1961年<アメリカ>
監督
スタンリー・クレイマー
出演 スペンサー・トレイシー/バート・ランカスター/リチャード・ウィドマーク/マクシミリアン・シェル/マレーネ・ディートリッヒ/モンゴメリー・クリフト/ジュディ・ガーランド
ストーリー
1948年ドイツ、ニュルンベルグ。アメリカの地方判事ヘイウッドが裁判長に任命されてやって来た法廷はナチス首脳部の戦争裁判に次いで行われたもので、世間の関心は薄れていたけれど彼は正義に基いた裁判を行うと誓った。そして戦勝国の判事が敗戦国の判事を裁くという難しい裁判が始まった…。
※ ネタバレです。
アメリカの片田舎の裁判長、ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)
特に被告の1人、エルンスト・ヤニングは世界的に知られた法律学者で、かつて司法大臣として第三帝国憲法の記章に加わった過去を持っていた。
ヤニング(バート・ランカスター)と被告たち

戦勝国アメリカ側の検事ローソンは、ドイツの判事たちがヒトラーに迎合して法律を改変し、無実の大衆を恐怖で虐待した責任を糾弾した。
検事ローソン(リチャード・ウィドマーク)
対する、ヤニングを尊敬してやまない彼の弁護士ロルフは激しく反論する。ヤニングが裁かれるのならば、ドイツ国民も裁かれるのだと。
実はヤニングは弁護人を拒否していたのだ。何も語らず、裁判に身をゆだねる…。しかしロルフはそれを許さなかった。
弁護士ロルフ(マクシミリアン・シェル)
被告は4人いたが、最も激しい尋問を受けたのはヤニングだ。検察側の証人は彼に不利な証言を次々と繰り出した。しかし、弁護人ロルフも負けてはいない。激しい反対尋問でやりこめていく。ローソンとロルフの激しいつばぜり合いが始まる。ヘイウッドは、この法廷ではこのような議論は二度と許さないと断言した…。
…ヘイウッドが使っている屋敷に、元の住人ベルトホルト夫人が突然訪ねてきた。荷物を取りに来たのだった。彼女の夫は米軍捕虜の虐殺裁判で死刑になっていた…。
この後、2人は度々逢うようになる。
…裁判は、“断種”に絞られてきた。
証人ペーターセン(モンゴメリー・クリフト)
証人のペーターセンが証言する。自分は正常なのに、政治的にヤニングに“断種”されたと。
しかし、ロルフの反対尋問は巧みだった。彼の家族は精神異常があり、“断種”は正常な行為だったと。ペーターセンは、簡単な言葉を文章に出来ず、検察側は面目丸つぶれだった…。
…あるパーティでヘイウッドとベルトホルト夫人が再び出会う。UP通信の記者と一緒だった。
この裁判はドイツ国民の関心が薄くて記事に出来ないと記者は言う。驚きを隠せないヘイウッド。終戦からたった2年で…。
ヘイウッドとベルトホルト夫人(マレーネ・ディートリッヒ)
ヘイウッド夫人は、自分は全ドイツ人が怪物でないことをアメリカに伝える義務があるのだと話した。何かとヘイウッドに親切にしてくれ、2人の仲は接近していく…。
…裁判も佳境に入って来た。
ヘイウッドは迷っていた。ヤニングの著作の素晴らしさやベルトホルト夫人から聞いた彼の印象は、完全無欠の人物だった。
しかし、ローソンの追及は厳しい。
「忠誠を誓わぬ者や反抗を示す者は人目につかぬよう即刻逮捕し、裁判をせず強制収容所に送れ」というヒトラーの命令に、被告の皆が追随していた。それにより何百万もの罪のない人間が犠牲になったと。そして、強制収容所の映像を映した。
それは想像も出来ない地獄絵図だった。ヘイウッドに衝撃が走る…。被告たちにも…。
アイリーン・ホフマン(ジュディ・ガーランド)
次の証人はアイリーン・ホフマンだ。いわゆる「フェルデンシュタイン事件」で偽証罪に問われ、“断種”された女性だ。この事件はヤニングが強く関与していた。
ロルフは彼女をユダヤ人と関係した民族の汚染の主で、淫らな女だと断罪した。
すると、ヤニングが強い調子でロルフを遮り発言を求めた。そして語りだした…。
…国は荒れ果てていた。民主主義もあったが、内部から分裂していた。― 何よりも全てを恐れていた。それを理解出来ればヒトラーの台頭も分かるはずだ…。
ヒトラーは言った。“ドイツ人であることを誇るべきだ。共産主義者、自由主義者、ユダヤ人は悪魔だ。悪魔が死ねば災いも消えるのだ”と。
私たちには分かっていた。その言葉が嘘であり、悪質だと。なぜ沈黙を守り体制に加担したのか。…祖国を愛していたからだ。
祖国の危機だ。顔を上げよう。“前進”が合言葉だった。…その成功は歴史が証明している…。予想以上の成功だった。ヒトラーの憎悪と権力がドイツと世界に催眠術をかけたのだ。
そしてある日、周囲を見渡してみるとドイツは、恐ろしい危機に陥っていた…。“儀式”としての裁判が全土に横行していた…。
…私の名誉を守るのは、弁護士に任せようとした。だが彼はその手段として、第三帝国が国民のためだったと暗示し、国の繁栄のために“断種”をしたのだと言い、ユダヤ人が16歳の少女と寝たとほのめかした。それもまた、国を愛するが故の行為だろう…。
真実を述べることは容易ではない。だがドイツを救うには、我々が痛みや屈辱を乗り越え、罪を認めるしかないのだ。
「フェルデンシュタイン事件」は、開廷する前から決まっていた。証拠など関係なく有罪と決めていた。ユダヤ人を“生贄”にする“儀式”だったのだ…。
私たちが何百万人もの虐殺に気づかなかったと言う。何百人かなら気づいていたかもと言い、逃れようとする。それで罪が軽減されるのか?
…詳細は知らなかった。だがそれは、知りたくなかったからだ。
私は真実を語る。…たとえ世界中が反対しても、真実を語るつもりだ。ナチスの法務省に関する真実を語る…。
…そしてヤニングは、他の被告3人の悪行を暴いていった。
更に、自分は誰よりも罪深い。彼らの正体を知りつつ、同調していたと言った…。
…ヤニングの告白に、ロルフも弁護をいったんは諦めようとしたが、最後の仕上げに出た。
かつて、各国がヒトラーと同調していたと。その国々は有罪なのかと…。全世界にヒトラー台頭の責任があると。
…検察側の最終弁論と、被告の最終陳述で裁判は結審した。
…判事の間でも意見が割れた。苦悩するヘイウッドだが、心はすでに決まっていた。600万人の殺害を無視するわけにはいかなかった。
…判決が出た。ヘイウッドは語りだした。
単純なる殺人や残虐行為が、起訴状の要点ではない。要点は、被告たちが自発的に残虐で不正に満ちた体制に自ら関与したことだ。文明国ならば、道徳と法に違背していてる行為だ。
裁判所は記録を入念に調査した結果、合理的疑いの余地なく有罪を裏付ける証拠を多数発見した。
黒い法衣を身にまとい人々を裁いた者。人間を絶滅させるための法や命令の制定に関与した者。法を執行する地位にいて、国内法から見ても違法な法の施行に積極的に参加した者…。
刑法の原則とは、どの文明社会でも共通している。“殺人を行わせたる者。犯罪を目的としてその凶器を供給したる者。犯罪を幇助したる者すべて有罪”という原則。
…もし被告人全員が堕落した倒錯者で、第三帝国の指導者たちが残虐を好む怪物ならば、道徳的意味など問う必要はないのだ。
だが分かったことは、国家の危機の際には誰もが、どんなに卓越した人物でも想像を絶する犯罪を犯してもいいと信じ込んでしまうことだ。それを忘れてはならない。
政治的信条からの“断種命令”。友情や信頼に対する嘲笑。子供の処刑…。たやすく行われた…。
どの国も決断を求められる。まさに敵の脅威が迫ったときには…。そして生き残るため敵の手段をまね、ご都合主義を押し付けあとは無視する。そういう者に言いたい。“何のための生存か”と。
国家が危機に陥ったとき、必ず必要なものがある。…世界の人々に記憶してもらいたい。この法律が必要だと思うのは、正義であり、真実、そして人間の命の重さだ。
― そしてヤニングを含む4人の被告に全員有罪、終身刑を言い渡した…。
…アメリカへ出発の日、ヘイウッドはベルトホルト夫人に電話を入れる。しかし、彼女はヘイウッドの厳しい判決にただ呆然としていた…。電話はつながらなかった。
ロルフが不意にやって来る。ヤニングがヘイウッドに会いたいというのだ。
ヤニングの牢で再開する2人。ヤニングは語った。
重圧を感じることになるだろう。判決は批判され、支持は少ないだろう。でも、少なくとも自分は、あなたの判決を尊敬していると。
そして、呼び出した理由を話した。
…あの殺された何百万の人たちのことは、知らなかったのだ。それだけは信じてほしいと…。
ヘイウッドが答える。
あなたが無実と知りつつ死刑にしたのが始まりだ、と。
衝撃を受けるヤニング。ヘイウッドは他には何も語らず去って行った…。
― 第二次世界大戦(ヨーロッパ戦線)は、バート・ランカスター扮するヤニングとスペンサー・トレイシー扮するヘイウッドの語りで、ほぼ要約されている気がしますね。
ドイツが誇る法律学者ヤニングの苦悩の告白。何故ナチスに手を染めたのか?
片田舎の判事から思いかけず裁判長に任命されたヘイウッドの苦渋の決断。何故彼らは有罪なのか?
そして、まるで地獄絵図の強制収容所。ドイツ国民は本当に何も知らなかったのか?あの“ナチス”に熱狂した国民は何処へ消えたのか?
第二次世界大戦の歴史を振り返ると、疑問がとめどもなく流れるが、それは研究者にまかせるとして、映画の感想ですね。
まぁ、見事な「演技合戦」でした。
スペンサー・トレイシーの、何げない自然な演技は相変わらず脱帽せずにはいられないし、検事ローソン役のリチャード・ウィドマークのメリハリの効いた見事な演技、証人役のモンゴメリー・クリフトとジュディ・ガーランドの圧巻の演技…。
「エルマー・ガントリー」のアカデミー主演男優賞ですっかり演技派に転向しちゃったバート・ランカスターと、若き弁護士ロルフを演じたマクシミリアン・シェルは、ちょっといやらしいなぁ…とでもいうんでしょうか…くさかったが、マクシミリアン・シェルはこの演技でアカデミー主演男優賞獲得ですからねぇ…。名演なのかなぁ。
と、マレーネ・デイートリッヒが出てこないが、彼女はこの映画に必要だったのかちょっと疑問だったもので。可もなく不可もなく。
映画は3時間強あるんですよ。それが、(ほぼ)裁判のシーンで綴られてゆくと、もっと締まった力強い映画になったと思ったんですよ。
逸脱が多いんです。当時の世界情勢(冷戦の勃発)を組み込むなど。
スペンサー・トレイシーとマレーネ・ディートリッヒの“からみ”が多すぎるんですよね。
彼女はドイツ側の代弁者として登場している訳ですが、それはバート・ランカスターが背負えばいいことだと思った次第。実際に2人の言動などかぶっているところが多かったですしね。
まぁ、彼女の華麗な特別出演と思えば我慢出来るか…。
とにかく、出演者の演技に釘づけにならなきゃいけない映画であることは確かです。
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