映画 1970年代 アメリカ

2008年10月16日

スラップ・ショット

4 1977年<アメリカ>

監督

ジョージ・ロイ・ヒル

出演

ポール・ニューマン

ストローザ・マーティン

マイケル・オンキートン

ジェニファー・ウォーレン

リンゼイ・クルーズ

ストーリー

全米プロ・アイスホッケーのマイナー・リーグ所属「チャールズタウン・チーフス」は、連戦連敗の最下位の三流チームだ。選手兼コーチのレジーは頭が痛い。しかもスポンサーの鉄工場が不況で閉鎖するため、チーム解散の危機を向えている。レジーはチームがフロリダに売られると嘘をつき、選手の意欲向上を図るが空しい。しかし、そんなチームの再生にマネージャーのマグラスはハンセン兄弟を採用する。すると彼らはラフ・プレーを連発。その勢いに乗り、「チャールズタウン・チーフス」は荒いプレーを信条としたチームへと方向転換。連戦連勝で決勝戦まで勝ち進むのだった…。

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     選手兼コーチのレジー(ポール・ニューマン)

― ルールなど問答無用な痛快スポーツ・エンタテインメント。

アイス・ホッケー場は男の戦場。「死ね!」「倒せ!」と常に怒号が渦巻いている。その中の弱小チーム「チャールズタウン・チーフス」が、ハンセン3兄弟の加入によりラフ・プレーを信条とした荒っぽいチームに生まれ変わる。レジーも勝てば何をしても良いといった心構えだ。名前を“殺し屋”に変える選手も出る始末だ。しかし、その中にもお約束のように、「クリーンなゲームをしよう」と一人つぶやく攻撃の中心柱ネッドの姿もある。しかし、クリーンな野郎はゲームに出してもらえないのだった。

                      ハンセン兄弟

3チームが勝つとファンも増える。「チーフス」のバスにつき従うもう一台のバスの出現。グルーピーの登場だ。

反対にルール無用のラフなチームには、敵も増える宿命だ。「帰れ!!」コールの中、バスの窓からお尻を丸出しにして敵陣に乗り込む図太さも必要になって来る。

そしてレジーとネッドの私生活は荒れ模様。レジーは別居して久しい妻がおり、もう少しで離婚の危機だ。ネッドは妻リリーから逃げてばかりいる。リリーは酒浸りだ。そのリリーをレジーが口説くねじれ現象。しかしレジーは妻フランシーヌに未練たっぷり。

相手チームの選手の首に賞金を懸けたり、野次って物を投げた観客に暴力をふるい逮捕されたり、もうやりたい放題のチーフス。レジーの口八丁手八丁も冴えわたる。

ついにレジーはチームのオーナーを付きとめ会いに行く。これだけ勝ちの込んでいるチームだとさぞ他に売りやすいと思いきや…オーナーは税金対策のためチームを運営しているにすぎなかった。黒字のチームは売れない。

やっぱり解散かと絶望のレジー。せめて最後はクリーンなゲームで勝とうと皆に気合いを入れて試合をするが、相手チームが送り込んできた選手は資格停止になった者や追放された者たちばかり。猛者相手に前半を終えて皆ボロボロ。マグラスが乗り込んできて、「メジャー・チームからスカウトが来てるのになんて様だ!!」と叫ぶと、レジーの眼が光る。「スカウト?」…そして結果は?皆さんが思っている通りです、はい。

とにかく、これでもかっ…というようなバカバカしい映画なんだが、これを「明日に向かって撃て」「ステイング」と名作を送り込んだジョージ・ロイ・ヒル監督がポール・ニューマンと一緒に作ったってことが評価出来る。

ポール・ニューマンのバカに徹した演技が好感を持てる。彼のコメディ・センスが光る映画だ。ただ、楽しめばそれでいい作品。何も考えずに楽しむのみ。

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2008年10月13日

スティング

1 1973年<アメリカ>

監督

ジョージ・ロイ・ヒル

出演

ポール・ニューマン/ロバート・レッドフォード/ロバート・ショウ/チャールズ・ダーニング/レイ・ウォルストン/アイリーン・ブレナン/サリー・カークランド/ディミトラ・アーリス

ストーリー

1936年、シカゴ郊外のダウンタウン。この街に住むジョニー・フッカーは詐欺で日銭を稼ぐ若いイカサマ師。ある日、いつのように通行人から金を騙し取るが、相手は大物ギャング、ロネガンの手下だった。しかもフッカーが盗んだのはロネガンが所有する賭博場の上がり金。これをきっかけに、フッカーの師匠であるルーサーが殺されてしまう。復讐を誓ったフッカーは、ルーサーの旧友で伝説の賭博師ヘンリー・ゴンドーフを訪ねる。彼に協力を求めるが、FBIに追われてるゴンドーフは首を縦に振ろうとしない。だが、フッカーがロネガンの名を口にしたとき、ゴンドーフの内なる闘争心に火が付いた。それからゴンドーフは昔の仲間を集め、ロネガンの身辺を洗い、彼がポーカーと競馬に目がないこと、近くシカゴを訪れることを調べ上げ、早速シカゴの下町にインチキノミ競馬屋を構えるのだった…。

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イカサマポーカーの勝負の行方は?ゴンドーフ(ポール・ニューマン)、食い下がるロネガン(右、ロバート・ショウ)

シカゴに向かう汽車の中でロネガンはいつもポーカー賭博をすると聞いたゴンドーフは、自分も仲間入りする。イカサマポーカーの達人でもあるゴンドーフは勝ちっぱなしだ。負けが込んだロネガンはついに自分もイカサマをすることにした。しかし、出た目はゴンドーフの勝利。あらかじめゴンドーフの情婦が財布をスッていたため、金も払うことが出来ない始末だった。面目丸つぶれのロネガン。

ゴンドーフの使いとしてフッカーがロネガンの部屋へ訪れる。なんとあっさりとロネガンが負けた仕組みと財布の行方を吐いた。フッカーはロネガンと組んでゴンドーフの店を乗っ取りたいと持ちかけてきた。

翌日、店で打ち合わせ。2時過ぎに馬の番号を知らせる電話が掛って来るので、その番号をゴンドーフの店に行って賭ければそれでいい。ロネガンはその通りにし、見事大金をせしめたのだった。ロネガンはフッカーを信用しはじめる。

その翌日、フッカーはロネガンの泊っているホテルへ行き、とっておきの話を持ちかける。ゴンドーフの経営するノミ屋に電送されてくる競馬の中継は、電報局の局長と組んで2分遅らせて放送しているので、実際にはすでにゴールしている馬券を買えるので、ロネガンは大儲け、そしてゴンドーフには破産が待っていると…。そしてロネガンはその話を信用し、50万ドルという大金を用意するのだった…。

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      フッカー(中央、ロバート・レッドフォード)

― マービン・ハムリッシュによる軽妙な音楽に乗って、大胆不敵なイカサマ賭博が始まる。これぞ、エンタテインメントの真髄。

幾重にも緻密に計算しつくされたイカサマ賭博を大胆に仕掛けるその精神の図太さに感服。しかし、全てを成功させるまでは、細心の注意を払う。そして、何でも使う。

話の運び方も“粋”で洒落ている。

<仕掛け><釣り針><筋書き><有線><締め出し><本番>と、エピソードごとに名前を付けて話を進めるその粋さ。ついつい画面にくぎ付けになってしまうその上手さ。

そして最後の衝撃的な終演は、ロネガンも私たちもまんまと騙されるのだ。

「やられた!!」と思いながらも口はにんまり。こんな痛快な騙されっぷりはそうない。

ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードも、「明日に向かって撃て」に続きコンビを組み、再び軽快な演技で、心地良い気分にさせてくれる。今作のポール・ニューマンは、ロバート・レッドフォードの後見人という形で登場するので、いま一つレッドフォードの影に隠れ“脇役”っぽいが、彼の適度に力が抜けた軽いノリの演技も良いものであるのだ。

1930年代の大不況で街も人もうらぶれてはいたが、その逆の粋な時代だったことも垣間見せてくれる。

脚本が練りに練られて、一級品。アカデミー作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞は当然かな。(その他、美術監督・装置、編集、編曲、衣装デザイン7部門を獲得)

粋な映画に酔うばかり。

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2008年5月 5日

ソイレント・グリーン

1 1973年<アメリカ>

監督

リチャード・フライシャー

出演

チャールトン・ヘストン

エドワード・G・ロビンソン

リー・テイラー・ヤング

チャック・コナーズ

ストーリー

2022年のにニューヨーク。ここも地球上の全ての土地と同様人口過剰と食糧不足にあえいでおり、ごく一部の裕福な人を除き4000万市民の大部分は週1回配給されている食品を食べて細々と生きていた。その食料はソイレント社が海のプランクトンから作っていたが、すでにそのプランクトンも激減していた。最近、同社は「ソイレント・グリーン」という新しい製品を開発したが、品不足から配給は思うようにいかず市民の不平不満は一発触発の危機をはらんでいた。そんな中、ソイレント社の幹部の1人ウイリアム・サイモンソンが自宅で惨殺される事件が起こる。刑事ソーンはこの事件を重要と見て深く追うが…。

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護衛のタブ(チャック・コナーズ)と刑事ソーン(チャールトン・ヘストン)

動物や植物が死滅した近未来。ソーンと“警察の本”ソルが住むアパートの廊下や階段には、失業し家を失った人々が溢れている。2人が住むアパートも決して褒められたものではない。電気などは自転車漕ぎの自家発電だ。

一方、特権階級のウイリアム・サイモンソン宅には“家具”と呼ばれる女性と護衛が付いている。その2人が買い物に出た隙に、彼は何者かによって殺される。

刑事ソーンは職権乱用を平気でする男だ。警察も歓迎しているところがある。サイモンソンの酒や日用品・食料を奪い、“家具”のシャールとも愛し合う。しかし腕は確かだ。サイモンソン殺しはプロの仕業だと見破り調査をソルと共に進めることになる。

ソーンは護衛のタブを怪しんで彼のアパートに押し入る。タブにも“家具”が付き、なかなか豪勢な生活ぶりだ。1瓶150ドルのイチゴジャムを惜しげもなく舐める“家具”。特権階級の人間の護衛だけでこんな豪勢な暮らしが出来るのか?

彼はアパートに帰ると、早速サイモンソンの所から奪ってきた食料でソルが調理した食事を堪能する。バーボンで乾杯し、生野菜を食べる。最後はビーフシチューだ。心地よい驚きのソーン。久々のまともな食事に満足するソル…。

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  ソーンと“警察の本”ソル(エドワード・G・ロビンソン)

街のパトロールに出たソーンは尾行されはじめる。それはサイモンソンが「ソイレント社」の幹部の1人だったからに違いない。しかし警察ではサイモンソン殺しを暴行事件として闇に葬ろうとしていた。明らかに警察上層部からの指令だ。ソーンは食い下がる。何としてでも事件を解決すると誓った。

そんな中、サイモンソンが罪を告白した神父がタブによって殺された。神父は前夜ソーンに会っており、「彼の告白の真実は破滅を招く…」とうつろな様子で語っていたのだ。

火曜日の配給の日、「ソイレント・グリーン」を求めて人々は列をなす。品切れになると民衆は暴徒化する。その暴徒を巨大なショベル・カーが一掃していく。警官と暴徒の攻防戦。

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しかしその混乱に乗じてソーンを暗殺しようとする男がいた。ソーンは脚を撃たれたが、男はショベルカーの下敷きになって死んだ。

一方ソルは「情報交換所」へ足を運んだ。サイモンソン殺しの真相を聞くためだ。彼は衝撃的で信じがたい事実を有識者から聞く。…そして20分で人生を終わらせることが出来る「ホーム」行きを決めたのだった。自らの体を使い、ソーンが無事間に合うことを期待して…。

アパートに帰ったソーンはソルの伝言を読んで急いで「ホーム」へ向かった…。

― いやぁ怖いねぇ…。“近未来”の話ではなく“そこにある将来”の話のようだ。何気に皆(ソーンとソルを除いて)無機質で不気味。

「家具」と呼ばれる特権階級に仕える女。「本」と呼ばれる警察の情報提供者。失業者は人口の半分を占め、ホームレスが溢れている。夜間には外出禁止令が敷かれ、食事は配給制。暴徒化した人間は大型ショベルカーで始末される。

そんな市民が食料として頼っているのが、「ソイレント社」のビスケット状のもの。その中で「ソイレント・グリーン」が一番新しいく栄養も万点だ。しかし、その会社の幹部が殺されたことで、これは“暗殺”だと推理した刑事が命を狙われる…。

とにかく皆無機質。ソーンと愛し合う仲になる「家具」のシャール(段々人間らしさが出てきますが)、護衛のタブ、暗殺者、「ソイレント社」の関係者、サイモンソンから告白を受けた神父、果てはサイモンソンまで。これがじわっと怖い。

一方、「ソイレント・グリーン」の秘密を追う刑事ソーンとその「本」ソルの間には、本物の“愛”がある。ソーンがサイモンソンの許から奪った品々をソルに見せ、紙や本を渡すシーン、本物の食料で調理した食事を味わうシーンなど心に沁み入る。

そしてソルが「ホーム」へ行くシーン。ソーンがギリギリ間に合って彼と会話を交わすシーンは涙さえ誘う。ソルは自分の最期をかつての美しい世界…花が咲き乱れ、動物が躍動し、海は鼓動し、太陽は赤く沈む…で終わらせる。それを目の当たりにしたソーンは信じられずもしかし思わず感動してしまうのだ。ソルは常々言っていた。「人間はダメだが、世界は美しかった」と。

これがエドワード・G・ロビンソンの最後のシーン(遺作ですね)なので余計に涙を誘う。

ソルの意を継いだソーンが探り当てた「ソイレント・グリーン」の正体とは?戦慄ですね。

SF映画の割には小細工(特撮など)を使わず、正面から勝負してきた作品なので「古さ」は感じませんでした。それより、すぐそこにある将来像という感じがして、ただ怖い。不気味な作品。

タイトル・ロールが秀逸。

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2006年12月 2日

トム・ホーン

3_10 1979年 <アメリカ>

監督 ウィリアム・

               ウィヤード

出演 スティーヴ・

              マックィーン

    リチャード・

    ファーンズワース

    リンダ・エバンス

ストーリー

ジェロニモを捕虜にして一躍バウンティ・ハンターとして名を馳せた早撃ちガンマン、トム・ホーンは、ワイオミング州のハガービルに着くと、早速大牧場主のジョン・コーブルの訪問をうける。彼や他の大牧場主達はこの地方から牛泥棒を一掃するためにホーンを雇った。ホーンは次々に牛泥棒を仕留め、ワイオミングの人々の評判になった。そして教師をしているグレンドリンと恋に落ちた。しかし、司法執行官のジョー・ベルはホーンの名声をねたみ、何とか彼を陥れようとしていた。そして大牧場主達は彼の残虐ともいえる仕事ぶりに恐れをなし、恋人も彼の許から去っていき、ホーンは次第に孤立するようになっていく。ある日、ハガービルの町で小牧場主の息子の少年が、ホーン愛用の同じ口径の銃で射殺される事件が起こる…。

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ラスト・カウボーイ、トム・ホーン (スティーヴ・マックィーン)

トム・ホーンは実在の人物なんだそうです。その彼の自伝を基に、この映画が作られたわけですね。しかし、どんな映画であろうと常に“一匹狼”的な役を好んで演じていたマックィーン、今回は“一匹狼”というよりは“孤独”な男を演じています。

ワイオミング州のハガービルにトム・ホーンが着いたときには、彼はもう有名人だった。だから大牧場主のジョン・コーブル達が、牛泥棒の<始末屋>として雇ったのもトム・ホーンの銃の腕を見込んでのことだ。特にジョン・コーブルはトム・ホーンをことのほか好いていて、彼の父親のような存在になっていく。トム・ホーンも彼の馬を除いては唯一と言っていいほどコーブルを慕っていくわけです。そして彼を迎えるパーティでトム・ホーンは魅力的な女教師と出会い、2人は恋に落ちていく…。

                     トム・ホーンと女教師、恋に落ちる

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このあたりまでは、ワイオミングの山々にかこまれながら実にのどかにストーリーは進んでいくんですが、いよいよトム・ホーンが牛泥棒退治をするようになると、ガラッと様相が変化します。

銃を手に馬にまたがり、一人ひとりを着実に追い詰め殺していく。長いつきあいの“唯一の友”の自分の馬が殺されたときは、悪鬼のように、相手が死んでもなお銃弾を体に浴びせ続けるトム・ホーン。その彼のおかげで牛泥棒が減り、大牧場主達は皆ほっとしている…はずが、彼の牛泥棒始末の様は相手に容赦がなくいささか残虐な面があり、このまま仕事を頼み続けてもどうか、という意見が大牧場主達の間から聞こえるようになってくる。

そしてトム・ホーンのほうでも、常に相手から狙われているわけです。女教師との息抜きの逢瀬のときにも狙われて、彼は相手を殺してしまう。それが女教師のトム・ホーンに対する態度を大きく変え、ついに別れのときがやってくる…。また孤独に戻っていくわけです。なんとなく“生きる気力”も無くなりつつなった頃、謎に満ちた少年の死が彼を追い詰めていく。

誰がトム・ホーンをはめたのか?それともトム・ホーン自身がやったのか?真相は犯人だけが知っている。しかし、そのことはトム・ホーンにとってはどうでもいいことなんですね。孤独に生き、死んでいく。それが彼の美学なんだと思いました。

しかし、マックィーン兄貴、激太りした前作の『民衆の敵』からは完全にシェイプ・アップしていなかったですね。それがちょっと残念。走る姿はただの中年のおっさんです。年齢を重ねてついた顔の皺などは気になりませんが(それが男の勲章です)遺作になった『ハンター』より老けて見えるのは、やっぱり『民衆の敵』のせいかも。

彼は80年に亡くなってしまったので、次の映画の構想などは分かりませんが、まだ<西部劇>を作る気があったのか…それが謎ですね。とても興味を駆られる。しかし、この「孤独に生き、死んでいく」というこの作品が、西部劇スターとしての最後だったかもしれません。クリント・イーストウッドと並んで、<最後の西部劇スター>であることは間違いない。それでいいんでしょうね。

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2006年11月20日

ザ・フロント

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1976年 <アメリカ>

監督 マーティン・リット

出演 ウディ・アレン

    ゼロ・モステル

アンドレア・マルコビッチ

ストーリー

マッカーシズムが吹き荒れる1950年代初頭、レストランのレジ係で賭け家のハワードは、幼馴染のTV脚本家アルフレッドが<赤狩り>のブラックリストに載ったことから仕事が出来なくなり、ハワードの名前で脚本を提出し、脚本家が売れた際には彼の懐に脚本料の10パーセントを支払う、という提案をハワードに提案してきた。借金をしてかろうじて生活をしているハワードにとっては魅力的な仕事だった。そしてハワード名義のアルフレッドの脚本が絶賛され、彼は一躍時代の寵児に押し上げられた。TV局の脚本編集者のバレットという美しい恋人まで出来たし、以前の生活から一変、ハワードは豪華なアパートメントに住まいを移した。今やハワードは3人のブラックリストに載った脚本家の“表向きの顔”フロントして活躍していた。一方昔は大金を稼ぐ芸人だったヘッキーは、メーデーのデモに参加したと言うだけでブラックリストに載ってしまい、仕事の量・収入は激減していた。ハワードは政治的には潔白な人間だが、FBIはヘッキーに近寄り、ブラックリストに載りそうなハワードの動きを監視するよう命令する…。

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 幼馴染で親友のアルフレッドとハワード(ウディ・アレン)

この映画の題名は『ウディ・アレンのザ・フロント』となっているのだが、『ザ・フロント』でいいでしょう。

ウディ・アレンがただ“役者”として出演したちょっと珍しい作品ですね。作品もコメディ・タッチではあるけれど、本格的なコメディではないんですよ。なんせ題材が<赤狩り>ですから。

冷戦の幕開けの時代、マッカーシー上院議員のまったくデタラメな“赤の恐怖”に扇動され、特に映画人はアメリカ中の皆が憧れる有名人ですから目の敵になりやすく、マッカーシズムの餌食になって、仲間を告発・あるいは友好的な発言をすれば見事仕事にありつけ、拒否すると仕事を干される。これが大体のパターンなんですね。ちょっとでも“共産主義的”な発言をすると、たちまち言葉尻を捕らえられ、「お前はアカだ!!」と刑務所行きの、今考えればなんとも単細胞的で幼稚でアメリカの恥部を大いに世界に宣伝してしまった愚かな歴史的出来事。

ブラックリストに載った親友に名前を貸した冴えない男が、一躍新進脚本家として注目の的となる。自分には遠く思えた美しいキャリア・ウーマンまで手に入れる。そりゃあ天狗にならないほうがおかしい。名前を貸している脚本家の本の手直しを命令するまでになっちゃう。もう、世界は自分のものって感じなのね。

                                                 ヘッキー・ブラウン(ゼロ・モステル)

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一方、昔は大金を稼いだエンターテイナー、ゼロ・モステル演じるヘッキー・ブラウンは過去にメーデーのデモ行進に参加したという理由だけで、仕事を干されてしまう。仕事を得るには、「告白書」なるものを書けと言われ、仕方なく書いたものの、TVのプロデューサー及びFBIの連中は気に入らない。そして本当に仕事がしたいのなら、ハワードの行動や周辺を探れと命令されるはめに陥る。そしてヘッキーに対するプロデューサーの態度に激怒したハワードの恋人バレットはTV局を辞めてしまい、マッカーシズムを批判する雑誌を刊行すると息巻く。  ハワードにも仲間になって雑誌を作って欲しいと懇願するバレットと、今の生活を捨てる気など毛頭ないハワードは意見の違いから疎遠になってしまう。(しかし、出版資金はハワードが出すが…)

そして、ハワードの件を調べるためか、地方のホテルでショーをするヘッキーはハワードにその地まで運転を頼み、ハワードはヘッキーの素晴らしいショーを目にする。しかしギャラはたったの250ドル…。かつては一公演で3000ドルも稼いでいた男にはひどい仕打ちである。この“仕打ち”が原因でヘッキーはついに精神に異常をきたしてしまうんですね。ゼロ・モステルの鬼気迫る演技は、とても哀しみに満ちています。その場にいたハワードもやりきれない気持ちになっていくんです。酒に酔ってベロンベロンになったヘッキーを自分の部屋に連れて帰り介抱するんですが、ハワードが眠っている間に何か彼に不利になる書類やらを漁ったヘッキーだったがあきらめて、ある行動に出る。自殺である。この一連のシーンのゼロ・モステルの演技は本当に胸にせまるものがあり、涙を誘わずにはいられません。

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         審問に出廷したハワード

ヘッキーの葬儀の場を遠くから見ていたハワードをFBIの捜査官が執拗なまでに彼を張り込む。彼の死からハワードの中で何かが生まれるんですね。そしてバレットとよりを戻したハワードに、<赤狩り>の審問に出廷するよう要請される…。

この映画はかつて<赤狩り>でブラックリストに載った人たちが作った映画なんですね。監督はもとより脚本家、俳優(もちろんゼロ・モステルも…)この人達が<赤狩り>以降、市民権を取り戻したのは、何十年も経ってからなんです。<赤狩り>の犠牲になった人達が作った<赤狩り>を主題にした映画。<赤狩り>を声高に語らないで淡々と描いていることが、かえって涙を誘います。主題歌のフランク・シナトラの「Young at Heart」にも涙。

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2006年11月11日

M★A★S★H マッシュ

4_6 1970年 <アメリカ>

監督 ロバート・アルトマン

出演 ドナルド・

                サザーランド

    エリオット・グールド

    トム・スケリット

ストーリー

朝鮮戦争たけなわの頃、第4077MASHに、ホークアイ、デューク、トラッパーたち3人の軍医が着任した。彼らは名医だが、揃いも揃って型破りの人間だった。MASHには、隊長のブレイク大佐、歯科医のワルドスキー大尉、“レーダー”と呼ばれるオーリー伍長がいた。ある日、セックスの猛者と評判のワルドスキー大尉は潜在性のホモだとホークアイに告げ、自殺をしたいと言い出した。そこで3人は彼の為に最後の晩餐会を開き、自殺できる薬と偽り睡眠薬を飲ませた。ホークアイが美人の看護婦に彼の男としての自信を取り戻すよう説得し、翌朝看護婦はアメリカへ帰国するヘリコプターの人となり、満足な笑みを残していき、ワルドスキーは憂鬱から開放されたのだった。その看護婦の後任にグラマーなホーリハン少佐が着任し、彼女はMASH内一の嫌われ者バーンズ少佐とたちまち惹かれあい、濃厚なセックスを繰り広げた。しかしこの様子はレーダーの隠しマイクを通じて部隊中に公開され、その日以来ホーリンハンは<ホット・リップス>と呼ばれるようになり、バーンズはホークアイの執拗なからかいに彼を殴り、アメリカへ帰国させられた…。

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ホークアイ(ドナルド・サザーランド)と一人置いてトラッパー(エリオット・グールド)

MASHというのは、米陸軍移動野戦病院のことです。最前線から5キロ以内の野戦病院に徴兵されてきたホークアイ、デューク、トラッパーの3人。しかし実質的な主役は2人に限定できるでしょう。ホークアイとトラッパーが中心となってストーリーが展開されていきます。しかも最前線からすぐ近くにいるのにみんなゆる~いんですよ。病院の司令官さえゆる~い雰囲気。それとはうって変わって手術のシーンは本当にリアルで“血なま臭さ”が支配し、ここは戦場なんだと教えてくれる。

聖書を読んで眠る前に祈りを欠かさないバーンズ少佐(ロバート・デュバル)は、皆から変人扱いされ、自分の手術の失敗がもとで兵士を死なせてしまったことをレーダーのせいにする自己中心的で悪意に満ちた人間でもある。それがホークアイの逆鱗に触れ、彼を帰国させるべき<陰謀>を皆で考えだす。そこに新任の看護婦長ホーリハン少佐が第4077MASHに配属された。彼女はいわゆる「お国のために…」という使命感に燃えた頭の固い人物で、ここのMASHをクリーンにしないといけないと思い、その考えがバーンズと一致し、いつしか2人は激しく求め合うようになっていく。しかしそれはホークアイの術中にはまることになるとは思わずに…。そして彼らのセックス中継とあいなり、バーンズはホークアイを殴ってアメリカへ帰国、ホーリハンは<ホットリップス>なる恥ずかしいニックネームを頂戴し、6_5 おまけに浴場で全裸を披露させられる

思いっきりヒステリーになったホーリハンは、「ここは普通じゃない!告発するか、でなきゃ自分が辞任するっ!!」と司令官にせまると、「では辞任したまえ。」なんて思いもよらない答えが返ってくる始末。まったくもって、ゆる~いのである。しかし、次第に第4077MASHのゆるい雰囲気にはまっていくホーリハンは見ものです。

ホークアイとトラッパーはどこまでも自由に生きる のである。MASHのヘリ着陸場所でゴルフをしたり、トラッパーが東京での手術を依頼されるとホークアイまでついて行き、芸者と遊びゴルフに興ずる。(しかし日本の描写は従来の映画同様お粗末である。ドラが鳴り響き、まるで中国である…。70年代に入ってもこの始末とは…)

そして他の隊とアメフトの試合をやる羽目になり(しかも賭け試合!)相手の選手は皆マリファナを吸っているのである。(この場面で元アメフト界のスーパースター、ジム・ブラウンが登場し、とんでもない作戦を思いつく。)

とにかくメチャクチャ、自由なのである。1970年は、ベトナム戦争真っ只中の年であるが、この作品も一応ベトナム戦争への批判が含まれているのではないだろうか?それともただのコメディ映画なのか?観る人に“どうとるか?”という質問を突きつけている感じもなきにしもあらずだが…。それが結構難しい映画でもある。

しかし今の若い人には、キーファー・サザーランドの父親ぐらいにしか知識がないかもしれないが、ドナルド・サザーランドは只者ではない雰囲気を若い頃からかもし出しているのね。『針の穴』なんて素晴らしい怪演である。キーファーはとんでもない父親をもったことか…。しかし、彼とは違う演技スタイルでTVで成功しましたね。もっともドナルドの演技を真似る…なんてことは誰にも出来ない技だが…。大好きだったりするんですねぇ。

  一度知ると中毒になる

   ドナルド・サザーランド

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2006年10月29日

ジョニーは戦場へ行った

2_4 1971年 <アメリカ>

原作・脚本・監督

    ダルトン・トランボ

出演 ティモシー・ボトムズ

  ジェイソン・ロバーツ

 ドナルド・サザーランド

ストーリー

第一次大戦にアメリカが参戦し、青年ジョーは徴兵された。出征の前日に恋人カリーンと初めて愛を交わし、彼はヨーロッパの戦場へ旅立った。そしてジョーが隠れた塹壕に砲弾が炸裂した。― ジョーは今、<姓名不詳重傷兵士407号>として前線の手術室に横たわっていた。ジョーは、両手・両足を失い顔も額の下までえぐられていたが、延髄と性器だけが助かり心臓は動いていた。生きていたのだ。軍医長は、「もう死者と同じように何も感じない、意識もない男を生かしておくのは、研究目的のためだ。」と説明し、こうして彼のことは軍の秘密事項となり、<407号>と呼ばれることになったジョーは陸軍病院に運ばれ、隔離された。しかし、ジョーには意識があったのだ…。

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恋人カリーンと最後の別れをするジョー (ティモシー・ボトムズ)

1940年代にハリウッドで吹き荒れた<赤狩り>の“ハリウッド・テン”になりながらも、自らの信念を貫き、仮名で脚本を書き続け、ついには名脚本家となったダルトン・トランボの自ら書いた小説『ジョニーは銃を取った』を映画化した、渾身の作品です。

実際に第一次大戦で、被爆により両手・両足、耳、口を失いながらも15年間生き続けた英国将校の話を元にしています。 自分の心のなかでは意識がはっきりしているジョー。しかし、ベッドに横たわり段々と自分がおかれた状況が分かってくる。自分の手が無い、足も無い、しかも顔も額しか無い…。自分はただの肉の塊なんだという、その絶望は計り知れないものがあるのが、映画を観るものの涙を誘います。そして彼の意識はベッドに横たわる<現実>とアメリカで平凡ながら人間らしく生きていた<過去と夢>とを行ったり来たりしまするんですね。<現実>は白黒で、<過去と夢>はカラーで見せるところに監督の思い・願いが見て取れます。

                      正に白衣の天使…

                        (イマイチ怖い顔だが…)

4_2今までは人間扱いされていなかった<407>号のジョーですが、陸軍病院に移されたときから事情が明るくなっていく。婦長は締め切られた部屋の窓を開け、ジョーは“光”を感じる。そしてジョーに付き添う看護士は、ジョーに哀れみを感じる…。前線の病院にいたときは、看護師には彼に“情”を持ってはいけないと厳重に注意されていたんですね。ほんとに<もの>扱いだったわけですよ。しかしここの病院の人は彼を少なくとも<人間扱い>してくれるわけです。

そして、ジョーの夢の中で死んだ父親が出てくる。ジョーはもう自分は何もないので、意思疎通が出来ないもどかしさを父親に話す。すると父親はいとも簡単に答えを出してくれた。それは<モールス信号>で話すこと。ジョーは力を振り絞って、頭でモールス信号で話しだす…。それに気づいた看護士は…。

いつの時代も<戦争>とは、人間が犠牲になるだけで、まったく無意味なものだとダルトン・トランボは教えてくれます。<赤狩り>という戦争を生き抜いて、不屈の精神で生きてきた監督ならではの言葉は重いものです。それでも<戦争>をやめようとしない病んだ大国と、<戦争>で唯一原子爆弾の被爆にあい<戦争>はしないと言いながら大国の言いなりになり、過去のことなど忘れてかけている国には、この声は届かないのかも知れませんが…。

  

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2006年10月26日

ヤング・フランケンシュタイン

Photo 1974年 <アメリカ>

監督 メル・ブルックス

出演 ジーン・ワイルダー

    ピーター・ボイル

    マーティ・

      フェルドマン

    マデリン・カーン

    テリー・ガー

ストーリー

脳外科医の第一人者、フランケンシュタイン博士は、モンスターを作り出した、かのフランケンシュタインの孫だった。彼は家名を傷つけたので、曽祖父の遺産は全てフランケンシュタイン博士に譲られることになった。彼は婚約者を残し、トランシルバニアへ赴くと、せむしの家僕アイゴールとフランケンシュタイン博士の助手として雇ったインガ、老家政婦のブルッハーが出迎えた。フランケンシュタイン博士は数日間この不思議な城に滞在するうちに、秘密の地下室へ降りる階段を発見し、祖父がモンスターを作った実験記録を読み、興味を駆られ自分もモンスターを作る実験をしてみたいと思うようになるが…。

6_2

  ヤング・フランケンシュタイン (ジーン・ワイルダー)

先にアップした、『フランケンシュタイン』と『フランケンシュタインの花嫁』を一本の映画にし、リメイクかつコメディ映画にした、メル・ブルックスの傑作です。結構元ネタを忠実にリメイクしていたりして、それがかえって笑いを誘うんですね。映像も白黒なのでおどろおどろしい雰囲気をかもし出していて良い感じです。

そして祖父を嫌い、自分の名前はあくまでも<フロンコンスティン>と名乗る博士。家僕のアイゴールも<イゴール>ではなく<アイゴール>だと言い張る、この“発音にこだわる”ギャグは、後にスティーヴ・マーチンの得意ギャグとして定着しますね。

バイオリンの音に導かれ、祖父の書斎を発見し実験記録を読んでしまったフランケンシュタイン博士。やっぱり血は争えない。彼もむくむくと人造人間を造る…という誘惑に駆られてしまう。元ネタ同様死体を盗み、アイゴールに優秀な脳髄を持ってくるように指示をする。…しかし、やっぱり正常な脳髄を落としてしまい、アブノーマルの脳髄を持ち帰ってしまう。一回は失敗したと思われた実験だが、やっぱりモンスターは生きていた。そしてブルッハーが彼を自由にしてしまう。彼女は祖父のフランケンシュタイン博士の恋人だったのだ。『フランケンシュタインの花嫁』通り、彼は放浪し、目の見えない孤独な老人の家へ迷い込む。この老人はなんと、ジーン・ハックマンが特別出演しております。モンスターに熱いスープを振舞おうとするが、なんせ目が見えない。モンスターに直接スープをかけてしまう。葉巻を吸おうと、モンスターの手に火をつけてしまうなど、細かいギャグが満載です。

                            「プッティン・オン・ザ・リッツ」を

                                    歌い踊る博士とモンスター

5_2しかし、またバイオリンの音に導かれ、城へ帰ってくるモンスター。そしてフランケンシュタイ博士は彼を芸人に仕立て、脳外科医を集め、ミュージカルを始める。成功したかに見えた舞台だったが、モンスターは極度の火恐怖症。舞台装置が火を噴くのを見て彼はパニックに襲われ、また逃げ出してしまう。そしてトランシルバニアへやって来たフランケンシュタイン博士の婚約者を誘拐する…。

この映画の登場人物はみんなちょっと変なのね。家僕のアイゴール然り、老家政婦のブルッハーは、彼女の名前を出したら馬がわななく。フランケンシュタイン博士の助手インガは胸を強調する服ばっかり着てるし、突然トランシルバニアにやって来た博士の婚約者のマデリン・カーンは素晴らしいの一言です。そして、ジーン・ワイルダーの見事なオーバーアクトは笑いを誘うほどです。

この映画はジーン・ワイルダーが脚本を書いてるんですよ。メル・プルックスと共同脚本になっていますが。だからちょっとメル・ブルックス節炸裂とはいえませんが、楽しめる映画でした。

       マデリン・カーン

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