映画 1960年代 アメリカ

2009年9月24日

裸のキッス

1 1964年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演 コンスタンス・タワーズ

    アンソニー・アイスリー

    マイケル・ダンテ

         ヴァージニア・グレイ

    ベティ・ブロンソン

ストーリー

娼婦ケリーは逃げられないよう彼女を丸坊主にした売春宿の主人を殴り倒し、自らの稼いだ金を取り戻してそこを立ち去った。それから2年後、彼女はグランドビルという小さな町へシャンパンのセールス嬢の姿で現れた。しかしそんな彼女の正体を見抜いた警部のグリフは彼女と一夜を過ごした後、町を去るように告げる。だが更生を決意したケリーは町に住まいを見つけ、身障児施設の看護婦として働き始める。子供たちとも馴染み始めた彼女の前に、町の若き富豪グラントから思わぬ誘いが。過去さえも気にしない彼の結婚の申し込みにケリーはOKするが…。

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     金を奪い返すケリー(コンスタンス・タワーズ)

実にショッキングな幕開け。

女が男をバッグで殴打を繰り返す。そのうち頭からカツラが取れる。彼女はスキンヘッドだった。男が倒れる。女は自分の稼ぎを奪い、カツラを被り整える。そして満足そうな笑みを浮かべる…。女は娼婦だ。

2年後、実に魅力的な女性がバスから降りてくる。町の名前はグラントビル。スモール・タウンだ。彼女はシャンパンのセールスで生計を立ててるが、警部のグリフは彼女の正体を見抜く。そして一夜を共にする。彼はこの町から早く立ち去るように警告するが、ケリーは部屋を見つけ、看護婦の仕事も見つけ、グラントビルに住みつくようになる。

ケリーは決意したのだ。グリフの家の鏡で自分の顔を見たときに。穴があくほど見つめた。お金や男、酒に疲れ、希望も救いもない荒みきった表情の自分がいた。グリフが最後の客だと決めた。この町で生まれ変わるのだと。

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  子供たちに慕われるケリー(中央、コンスタンス・パワーズ)

彼女の評判は上々だ。身障児の子供たちに好かれる看護婦。面倒見の良い同僚…。

彼女の過去を知っているグリフはケリーに辛く当たるが、あるパーティでケリーは町の有力者グラントと運命的な出会いをする。すぐに2人は恋に落ちる。

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パーティで、グリフ(左、アンソニー・アイスレー)とグラント(中央、マイケル・ダンテ)に出会うケリー

ケリーはグラントに過去を告白する。しかし、グラントは結婚してほしいと言ってきたのだ。君を愛してている。自分も清廉潔白の身とはいえない、ケリーの過去と未来は丸ごと僕が引き受ける。君以外考えられない、と。

迷うケリーだったが、心は決まった。彼のプロポーズを受けた。家の鍵も貰い、幸せに浸るケリー…。

ある日、夕食を作りにグラント邸に行ったケリー。彼女は思わず目にしてしまう。グラントが少女にいたずらをしていたのを…。実はグラントは小児性愛者だったのだ。グラントはケリーに言う。「娼婦と倒錯者は同じ世界の住人だ。我々ならうまくやれる、後ろ暗い者同士の結婚だ。」

ケリーはグラントを受話器で殴り殺した…。

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― 娼婦という過去からの脱却として、選び愛した男が小児性愛者で、彼女の過去など関係なく愛してくれていると思っていた女には、男の告白は怒りしか湧いてこなかった。思わず受話器に手が伸びた。彼と結婚すれば完璧な女に変身するはずだったのに、“娼婦”だったから彼女は愛されたのだった。

ケリーがグラント邸に入り、少女とグラントを見つけ、グラントが告白し、殺人に至るまで、先日グラントが病院で録音したケリーと子供たちの歌が流れている。それは戦慄ものだ。

身体障害を持った子供たちの純粋無垢な世界と、一見平和そうに見えるが、実は偽善の渦巻くスモール・タウンの世界。そして娼婦から足を洗った女と、町の人々の尊敬の的であった男の性倒錯者という秘密。そうした対比を通じて、アメリカの病巣を書きだしたかったと思うのだが、いまいち成功しているとは思えないのである。

第一、ケリーの犯罪で町が騒然とする姿がさらりとしか描かれていないし、町の人たちは皆善良であった。証言に来て嘘をつくという女性がいたが、家に帰ると「嘘をついた…」と泣き崩れる。金を貸してもらった同僚は、ケリーの力になりたいとまで言う。クリーンな町にやって来た邪悪な娼婦に善良なスモール・タウンが裏の顔を見せるという主題が、薄められている感は否めない。

警部グリフだけが「過去は消せない」ということを知っている。ケリーが全てグラントに告白したと言うまで、結婚は反対、30分以内に町を出ていけ、町が汚れると彼女に言い放つ、スモール・タウンの偽善も知り尽くした男だ。このグリフという男は傑出した人物である。

サミュエル・フラーお得意の暴力に彩られ、「ショック集団」から引き続いてスタンリー・コルテスの見事な撮影と、ポール・ダンラップの甘美で残酷な音楽が異彩を放つ問題作であることには間違いはないと思うが、つくづく残念な出来であった。

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2009年9月12日

ショック集団

16_3 1963年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演 ピーター・ブルック

    コンスタンス・タワーズ

    ジーン・エヴァンス

    ハリー・ローデス

    ジェームズ・ベスト

    ラリー・タッカー

ストーリー

精神病院で起こった殺人事件の犯人を突き止め、ピューリッツア賞を取るために、新聞記者ジョニーが1年間の訓練を受け、狂人として病院に潜入して真実を探ろうとする。自分の恋人キャシーを妹と偽り、面会に来させて外部との連絡に使い、他の患者と接触して情報収集に励むのだが、彼らの狂気の姿と異常な環境の影響で、次第に自分自身の精神のバランスを崩していくのだった…。

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  キャシーの夢を見てうなされるジョニー(ピーター・ブルック)

― 神は滅亡を願うとき、まず人を狂人にする。

              エウリピデス 紀元前425年 ―

自分の恋人キャシーを無理やり妹に仕立て上げ、妹への異常な関心が原因で精神病院へ入ることに成功した新聞記者ジョニー。新聞社も上司も協力的だ。それもこれも、この病院で起こった殺人事件の犯人を突き止め、記事にし、ピューリッツア賞を取ろうという目論みのためだ。

彼は早速、病院の廊下で3人の殺人の目撃者に接触することにする。

まずスチュワートという青年に接触する。

                               スチュワート(右、ジェームズ・ベスト)17_3

彼は南部農民の息子で、趣味は南北戦争ゲーム。自分を英雄スチュワート少将だと信じている。

実は、朝鮮戦争に出兵し、共産主義陣営のスパイをしていた男だった。

彼からは、白いズボンを見たとの証言を得た。病院で白いズボンをはいてる人種は限られている。殺人犯は医者だろうか?

2人目は、「差別と民主主義は別物。クロは出ていけ」とスローガンをかがげる黒人青年トレント。趣味は枕カバーの収集。

彼は南部で唯一の黒人学生で、人種差別で迫害された揚句、自分をKKKの一員と思いこむようになったのだった。

       トレント(右から2人目、ハリー・ローデンス)

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彼から聞き出せたのは、殺したのは医者ではなく看護人だということだった。

最後に接触したのは、ボーデン博士。趣味はスケッチ。精神年齢は6歳程度。

だが実は、原爆の研究でノーベル賞を受賞した物理学者で、現代を代表する一人だ。

   ボーデン博士(ジーン・エヴァンス)20                           

彼から全て聞き出せ、達成感に浸るジョニー。すぐにでも出所し、記事を書きたいところだが、殺人者の名前が出てこない。ついには面会に来た恋人キャシーを本当の妹と思ってしまった。

目撃者の患者と親しく接するうちに、彼の精神状態は正気から遠くなりつつあったのだった…。

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― う~ん…これはキツイ映画だ。

そもそもジョニーは初めから常人ではないんだね。精神病院に潜入して、殺人の犯人を探るため1年間も狂人になりきるための訓練を受けるなんて、とてもまともではない。

自信を持って潜入したものの、精神病患者と親しく接するうちに、自分も狂気の世界へと引きずり込まれていくのは当然の報いといってもいいだろう。

正常に戻るのを辛抱強く待って接した3人の患者は、ジョニーの目論み通りふと正常に戻り、彼の問いに答えるのだが、正常でいる時間が持続しない。それでジョニーの入院日数は増え続け、幻聴・幻覚に悩まされていく…。

ついには、ジョニーは病院の廊下で雷雨に打たれる幻想を見、正気を失っていくのだ。

制作されたのは60年代だが、ジョニーが接した3人からは50年代の代表の匂いが漂ってくる。朝鮮戦争、黒人問題、原爆の悪夢…。(朝鮮戦争へ出兵したスチュワートは日本へ立ち寄っていて、「東京暗黒街 竹の家」からの映像の転載がみられる)

この作品は、50年代の悪夢を映し出した映画といってもよいだろう。

撮影のスタンリー・コルテスの陰影のはっきりした映像が印象的だ。

精神的にはかなりキツイが、サミュエル・フラーの代表作に間違いない出来の映画である。

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2008年10月 5日

暴力脱獄

1 1967年<アメリカ>

監督

ゴードン・キャロル

出演

ポール・ニューマン

ジョージ・ケネディ

J・D・キャノン

ルー・アントニオ

ストローザ・マーティン

ストーリー

酔ってパーキングメーターを壊し、2年の懲役刑を受けたルーク。はじめは囚人仲間と反発したが、囚人のボス・ドラグラインとのボクシングで死闘を演じ、炎天下の中のアスファルト轢きを驚異的な速さでやり抜き、1時間に50個のゆで卵を食べるという賭けに勝ち、囚人仲間から「クール・ハンド・ルーク」と呼ばれ、人望を集めていった。しかし同時に看守たちから目を付けられた彼は、母親の死をきっかけに理不尽な懲罰刑に遭ったことから、脱獄を繰り返すようになるのだった…。

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     「クール・ハンド・ルーク」(ポール・ニューマン)

― 理不尽な権力に対して、徹底的に立ち向かった1人の男の話。

彼は脱獄し、捕まり、重い罰を受けても再び脱獄するのだ。看守たちを嘲笑い、そのたびに、「クール・ハンド・ルーク」は囚人仲間のヒーローになっていく。それがまた看守たちの怒りに火を注ぐのだ。ついに半殺しの目にあい、改心し、ヒーローは地に落ちた…と思われたその時、見事な反撃に出るのだ。それには思わずドラグラインも一緒についていってしまうほど、鮮やかだった。

                       ドラグライン

                     (ジョージ・ケネディ)

12しかし、ルークの脱獄の意味するところは、「自由」になる、ということではないようだ。あくまでも、理不尽な権力に立ち向かい、一時的にでも勝てば良し…というようなところがある。

脱獄に成功し、しばらくしてドラグラインの所に伯父から雑誌から届く。そこには、警察を、看守たちを嘲笑うかのように、ルークが美女と3ショットで映っている写真がまるまる1ページ載っていた。我らがヒーロー、「クール・ハンド・ルーク」は上手く自由を手に入れたのだ…と思ったが束の間、またルークは刑務所に帰ってくるのである。

「自由」を手にするための脱獄ならば、そんな派手な動きはしないはずだ。そして、最後の脱獄も、自ら「自由」を手放してしまうのだ。

徹底して理不尽な権力に立ち向かい、勝敗のゲームを楽しんだとも取れる。

ドラグラインとのボクシングの死闘、ゆで卵50個完食のユーモア溢れる場面、母親の死を知らされ1人泣きながらバンジョーをつまびく姿、懲罰房へ入れられてもくじけない姿、そして脱獄…。ルークの不屈の姿が浮かび上がる。

ルークは一人だけの“栄光”に向かって、脱獄を続けたのだ。そしてちょっとそれに疲れただけなのだ。

残酷な映画でもあるが、すがすがしい気分にもさせる不思議な後味を残す映画だった。当時の映画としては多少長尺の127分だが、無駄な演出は一切ない。

アメリカ南部のむせ返る暑さも印象に残る。

ポール・ニューマンが圧倒的な存在感で、「クール・ハンド・ルーク」を好演。それに負けるとも劣らず、ユーモラスで獰猛でルークに心酔しているドラグライン役を見事に演じたジョージ・ケネディが、アカデミー助演男優賞を受賞している。

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2008年10月 3日

ハスラー

3 1961年<アメリカ>

監督 ロバート・ロッセン

出演

ポール・ニューマン

ジャッキー・グリーソン

パイパー・ローリー

ジョージ・C・スコット

マイロン・マコーミック

ストーリー

“サンフランシスコのエディ・フェルソン”といえば、ビリヤードの世界では名の売れた「ハスラー」だ。そのエディがシカゴでも名うてのハスラー、“ミネソタ・ファッツ”に挑戦する。勝負の前半はほとんどエディが奪った。ファッツはゴードンという男を賭博場から呼び寄せる。図に乗って酒を飲みながら勝負を進めるエディは、相棒チャーリーの「もう終わりだ」の言葉を無視し、ファッツが降参するまで続けると宣言する。するとゴードンは、「続けろ、こいつは落後者だ」と言う。その言葉を合図に勝負は24時間を過ぎると逆転され、ついに場数を踏む老巧なファッツに敗れ、文無しになってしまう。相棒のチャーリーを置いてバス・ステーションへふらりと現れるエディ。そこで、サラという作家志望の足の不自由な女性と知り合いになるが…。

※ ネタバレです。

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“ミネソタ・ファッツ”(ジャッキー・グリースン)と、エディ(ポール・ニューマン)の大勝負

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   ゴードン(ジョージ・C・スコット)「こいつは落後者だ」

5_2眠い目をこすりながら、ブラックコーヒーを注文するエディ。サラにもおごり、彼女のパスが8時だというので、「サヨナラだ」と乾杯したが、エディはいつのまにか眠ってしまった。ウエイトレスに起こされた時には、勘定はサラが払ったことを告げられ、8時はとっくに過ぎていた。

その後エディは酒場へ寄るが、そこにサラがいた。今度は彼がおごる番だ。サラがバスに乗るというのはウソだった。サラは近くに住んでいて、火曜と木曜日以外大学の無い日は酒浸りの日々だった。エディも酒びたりの悩み多き日々になりそうだった。それが2人を急接近させる。エディはサラのアパートに転がり込むのだった。

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     サラ(パイパー・ローリー)と、エディ

ある日、チャーリーがエディの許を訪れる。しかし、話は物別れに終わり、チャーリーとの仲も終わった。

それ以来、エディとサラは部屋に閉じこもり、ただ酒を飲む日々が続いた。

エディはゴードンのいる賭博場へ行く。そして賭博が終わり2人きりになったとき、ゴードンは“ミネソタ・ファッツ”との戦いの解説をした。そして、「お前は落後者だ」と、もう一度言うのだった。そしてファッツと戦う軍資金を出そうというのだ。取り分はゴードンが75%。エディは「高すぎる」と言ってはねつけた。

その後、エディはファッツと戦う軍資金を稼ぎに小さなプール・バーへ行く。しかし、「ハスラー」だということがバレて、エディは親指を折られてしまう。それ以来サラは酒を飲まず、かいがいしくエディの世話をするのだった。…サラはエディから「愛」を欲しがるようになる。

エディの指が治ってリハビリをしていると、ゴードンがやって来た。エディはゴードンと契約した。

最初の試合はケンタッキーだ。フィンレイという金持と勝負するのだ。エディはサラも連れて行った。ゴードンとサラは気が合わなかった。

フィンレイと勝負が始まろうとしていた。だが、彼の方式はプールではなくビリヤードだった。帰ろうとするゴードンを引き留めるエディ。負けが込んでゴードンは帰ろうとする。エディはサラの財布から金を取って強引にゲームを進める。しかし益々負けが込んでエディはゴードンにすがる。その姿を見たサラは、絶望せずにはいられなかった…。

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…結局エディが大勝した。ゴードンはタクシーで、エディは歩いてホテルまで帰った。

彼の勝負師としての腕を買ったゴードンはサラに、エディの希望で帰れと言った。しかしサラはゴードンの部屋へ行き酒をねだり、彼と寝た。そして自殺した…。

エディは再び“ミネソタ・ファッツ”に戦いを挑んだ。今度はエディの大勝だった。しかし代償は大きかった。界隈を牛耳るゴードンによって大手の店には出入り禁止。そして、サラ…。

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― コントラストの利いた白黒の画面に、照明に照らされたビリヤード台が映える。そして、球を叩く乾いた音…。スタイリッシュな映画だ。

そして、「人間ドラマ」としてもよく書けていると思う。

一度乗り出したら手がつけられないが、酒と栄光に酔って身を持ち崩し、“ミネソタ・ファッツ”に敗れ去った男、エディ。彼は勝ためたなら、ゴードンに無様なまでにすがる。“勝利”が彼の全てなのだ。そのためには無様な姿をサラに見られなじられても、彼女が邪魔なだけだった。

そして、ハゲタカのような勝負師ゴードン。彼は勝負に勝つすべを知りつくしている。ファッツとの試合でエディを見染め、自分の手の内におさめ、彼が勝利するのを待てばいいのだ。そのためには、エディの周りを飛び交う虫…サラが邪魔だった。エディの勝利のためなら、彼女を簡単に片付けることも出来る男。血も涙も無い男だ。

複雑な心理を秘めている女、サラ。最初は酒びたりのエディと、“同類憐れむ”ように生活を共にするが、彼を愛し始める。エディの愛を欲するようになる。それが命取りだった。ハゲタカのゴードンには厳しく接され、エディにまで邪魔にされる。「男の勝負」の世界には自分は無用。最後にささやかな反抗として、嫌っていたゴードンとベッドを供にし、自殺して果てる。不器用で悲しい女。

エディがサラを愛していると、その愛が本物であったと悟ったのは、サラが自殺した後だった。全ては遅かった。なぜ彼女に愛を約束しなかったのか…。ファッツに再度挑戦して勝つものの、代償はあまりにも大きかった。サラを殺したのは、自分とゴードンだ。2人が手を組んだから、彼女は死んだのだ。ファッツに勝っても気分は晴れるどころか、自己嫌悪に陥るばかりのエディ。しかし、ハゲタカ・ゴードンと手を切って(「ハスラー」としての活躍は閉ざされたものの)、何故か爽快な気分にもなるのだった。

そして、“ミネソタ・ファッツ”を演じたジャッキー・グリーソンが抜群に良い。“ファッツ”の名の通り、太った体に粋にスーツを着込み、カーネーションを差し、太い指にはダイヤモンド・リング。エディに負けが込んでいた時、気分転換に手を洗い、身なりを整え、手にパウダーを塗って、見事な反撃に転じてる様は、「お見事!!」と手を叩きたくなるほどだ。

「勝負の世界」を題材にした映画としても、「人間ドラマ」としても一級品。ビリヤード・シーンだけ見ててもワクワクする映画だ。

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2008年5月30日

逆 転

1 1963年<アメリカ>

監督 マーク・ロブソン

出演

ポール・ニューマン

エドワード・G・ロビンソン

エルケ・ソマー

ダイアン・ベイカー

ミシュリーヌ・プレール

ストーリー

スウェーデン、ストックホルム。ノーベル賞週間。文学賞のクレイグは物理学賞のストラトマン博士に会いとても良い印象を受けた。しかし翌日の記者会見で博士の豹変ぶりに驚いたクレイグだったが…。

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外務省からやって来たクレイグの付き人ミス・アンデルソン(エルケ・ソマー)とクレイグ(ポール・ニューマン)

この最年少でノーベル文学賞を受賞したクレイグは、女好き・酒好き・毒舌といったノーベル賞に関わる者にとっては困り者だ。ストックホルムに来たのも賞金の5万ドルが目当てだ。翌日の朝に記者会見があるのに繁華街へ繰り出そうとする。

その時ホテルのロビーで出会ったのが物理学賞受賞のストラトマン博士だ。彼は気さくで写真撮影にも快く応じる紳士だ。クレイグのファンだと言ってくれた。翌日酒を飲みながら話をすることになった。

翌日、ノーベル賞受賞者の記者会見。クレイグの前でストラトマン博士は豹変していた。前夜は米国民であることを誇るような話しぶりだったのが否定的になり、写真撮影を厳しく規制した。いぶかるクレイグ。そしてクレイグと対面して「初めまして」と言うではないか。これに博士の姪のエミリが慌てた。クレイグに取り繕ってみせるエミリ。ますます怪しく思うクレイグ…。

その時クレイグ宛に電話が入る。リンドブロムという男からストラトマン博士のことについて大事な話があるという。早速言われた住所へ急ぐクレイグ。しかしその場所に着いてみると、男は虫の息で「モース…」とつぶやき死んだ。混乱し慌てるクレイグ。警察を呼ぼうとすると、部屋のカーテンの下に男の足を見た。慌てて部屋を飛び出すクレイグ。そして彼は部屋から出てきた男をつけ始める。

あるビルにたどり着くと男を追ってクレイグは屋上へ。しかしほんの一瞬気を緩めた隙に男によってビルから突き落とされてしまう…。

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クレイグが会った本人か?ストラトマン博士(右、エドワード・G・ロビンソン)

― これはなかなかの珍品。ポール・ニューマンがノーベル賞受賞者を演じるサスペンスである。

「サスペンス」と言っても、コミカルに事は進む。そしてロマンスの要素もたっぷり。

しかしこのサスペンス映画、最初のくだりで事態が分かってしまうので、「サスペンス」としての面白みは半減である。いかにポール・ニューマン扮するクレイグがエドワード・G・ロビンソン扮するストラトマン博士本人をもがきながら探すのが焦点になっている。

化学賞受賞のマルソー夫妻の夫人(ミシュリーヌ・プレール!)が夫の愛を取り戻そうとクレイグを利用したり、ストラトマン博士の姪エミリも彼に思わせぶりな態度を取りクレイグもその気になるが鼻先で締め出されてしまい、そして外務省から派遣された付き人ミス・アンデルソンにクレイグはメロメロになってしまうという、“女好き”としてはいささか女性にやられっぱなしである。

また、心停止したストラトマン博士を蘇生させる方法はどう考えても無理でしょうよと思った次第だが、映画自体が荒唐無稽なので何故か許せちゃう。

しかし、ポール・ニューマン、エドワード・G・ロビンソン共に楽しそうに演じているのが手に取るように分かるのが嬉しいところだ。

このような「サスペンス」といっても、とってもお気楽な作品もたまには良いのである。

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2008年4月19日

ガンファイターの最後

2 1969年<アメリカ>

監督 アレン・スミシー

出演

リチャード・ウィドマーク

レナ・ホーン

キャロル・オコナー

マイケル・マクグリーヴィ

ストーリー

テキサスのとある町で住人に頼まれて保安官を務めるフランク・パッチは古き良き時代の古風な保安官だ。しかし、近代化の道を進もうとする町の実力者たちは次第に彼の存在を煙たがるようになっていく…。

※ ネタバレです。

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 古き良き時代の保安官パッチ(左、リチャード・ウィドマーク)

パッチは町のパトロール中、彼に挑んできたルークという男を撃ち殺す。正当防衛とはいえ、町の近代化を進める実力者たちは気に入らない。彼らはパッチを何とかして町から追放したいのだ。未亡人からも、「あなたが憎い」と言われる始末だ。

パッチはこの町に自分の居場所が無くなってきているのを感じている。恋人の娼館のマダム、クレアからも「仕事を辞めて一緒に町を出ましょう」と懇願されている。

この町に頑なに留まれば、殺されるのは分かっている。パッチには恐怖だ。この町を統治するのも疲れた。しかしパッチは留まり続けるのだ。

…パッチを慕い、いつも一緒にいる新聞社に勤める少年ダンと川釣りの途中、町長と町の実力者たちが、パッチを解雇する旨の書類を持ってやって来た。しかし、パッチは破り捨て、彼の解雇の合法性をまくしたてる新聞社の社長オクスレーを殴りつけ、去って行った…。

町に戻ると、オクスレーがライフルを持ってうろついているのをダンが見つける。彼は酒場の使われていない部屋へ入り、窓を開け、ライフルを構えた。ダンはパッチにこのことを伝えた。パッチは彼のいる位置を確認した。

窓の下に立つパッチ。銃を構え、彼を狙うオクスレー…。パッチが部屋へ押し入ろうすると、銃声が響いた。オクスレーは自殺して果てた。

逆恨みだか、今度は彼の息子ウィルがパッチの命を狙おうとする…。

…群保安官のルーが町の実力者たちに招かれてやって来た。パッチをルーク殺しで逮捕して裁判にかけるというのだ。ルーは早速パッチの所へ説得しに出向く。

実はルーはメキシコ人で、パッチの強い後押しがあったおかげで、郡保安官になれたのだった。ルーは「殺される前に保安官を辞めてくれ」と懇願する。聞かないパッチ。ルーを殴って追い出した。

その場にいたダンは、「また暴力でねじ伏せればいいさ」とパッチを批判した。彼を殴るパッチ。「恐怖でしか町を統治できない…」と唸るように言うしかなかった。そして、「神よ、私に何が?」とつぶやいた…。

…町の事を何でも知っているレスターの酒場で、ウィルは彼から1人でパッチを殺すのは断念するよう説得していた。実はレスターもパッチに恨みを抱いていて、ウィルの激情に便乗し、パッチを殺す気でいたのだ。

町の実力者たちの集まりで、ついにパッチを殺すことが決定した。ルーが「大したもんだ。これが文明か…」とつぶやく。

ルーは再びパッチの許へ行き、「この町を出る、一緒に行こう。頼む」と言うが、パッチは断る。そしてルーは去って行った…。

…クレアの許を訪れたパッチ。唐突に「結婚しよう」とプロポーズする。クレアは受け入れ、2人は夫婦になった。

その頃、レスターとウィルはパッチ襲撃の準備に余念がなかった。

…式を挙げ、牧師の家を出た2人は別れた。そしてウィルはクレアを人質に取る。何かを察知したパッチは町を慎重に歩いてきた。するとウィルがパッチに向かって銃を撃った。クレアの許へ駆けつけるパッチ。パッチはウィルを撃った。瀕死のウィルは父親の自殺の真相を知りたがった。真相を話すパッチ。しかしウィルは、「皆の言うとおりあんたは勝手だよ…」と言う。「誰かがやらねばならん。たとえそれが間違っていたとしても…」と言ったところでウィルは息を引き取った…。

レスターによるパッチ襲撃が始まった。激しい銃撃戦。パッチは肩に足に銃撃を受けながらも戦う。しかし確実にレスターを追い詰めていくパッチ。駅近くの牛の飼育場でレスターを投げ縄で捕まえ、彼をひきずり留置所に入れる。

しかしその頃、町の実力者たちに雇われたガンマンたちが屋根の上からパッチを狙っていた。それを承知で彼は教会へと向かう。ルークを見送るためだ。思わず十字架のイエス像に目が行くパッチ…。

教会から出てきたパッチは思わず空を見上げる。最後だ。町長の合図で方々から拳銃が炸裂する。なすすべもなくハチの巣になりパッチは死んだ…。

…そして夜、棺と一緒にクレアは汽車に乗り込んだ…。

― 近代化が進む町では滅びゆく運命にあった男、フランク・パッチ。彼は「古い時代」の遺物であり、町に長く留まりすぎた。

彼はいずれ追放されるか殺されるか知っていたはずなのに、頑なに町に固執する。町を出るのは棺でというのはなんとも皮肉な話だ。

そんな“老いゆく頑固な保安官”をリチャード・ウィドマークが好演。脇役が頑張ろうがあがこうが、これは完全に「リチャード・ウィドマーク」の映画だ。

さて、「アレン・スミシー」なる監督、聞いたことがない…とお思いの方も多いだろう。

これは最初ドン・シーゲルが推薦した監督、ロバート・トッテンがメガホンを取っていたのだが、リチャード・ウィドマークと意見の対立が激化。3/2を撮り終えたところで、結局ドン・シーゲルと交代。しかし、完成した映画に2人ともクレジットを拒んだため、全米監督協会が架空名義の「アレン・スミシー」という名前を用いたそうです。

「アレン・スミシー」という監督名は、その後何作か“いわくつきの作品”使われるようになるんですな。

編集し完成した映画は、ロバート・トッテンとドン・シーゲルが撮った割合がちょうど半分の割合だったようですが、社会や組織に迎合しないアウトロー的性格・己の暴力的衝動を抑えきれないアンチ・ヒーロー像・己の手で秩序を築き上げたのに町には味方よりも圧倒的に敵が多いという主人公の姿は、「ダーティ・ハリー」を感じさせ、完全にドン・シーゲルのものである。

そして、最後の壮絶だがあっけない主人公の“死”は、後のジョン・ウェインの遺作「ラスト・シューティスト」に受け継がれていくのだ。

リチャード・ウィドマークとドン・シーゲルは、67年の「刑事マディガン」でもコンビを組んでいる。これは「死の接吻」以来のリチャード・ウィドマークの当たり役でもあった。(この映画でも相当2人はやりあったそうだが…)

なんだかんだ言っても、結局2人は相性が良いのである。

曲者俳優、リチャード・ウィドマークよ、永遠に!!

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2008年4月 9日

長い船団

7 1964年<アメリカ>

監督 

ジャック・カーディフ

出演

リチャード・ウィドマーク

シドニー・ポワチエ

ラス・タンブリン

ロザーナ・スキャフィーノ

ストーリー

紀元10世紀。ムーア人の要塞。船が座礁してこの地に流れ着いたバイキングのロルフは、「黄金の鐘」の伝説を皆に話し、故郷へ帰る金を稼いでいた。一方、族長のエル・マンスーはその伝説を信じており、ロルフを捕え「黄金の鐘」のある場所を聞き出そうとするが…。

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 「黄金の鐘」の伝説を語るロルフ(リチャード・ウィドマーク)

しかしこのロルフという男、口八丁。おまけに腕がたつバイキングだ。エル・マンスー激しい追及をかわし、部下を軽くやりこめ、海へ飛び込んでムーア人の元をおさらば。命からがら故郷ノルウェーに帰り着く。

   エル・マンスーはソウルフル(シドニー・ポワチエ)

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故郷では、彼の父親が造った王のための弔い用の船が皆に披露されていた。

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実はロルフは、ビサンチンで修道僧に助けられ修道院で生命を回復したのだった。その修道院のモザイク画に「黄金の鐘」が造られた経緯が書いてあったのだ。それに子供の頃エジプト人の語り部から、「黄金の鐘」の伝説をよく聞かされていた…。

エル・マンスーと同じく「黄金の鐘」の存在を信じて疑わない彼は、秘かに船員を募り王の娘を誘拐し船を奪い再び航海に出る。

途中、確かに「黄金の鐘」の音を聞き、場所を突き止めた。しかしその直後船はうず潮に巻き込まれ、またも座礁。行き着いた先は、エル・マンスーのいるムーア人の砦だった…。

船員も含め、ロルフは再び囚われの身になってしまう…。

1船員の裏切りから、「黄金の鐘」の場所がエル・マンスーに知られてしまう。しかし、ムーア人は砂漠の民族。海には詳しくない。ロルフは船員の命を第一に考え、船を修理し、エル・マンスーに従い「黄金の鐘」の場所へと向かった…。

― 「長い船団」という地味なタイトルとは裏腹に、なかなかの歴史アクション娯楽作でした。

「黄金の鐘」をめぐるムーア人のエル・マンスーとバイキングのロルフの物語ですな。

「黄金の鐘」はロルフによって見つけ出されるのか?エル・マンスーとロルフの関係の行方は?

しかしシドニー・ポワチエは、髭をたくわえ、髪型を変えると、あ~らなんてソウルフル。時代(60年代)に迎合したわけではないんでしょうが、“モータウン・レコード”からデビューできそうです。

彼にしては珍しい“敵役”でもありますね。

対するリチャード・ウィドマークは、口八丁で腕っぷしが強いロルフを楽しそうに演じておりました。

彼もチラリと胸毛を見せ、前半に限るがおみ足を大胆に見せて、セクシーさをアピール。女性ファンにはたまらない映画でしょう。

バイキングによるエル・マンスーのハーレム乱入事件あり、エル・マンスーの妻がロルフに色仕掛けあり、チャンバラありの、気張らずに楽しく観れる映画であることは間違いないでしょう。

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2008年4月 1日

ニュールンベルグ裁判

1 1961年<アメリカ>

監督 

スタンリー・クレイマー

出演 スペンサー・トレイシー/バート・ランカスター/リチャード・ウィドマーク/マクシミリアン・シェル/マレーネ・ディートリッヒ/モンゴメリー・クリフト/ジュディ・ガーランド

ストーリー

1948年ドイツ、ニュルンベルグ。アメリカの地方判事ヘイウッドが裁判長に任命されてやって来た法廷はナチス首脳部の戦争裁判に次いで行われたもので、世間の関心は薄れていたけれど彼は正義に基いた裁判を行うと誓った。そして戦勝国の判事が敗戦国の判事を裁くという難しい裁判が始まった…。

※ ネタバレです。

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アメリカの片田舎の裁判長、ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)

特に被告の1人、エルンスト・ヤニングは世界的に知られた法律学者で、かつて司法大臣として第三帝国憲法の記章に加わった過去を持っていた。

     ヤニング(バート・ランカスター)と被告たち

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戦勝国アメリカ側の検事ローソンは、ドイツの判事たちがヒトラーに迎合して法律を改変し、無実の大衆を恐怖で虐待した責任を糾弾した。

       検事ローソン(リチャード・ウィドマーク)

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対する、ヤニングを尊敬してやまない彼の弁護士ロルフは激しく反論する。ヤニングが裁かれるのならば、ドイツ国民も裁かれるのだと。

実はヤニングは弁護人を拒否していたのだ。何も語らず、裁判に身をゆだねる…。しかしロルフはそれを許さなかった。

        弁護士ロルフ(マクシミリアン・シェル)

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被告は4人いたが、最も激しい尋問を受けたのはヤニングだ。検察側の証人は彼に不利な証言を次々と繰り出した。しかし、弁護人ロルフも負けてはいない。激しい反対尋問でやりこめていく。ローソンとロルフの激しいつばぜり合いが始まる。ヘイウッドは、この法廷ではこのような議論は二度と許さないと断言した…。

…ヘイウッドが使っている屋敷に、元の住人ベルトホルト夫人が突然訪ねてきた。荷物を取りに来たのだった。彼女の夫は米軍捕虜の虐殺裁判で死刑になっていた…。

この後、2人は度々逢うようになる。

…裁判は、“断種”に絞られてきた。

証人ペーターセン(モンゴメリー・クリフト)

9証人のペーターセンが証言する。自分は正常なのに、政治的にヤニングに“断種”されたと。

しかし、ロルフの反対尋問は巧みだった。彼の家族は精神異常があり、“断種”は正常な行為だったと。ペーターセンは、簡単な言葉を文章に出来ず、検察側は面目丸つぶれだった…。

…あるパーティでヘイウッドとベルトホルト夫人が再び出会う。UP通信の記者と一緒だった。

この裁判はドイツ国民の関心が薄くて記事に出来ないと記者は言う。驚きを隠せないヘイウッド。終戦からたった2年で…。

   ヘイウッドとベルトホルト夫人(マレーネ・ディートリッヒ)

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ヘイウッド夫人は、自分は全ドイツ人が怪物でないことをアメリカに伝える義務があるのだと話した。何かとヘイウッドに親切にしてくれ、2人の仲は接近していく…。

…裁判も佳境に入って来た。

ヘイウッドは迷っていた。ヤニングの著作の素晴らしさやベルトホルト夫人から聞いた彼の印象は、完全無欠の人物だった。

しかし、ローソンの追及は厳しい。

「忠誠を誓わぬ者や反抗を示す者は人目につかぬよう即刻逮捕し、裁判をせず強制収容所に送れ」というヒトラーの命令に、被告の皆が追随していた。それにより何百万もの罪のない人間が犠牲になったと。そして、強制収容所の映像を映した。

それは想像も出来ない地獄絵図だった。ヘイウッドに衝撃が走る…。被告たちにも…。

                アイリーン・ホフマン(ジュディ・ガーランド)

15次の証人はアイリーン・ホフマンだ。いわゆる「フェルデンシュタイン事件」で偽証罪に問われ、“断種”された女性だ。この事件はヤニングが強く関与していた。

ロルフは彼女をユダヤ人と関係した民族の汚染の主で、淫らな女だと断罪した。

すると、ヤニングが強い調子でロルフを遮り発言を求めた。そして語りだした…。

…国は荒れ果てていた。民主主義もあったが、内部から分裂していた。― 何よりも全てを恐れていた。それを理解出来ればヒトラーの台頭も分かるはずだ…。

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ヒトラーは言った。“ドイツ人であることを誇るべきだ。共産主義者、自由主義者、ユダヤ人は悪魔だ。悪魔が死ねば災いも消えるのだ”と。

私たちには分かっていた。その言葉が嘘であり、悪質だと。なぜ沈黙を守り体制に加担したのか。…祖国を愛していたからだ。

祖国の危機だ。顔を上げよう。“前進”が合言葉だった。…その成功は歴史が証明している…。予想以上の成功だった。ヒトラーの憎悪と権力がドイツと世界に催眠術をかけたのだ。

そしてある日、周囲を見渡してみるとドイツは、恐ろしい危機に陥っていた…。“儀式”としての裁判が全土に横行していた…。

…私の名誉を守るのは、弁護士に任せようとした。だが彼はその手段として、第三帝国が国民のためだったと暗示し、国の繁栄のために“断種”をしたのだと言い、ユダヤ人が16歳の少女と寝たとほのめかした。それもまた、国を愛するが故の行為だろう…。

真実を述べることは容易ではない。だがドイツを救うには、我々が痛みや屈辱を乗り越え、罪を認めるしかないのだ。

「フェルデンシュタイン事件」は、開廷する前から決まっていた。証拠など関係なく有罪と決めていた。ユダヤ人を“生贄”にする“儀式”だったのだ…。

私たちが何百万人もの虐殺に気づかなかったと言う。何百人かなら気づいていたかもと言い、逃れようとする。それで罪が軽減されるのか?

…詳細は知らなかった。だがそれは、知りたくなかったからだ。

私は真実を語る。…たとえ世界中が反対しても、真実を語るつもりだ。ナチスの法務省に関する真実を語る…。

…そしてヤニングは、他の被告3人の悪行を暴いていった。

更に、自分は誰よりも罪深い。彼らの正体を知りつつ、同調していたと言った…。

20…ヤニングの告白に、ロルフも弁護をいったんは諦めようとしたが、最後の仕上げに出た。

かつて、各国がヒトラーと同調していたと。その国々は有罪なのかと…。全世界にヒトラー台頭の責任があると。

…検察側の最終弁論と、被告の最終陳述で裁判は結審した。

…判事の間でも意見が割れた。苦悩するヘイウッドだが、心はすでに決まっていた。600万人の殺害を無視するわけにはいかなかった。

…判決が出た。ヘイウッドは語りだした。

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単純なる殺人や残虐行為が、起訴状の要点ではない。要点は、被告たちが自発的に残虐で不正に満ちた体制に自ら関与したことだ。文明国ならば、道徳と法に違背していてる行為だ。

裁判所は記録を入念に調査した結果、合理的疑いの余地なく有罪を裏付ける証拠を多数発見した。

黒い法衣を身にまとい人々を裁いた者。人間を絶滅させるための法や命令の制定に関与した者。法を執行する地位にいて、国内法から見ても違法な法の施行に積極的に参加した者…。

刑法の原則とは、どの文明社会でも共通している。“殺人を行わせたる者。犯罪を目的としてその凶器を供給したる者。犯罪を幇助したる者すべて有罪”という原則。

…もし被告人全員が堕落した倒錯者で、第三帝国の指導者たちが残虐を好む怪物ならば、道徳的意味など問う必要はないのだ。

だが分かったことは、国家の危機の際には誰もが、どんなに卓越した人物でも想像を絶する犯罪を犯してもいいと信じ込んでしまうことだ。それを忘れてはならない。

政治的信条からの“断種命令”。友情や信頼に対する嘲笑。子供の処刑…。たやすく行われた…。

どの国も決断を求められる。まさに敵の脅威が迫ったときには…。そして生き残るため敵の手段をまね、ご都合主義を押し付けあとは無視する。そういう者に言いたい。“何のための生存か”と。

国家が危機に陥ったとき、必ず必要なものがある。…世界の人々に記憶してもらいたい。この法律が必要だと思うのは、正義であり、真実、そして人間の命の重さだ。

― そしてヤニングを含む4人の被告に全員有罪、終身刑を言い渡した…。

…アメリカへ出発の日、ヘイウッドはベルトホルト夫人に電話を入れる。しかし、彼女はヘイウッドの厳しい判決にただ呆然としていた…。電話はつながらなかった。

ロルフが不意にやって来る。ヤニングがヘイウッドに会いたいというのだ。

ヤニングの牢で再開する2人。ヤニングは語った。

重圧を感じることになるだろう。判決は批判され、支持は少ないだろう。でも、少なくとも自分は、あなたの判決を尊敬していると。

そして、呼び出した理由を話した。

…あの殺された何百万の人たちのことは、知らなかったのだ。それだけは信じてほしいと…。

ヘイウッドが答える。

あなたが無実と知りつつ死刑にしたのが始まりだ、と。

衝撃を受けるヤニング。ヘイウッドは他には何も語らず去って行った…。

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― 第二次世界大戦(ヨーロッパ戦線)は、バート・ランカスター扮するヤニングとスペンサー・トレイシー扮するヘイウッドの語りで、ほぼ要約されている気がしますね。

ドイツが誇る法律学者ヤニングの苦悩の告白。何故ナチスに手を染めたのか?

片田舎の判事から思いかけず裁判長に任命されたヘイウッドの苦渋の決断。何故彼らは有罪なのか?

そして、まるで地獄絵図の強制収容所。ドイツ国民は本当に何も知らなかったのか?あの“ナチス”に熱狂した国民は何処へ消えたのか?

第二次世界大戦の歴史を振り返ると、疑問がとめどもなく流れるが、それは研究者にまかせるとして、映画の感想ですね。

まぁ、見事な「演技合戦」でした。

スペンサー・トレイシーの、何げない自然な演技は相変わらず脱帽せずにはいられないし、検事ローソン役のリチャード・ウィドマークのメリハリの効いた見事な演技、証人役のモンゴメリー・クリフトとジュディ・ガーランドの圧巻の演技…。

「エルマー・ガントリー」のアカデミー主演男優賞ですっかり演技派に転向しちゃったバート・ランカスターと、若き弁護士ロルフを演じたマクシミリアン・シェルは、ちょっといやらしいなぁ…とでもいうんでしょうか…くさかったが、マクシミリアン・シェルはこの演技でアカデミー主演男優賞獲得ですからねぇ…。名演なのかなぁ。

と、マレーネ・デイートリッヒが出てこないが、彼女はこの映画に必要だったのかちょっと疑問だったもので。可もなく不可もなく。

映画は3時間強あるんですよ。それが、(ほぼ)裁判のシーンで綴られてゆくと、もっと締まった力強い映画になったと思ったんですよ。

逸脱が多いんです。当時の世界情勢(冷戦の勃発)を組み込むなど。

スペンサー・トレイシーとマレーネ・ディートリッヒの“からみ”が多すぎるんですよね。

彼女はドイツ側の代弁者として登場している訳ですが、それはバート・ランカスターが背負えばいいことだと思った次第。実際に2人の言動などかぶっているところが多かったですしね。

まぁ、彼女の華麗な特別出演と思えば我慢出来るか…。

とにかく、出演者の演技に釘づけにならなきゃいけない映画であることは確かです。

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2007年11月17日

イグアナの夜

Photo 1964年 <アメリカ>

監督 

ジョン・ヒューストン

出演 

リチャード・バートン

エヴァ・ガードナー

デボラ・カー

スー・リオン

グレイソン・ホール

ストーリー

メキシコ各地をアメリカのミッション・カレッジの女教師十数名が夏休みの観光旅行を楽しんでいる。案内人は、牧師だったがスキャンダルでその座を追われたシャノンという男だ。その彼にフェローズ女史という厳しい監視付きと一緒に来ていた18歳のシャーロットが夢中になる。激しい癇癪持ちのフェローズ女史は、シャノンの不行跡を責め立て、旅行会社に連絡をし、クビにさせるよう直訴していた。クビになることを恐れたシャノンは予定を独断で変更して、彼の友人が経営する不便な土地の旅館へと皆を案内する…。

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  少女の誘惑(左、リチャード・バートン。右、スー・リオン)

少女が怖かった。それでも、誘惑を仕掛けてくる少女には逆らえない。このシャーロットという少女と監視役のフェローズというヒステリー女は“毒”だ。

彼は自分でバスを運転し、泊まるはずのホテルから外れた。そして友人にこの魂を救ってもらおうと思いホテルを変えた。しかし、友人は4週間前に死んでいた…。もう、ノイローゼ状態だ。誰にも彼は救えない…。

友人の妻、マキシーン(エヴァ・ガードナー)に迎えられるシャノン

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しかし、このツアーを成功させなければクビだ。就職の機会がもうないかもしれない。どうにかしてマキシーンと皆を説得し、このホテルに宿泊させることに成功した。

そこに、見知らぬ旅人が2人やって来た。詩人の老人と画家のハンナという女性だ。2人は詩の朗読と画を売って世界中を旅しているようだ。独特のホテルの料金支払い方法で、今は払えないという。マキシーンの好意で一晩だけ泊めてくれることになった。なんとも浮世離れした2人だ。シャノンはなぜかハンナに魅せられる…。

      ハンナ(デボラ・カー)という女性

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マキシーンに料理を手伝うと言って来たハンナ。彼女はなぜかハンナに魅せられていた。気づけば亡くなった主人の話、男たちに関する話などをしていた。

Photo_7…シャーロットがまたも人目を忍んでシャノンの許へやって来た。やはり彼女は“悪魔”だ。「結婚して」などと平気な顔をして言う悪魔…。

かくゆうハンナも“問題”を抱えていた。祖父は以前はかくしゃくとしていた。それが卒中を起こしてから、世話に追われる日々だ。そして、なぜかシャノンもハンナには素直に何もかも話していた。

今度はマキシーンがハンナに突っかかる番だ。ハンナがシャノンを狙っていると。それが大きな間違いだと分かると2人の女は和解するのだった。

ついにシャノンはクビになった。ツアーはシャノンの助手により元通り続けられることとなる。散々シャーロットに振り回され、捨てられ、シャノンは自制心を失った。中国まで泳いでいこうとした。そして、ハンモックに縛り付けられた。あくまでも抵抗するシャノンは、マキシーンを言葉で傷つけ、浜辺に追いやり、ハンナの説教をとつとつと聴かされた。何故か彼女の話には説得力があるのだ。この「牧師」の自分よりも…。

そこに突然、祖父が「詩が出来上がった」と生き生きと現れる。ハンナは口述筆記を始める。

「オリーブの枝は静かに 空が白むのを見ている

泣き声も 祈りもなく 絶望の裏切りもない

オリーブの木が闇に包まれる時

その生命力の極みが 永遠に失われる

その時から 2度目の歴史が始まるのだ

過去はもう 黄金ではない

かすみほどの価値だ

折れた幹に等しい 地にまっすぐ倒れる

世の不順なる交わり 生気に満ちた人々は

その活力で覆うべきだ この世の堕落した情愛を

熟れた果実と果樹の枝は 空が白むのを見ている

泣き声も 祈りもなく 絶望の裏切りもない

勇気よ お前は選べないのか

次に住まう場所を あの黄金の木にではなく

私のおびえた心に宿ってくれ」

そして、祖父は息絶えた…。

マキシーンは、この出来上がった詩に何かを感じた…。

― これほど前半と後半がはっきり分かれている作品も珍しい。そして、1人の女性の存在が大きい映画だ。

少女シャーロットに翻弄されるバス・ツアー。監視役のミス・フェローズは癇癪持ちだし、シャノンはシャーロットの思いのままに操られてしまっている。シャノンの心は乱れに乱れている。それが、マキシーンの経営するホテルに着き、ハンナたちがやってくる。ここまでが「前半」。そして彼がクビになり、中国まで泳いでいこうとする。ここからが「後半」。「前半」と「後半」を危なく行き来するリチャード・バートンが素晴らしく狂っていて、思わず引き込まれる。

マキシーンの経営するホテルは潮騒の音だけが静かに響き渡る…。

このハンナが実に哲学的な女性で…。何もかもを悟り、シャノンもマキシーンも彼女にはかなわない。しかし、ハンナにも“弱点”があって、それはボケた詩人の「祖父」だ。彼が動くごとに、ハンナの表情が硬く揺れる…。それをシャノンはとっさに察知する。ハンナにだけは心を開く。

Photo_8バス・ツアーの客たちがいなくなったホテルでの、シャノンとハンナの会話は実に人生の勉強になることばかり。本当に哲学的なんですよ。

潮騒の音だけのホテルで交わされる会話は、私たちの本性を暴きだし、心をかきむしられる。私たちは実に罪深い「人間」なんだと思い知らされる。そして、“救う”側にいるはずのシャノンが、ハンナによって心を開放され、救われる。一度は逃げ出そうとするが、無理なのは重々承知だったのではないか?と思わせる。それほどハンナは、抵抗しがたい“無垢”な女性、誰もが救いを求めたら、話を聞き、やさしい抱擁をする女性なのだと思う。彼女は誰もが悩む問題を、「性」を超越した女性だった。

デボラ・カーは抜きん出た主役ではないが(ビリングはリチャード・バートン、エヴァ・ガードナーの次)彼女の存在が、この映画の質を高めているのは間違いない。

それと対極にいたのが、ホテルの経営者マキシーンだ。4週間前に28歳歳の離れた夫に死なれたばかりだ。その“夫”も、「性」を超越していた。しかし、若い彼女には出来ないことだった。“愛”と“体”は別物なのだ。実に分かりやすい女性だ。そして彼女もハンナの存在に慰めを見出すのだ…。

そしてハンナはシャノンに、太らせて食べられる運命にある、イグアナを放してあげてと頼む。それは、皆の魂の開放でもあったのではないか?

この作品は、ジョン・ヒューストンの作品の中でも実に静かな映画である。彼の男性的な作品群の中では、決して「傑作」とは言えないかも知れない。だが、「性」に悩める男女を描いた作品では、静かで(ここが大事)優秀な作品だと思うのである。

― 「回転」でちょっと消化不良だった、デボラ・カー追悼はこの作品をもって、これにて終了。少しはこの作品で救われたかな?

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2007年11月13日

回 転

Photo_3 1961年 <アメリカ>

監督 ジャック・クレイトン

出演 デボラ・カー

マイケル・レッドグレーヴ

   メグス・ジェンキンズ

マーティン・スティーブンス

    パメラ・フランクリン

ストーリー

ミス・ギデンスがブライハウスにやって来たのは、そこに住む幼いマイルスとフローラの兄妹の家庭教師になるためだった。ある日、庭で家の塔を見ていたギデンスは、見知らぬ男が彼女を見下ろしているのに気づき恐怖に襲われた。数日後の夕方、突然いなくなったフローラを探しにギブンスが池に行くと、草むらの中に雨に濡れた黒衣の女が立っていた。その頃からギデンスは邸内を覆うささやき声に悩まされ、兄妹の行動に割り切れぬものがあることに気づく…。

Photo_2

フローラ(パメラ・フランクリン)とミス・ギデンス(デボラ・カー)

ブライハウス周辺の自然にすっかり魅せられたミス・ギデンスは、この邸に住むフローラの可愛らしさにも魅せられる。邸を取り仕切るミセス・グロスもすっかり歓迎ムードだが、前の家庭教師のことを知りたがると彼女は何か言いかけたが、押し黙ってしまった。そして、フローラの態度に釈然としないものを感じ取るギデンス…。

翌日、キデンスに手紙が届く。マイルスが寄宿舎を退学になってしまったというのだ。前日の夜、バカンスには遠いのに「もう少しで兄は帰ってくる」と吹聴していたフローラの予言が当たる…。

              マイルス(マーティン・ステーブンス)

Photo_4― マイルスの登場。フローラ同様実に魅力的な少年だ。こんな少年が学校を退学になるのだろうか?

マイルスとフローラが2人揃ってから、この邸はミス・ギデンスにとって恐怖の対象になり始めていた。自分が知らない人間が他にいるのだろうか?

ある時、寝る時間の前に2人がかくれんぼをしようと言って、ギデンスは一緒にやりだした。2人を探すギデンス。そのとき、廊下から黒衣の女性が横切った…。そのときは気にも留めていない出来事だった。

ギデンスはある部屋へ導かれるまま、入っていった。ガラクタが散乱する部屋だ。しかし、いつも口ずさんでいるフローラの歌のオルゴールと、男の写真が入ったブローチが彼女の目に留まる…。今度はギデンスが隠れることになった。窓際のカーテンの中に隠れるが…彼女は見たのだ。男の顔が彼女に近づいて、消えていくのを…。

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彼は、死んだ従者のクイントといった。

― それから雨がブライハウスを支配した。皆はどこにも出られなくて癇癪を起こしていた。マイルスとフローラの喧嘩は壮絶だった。そこでギデンスはパーティの真似事を2人に提案する。喜ぶ2人。

その間にギブンスはミセス・グロスに、従者のクイントの死因を尋ねていた。彼は酒に酔って冬の凍てついた階段から落ちて死んだのだった。ミセス・グロスは続ける…。「あの目…驚きと苦痛で大きく見開かれていた…猟犬に追い詰められたキツネのように…。きっと何かの報いでひどい死に方を…」そして、子供たちには彼の話はしてはいけないと言う。マイルスが遺体を発見したのだと。彼はクイントを崇拝していた。

そして2人が着替えを終えて部屋へ降りてきた。マイルスが詩を朗読する。

「“窓辺から 師に何と歌おう” 

“とどまることのない師に 聞いてはもらえぬ師に”

“師なき今 どこへ行くのか” 

“月の輝く夜 誰を愛するのか” 

“師は死して 墓は牢獄となりぬ” 

“師が呼ぶ時 何と答えよう” 

“扉をたたく時 何と返事を” 

“部屋に入り来る時 何と言おう” 

“墓のしるしを我が部屋に残す”

“師よ どうか中へ” “牢獄より来たれ”

“月の輝く晩に” “師よ ようこそ” 」

この“詩”に、ギデンスは戦慄を覚えずにはいられなかった。

この邸に、何かいることをはっきりと確信したのだ。

― 次は前の家庭教師、ジェセルを調べる番だった。

はじめはいつも笑顔で幸せそうな人だったのに、クイントと恋に落ちてから何もかも変わった…と、ミセス・グロスは語った。彼女はもう2人とも死んだのだから、何を調べても無駄だという姿勢を崩さなかったが。

「済んだこと…」ミス・ギテンスはつぶやいたが、どうにも腑に落ちなかった…。

Photo

久しぶりに外で遊んだ。そのとき、フローラが何気ない口調で、「マイルスが見たのよ。湖の底で手が揺れているのを」と。ふと、フローラがオルゴールの歌を口ずさむ。そして…ギテンスの目の先にいたのは、草むらに立った黒衣の女性だった…。

ギデンスは分かり始めてきた。この邸に何かが、誰かが取り付いていることに…。そしてミセス・グロスから、クイントとジェセルの関係を聞き出した。それはとても言葉では言い表せないほど淫らなものだった…。この邸には“秘密”が満ちている。

日曜日の教会の集まりへ行く途中、ギデンスはミセス・グロスからジェセルの死因を聞いた。溺死だった…。そしてフローラが集めた花がジェセルの墓に添えられていた…。

マイルスとフローラの身の危険を感じたギデンスは、2人を伯父の所へやろうとしたが、彼女が1人になったときそこにジェセルが現れた…。同情を引くように。そのとき、ギデンスは悟った。クイントとジェセルが互いに触れ合えるのは、子供たちの魂を通じてだけなんだと。2人は明らかに子供たちを支配していた。子供たちもそれを知っていたのだ…。

Photo_7 ― こーーーーれーーーーはーーーー…怖いよ。きょうびのホラー映画なんか目じゃない。原作は19世紀末に、ヘンリー・ジェームスが発表した「ねじの回転」。この、“19世紀の幽霊小説”というのが、心底怖いんだね。しかも「白黒」なのよ。怖さが倍増する。

話の冒頭から、なにか歪んだ感じがあのるね。伯父さんは魅力的な紳士だけれど、他人に有無を言わせぬ雰囲気があるし、全く子供に興味はない。子供が住む田舎はとても美しい風景なんだけれど、どこか外部者を避けているような雰囲気にも感じる。イギリスの田舎というせいもあろうか、寒々しいのね。

そして、無邪気な子供たち。しかし見た目は無邪気でも、中身は幽霊に支配されている不気味な2人…。これが取り憑かれたのか、自分から取り憑いてくれと懇願したのかで、話は大きく違ってくるのだけど、私にはこの2つが“都合のよい完全な一体化”をしたように感じました。彼らの生前は、子供たちがべったりくっついて、“支配”は完璧だったようですからね。そう、マイルスが寄宿舎を退学になったのも、フローラの側にいるため…。

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そして、この恐怖に立ち向かう家庭教師キデンスは、なんと勇敢かつ崇高な心を持った女性か。19世紀の独立した女性は強かった。そのおかげでミセス・グロスから、クイントとマイルス。フローラとジェセルの情報を聞き出すことが出来た。そして、この邸を覆う不気味な“憑き物”を排除しようと一人勇敢に戦う…。しかも相手は幽霊だ…。どうすればいい?

いや、本当にこの作品怖いです…。視覚も雰囲気も結末も何もかも怖い…。

こんな映画で、デボラ・カー特集が終わって良いものなのかちょっと疑問ではある…。

        

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