…。

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    迫力たっぷり、暗黒街のボス、リコ・アンジェロ

              (リー・J・コッブ)

そして主役級の俳優陣も、暗黒街のボス役のリー・J・コッブを除いては、なんとも歯切れが悪い。…いや、これはそういう俳優をキャスティングしちゃった ― ということですかね。ロバート・テイラーが素晴らしい俳優だと聞いたことはないし(スターではありますが…)シド・チャリシーにいたっては、もの凄い演技が硬いんですよ。これじゃ、『絹の靴下』のニノチカと変わらないじゃないの。おいおい…。

どうやら本を拾い読みしたところ、ニコラス・レイ監督はこの映画を押し付けられたらしいですね。あ~、それで気の抜けた作品になっちゃったのね。

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 やっぱり踊らないと…。ヴィッキー・ゲイ (シド・チャリシー)

もちろん、シド・チャリシーには思いっきりダンスするシーンも用意されていますが、う~ん…振り付けが野暮ったいのよね。ああ…なんかこの映画の悪いところばかり探しているようですね。いかんいかん…。

リコのパーティで知り合った2人の男女。男は足が悪いが暗黒街の人間のお抱え弁護士として名を轟かせているトミー・ファレル。女はリコの経営するキャバレーのショー・ガール、ヴィッキー・ゲイ。一見何も共通点がない2人のようだが、トミーとヴィッキーが愛し合うようになるにつれて、ヴィッキーも暗黒街の人間とかかわりを持つようになっていく…。しかしそれはトミーの不安を大きくさせるだけだった。

そして、スウェーデンでトミーの足を直せる画期的な手術が開発される。それに飛びつくトミー。そして手術が成功した暁には、暗黒街から手を引こうと決心する。離婚もして晴れてヴィッキーと再婚する手はずだった。しかし事はそう簡単にいくはずがない。足が治ったら彼の妻は復縁をしようとヴィッキーに挑む。リコもトミーを離すはずがない。

トミーがスウェーデンへ行っている間にリコは凶暴なクッキーというギャングと手を組んでいた。このクッキーの弁護をしなければ、ヴィッキーの顔に硫酸を浴びせかけると脅す…。

                  やっぱり“ダンス”ですな

6_20しかし、シド・チャリシーは、ガチガチですね、演技が。タダのショー・ガールに過ぎない女なのに、プライドが高いのよ。じゃあなんで今の仕事はキャバレーのショー・ガールなわけ?とつっこみたくなる衝動に駆られます。

彼女はダンス中の演技はとても素晴らしいものを持っているんですよ。『雨に唄えば』のグリーンのドレスのギャングの娼婦と思わしい女。『バンドワゴン』のなかの“ガールハント・バレエ”の謎の赤いドレスの女。どれも素晴らしい…のに普通の演技はちょっと…と言わざるを得ませんね。

ロバート・テイラーもすっかり老けちゃって、あの『椿姫』のアルマンの甘いマスクの面影がないのが寂しい…。私にとっては、“アルマン”なんですよ、彼は。

結局、あくの強いリー・J・コッブばかりが目立つ時代遅れの“ギャング映画”なんだなぁ…。

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2007年2月 2日

裸足の伯爵夫人

7_9 1954年 <アメリカ>

監督 ジョセフ・L・

     マンキーウィッツ

出演 エヴァ・ガードナー

    ハンフリー・

                 ボガート

    ロッサノ・ブラッツィ

ストーリー

有名な映画女優でかつ伯爵夫人の葬儀が北イタリア・ラバロ近くの墓地でひっそりと執り行なわれていた。その中の1人、映画監督ハリー・ドースが彼女の数奇な生涯を回想していた。― 3年前、映画製作に乗り出したテキサスの大地主に雇われ新作の脚本・監督をすることになり、大地主や宣伝担当のオスカーなどとヨーロッパへ新しいスターを探しに出た。スペインのマドリッドの小さなキャバレーで踊っていたマリア・ヴァルガスが彼らの目に留まる。しかしマリアは彼らに会う気はなく、ハリーが必死に説得し彼女にマリア・ダマーラという芸名を与え、2人で作った映画は3本とも立て続けに大成功をおさめ、マリアはゆるぎないスターの地位に登りつめた。ある日、ビバリー・ヒルズのマリアの邸宅で催されたパーティーで、マリアはヴィンチェンツォ・ファブリニ伯爵に出会う。その日から2人は愛し合うようになり、結婚することになるが…。

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         奔放な女、マリア(エヴァ・ガードナー)

この映画、ビリング一位の座はボギーなんですが、主役はあくまでもエヴァ・ガードナーですね。ボギーはこの映画の語り部ですね。

そして、あくまでも彼女は奔放な“女”なんですね。キャバレーで踊り終え、舞台のそでに消えてからは客の相手なぞしない女王様なんです。テキサスの大地主から彼女を引っ張ってこいと命令されたハリー(ボギー)は控え室で脱いだ靴と着替え室からのぞく彼女の裸足(と、男の足)を見つける。着替え室から出てきた彼女は想像以上に美しかった。4_20 “これはものになる”と感じたハリーは懸命に彼女を誘うが、マリアには野心などなかった。しかし大地主の命令で今夜中にチャーター機にマリアを連れてこなければクビだという言葉に、マリアの家を訪ねる。母親が父親をぞんざいにする家庭…。そして、この家のから 逃れることが出来たらどんなにいいか、という一言で無事マリアを獲得した。

そして瞬く間にマリアはスターへ。美しいヒロイン、どんな役を演じてもマリアは素晴らしかった。しかしマリアは性的に奔放な女だった…。スペインのキャバレーで愛し合っていた男を向かいの家に呼び、裸足で彼の許へかけていく女でもあった。マリアには“愛”がないと生きていけない性分の女なのだ。

     マリアの保護者ハリー

5_12ある日、マリアの豪邸でパーテイーが催されたが、彼女ににつきまとう男がいて、その男がカジノでの負けを全てマリアのせいにしたのがきっかけで、ある男がその男を殴った。彼はイタリアのヴィンチェンツォ・トルラト・ファブリーニ伯爵だった。実は彼は数日前、マリアがジプシー達と裸足で踊っているところを見ていた。一目ぼれだったのだ。

惹かれあう2人。しかしハリーはこの恋愛に不安を感じる…。そしてマリアを愛しているファブリーニ伯爵も、何かを隠していた。

                                  ファブリーニ伯爵(ロッサノ・ブラッティ)

6_152人の結婚式がつつがなく終わり、夜、邸の庭では使用人たちが浮かれ騒いでいる。期待に胸を膨らませ待っていたマリアの前に現れた伯爵は彼女に一通の診断書を見せた…。それは彼女にとってはとても耐えられるものではなかったのだ。

伯爵はあくまでもファブリーニ家の「最後の伯爵夫人」としてマリアを選んだのだ。しかし、伯爵はマリアの性格を読めなかった。彼女は“愛”(すなわち性的なもの、ですね)がなければ生きていけない女だ。

2人(というか、マリア)は結婚を急ぎすぎた。意思の疎通が完全なものではないまま「最後の伯爵夫人」に仕立て上げられてしまっていた。しかし根が奔放なマリアのこと、彼には内緒で男と関係をもち、そして“伯爵家の跡継ぎ”を宿していたのだ…。

スペインの場末のキャバレーのマリア・ヴァルガスという踊り子から、マリア・ダマーラという大スターへ、そして伯爵夫人の座まで獲得したマリア。そのサクセス・ストーリーには実は輝かしいものであったはずなのに、もろくも崩れてしまった夢…。

そして、マリアの女優としての性質を高め、マリアの人生に“いなくてはならない男”となったのはいいが、彼女の奔放な行動に意見しながらも、ただ見守ることしか出来なかったハリーの無念さ。

彼女を愛してしまったが為に、自分の体に苦悩しながらもファブリーニ家「最後の伯爵夫人」として彼女と共に伯爵家の最後を静かに迎えようとした男の計算違い…。

さすがマンキーウィツ監督は、登場人物の性格をきちんと語りつくしながら、ストーリーも丁寧に、そして残酷なまでに進めていきます。なんといっても、エヴァ・ガードナー扮するマリアには力が入ってますね。彼女にしか演じられない役ですね。こういう役のボギーも珍しい。普通ならエヴァとボギーが恋愛関係に…なんてなりそうですが、ハリーはマリアに出会う前に既に結婚している役なんですよ。マンキーウィッツ監督は極めて「普通」を避けましたね。それが成功している。う~ん、やっぱり“一流監督”と呼ばれる人は違うんですねぇ…。

しかし、マーティン・スコセッシ監督の『アビエイター』に出てくる“エヴァ・ガードナー”はひどかった…。ディカプリオのハワード・ヒューズもどうよ?って感じでしたが、“エヴァ・ガードナー”は、ど田舎の「エヴァ・ガードナーそっくりさん・コンテスト」6位入賞みたいな、安っぽい女優でしたねぇ…。すっごいガッカリした記憶が甦ります…。

         似てね~よ(怒)

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2006年12月10日

復讐は俺に任せろ

Photo_41 1953年 <アメリカ>

監督 フリッツ・ラング

出演 グレン・フォード

    グロリア・グレアム

    リー・マーヴィン

    アレクサンダー・

         スコービー

ストーリー

巡査トム・ダンカンが自殺した。遺書にはギャングのラガーナ一味が市政を牛耳っていること、自分もそれに関係していたことが書かれていた。しかしダンカンの妻は遺書を利用しラガーナを恐喝し、警察へは病気を苦にしての自殺と報告した。警部のデイヴ・バニオンは彼の死因に疑いを持っていたが、あるクラブでダンカンと恋仲になり駆け落ちの約束をしていたという酒場女のルーシーと接触した。そして2人が別れた後、彼女が殺されたことから、疑いは一層深まった。翌日バニオンは署長からこの事件から手を引くように命令されれた。警察上層部にもラガーナの勢力が及んでいたのだ。しかしバニオンは決心を変えず単身ラガーナ邸を訪れ、用心棒を殴り倒して帰ったきた。ラガーナはバニオンが事件の捜査を諦めないと知ると、彼の車にエンジンを回すと爆発するように細工を施した…。

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 家では良き夫、良き父親のバニオン(グレン・フォード)

なかなか邦題が良いですね。『復讐は俺に任せろ』。バキッと潔いのがなんとも言えず惹かれます。

さて、仕事では任務第一でどこまでも犯人を追い詰めるバニオン。しかし家に帰れば美しい妻がいて可愛い子供いる、ごく平凡な幸せをかみ締めている男です。しかし、ラガーナの周りを探ったことで、不幸のどん底まで落ちていく。車のエンジンをかけたのが妻だったことから、愛する妻を失い、幸せだった家庭が無くなってしまった。そして彼はラガーナ一味に“復讐”を誓う訳です。

そしてもう一組のカップル。ラガーナの第一の部下ヴィンスとその情婦デビー。ヴィンスはいささか気が短く気性も荒い男。ラガーナからバニオンを始末するよう命令されていて、自分の手を汚さず部下に仕事をやらせるが、失敗続きでラガーナの信用度が落ちてきている。このヴィンスという人物を誰が演じているのか最初は分からなかったんですが、リー・マーヴンだったんですね。渋くなってからのリー・マーヴィンしか知らなかったもので、若き日のリー・マーヴィンの姿を見るのは、なんだか自分のほうが照れてしまいますね。                      

                    ヴィンス(リー・マーヴィン)とバニオン

5_7ヴィンスの情婦デビーは、週に6日ショッピングをする、お金があれば幸せという安っぽい、ギャングの情婦になるべく生まれた女。この役は『孤独な場所で』で紹介したグロリア・グレアムが扮しています。こういう役のほうが彼女の得意とするもので、俄然輝いています。

妻を亡くし、子供も義兄の許に預けて、幸せを象徴していた家を売りに出すシーンはバニオンの悲しみが心に突き刺さります。家具もなにもかも無くなったガランとした家に1人たたずむバニオン。そしてラガーナ一味に“復讐”をする為に、腐りきった警察と手を切り、一人きりでラガーナの悪事を暴こうとするバニオン。

そしてルーシーと接触したクラブ(当然ラガーナの息がかかった店です。)で、ヴィンスとデビーに出会うバニオン。ヴィンスのクラブの女の扱い方に我慢がならなくなったバニオンはヴィンスと一戦交える。バニオンにこっぴどくやられたヴィンスはデビーを置いてクラブから出て行ってしまう。その様子を興味深く見ていたデビー。バニオンが店を出るのを追いかけ、彼が滞在しているホテルまで一緒に行く。バニオンは彼女からラガーナ一味の情報を引き出したい。しかしデビーはバニオンに恋心を持ち始める。ヴィンスの部下がデビーの行動を一部始終見ていたとは気づかなかったデビーは、ヴィンスに嘘をつく。バニオンに嫉妬に近い感情をもったヴィンスは、デビーに煮えたぎったコーヒーを顔に浴びせる…。

そこから映画が佳境に入っていきます。あくまでもラガーナ一味に復讐を誓うバニオンと、顔が火傷で醜くなったデビーもヴィンスに復讐を誓う…。

          復讐は私にも任せて…

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しかし、つくづくグリア・グレアムという女優は“薄幸”という言葉が似合いますね。これほど“哀しみ”が似合う女優は見つからない。バニオンに恋し、ヴィンスに二度と見られない顔にされ、その恐怖からバニオンに助けを求め、改めてバニオンのやさしさに触れ、初めて自らの意思で行動を起こしヴィンスに復讐をするときのクールさは、なんと素晴らしく哀しみに満ちたものか。

この映画でもまた、共演者を喰ってしまったグロリア・グレアムに脱帽。

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2006年12月 8日

孤独な場所で

4_7 1950年 <アメリカ>

監督 ニコラス・レイ

出演 ハンフリー・ボガート

     グロリア・グレアム

ストーリー

脚本家のディクソンは、エージェントのメルから小説の映画化を引き受けたものの原作を読む気になれず、その本を読んだクラブのクローク係の娘を自宅に招き、内容を話してもらうことにした。彼女が一通り話し終えると、ディクソンは疲れていたので、彼女に謝礼とタクシー代として現金を渡し帰ってもらった。翌日の早朝、第二次大戦でディクソンの部下だった刑事のニコライが訪ねてきた。ディクソンと別れた後、娘が何者かに殺されたのだ。警察でアリバイを聞かれたディクソンは、向かいの部屋に住む女のことを思い出した。彼女はローレルというB級映画に2.3本出た元女優だった。ローレルは、娘が前夜確かに1人で帰ったことを証言した。警察での出会いからまもなくディクソンとローレルは恋に落ち、彼は脚本に没頭し、彼女は彼のために脚本をタイプし身の回りの世話をするようになった。しかし、警察はディクソンが過去に犯した事件を調べ、その凶暴的な気性から彼の容疑を強めた…。

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かいがいしく世話を焼くローレル(グロリア・グレアム)ディクソン(ハンフリー・ボガート)

む~ん…、なかなか難しい話ですなぁ。今回ボギー扮する脚本家ディクソンは、普段は無口な紳士なんですが、あることをきっかけに凶暴的になる人物を演じています。狂気と普通との紙一重をさまよう、いわゆる“ボーダー・ライン”の人格を持つ男なんですね。だから気性が激しい。自分にとって楽しいときは徹底的に明るくなり、自ら進んで物事を進める。しかし気分がすぐれないと、とたんに凶暴的になる…。躁鬱病っぽいですね。そういう人物とは知らずに愛してしまったローレル。

                  切れた後は疲労が残るだけ…

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グロリア・グレアム扮するローレルは、テキパキしていて物事を進んで処理する女性…といったところでしょうか。本来彼女が得意としている、“男にちょっとだらしがない哀しき悪女”の衣を脱ぎ捨て、鋭いメークと髪型を変えたことで見事に“変身”に成功しています。

さて、殺人容疑をかけられたディクソンは前夜クローク係りの娘と彼のアパートメントに入る直前にローレルとすれ違います。そして娘が小説の内容を語っている間、寝室の窓を開けローレルが部屋からバルコニーに出てきたのを目にし、彼女と見つめあう。話し終わった娘を送ろうにも彼は疲れていて、タクシー乗り場がアパートメントのすぐ近くにあるので、1人でも大丈夫という娘の言葉を信じて帰す。しかしその彼女が惨殺されて見つかった。警察はもちろん最後に接触したディクソンを容疑者として取り調べる。だが取調べにもまったく動じず、鑑札が撮影した娘の無残な写真にも何も感情を表さない。普通の人間なら動じるはずなのに、彼の感情は明らかにおかしいとふんだ警察。そこで第二次大戦で彼の部下で慕っていたニコライ刑事をディクソンに張り付かせる。

新婚のニコライの家に招待されたディクソンは、軍隊で培った洞察力か脚本家の推理の性か、娘の殺され方をニコライ達に話す。犯人はおそらく娘の首に腕を回して殺したと。ぞっとするニコライ達を尻目にどんどん事件の深みにまで迫るディクソン。彼を恐れながらも事件の糸口を探す為、次はローレルも一緒に浜辺のリラックスした息抜きを提供するニコライ。楽しんでいるディクソンだったが、ローレルがもう一度警察に事情調査されたことを知った彼は怒りに燃え、車を無茶に飛ばし続ける。途中衝突しそうになった車の運転手をメチャクチャに殴り倒し、殺そうとまでする。ローーレルの「やめて!!」という悲鳴とともに、我に返るディクソン。

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   車の事故で彼に恐れをなし、冷めていくローレル

もう、震えが止まらないローレル。もしかしたら自分も殺される…と、段々思うようになっていく。娘の殺人も本当はデイクソンがやったのではないかとさえ思い、彼女は追い詰められていく…。

果たしてディクソンが娘を殺したのか?ローレルもディクソンの怒りの矛先になって殺されるのが?彼女は彼の感情を自分ではコントロール出来なくて、益々彼を恐れるようになっていく。

  クールな女に大変身の

   グロリア・グレアム

5_4危険な人格をもった人間をテーマにした映画は難しいものです。そういう人間の感情の揺れ具合を表現するのはホントに難しい。ボギーの演技は無難ではありますが、素晴らしい…とはちょっと言いがたいところがあります。

そしてディクソンを愛したことで、自らも破滅の道に引きずり込まれそうになるローレルの悲しみだけが印象に残る映画になってしまった感があり。グロリア・グレアムがボギーを食うような“哀しき女”を好演しているだけに、ちょっと消化不良の残念な映画でもあります。

グロリア・グレアム…。彼女は様々なフィルム・ノワール映画に出演している、“フィルム・ノワール・ヒロイン”の1人でもありますが、私生活まで映画の如し。当時ニコラス・レイ監督と結婚していましたが、なんと彼の息子とも関係を持ってしまった“ファム・ファタール”でもあります。彼女の生涯も映画同様、フィルム・ノワールのような幕切れで終わった“哀しき女”でありました。

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2006年9月18日

キッスで殺せ

Photo_19 1955年 <アメリカ>

監督 ロバート・

      アルドリッチ

出演 ラルフ・ミーカー

 アルバート・デッカー

  マキシン・クーパー

 ギャビー・ロジャーズ

ストーリー

私立探偵のマイク・ハマーは深夜の路上で道の中央に立ちはだかった素裸にレインコートをまとった女、クリスティナを車に乗せロス行きのバス停まで連れて行く途中、3人の男が乗った車に襲われ、意識不明のマイクとクリスティナは自動車もろとも河中に突き落とされた。気がつくとマイクは病院のベットで彼の恋人でひょのヴェルダが看護していた。回復したマイクは連邦警察局に呼び出され訊問を受けた。死んだクリスティナの背後に複雑な事件が潜んでいたのだ。真犯人を自分の手で探し出そうと決心したマイクは、クリスティナのアパートへ行くと彼女はリリーという女性と同室していたが、2日前に行き先も告げずに引っ越したという。リリーの居所をつきとめたマイクは、彼女のアパートへ行くと、リリーはピストルを構えていた。しかし彼女はすぐにマイクに打ち解け、問われるままにクリスティナのことを語った。しかし、マイクの周りを取り巻く友人たちが次々と殺されていった。そしてヴェルダまで誘拐されてしまう…。

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     謎の女、クリスティナとマイク・ハマー(ラルフ・ミーカー)

<フィルム・ノワール>のカルト的で絶大な人気を誇る『キッスで殺せ』の登場です。監督のロバート・アルドリッチは男性的な映画を得意とした人で有名なんですが(『何がジェーンに起こったか』『飛べフェニックス』『北国の帝王』などなど…)、出演者がまったく知らない人ばかりという(かろうじて知っているのはアルバート・デッカーだけですな…)これまたB級映画の匂いがプンプンしてて良いですねぇ。しかし、この作品を素直に<フイルム・ノワール>の域でくくってよいのか…<ハードボイルド映画>と称したほうがよいのかちょっと迷いますね。原作はミッキー・スピレーンの「俺はハマーだ」シリーズですからねぇ…。まぁここはジャンルにとらわれずに観たほうが面白いかも知れません。

「俺がハマーだ」(思いっきりB級な顔つき)

Photo_48                                 話はとてもスピーディでグイグイ引き込まれます。必死でマイクの車を止めた精神病院から脱走した、謎の女クリスティナを自分の車に乗せたことから、自分でも分からない謎の事件(それも大きな)に巻き込まれていくマイク。そしてクリスティナの友人で同室だったリリーという女性が何も知らないふりをして、なにか鍵を握っている。このリリーを演じるギャビー・ロジャーズがなかなか良いんですよ。可愛い顔して舌ったらずの喋り、そして男には従順…。実はそんな女が一番怖い。そしてクリスティナが知っていたあるのものをリリーは男を皆騙して易々と手に入れる。その<あるもの>とは何か?それは“パンドラの箱”だった、という訳なんですね。                                                                            

しかし、マイクの恋人兼秘書役のマキシン・クーパーは、なんかどこかの“おばちゃん”のような顔つきでしたね。登場した女優さんの中では一番不細工でした。主人公の恋人は美女と想像してしまいがちですが、“おきて破り”です。この映画自体がジャンルにとらわれない“おきて破り”の映画だからよいのでしょうか?                                                                         

                 “パンドラの箱”を開けたリリー

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2006年9月16日

ビッグ・コンボ

Photo_17 1955年<アメリカ>

監督 ジョセフ・H・ルイス

出演 コーネル・ワイルド

    リチャード・コンテ

    ジーン・ウォレス

ストーリー

ニューヨーク第93分署の刑事ダイヤモンドは、かねてからギャング団のリーダーブラウンに目をつけ、彼の罪状を掴もうと身辺を探っていた。スーザンはブラウンの情婦だが、彼女はブラウンとの関係を清算しようとしていた。しかしブラウンは彼女に2人の部下を付け、警戒させていた。だがスーザンは自殺未遂を犯し、このことから手がかりを得たダイヤモンドは次第にブラウンの調査を進め、彼が元のギャング団のリーダーを殺害してその地位を乗っ取ったこと、その秘密を知られないよう妻アリシアを精神病院に監禁していることなどを知った。そのことを嗅ぎつけたブラウンは罪状の暴露を恐れ、2人の部下にダイヤモンド殺害を命令する…。

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  ダイヤモンド刑事(コーネル・ワイルド)とブラウンの部下

『暴力団』という題名で、日本公開された本作は、<フィルム・ノワール>映画の佳作ですね。けだるいジャズっぽい音楽、光と影の秀逸なカメラワーク、そして腹黒いギャング団のリーダー、その人物に執着するあまり捜査費用を使いすぎクビになりかけている刑事、そして何とかしてブラウンから逃れようとあがくがそれが出来ない彼の情婦、刑事のガールフレンドの踊り子…と、<フィルム・ノワール>の条件が軒並み揃っているんですねぇ。そして小気味良いストーリー展開は感心することしきり。最近の映画は何でも2時間半~3時間くらいかかり、なんでそんなに長いねんっっ!!と、思わずつっこみを入れたくなるような映画ばかりです。この映画のように89分で絡んだ糸を解くスピードに欠けているんですよ。『ビッグ・コンボ』は決して名作とは言えないでしょうが(どちらかと言うとB級に近いような…)、このストーリー展開は素晴らしい。アメリカ映画はもう少しクラシック映画に学んだほうがよさそうですね。

出演者の個性は皆魅力的ですね。ダイヤモンド刑事より、ブラウンのほうが興味深い人物像(自分では手を汚さず部下に始末をさせ、冷静沈着な男)なのがやはりB級映画ちっくですが、善人より悪人のほうが魅力的なのはどの映画でも同じですね。しかし、映画の鍵を握るスーザンが弱かった。それが残念。魅力的な女がいないと<フィルム・ノワール>として、傑作にはなりえない。“佳作”どまりなのはそのせいもあるんですね。

                      ブラウンとスーザン

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2006年9月12日

歩道の終わる所

2_1_1 1950年<アメリカ>

監督 オットー・

     プレミンジャー

出演 ダナ・アンドリュース

    ジーン・ティアニー

    ゲイリー・メリル

ストーリー

ある違法賭博場で殺人事件がおきた。ギャングのボス、スカリーシが犯人だとよんだ、暴力的で強硬な捜査で苦情も多いが犯人逮捕が多い刑事マーク・ディクソンは強行捜査の過程で、容疑者ともみ合っているうち誤って彼を殺してしまう。彼はその死体を隠し、完璧な隠蔽工作をするが、死んだ男の別居中の妻モーガンを見て、一目で恋に落ちてしまった。そしてモーガンの父親のタクシー運転手が、彼女の夫殺しの容疑者として逮捕されてしまう。モーガンと自分の罪の板ばさみになったマークは、とうとうある決心を固め、スカリーシの許へ向かった…。

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        悩める男、マーク・ディクソン

『ローラ殺人事件』と同じ監督、出演者による<フィルム・ノワール>の傑作です。しかし、この映画は日本未公開だったんですね。“刑事が誤ったとしても殺人をしてしまう”というストーリーが、日本人の好みに合わないとでも思ったんでしょうかねぇ…。しかしその逆転の発想がより映画を面白く、グイグイ引き込まれるものになっていますね。うん、確かに傑作ですよ。

あくまでも自分はつかまりたくはない、全ての罪をスカリーシになすりつけようとしたマークですが、自分が殺した男の別居中の妻モーガンに心奪われるんですな。そりゃ彼女はモデルで美人。そして彼女の父親が娘に暴力をふるう夫に悪い印象しか抱いてなく、「出来ればこの手で殺してやりたかった」という言葉を不用意に言った為、その言葉を警察が敏感に察知して、父親が犯人にされてまうという、善人が逮捕された驚きと自分の罪の深さとに板ばさみになっていく…。

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    モーガン(ジーン・ティアニー)&マーク(ダナ・アンドリュース)

しかも、この主人公のマーク・ディクソンという人物は、複雑な暗い過去を背負って生きている男。なにもかも吹っ切って刑事になったはずなのに、過去は過去でもそこから抜け出せない。そしてスカリーシは彼の過去を知っている男。なんとか始末したい男なんですね。

モーガンの父親が逮捕されてしまって、申し訳ない思いがはやるマークは彼に最高の弁護士をつけてあげようとする。そして、モーガンと色々顔を合わせていくうち2人は相思相愛の仲になっていく…。果たして全ての罪をスカリーシになすりつける事ができるのか?それとも父親が犯人として有罪になってしまうのか?愛するモーガンと自分の過ちの板ばさみになった彼は自分のなかでこの事件をどう始末するのか?マークの<決心>とは何なのか?まったく目が離せない94分ですよ。

しかし、ダナ・アンドリュース…というか、男優さんは歳を重ねて益々魅力的になっていくのに、女優さんの命は短いですねぇ…。ジーン・ティアニーの美しさの絶頂期の『ローラ殺人事件』に比べたら、やっぱりちょっと輝きが失せたような気がしましたね。彼女の場合は私生活が何かと大変だったのでそのせいもあるかも知れませんね。

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2006年9月 9日

俺たちは天使じゃない

Photo_7 1955年<アメリカ>

監督 マイケル・カーティス

出演 ハンフリー・ボガート

    アルド・レイ

      ピーター・ユスティノフ

ストーリー

1895年、脱獄囚の詐欺師ジョセフ、鍵開けの名人ジュールズ、伯父殺しでペットの蛇を愛するアルバートの3人がギアナの“悪魔島”という港町に隠れていた。3人は行きずりの若い船医から金と手紙を盗み、手紙の宛名のフェリックスという雑貨店を訪ねることにした。フェリックスは人の良すぎる人物で、元はパリの従兄のアンドレの店の支配人だったが、無能のためこの島に遠ざけられていた。彼はアンドレが帳簿の検査に来るというので気もそぞろで、雨漏りする屋根を3人が直すと申し出たので彼らを何者か知らずに雇ってしまう。フェリックスの妻エメリーはそれを知って驚くが、ジョセフの客の扱いに感心し、3人をクリスマスの食事会へ招くことにした。3人は感激し、フェリックス一家を殺して金を奪う計画をとりやめるが、突然アンドレと甥のポールがやって来た…。

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エメリージュールズ(ピーター・ユスティノフ)、アルバート(アルド・レイ)&ジョセフ(ボギー)

うふふふふ…、ボギーがコメディですよ。違和感ありありです。しかしこの物語は“コメディ”と言うより、“人情喜劇”と称したほうがよいですね。パリへ帰るためのお金を求めて、3人が雑貨店へ乗り込む。しかしその店主はなんとも人が良すぎて、拍子抜け。雨漏りするので、屋根を直してやったりしながらお金のお礼が欲しい3人なのに、葉巻2、3本とクリスマスの食事会に招待されただけという情けなさ…。しかし3人はこの家族の暖かい愛に触れて、悪人であることを隠し善行に励むんですな。クリスマスのディナーが終わったら、何も取らずにこの家を去ろうと決心した3人なのに、そこに3人よりも悪い男2人が現れる。<金>にしか興味のないフェリックスの従兄アンドレとその甥ポールがやって来た。フェリックスの娘と相思相愛だと思っていたポールも実は金の亡者で、船舶王の娘と結婚すると決めているし、ジョセフが店の帳簿を黒字に細工する前に帳簿をアンドレに取られ、店の窮状を知られてしまう始末。そんなとき、アルバートのペットの蛇が行方不明になる事件が起きる…。

ボギーのしズタボロな姿は、『黄金』や『アフリカの女王』などで見慣れているはずなのに、なぜか彼がどんな姿であろうと、ローレン・バコールが現れるんじゃないかと変な想像に走ってしまいますね…。まるっきり<天使>とは程遠いのにフェリックス家では<天使>になってしまったこの逆転劇。ピーター・ユスティノフとアルド・レイを引っさげて、リラックスした感じのボギーもまた良し、ですね。

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2006年9月 1日

百万長者と結婚する方法

Photo_3 1953年 <アメリカ>

監督 ジーン・ネグレスコ

出演 ローレン・バコール

    マリリン・モンロー

    ベテイ・グレイブル

ストーリー

ニューヨークでモデルをしているシャッツィ、ポーラ、ロコの3人は、幸せになるには金持ちと結婚するのが一番と考え、百万長者を射止めるために最高級のアパートで暮らし始めた。3人の前に最初に現れたのは、ロコの買い物の荷物を持ってくれたトムという青年だった。しかしシャッツィはトムのみすぼらしい服装を見て、適当にあしらって追い返した。だがシャッツィに一目ぼれした彼は懲りずに彼女ににアタックし続けるが、彼女は相手にしなかった。ある日、ロコは五十男の大金持ちJ・Bハンフリーを連れてきた。シャッツィは段々トムのことが気になり始めていたが、彼と交際をはじめ、ポーラとロコも金持ちを見つけ、それぞれ交際を始めるが…。

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マリリン(ポーラ)、バコール(シャッツィ)、グレイブル(ロコ)

いまや“百万長者”など、金持ちの部類に入らないかも知れませんが、当時はそれで充分大金持ちだったんでてすねぇ…。今の時代は“億万長者”どころか、それ以上のお金持ちがうようよいますもんね。

20世紀フォックスの<シネマスコープ>第二弾の映画なので、美女3人を長い画面で堪能してくださいという意図が感じられました。しかし、物語を動かしていく重要な役回りのシャッツィは、フォックス育ちではないローレン・バコールなんですね。20世紀フォックス所属のマリリン・モンローやベティ・グレイブルではない…というところに何か理由があるんでしょうか?なんだか気になりました。

それに、以前何も知らないで観ていたときには気づかない<楽屋落ち>があって、そこらへんは結構楽しめました。ベティ・グレイブルがラジオから聞こえてくる音楽に、「これはハリー・ジェイムスね。音楽聴いただけで分かるの。」(当時の旦那様です)とか、バコールがJ・Bハンフリーに「僕たちは歳が離れすぎているよ。」と言われて、「私って年上が好きなの。○○とか、○○とか、ハンフリー・ボガートとか。」なんていうシーンはにんまりさせられましたね

美女3人を並べて、誰が一番セクシーかは…マリリンは<セクシー>というより<コケティッシュ>でしたね。実に可愛らしい。ひじょうに目が悪くてメガネをかけているんですが、男性の前では「メガネの女は敬遠される」という理由でかけず、あちこちぶつかったりして“お笑い担当”のようでした。ベティ・グレイブルもマリリンと世代交代という感じで、あまり見せ場が無かったような気がするなぁ…。自慢の脚線美もほとんど見られなかったし…。結局一番<セクシー>で得もしたのが、ローレン・バコールでしたね。“ザ・ルック”も健在、衣装の着方も“粋”、ずっと年上の