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2008年4月

2008年4月25日

大いなる西部

11 1958年<アメリカ>

監督

ウィリアム・ワイラー

出演

グレゴリー・ペック/ジーン・シモンズ/チャールトン・ヘストン/バール・アイヴス/チャールズ・ビックフォード/チャック・コナーズ/アルフォンソ・ベドーヤ

ストーリー

1870年代、テキサスに東部から1人の紳士ジェームズ・マッケイが地元の有力者テリル少佐の一人娘パトリシアと結婚するためやって来た。だがテリル家はパットの親友で女教師のジュリーが相続する水源地をめぐってヘネシー家と争っていた。一方テリル家の牧童頭スティーヴはパトリシアを密かに愛しジェームズを疎ましく思っていた。非暴力・平和主義のジェームズはこれら全てを合法的に解決しようとするが…。

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婚約したジェームズ・マッケイ(グレゴリー・ペック)と、パトリシア(キャロル・ベイカー)、テリル少佐(中央、チャールズ・ビックフォード)

なにしろこのジェームズ・マッケイという男、徹底した平和主義者だ。テキサスに着いてそうそう、テリル家と反目するヘネシー家の長男バック率いるならず者に、いいようにもてあそばれても手も出そうとしない。バックたちはマッケイを臆病者として町で散々言いふらす始末だ。

そして、テリル家では必ず通らなければいけない儀式、暴れ馬の“サンダー”にも乗ろうとしない。西部で生まれ育ったパトリシアにはそれが「男らしくない」と感じてしまい、不満である。

テリル少佐が牧童たちを連れて、ヘネシー家の村を襲撃しに行くという。自分のせいで何もこんなことをすることはないと訴えるマッケイだが、テリル少佐は面目を潰されたのだから当然の行為だと譲らず、村を襲い、その足で町へ行きヘネシー家の一味をリンチにかけた。その間バックは見つからぬよう隠れていた…。

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  テリル家の牧童頭スティーヴ(チャールトン・ヘストン)

なすすべもなくテリル家に留まっていたマッケイだが、暴れ馬“サンダー”に乗る決心をした。ただし、皆には内緒で。知っているのは馬を世話しているラモンだけだ。何度も振り落とされたが、サンダーを攻略した。

…その夜、テリル家ではマッケイとパットの婚約パーティが開かれていた。華やかに着飾った紳士淑女。踊るマッケイとパット…。その時、窓から1人の男が入って来た。ヘネシー家の主、ルーファス・ヘネシーである。

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      ルーファス・ヘネシー(バール・アイヴス)

ヘネシーとテリル少佐は30年以上も遺恨の仲だ。彼は“ビック・マディ”と言う、牧場を経営しているものには大事な水源地を独り占めにしようとしている少佐を責めた。今度村を襲ったらただではおかないと脅した。そして家を後にした…。

…翌朝、マッケイは“ビック・マディ”目指して1人で旅立った。東部の男が無茶をする、道に迷うに違いない…少佐は牧童たちをマッケイの捜索にあてた。マッケイが分からなくなるパット。スティーブは彼を「とんだ恥さらしだ」と一蹴した。パットが彼をぶつと、スティーヴは激しくキスをした…。抵抗するパット。激しく求めるスティーヴ…。

マッケイは朽ちた邸宅に行き当たる。それは“ビック・マディ”の持ち主、ジュリーの祖父の家だった。ジュリーも偶然この地にいたので、“ビッグ・マディ”を案内してもらうマッケイ。

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              “ビッグ・マディ” 

マッケイはジュリーに“ビッグ・マディ”を買いたいと申し出る。テリル家にもヘネシー家にも水を供給する。そうすれば平和が保てる。パットにも結婚の贈り物になる。…ジュリーはマッケイに“ビッグ・マディ”を売った…。

スティーヴたちはマッケイを捜索したが全く見つからなかった。夜を徹しての捜索だ。しかし、そこにマッケイが通りがかる。彼の行動を激しく非難するスティーヴ。

家に帰り着くと、スティーヴがマッケイに喧嘩を売って来た。しかし、挑発には乗らないマッケイ。やはりこの男は“臆病者”なのだと皆が思った。パットも思った…。マッケイは明日の朝、町に移るという。もうパットはマッケイに愛情を感じなくなっていた…。

…夜中、マッケイはスティーヴの許を訪れる。マッケイはスティーヴが売った喧嘩を受けたのだ。ただし知るのはこの2人のみ。壮絶な殴り合いは果てしなく延々と続いた…。

朝、マッケイはテリル家を後にした…。

スティーヴはテリル少佐に命令され、気が進まない中でヘネシー家の牛を水源地から追い散らしていた…。

ヘネシー家ではルーファスがそれを聞いて怒り心頭だ。ルーファスはバックにジュリーを連れて来いと命令する。お前に夢中なら来るはずだと言う。実はバックはジュリーに夢中で、父親にはジュリーの方が彼に夢中だと偽って報告していたのだ…。ルーファスももちろん“ビッグ・マディ”を独り占めする気でいて、ジュリーに土地の権利書にサインさせようという腹なのだ。

…町ではマッケイとジュリーが会っていた。

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      ジュリー(ジーン・シモンズ)と、マッケイ

マッケイは、“ビック・マディ”はジュリーの贈り物にするのをやめたと言った。ジュリーは説得を試みるが、マッケイは根は深い所にあるのだと言う。そして改めて“ビッグ・マディ”を登記したいという。ジュリーの許可を貰って早速登記に取り掛かるマッケイ。

そこに、パットがやって来た。彼女はジュリーからマッケイが“サンダー”に乗ったと、“ビック・マディ”を結婚の贈り物として買ったことを知らされていた。「結婚は出来ない」と断るマッケイに関係修復を迫るパット。「あなたを愛しているの。パパに牧場の話をするわ。“ビツグ・マディ”のことでパパは大きな計画があるの…」うんざりするマッケイ。少佐のための“ビッグ・マディ”ではない。ヘネシー家にも水を分ける…。激しく罵るパット。…それでパットとは終わった。

一方ジュリーは、パットにさらわれヘネシー家へと急がされていた…。

― う~ん…、これほど悩ましい映画とは…。ちょっと困ったぞ。

そもそもこの作品は「西部劇」と言えるのか?それとも「西部劇」の範疇には入りきらないほど壮大な物語なのか?

人間関係は、流石の巨匠ウィリアム・ワイラー監督らしく上手く描けている。

“ビッグ・マディ”をめぐる2家族の30年間の遺恨。いかにも東部の紳士的な主人公。その主人公の婚約者に密かに恋心を抱く牧童頭。主人公に降りかかる“西部”の洗礼。親離れ出来ない婚約者。親の頭を悩ませる何事も出来そこないの長男。唯1人主人公の意を汲んでくれる“ビッグ・マディ”の持ち主…。主人公は誰とも戦わずに密かに全てを解決しようとする…。

この、“誰とも戦わない”主人公が悩みの種なのだ。

徹底した平和主義で秘密主義でもある。皆の前で笑い者にならなければいけない儀式、暴れ馬の“サンダー”には1人で密かに攻略してしまうし、牧童頭のスティーヴが売って来た喧嘩も皆が寝静まった夜中に密かに行われる。「これで何が証明できたか?」と言うマッケイだが、西部の男はそういうことを人前でファイトし、「男らしさ」を証明しなければいけないのではないのかな?主人公マッケイは東部とは全く異なる土地「西部」に来ても、「男らしさ」は必然な事ではないと思っている。

これが今までの「西部劇」の主人公像とは全く異なるところなんですよねぇ…。それがこれからの「西部劇」の主人公像と言ってしまえばそれまでなんですが、どうも納得がいかない。正統派の西部劇ではないですよね。全く戦わない男が主人公?

そして、「なにもそこまで…」と思う演出。ロング・ショットが多発しすぎなのよ。「西部」の広大さ・雄大さをシネスコの画面にここぞとばかりに出そうという意思は汲み取れましたが、「なにもそこまで…」と感じるショットが多かった。人間が豆粒なんですもん。その豆粒は、本当にグレゴリー・ペックなのかい?チャールトン・ヘストンなのかい?と訝しく思ったもんです。

あと、馬が去りゆくシーンも多かった。これも本当に役者が馬に乗っているのか怪しいシーンである。女性陣の乗馬シーンはスタントだったし。

“手造り”の「西部劇」を遥か彼方に追いやった映画でもありますね。

ストーリー上では、バール・アイヴス演じるヘネシー家の当主がもうけ役でしたね。息子が野蛮でいやらしい男なので、親もそうかと思いきや…実は真っ当な常識人。しかし、“ビッグ・マディ”から水が供給されてもテリル少佐とはそれは長い遺恨の仲。最後はこれぞ「西部の男」っぷりを見せてくれます。

チャールトン・ヘストンはまだ若いなぁ…という印象。「十戒」でモーゼやった後なんですがね、グレゴリー・ペックの域までには届かず。この後再びワイラー監督と組んで、「ベン・ハー」で主演男優賞を獲得するんですね。(主演男優賞はグレゴリー・ペックより早く獲得)この人は“助演”ではなく、あくまでも“主演”で映える人なんだなぁ…と思った次第。

この作品を「西部劇」として期待して観たら、拍子ぬけするかもしれません。単に物語の舞台が「西部」にすぎないと感じました。

3時間弱、長いぞ。

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2008年4月19日

ガンファイターの最後

2 1969年<アメリカ>

監督 アレン・スミシー

出演

リチャード・ウィドマーク

レナ・ホーン

キャロル・オコナー

マイケル・マクグリーヴィ

ストーリー

テキサスのとある町で住人に頼まれて保安官を務めるフランク・パッチは古き良き時代の古風な保安官だ。しかし、近代化の道を進もうとする町の実力者たちは次第に彼の存在を煙たがるようになっていく…。

※ ネタバレです。

3

 古き良き時代の保安官パッチ(左、リチャード・ウィドマーク)

パッチは町のパトロール中、彼に挑んできたルークという男を撃ち殺す。正当防衛とはいえ、町の近代化を進める実力者たちは気に入らない。彼らはパッチを何とかして町から追放したいのだ。未亡人からも、「あなたが憎い」と言われる始末だ。

パッチはこの町に自分の居場所が無くなってきているのを感じている。恋人の娼館のマダム、クレアからも「仕事を辞めて一緒に町を出ましょう」と懇願されている。

この町に頑なに留まれば、殺されるのは分かっている。パッチには恐怖だ。この町を統治するのも疲れた。しかしパッチは留まり続けるのだ。

…パッチを慕い、いつも一緒にいる新聞社に勤める少年ダンと川釣りの途中、町長と町の実力者たちが、パッチを解雇する旨の書類を持ってやって来た。しかし、パッチは破り捨て、彼の解雇の合法性をまくしたてる新聞社の社長オクスレーを殴りつけ、去って行った…。

町に戻ると、オクスレーがライフルを持ってうろついているのをダンが見つける。彼は酒場の使われていない部屋へ入り、窓を開け、ライフルを構えた。ダンはパッチにこのことを伝えた。パッチは彼のいる位置を確認した。

窓の下に立つパッチ。銃を構え、彼を狙うオクスレー…。パッチが部屋へ押し入ろうすると、銃声が響いた。オクスレーは自殺して果てた。

逆恨みだか、今度は彼の息子ウィルがパッチの命を狙おうとする…。

…群保安官のルーが町の実力者たちに招かれてやって来た。パッチをルーク殺しで逮捕して裁判にかけるというのだ。ルーは早速パッチの所へ説得しに出向く。

実はルーはメキシコ人で、パッチの強い後押しがあったおかげで、郡保安官になれたのだった。ルーは「殺される前に保安官を辞めてくれ」と懇願する。聞かないパッチ。ルーを殴って追い出した。

その場にいたダンは、「また暴力でねじ伏せればいいさ」とパッチを批判した。彼を殴るパッチ。「恐怖でしか町を統治できない…」と唸るように言うしかなかった。そして、「神よ、私に何が?」とつぶやいた…。

…町の事を何でも知っているレスターの酒場で、ウィルは彼から1人でパッチを殺すのは断念するよう説得していた。実はレスターもパッチに恨みを抱いていて、ウィルの激情に便乗し、パッチを殺す気でいたのだ。

町の実力者たちの集まりで、ついにパッチを殺すことが決定した。ルーが「大したもんだ。これが文明か…」とつぶやく。

ルーは再びパッチの許へ行き、「この町を出る、一緒に行こう。頼む」と言うが、パッチは断る。そしてルーは去って行った…。

…クレアの許を訪れたパッチ。唐突に「結婚しよう」とプロポーズする。クレアは受け入れ、2人は夫婦になった。

その頃、レスターとウィルはパッチ襲撃の準備に余念がなかった。

…式を挙げ、牧師の家を出た2人は別れた。そしてウィルはクレアを人質に取る。何かを察知したパッチは町を慎重に歩いてきた。するとウィルがパッチに向かって銃を撃った。クレアの許へ駆けつけるパッチ。パッチはウィルを撃った。瀕死のウィルは父親の自殺の真相を知りたがった。真相を話すパッチ。しかしウィルは、「皆の言うとおりあんたは勝手だよ…」と言う。「誰かがやらねばならん。たとえそれが間違っていたとしても…」と言ったところでウィルは息を引き取った…。

レスターによるパッチ襲撃が始まった。激しい銃撃戦。パッチは肩に足に銃撃を受けながらも戦う。しかし確実にレスターを追い詰めていくパッチ。駅近くの牛の飼育場でレスターを投げ縄で捕まえ、彼をひきずり留置所に入れる。

しかしその頃、町の実力者たちに雇われたガンマンたちが屋根の上からパッチを狙っていた。それを承知で彼は教会へと向かう。ルークを見送るためだ。思わず十字架のイエス像に目が行くパッチ…。

教会から出てきたパッチは思わず空を見上げる。最後だ。町長の合図で方々から拳銃が炸裂する。なすすべもなくハチの巣になりパッチは死んだ…。

…そして夜、棺と一緒にクレアは汽車に乗り込んだ…。

― 近代化が進む町では滅びゆく運命にあった男、フランク・パッチ。彼は「古い時代」の遺物であり、町に長く留まりすぎた。

彼はいずれ追放されるか殺されるか知っていたはずなのに、頑なに町に固執する。町を出るのは棺でというのはなんとも皮肉な話だ。

そんな“老いゆく頑固な保安官”をリチャード・ウィドマークが好演。脇役が頑張ろうがあがこうが、これは完全に「リチャード・ウィドマーク」の映画だ。

さて、「アレン・スミシー」なる監督、聞いたことがない…とお思いの方も多いだろう。

これは最初ドン・シーゲルが推薦した監督、ロバート・トッテンがメガホンを取っていたのだが、リチャード・ウィドマークと意見の対立が激化。3/2を撮り終えたところで、結局ドン・シーゲルと交代。しかし、完成した映画に2人ともクレジットを拒んだため、全米監督協会が架空名義の「アレン・スミシー」という名前を用いたそうです。

「アレン・スミシー」という監督名は、その後何作か“いわくつきの作品”使われるようになるんですな。

編集し完成した映画は、ロバート・トッテンとドン・シーゲルが撮った割合がちょうど半分の割合だったようですが、社会や組織に迎合しないアウトロー的性格・己の暴力的衝動を抑えきれないアンチ・ヒーロー像・己の手で秩序を築き上げたのに町には味方よりも圧倒的に敵が多いという主人公の姿は、「ダーティ・ハリー」を感じさせ、完全にドン・シーゲルのものである。

そして、最後の壮絶だがあっけない主人公の“死”は、後のジョン・ウェインの遺作「ラスト・シューティスト」に受け継がれていくのだ。

リチャード・ウィドマークとドン・シーゲルは、67年の「刑事マディガン」でもコンビを組んでいる。これは「死の接吻」以来のリチャード・ウィドマークの当たり役でもあった。(この映画でも相当2人はやりあったそうだが…)

なんだかんだ言っても、結局2人は相性が良いのである。

曲者俳優、リチャード・ウィドマークよ、永遠に!!

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2008年4月12日

ワーロック

14 1959年<アメリカ>

監督

エドワード・ドミトリク

出演

リチャード・ウィドマーク

ヘンリー・フォンダ

アンソニー・クイン

ドロシー・マローン

ドロレス・マイケルズ

ストーリー

ワーロックの町では、マキューンの経営するサン・パブロ牧場のならず者たちが暴れまわっていた。部下の1人は散髪屋に難癖をつけ殺した。翌日、町の住人は集会を開き、町を自衛するために凄腕保安官クレイを呼ぶことにした。マキューンの部下の1人、ジョニーは自分たちの行為を恥じており、町に残ることしたが…。

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やって来た救世主クレイ(ヘンリー・フォンダ)と、相棒の賭博屋モーガン(アンソニー・クイン)

早速マキューン一味がモーガンの経営する酒場「フランス宮殿」へやって来た。クレイと対峙する腹積もりだ。早速腹心の部下ゲートがクレイに難癖をつけるが、彼は軽くやり過ごしマキューンに宣言した。

「私は町に雇われた保安官だ。2つの規則を定め徹底的に守る。第1に、撃ち合いを始めた者は私が殺す。第2は、騒ぎを起こした者は町から追放する。これは法として成立しているから絶対に従え。追放者が町へ入れば許さない。」と。

ジョニーの弟ビリーはいきり立つが、マキューン一味はおとなしく帰っていった。ジョニーは去りがたい衝動を抑えつつ、最後に続いた…。

外へ出ると、ジョニーと一味のいざこざが始まる。そして皆が帰るとき、彼は決心した。この町に残ると。そしてマキューン一味から離れた…。

…ワーロックの町へ向かう馬車がマキューン一味の3人に襲われた。男が馬車から出てくる。しかし、その男を狙撃したのはモーガンだった…。困惑する一味だが、金は奪って逃げた。馬車はワーロック目指して走り去った。

馬車が町に着く。出てきた女はクレイが知っている女だった。クレイに挑んだ婚約者を殺されたリリーという女だ。

クレイ達が馬車を襲った3人を捕まえてワーロックまで戻り、彼らを裁判にかけるため一時牢に入れた。その中にはジョニーの弟ビリーもいた。町の住民は興奮してリンチにかけようとする。しかしクレイが、集団リンチは最も卑劣な行為だと諫め、皆を帰した。

翌朝、裁判のため群保安官がやって来た。皆がこの町に群保安官補も置かないと文句を言うと、募集中だという。そこでジョニーが立候補した。彼は正式に群保安官補に任命された。

     群保安官補に立候補するジョニー

       (馬の前、リチャード・ウィドマーク)

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ジョニーはクレイと違って、この町に秩序を取り戻すのは“対話”だと思っている。必要とあらば彼と対峙する気でいるのだ。

                 リリー(ドロシー・マローン)とジョニー

6リリーはそんなジョニーをクレイの復讐に利用しようと考える。家に招待し、料理を振る舞う。しかし、色々と話していくうちに彼女はジョニーに惹かれ始める…。

一方クレイは丘で早打ちの修練中、数少ないクライ擁立反対派だったジェシーという女性に出会う。

  ジェシー(ドロシー・マイケルズ)

16彼女は、クレイがマキューン一味を銃も使わずに町から撤退させたことで彼を尊敬し惹かれていたのだ。

そしてジェシーはクレイに会いに来たのだった。“愛”を期待して。それは裏切られなかった。クレイもジェシーに好意を寄せていた。熱い接吻を交わす2人…。

ジェシーの家で食事中、モーガンがクレイを呼びにきた。町を追放された3人が待っていると知らせて来た。決着がつき次第この町を去ろうと言うモーガンとジェシーと結婚してこの町に留まると言うクレイ…。

…3人がクレイの前に姿を見せた。ジョニーはクレイに弟と話させてくれと頼む。聞き入れられた。しかし、ビリーは聞く耳を持たない。

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クレイは3人ににじり寄りながら、おとなしく町を出ろと警告する。しかしビリーはクレイに銃を抜けといきがる。物陰からクレイを狙っていた第4の男がモーガンに撃たれ、それをきっかけに銃撃が響いた。ビリーはクレイに殺された…。

       説得がむなしく終わったジョニー

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ジョニーはこれ以上クレイの手によって死者を出さないよう、単身マキューンの許へ乗り込み、話し合いによって決着を着けようとするが…。

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― いやいや、曲者役者3人(リチャード・ウィドマーク、ヘンリー・フォンダ、アンソニー・クイン)の豪華共演ですねぇ。(ヘンリー・フォンダはもうこの頃から「正統派」とは言えなくなっていくんですな…)

ストーリーも良く出来てます。「悪」の集団マキューン一味が町を席巻する。なすすべもない住人。凄腕の雇われ保安官とその相棒の賭博屋の奇妙な友情と愛憎。「悪」の側にいた男が“法の番人”になるという奇抜さ。女に対する愛の形…。

まず、主役の一端を担うリチャード・ウィドマーク。

一時は「悪」に憧れた男だったが、ある事件をきっかけに、「悪」であることを嫌うようになり、ついには「善」の象徴でもある群保安官補になる。「悪」との対峙はあくまでも“対話第一”で、説得出来なかったときは町の住人が立ち上がってくれることを願っているという、実はとてもクリーンな男であったという、なかなか難しい役をさりげなく熱演。うん、熱演なんだけど、熱演と見せないそのさりげなさが渋い。

もう一端のヘンリー・フォンダ。

相棒モーガンに豪華な生活を提供され、点々と「悪」に苦しめられている町へ保安官へと高給で雇われる男。優秀な保安官の印、「黄金銃」を持つ男でもある。そして自分の立場を良くわきまえている男。一つの町に留まるのは、町に平和が戻るまで。町に不要になった時はモーガンと共に去るのみ。しかし今回の町では愛する女が出来、一つ町に留まろうとするが…という、「悪」との対峙はあくまでも“銃”という男を難なくこなすこの演技力の凄さ。この人、上手いとしか形容が出来ない。

たぶん一番難役であっただろうアンソニー・クイン。

唯1人、人間扱いをしてくれたクレイにただひたすら尽くす賭博屋のモーガン。実はリリーに恋心を寄せながら、クレイを邪魔する者を許さず、クレイを英雄にするためには手段を選ばない男。そんな役を余裕たっぷりに演じる。憎いねぇ。

リリーやジェシー、町の人々、マキューン一味の書き込みも巧みだ。ストーリー運びも最後まで飽きさせない。

ひたすらカッコいいラストのヘンリー・フォンダにリチャード・ウィドマークはちょっと喰われた感があるが、監督の力量に違わない出来の映画だと思う。

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2008年4月 9日

長い船団

7 1964年<アメリカ>

監督 

ジャック・カーディフ

出演

リチャード・ウィドマーク

シドニー・ポワチエ

ラス・タンブリン

ロザーナ・スキャフィーノ

ストーリー

紀元10世紀。ムーア人の要塞。船が座礁してこの地に流れ着いたバイキングのロルフは、「黄金の鐘」の伝説を皆に話し、故郷へ帰る金を稼いでいた。一方、族長のエル・マンスーはその伝説を信じており、ロルフを捕え「黄金の鐘」のある場所を聞き出そうとするが…。

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 「黄金の鐘」の伝説を語るロルフ(リチャード・ウィドマーク)

しかしこのロルフという男、口八丁。おまけに腕がたつバイキングだ。エル・マンスー激しい追及をかわし、部下を軽くやりこめ、海へ飛び込んでムーア人の元をおさらば。命からがら故郷ノルウェーに帰り着く。

   エル・マンスーはソウルフル(シドニー・ポワチエ)

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故郷では、彼の父親が造った王のための弔い用の船が皆に披露されていた。

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実はロルフは、ビサンチンで修道僧に助けられ修道院で生命を回復したのだった。その修道院のモザイク画に「黄金の鐘」が造られた経緯が書いてあったのだ。それに子供の頃エジプト人の語り部から、「黄金の鐘」の伝説をよく聞かされていた…。

エル・マンスーと同じく「黄金の鐘」の存在を信じて疑わない彼は、秘かに船員を募り王の娘を誘拐し船を奪い再び航海に出る。

途中、確かに「黄金の鐘」の音を聞き、場所を突き止めた。しかしその直後船はうず潮に巻き込まれ、またも座礁。行き着いた先は、エル・マンスーのいるムーア人の砦だった…。

船員も含め、ロルフは再び囚われの身になってしまう…。

1船員の裏切りから、「黄金の鐘」の場所がエル・マンスーに知られてしまう。しかし、ムーア人は砂漠の民族。海には詳しくない。ロルフは船員の命を第一に考え、船を修理し、エル・マンスーに従い「黄金の鐘」の場所へと向かった…。

― 「長い船団」という地味なタイトルとは裏腹に、なかなかの歴史アクション娯楽作でした。

「黄金の鐘」をめぐるムーア人のエル・マンスーとバイキングのロルフの物語ですな。

「黄金の鐘」はロルフによって見つけ出されるのか?エル・マンスーとロルフの関係の行方は?

しかしシドニー・ポワチエは、髭をたくわえ、髪型を変えると、あ~らなんてソウルフル。時代(60年代)に迎合したわけではないんでしょうが、“モータウン・レコード”からデビューできそうです。

彼にしては珍しい“敵役”でもありますね。

対するリチャード・ウィドマークは、口八丁で腕っぷしが強いロルフを楽しそうに演じておりました。

彼もチラリと胸毛を見せ、前半に限るがおみ足を大胆に見せて、セクシーさをアピール。女性ファンにはたまらない映画でしょう。

バイキングによるエル・マンスーのハーレム乱入事件あり、エル・マンスーの妻がロルフに色仕掛けあり、チャンバラありの、気張らずに楽しく観れる映画であることは間違いないでしょう。

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2008年4月 6日

チャールトン・ヘストンさん死去

ハリウッドの“大作”なら、この人という俳優、チャールトン・ヘストンさんが、4月5日にお亡くなりになりました。

享年84歳。

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セシル・B・デミル監督の「地上最大のショウ」「十戒」や、アカデミー主演男優賞を獲得した「ベン・ハー」、SF大作「猿の惑星」、「エアポート'75」など、出演した大作はどれも大当たり。

全米ライフル協会の会長でもありましたが、2002年アルツハイマー病に侵されていることを公表。

ご冥福をお祈りいたします。

(ここのところ、訃報の記事ばかりで残念でなりません…。)

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2008年4月 2日

ジュールズ・ダッシン監督死去

「日曜はダメよ」や「トプカピ」で有名な監督、ジュールズ・ダッシンさんが、3月31日にお亡くなりになりました。

享年97歳。

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私にとっては、なんといってもフィルム・ノワールの傑作「男の争い」が一番ですね。彼のスタイリッシュな映像にしびれました。

(彼の作品「深夜復讐便」は1940年代アメリカ、「男の争い」はフランスのカコデゴリーでアップしています)

97歳といえば、天寿を全うしたんでしょうが、また1人映画界の重鎮が消えてしまいた。残念でなりません。

ご冥福をお祈りいたします。

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2008年4月 1日

ニュールンベルグ裁判

1 1961年<アメリカ>

監督 

スタンリー・クレイマー

出演 スペンサー・トレイシー/バート・ランカスター/リチャード・ウィドマーク/マクシミリアン・シェル/マレーネ・ディートリッヒ/モンゴメリー・クリフト/ジュディ・ガーランド

ストーリー

1948年ドイツ、ニュルンベルグ。アメリカの地方判事ヘイウッドが裁判長に任命されてやって来た法廷はナチス首脳部の戦争裁判に次いで行われたもので、世間の関心は薄れていたけれど彼は正義に基いた裁判を行うと誓った。そして戦勝国の判事が敗戦国の判事を裁くという難しい裁判が始まった…。

※ ネタバレです。

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アメリカの片田舎の裁判長、ヘイウッド(スペンサー・トレイシー)

特に被告の1人、エルンスト・ヤニングは世界的に知られた法律学者で、かつて司法大臣として第三帝国憲法の記章に加わった過去を持っていた。

     ヤニング(バート・ランカスター)と被告たち

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戦勝国アメリカ側の検事ローソンは、ドイツの判事たちがヒトラーに迎合して法律を改変し、無実の大衆を恐怖で虐待した責任を糾弾した。

       検事ローソン(リチャード・ウィドマーク)

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対する、ヤニングを尊敬してやまない彼の弁護士ロルフは激しく反論する。ヤニングが裁かれるのならば、ドイツ国民も裁かれるのだと。

実はヤニングは弁護人を拒否していたのだ。何も語らず、裁判に身をゆだねる…。しかしロルフはそれを許さなかった。

        弁護士ロルフ(マクシミリアン・シェル)

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被告は4人いたが、最も激しい尋問を受けたのはヤニングだ。検察側の証人は彼に不利な証言を次々と繰り出した。しかし、弁護人ロルフも負けてはいない。激しい反対尋問でやりこめていく。ローソンとロルフの激しいつばぜり合いが始まる。ヘイウッドは、この法廷ではこのような議論は二度と許さないと断言した…。

…ヘイウッドが使っている屋敷に、元の住人ベルトホルト夫人が突然訪ねてきた。荷物を取りに来たのだった。彼女の夫は米軍捕虜の虐殺裁判で死刑になっていた…。

この後、2人は度々逢うようになる。

…裁判は、“断種”に絞られてきた。

証人ペーターセン(モンゴメリー・クリフト)

9証人のペーターセンが証言する。自分は正常なのに、政治的にヤニングに“断種”されたと。

しかし、ロルフの反対尋問は巧みだった。彼の家族は精神異常があり、“断種”は正常な行為だったと。ペーターセンは、簡単な言葉を文章に出来ず、検察側は面目丸つぶれだった…。

…あるパーティでヘイウッドとベルトホルト夫人が再び出会う。UP通信の記者と一緒だった。

この裁判はドイツ国民の関心が薄くて記事に出来ないと記者は言う。驚きを隠せないヘイウッド。終戦からたった2年で…。

   ヘイウッドとベルトホルト夫人(マレーネ・ディートリッヒ)

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ヘイウッド夫人は、自分は全ドイツ人が怪物でないことをアメリカに伝える義務があるのだと話した。何かとヘイウッドに親切にしてくれ、2人の仲は接近していく…。

…裁判も佳境に入って来た。

ヘイウッドは迷っていた。ヤニングの著作の素晴らしさやベルトホルト夫人から聞いた彼の印象は、完全無欠の人物だった。

しかし、ローソンの追及は厳しい。

「忠誠を誓わぬ者や反抗を示す者は人目につかぬよう即刻逮捕し、裁判をせず強制収容所に送れ」というヒトラーの命令に、被告の皆が追随していた。それにより何百万もの罪のない人間が犠牲になったと。そして、強制収容所の映像を映した。

それは想像も出来ない地獄絵図だった。ヘイウッドに衝撃が走る…。被告たちにも…。

                アイリーン・ホフマン(ジュディ・ガーランド)

15次の証人はアイリーン・ホフマンだ。いわゆる「フェルデンシュタイン事件」で偽証罪に問われ、“断種”された女性だ。この事件はヤニングが強く関与していた。

ロルフは彼女をユダヤ人と関係した民族の汚染の主で、淫らな女だと断罪した。

すると、ヤニングが強い調子でロルフを遮り発言を求めた。そして語りだした…。

…国は荒れ果てていた。民主主義もあったが、内部から分裂していた。― 何よりも全てを恐れていた。それを理解出来ればヒトラーの台頭も分かるはずだ…。

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ヒトラーは言った。“ドイツ人であることを誇るべきだ。共産主義者、自由主義者、ユダヤ人は悪魔だ。悪魔が死ねば災いも消えるのだ”と。

私たちには分かっていた。その言葉が嘘であり、悪質だと。なぜ沈黙を守り体制に加担したのか。…祖国を愛していたからだ。

祖国の危機だ。顔を上げよう。“前進”が合言葉だった。…その成功は歴史が証明している…。予想以上の成功だった。ヒトラーの憎悪と権力がドイツと世界に催眠術をかけたのだ。

そしてある日、周囲を見渡してみるとドイツは、恐ろしい危機に陥っていた…。“儀式”としての裁判が全土に横行していた…。

…私の名誉を守るのは、弁護士に任せようとした。だが彼はその手段として、第三帝国が国民のためだったと暗示し、国の繁栄のために“断種”をしたのだと言い、ユダヤ人が16歳の少女と寝たとほのめかした。それもまた、国を愛するが故の行為だろう…。

真実を述べることは容易ではない。だがドイツを救うには、我々が痛みや屈辱を乗り越え、罪を認めるしかないのだ。

「フェルデンシュタイン事件」は、開廷する前から決まっていた。証拠など関係なく有罪と決めていた。ユダヤ人を“生贄”にする“儀式”だったのだ…。

私たちが何百万人もの虐殺に気づかなかったと言う。何百人かなら気づいていたかもと言い、逃れようとする。それで罪が軽減されるのか?

…詳細は知らなかった。だがそれは、知りたくなかったからだ。

私は真実を語る。…たとえ世界中が反対しても、真実を語るつもりだ。ナチスの法務省に関する真実を語る…。

…そしてヤニングは、他の被告3人の悪行を暴いていった。

更に、自分は誰よりも罪深い。彼らの正体を知りつつ、同調していたと言った…。

20…ヤニングの告白に、ロルフも弁護をいったんは諦めようとしたが、最後の仕上げに出た。

かつて、各国がヒトラーと同調していたと。その国々は有罪なのかと…。全世界にヒトラー台頭の責任があると。

…検察側の最終弁論と、被告の最終陳述で裁判は結審した。

…判事の間でも意見が割れた。苦悩するヘイウッドだが、心はすでに決まっていた。600万人の殺害を無視するわけにはいかなかった。

…判決が出た。ヘイウッドは語りだした。

2

単純なる殺人や残虐行為が、起訴状の要点ではない。要点は、被告たちが自発的に残虐で不正に満ちた体制に自ら関与したことだ。文明国ならば、道徳と法に違背していてる行為だ。

裁判所は記録を入念に調査した結果、合理的疑いの余地なく有罪を裏付ける証拠を多数発見した。

黒い法衣を身にまとい人々を裁いた者。人間を絶滅させるための法や命令の制定に関与した者。法を執行する地位にいて、国内法から見ても違法な法の施行に積極的に参加した者…。

刑法の原則とは、どの文明社会でも共通している。“殺人を行わせたる者。犯罪を目的としてその凶器を供給したる者。犯罪を幇助したる者すべて有罪”という原則。

…もし被告人全員が堕落した倒錯者で、第三帝国の指導者たちが残虐を好む怪物ならば、道徳的意味など問う必要はないのだ。

だが分かったことは、国家の危機の際には誰もが、どんなに卓越した人物でも想像を絶する犯罪を犯してもいいと信じ込んでしまうことだ。それを忘れてはならない。

政治的信条からの“断種命令”。友情や信頼に対する嘲笑。子供の処刑…。たやすく行われた…。

どの国も決断を求められる。まさに敵の脅威が迫ったときには…。そして生き残るため敵の手段をまね、ご都合主義を押し付けあとは無視する。そういう者に言いたい。“何のための生存か”と。

国家が危機に陥ったとき、必ず必要なものがある。…世界の人々に記憶してもらいたい。この法律が必要だと思うのは、正義であり、真実、そして人間の命の重さだ。

― そしてヤニングを含む4人の被告に全員有罪、終身刑を言い渡した…。

…アメリカへ出発の日、ヘイウッドはベルトホルト夫人に電話を入れる。しかし、彼女はヘイウッドの厳しい判決にただ呆然としていた…。電話はつながらなかった。

ロルフが不意にやって来る。ヤニングがヘイウッドに会いたいというのだ。

ヤニングの牢で再開する2人。ヤニングは語った。

重圧を感じることになるだろう。判決は批判され、支持は少ないだろう。でも、少なくとも自分は、あなたの判決を尊敬していると。

そして、呼び出した理由を話した。

…あの殺された何百万の人たちのことは、知らなかったのだ。それだけは信じてほしいと…。

ヘイウッドが答える。

あなたが無実と知りつつ死刑にしたのが始まりだ、と。

衝撃を受けるヤニング。ヘイウッドは他には何も語らず去って行った…。

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― 第二次世界大戦(ヨーロッパ戦線)は、バート・ランカスター扮するヤニングとスペンサー・トレイシー扮するヘイウッドの語りで、ほぼ要約されている気がしますね。

ドイツが誇る法律学者ヤニングの苦悩の告白。何故ナチスに手を染めたのか?

片田舎の判事から思いかけず裁判長に任命されたヘイウッドの苦渋の決断。何故彼らは有罪なのか?

そして、まるで地獄絵図の強制収容所。ドイツ国民は本当に何も知らなかったのか?あの“ナチス”に熱狂した国民は何処へ消えたのか?

第二次世界大戦の歴史を振り返ると、疑問がとめどもなく流れるが、それは研究者にまかせるとして、映画の感想ですね。

まぁ、見事な「演技合戦」でした。

スペンサー・トレイシーの、何げない自然な演技は相変わらず脱帽せずにはいられないし、検事ローソン役のリチャード・ウィドマークのメリハリの効いた見事な演技、証人役のモンゴメリー・クリフトとジュディ・ガーランドの圧巻の演技…。

「エルマー・ガントリー」のアカデミー主演男優賞ですっかり演技派に転向しちゃったバート・ランカスターと、若き弁護士ロルフを演じたマクシミリアン・シェルは、ちょっといやらしいなぁ…とでもいうんでしょうか…くさかったが、マクシミリアン・シェルはこの演技でアカデミー主演男優賞獲得ですからねぇ…。名演なのかなぁ。

と、マレーネ・デイートリッヒが出てこないが、彼女はこの映画に必要だったのかちょっと疑問だったもので。可もなく不可もなく。

映画は3時間強あるんですよ。それが、(ほぼ)裁判のシーンで綴られてゆくと、もっと締まった力強い映画になったと思ったんですよ。

逸脱が多いんです。当時の世界情勢(冷戦の勃発)を組み込むなど。

スペンサー・トレイシーとマレーネ・ディートリッヒの“からみ”が多すぎるんですよね。

彼女はドイツ側の代弁者として登場している訳ですが、それはバート・ランカスターが背負えばいいことだと思った次第。実際に2人の言動などかぶっているところが多かったですしね。

まぁ、彼女の華麗な特別出演と思えば我慢出来るか…。

とにかく、出演者の演技に釘づけにならなきゃいけない映画であることは確かです。

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