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2009年6月

2009年6月24日

拾った女

6 1952年<アメリカ>

監督 サミュエル・フラー

出演

リチャード・ウィドマーク

ジーン・ピーターズ

セルマ・リッター

マーヴィン・ヴァイ

リチャード・カイリー

ストーリー

ニューヨークの地下鉄を舞台にスリを働くスキップは、キャンディという女から財布を抜き取るが、中には共産圏スパイ団の機密ファイルが入っていた。物をスラれたことに気づいたキャンディは雇い主ジョーイに知らせたが、共産圏スパイである彼は全力を挙げてそれを取り戻すようキャンディに命令する。スリの現場を目撃してていたFBIは、キャンディが知らぬ間にスパイの手先となっていることを知っていので、この機に一挙にスパイ組織の全貌を掴もうと捜査に乗り出した。彼らは裏事情に精通しているモーというネクタイ売りの女から、スリはスキップの仕業であることを聞き出し、キャンディをおとりに彼からフィルムのありかを吐き出させようとするが…。

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  スリに及ぼうとするスキップ(リチャード・ウィドマーク)

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     何も知らぬキャンディ(ジーン・ピーターズ)

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これほどまで政治色を濃く出した映画は、当時としては珍しいのではないか。“冷戦”まっただ中の時代、しかし、“冷戦”を真正面から取り上げた映画というのは無かった。(と、いうか日本に入ってこなかったのかもしれないが…)

だがこの作品は、ずばり“冷戦”に切り込む。FBI対共産圏スパイ組織である。いや、スキップ対共産圏スパイ組織か。

共産圏スパイ組織の機密マイクロフィルムを偶然スッた男スキップは前科3犯で、今度捕まると終身刑の身である。このスキップがマイクロフィルムの価値を知った。気が治まらないのはそれをスラれたキャンディである。彼女はスキップがスッた物の価値を分かっていない。しかし、雇い主の昔の男ジョーイから最後までやり抜くのが彼女の仕事だと言い聞かされ、仕方なくモーに大金を払いスキップの居所を聞き出し、マイクロフィルムの入った封筒を取り戻すべく奔走するのだった。

しかし2人は恋に落ちてしまい、キャンディはマイクロフィルムとジョーイの正体を知る。一方追い詰められたジョーイはスキップの居所の口を割らないモーを殺す。

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        殺されるモー(セルマ・リッター)

スキップからマイクロフィルムを奪い返し警察のおとりとなったキャンディはジョーイと会い、彼にマイクロフィルムを渡すが、1コマ足りなかった。激怒するジョーイはキャンディに乱暴を働き、殺そうと銃を放つのだった…。

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共産圏スパイ組織の機密フィルムをめぐる、キレのあるスリルとサスペンス。そして見事なまでの暴力描写。女性がここまで乱暴に扱われる映画も珍しい。最初はスキップに不意に殴られ気絶し、次はジョーイに乱暴される。殴られ、投げ飛ばされ、命の危険にさらされる。そしてスキップ対ジョーイの死闘はリアルである。スキップの鉄拳がボキッ!ボキッ!とジョーイに重くのしかかる。スキップの鉄拳はキャンディの痛恨を晴らすかのようだ。

それにこの映画は、強烈な恋愛映画でもある。スキップの家に忍び込んだキャンディがスキップに不意打ちを食らわされる。その後の2人はとてもロマンティックである。強力な磁力で惹かれあう。もう後戻りは出来ない。強烈なキス、キス、キス…。反目しながらも唇を重ねる。キャンディはスキップの身を案じてマイクロフィルムを取り返し、スキップはキャンディの恨みとばかり、ジョーイに襲いかかる。

リチャード・ウィドマークは1950年代に入ってから役の軌道修正をしてきてますね。社会の底辺で生きる男ながら、同情の余地はたっぷりある男として「街の野獣」から方向転換、ビリングも一位。堂々としたスターの仲間入りをした訳ですね。そして珍しい“金髪の男優スター”でもあったんですな。当時男優スターに金髪はいなかった。(アラン・ラッドぐらいしか思いつかない…)

ジーン・ピーターズのキリッとした女っぷり、セルマ・リッターの哀しい老女っぷりも、この映画の見所。

しかしなんといっても、強烈な暴力シーン、強烈なキスシーンに心奪われる映画である。

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2009年6月12日

街の野獣

22 1950年<アメリカ>

監督 ジュールス・ダッシン

出演 

リチャード・ウィドマーク

ジーン・ティアニー

クーギー・ウィザース

フランシス・L・サリヴァン

ハーバート・ロム

ヒュー・マーロウ

ストーリー

いつも一獲千金を夢見ているハリー・ファビアンはナイトクラブ「銀狐」の客引きをしている。そのナイトクラブの歌姫メリーはハリーの恋人で、彼が堅気になることを願っている。レスリングの試合場で客引きをしていたハリーは八百長試合に憤慨する世界的な伝説のレスラー、グレゴリウスを見て、彼を担ぎ上げ一儲けしようと企んだ。グレゴリウスとの話し合いは上手くいったが、どうしても興行には400ポンド必要だった。ナイトクラブの主人ノセロスに頼むと、200ポンドを作ってきたら後半分は出してやろうと言われとりあってくれない。方々金策に駆けずり回ったが、誇大妄想狂的なハリーの話に乗るものはいなかった。しかし、彼はノセロスの妻ヘレンに会い、彼女はノセロスと別れて新しいナイトクラブを開きたい、ついては200ポンドを出すから警察に手を廻してナイトクラブの経営許可証を獲得してほしい、そして一緒にやっていこうと持ちかけられる。金の欲しいハリーはこの申し出に同意して、ヘレンには偽造の許可証を渡し、ノセロスから200ポンドを得、待望のレスリング興行へ乗り出すのだった…。

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ハリー(リチャード・ウィドマーク)に現実的になれと言うメリー(ジーン・ティアニー)

400ポンドをめぐって壮絶な騙し合いが始まる。ハリーを客引きに雇っているナイトクラブ「銀狐」の主人ノセロスをその妻エレンが騙す。そしてエレンをハリーが騙す。更にハリーをノセロスが騙す…。

見事400ポンドを手にし、レスリングの興行権を手にしたハリーは、「ファビアン興行会社」を立ち上げ意気揚揚。しかしロンドンのレスリング興行を一手に担っているのはクリストという男。早速ハリーの許へケチをつけにやって来た。だが、ハリーには味方がいた。伝説のレスラー、グレコリウスである。実はクリストとグレゴリウスは親子だった。ハリーを信じて疑わないグレゴリウスにクリストは引き下がる。

しかし、ノセロスはクリストと組んでいた。2人は古い仲だったのだ。ノセロスは200ポンドを作ったのが妻のエレンであることを知っており、彼女とハリーの仲を疑っていた。狡猾な彼は200ポンドを出資する代わりに共同経営者になっていたが、それを「やはり金にならない」と言って反故にする。

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妻エレンとハリーの仲を疑うノセロス(フランシス・L・サリヴァン)

ハリーはノセロスの口車に乗せられ、グレゴリウスが忌み嫌うレスラー、ストラングラーを興行に引き込むことにする。そうすればノセロスの金は安泰のはずだった。

グレゴリウスにも彼の弟子ニコラスと試合することを承知させた。しかしノセロスは手を引いた。ついにハリーは恋人メリーがせっせと貯めていた金を盗み出し、それをストラングラーのギャラに充てる。しかし、ハリーの練習場でストラングラーがグレゴリウスにケチをつけ始めたのがきっかけで、2人は死闘を演じることとなる。そのおかげでグレゴリウスが死んだ。

黙っていないのが息子のクリストだ。彼はその場から逃げたハリーに賞金を懸ける…。

一方ノセロスと別れ、新しいナイトクラブに命を捧げたエレンだったが、開店前に経営許可証が偽造であることが警官にバレるのだった。愕然とするエレン…。

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騙し、騙された3人の男女、ハリー、ヘレン、ノセロスには破滅しか待っていなかった。

ハリーを騙したノセロスはヘレンに去られ自殺し、ノセロスを騙したヘレンはハリーに騙され夢破れノセロスの許へ帰るが時すでに遅し、ヘレンを騙しノセロスに騙されたハリーは偶然の事故とはいえグレゴリウスを失い追われる身に。

「成功したい」「追われる人生からおさらばしたい」と、一攫千金の夢を追いすぎたハリーはとにかく徹底して“運”に見放された男でもあった。やくざな世界でしか生きられず、金策は口八丁で他人頼み。ようやく“運”が向いたと思ったら、なんと騙されていたとは!!

夢叶って意気揚揚の男から惨めに追われる男に大変身の、ハリー・ファビアン役のリチャード・ウィドマークが上手い。興行主としての幸せに溢れた顔、ノセロスが手を引くと言った時の焦り、ヘレンを騙す時のずる賢い顔、恋人メリーから金を盗む時の悪意に満ちた顔、そしてグレゴリウスを死なせクリストから追われる立場になった時の顔…。

とにかく彼は追われていた。走っていた。映画の冒頭からロンドンの街を走り抜けていた。最後は追われて、追われて、走りに走り、そして走る。汗が滴り落ちる。本当にリチャード・ウィドマークが走りまくる。彼は足が速いね。彼が走ってるだけで、映画に疾走感が出て、説得力が出る…なんて思うのは贔屓目か。

ノセロス役のフランシス・L・サリヴァンも妻を愛しすぎた男として好演。ヘレン役のクーギー・ウィザースも崩れた女の感じが良かった。(名前は読み取れなかったが)グレゴリウス役の俳優さんも堂々とした“これぞ伝説のレスラー”という感じが良く出ていたし、息子クリスト役のハーバート・ロムの無慈悲な男も良かった。ただ、ジーン・ティアニーが急に容色が衰えた感じがして残念だった。

ダッシン監督のキレの良い演出が伝わる作品。

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2009年6月 9日

サンセット大通り

1 1950年<アメリカ>

監督 ビリー・ワイルダー

出演 

ウィリアム・ホールデン

グロリア・スワンソン

エリッヒ・フォン・

     シュトロハイム

ナンシー・オルソン

ストーリー

ハリウッドのサンセッド大通りに面するある邸宅のプールに、若い脚本家ジョー・ギリスの死体が浮かんだ。死んだ彼はそのいきさつを語る。失職ライターのジョーは映画会社への脚本売り込みも意の如く進まず、貧窮のどん底にあった。ある日月賦の払込み不足から自動車会社の男に追いかけられたジョーは、サンセット大通りにある荒れ果てた邸宅に逃げ込む。そこにはサイレント映画の大女優ノーマ・デズモンドが、執事のマックスと共に過去の夢に生きていた。ジョーが脚本化だと知ると、ノーマは主演を念願し自ら書いている「サロメ」の脚本をまとめるようジョーを邸に住み込ませることにした。若いジョーにとって、この妄想狂の老女の相手は空虚な生活に違いなかったが、ずるずるとハマり、ノーマと抜き差しならない関係に落ち込んでいくのだった…。

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  死体が語る…。ジョー・ギリス(ウィリアム・ホールデン)

壮絶すぎるほど“グロテスク”な物語。

世間から忘れられたサイレント映画の大スター、ノーマ・デズモンドと彼女に仕える忠実な執事マックス。ところがノーマは自分が過去の人物だとはまったく気づいていない。ファンレターは来るし、映画の構想もある。ただ依頼がないだけ。しかしノーマは強気である。サイレント映画の偉大さを語り、自分が映画界に返り咲く自信は満々である。

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過去に生きる女、ノーマ・デズモンド(グロリア・スワンソン)

ビリー・ワイルダー監督はとっても意地悪である。“これでもか”というように、ノーマ・デズモンドを「過去」の偉大なる大スターとして描いている。すなわち、「今」は落ちぶれ忘れ去られた人物として。

ノーマ・デズモンドの周りは全て時代ががっている。彼女の許に集まる友人はこれまたサイレント映画時代の化石である。バタスー・キートン、アンナ・Q・ニルソン、H・B・ワーナー…。ノーマが観る映画も自分の映画だけである。(そしてそこに映された映画は、皮肉にも執事役のシュトロハイムが監督し未完に終わった「ケリー女王」である)

そして、ノーマの忠実な執事のマックスである。ノーマのことを「奥様」と言いかしずいているが、かつてはノーマを発掘し、自ら監督し、夫であった男なのである。この不気味な設定には絶句するしかないのである。そしてジョーにノーマの執事になった顛末を告白するシーンは、シュトロハイムのイミテーションである。

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時代物の車で出かけるマックス(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)、ジョー、ノーマ

まるでノーマもグロリア・スワンソンのイミテーションのようだが、やがてジョーを愛しはじめたノーマが彼の心を繋ぎとめるために、水着美人(駆け出し時代やっていた)やチャップリンの物まねをしてみせたり(やはり駆け出し時代、チャップリンの映画にチョイ役で出演したことがある)する場面は鳥肌ものである。

そして、大御所監督セシル・B・デミルの登場である。グロリア・スワンソンとコンビを組んで大ヒットを飛ばした監督。実名での登場である。そしてノーマを「ヤング・フェロウ」と呼び、「サロメ」のひどい出来の脚本に弱りながらも巧みにかわし、彼女を手厚く迎える。

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       ノーマと、セシル・B・デミル監督

ノーマは、「サロメ」のことで呼び出しがあったのだと思いいそいそと撮影所に駆けつけ、皆から盛大に歓迎されるが、実はノーマの車をあるスターの映画に貸してもらえないかという皮肉に満ちたものだった。

ノーマのヒモとなり下がり恋もままならない、仕事にも嫌気がさしてくる、自分にもほとほと嫌気やさし邸を後にする決心をするジョー。一方ノーマは「サロメ」に傾倒していく。「サロメ」はノーマの命そのもの。「サロメ」を演じるため若返りの努力は狂気じみ、ついには「サロメ」そのものになってしまう幕切れは壮絶だ。

グロリア・スワンソンもシュトロハイムもよく役を引き受けたなぁ。2人は真の「プロ」である。

コメデイー映画の評価が高い監督だが、「深夜の告白」や「失われた週末」、それにこの作品のような“怖い映画”の方が好きである。実はビリー・ワイルダー監督の真価は、“怖い映画”の方にあるのだと思っている私である。

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2009年6月 6日

哀愁の湖

1 1945年<アメリカ>

監督

ジョン・M・スタール

出演

ジーン・ティアニー

コーネル・ワイルド

ジーン・クレイン

ヴィンセント・プライス

ダリル・ヒックマン

ストーリー

若い流行作家リチャード・ハーランは友人の弁護士のグレンからニューメキシコの別荘に招待される。そこへ向かう列車の中で自分の著書を読んでいた美しい女性を見染めるが、彼女は偶然同じくグレンから招待されていた。列車を降りて、その女性エレンと妹のルース、2人の母親ベレント夫人に紹介される。エレンは地方検事のクィントンと婚約していたが、リチャードと恋に落ち、結婚した。リチャードは足の悪い弟ダニーを溺愛していたが、結婚後エレンとダニーを連れて自分の別荘「月の裏」へ生活の場を移す。しばらくは愛情溢れた日々が続いていたが、そこへルースとベレント夫人がやって来た。その頃からエレンは異常な心理状態となり、夫の愛を独占しようと、2人に冷たく当たり始める。ある日、ダニーとポートに乗って湖に出たエレンは、ダニーが湖に飛び込んで泳いでいるうち溺れたのを見殺しにするのだった…。

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列車での出会い。リチャード(コーネル・ワイルド)と、エレン(ジーン・ティアニー)

恐ろしきものは、女の「嫉妬深さ」である。ここまで完膚なきまでに嫉妬深いと、かえって潔いと思ってしまうのは、私も“女”だからであろうか。

とにかく嫉妬深い。リチャードの弟ダニーが療養所から別荘「月の裏」へ移れると医者から太鼓判を押されると、自分は新婚旅行も無しなのに、夫はダニーを溺愛し自分ばかりに重荷を負わせると医者に不満をぶつけ、医者の口から「月の裏」行きをやめるよう言ってくれないかと懇願する。そのくせ話の途中でリチャードが入って来ると、ダニーの「月の裏」行きを喜んでみせるその狡猾さ。

結局、「月の裏」では幸せは得られなかった。

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       溺れるダニー(ダリル・ヒックマン)

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      見殺しにするエレン(ジーン・ティアニー)

リチャードが良かれと思って呼んだエレンの母親と妹ルースには際限なく冷たく当たるし、2人が滞在を数日で切り上げて帰った後には、湖で溺れるダニーを見殺しにする。ダニーが完全に湖に沈むまで見守る姿は、夫の愛情を独り占めにしようという魂胆のすざまじさを垣間見ることができる。結局リチャードの気配に気づいて湖に飛び込むものの、ダニーは帰ってくるはずもなく…。

その後、辛い思い出の別荘をたたんで、エレンの実家に身を寄せる2人。ふさぎ込み、エレンともろくに話さなくなったリチャードを疑惑の目で見るエレン。彼の愛が冷めた?そこにルースの一言が。「子供でも出来たら…」見事エレンは妊娠する。リチャードの笑顔も戻った。しかし、母体が弱く動けない日々、段々お腹が膨らんで醜くなっていく体…。その間にリチャードとルースは親しくなっていく。疑惑、嫉妬の日々。そしてついにエレンは故意に階段から落ち、子供を死産させる…。

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エレンの嫉妬は際限を知らない。ついには自殺するのだが、周到にもかつて婚約していたクィントンに手紙をしたため、ルースがエレンを殺害したようにもっていく周到さはお見事と言うしかない。

しかし、映画を追っていくと、エレンは決して「悪女」ではないのだ。ただ、“愛”が過ぎるだけのこと。それが周囲を破滅に追いやっていくのだが、彼女が「悪」を全て被るにはちょっと可哀そうなのだ。

母親とルースは、エレンの“愛情が過ぎて相手の周囲を破滅させかねない”性を知っていながら、それを放置しているし、おまけにルースはリチャードに気があるというのを隠そうとしていない。

それに、いくら執筆を手伝ったからって、結婚して初の本の献辞が妻でなく違う女(ルース)に捧げられていたら、エレンじゃなくても怒り心頭だと思うのだ。本の舞台がメキシコで、「家中が憎しみに満ちていて嫌になった」と、ルースが来週から旅行する場所もメキシコってのはどうだろうか。そりゃあ、ルースがリチャードを誘惑したとエレンが思っても不思議ではあるまい。その嫉妬心がむき出しになり、リチャードに知れた時、エレンは彼にとって疑惑の女となるのではあるが。

エレンが“愛するが故に”リチャードに誘導されるがまま全てを告白するのと、ラストの生ぬるさが、この映画がいま一つ「傑作」たりえない要因だろう。“愛するが故に”全てをはぐらかし、隠し、騙して自殺する。これだとグッとサスペンスになり、エレンも徹底した「悪女」に昇華するのだが…。

徹底してエレンを「悪女」にしてやれなかったのが、つくづく残念である。

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2009年6月 4日

過去を逃れて

2 1947年<アメリカ>

監督 ジャック・ターナー

出演

ロバート・ミッチャム

ジェーン・グリア

カーク・ダグラス

ロンダ・フレミング

リチャード・ウェッブ

ストーリー

ニューヨークの私立探偵ジェフは、賭博場を経営するウィットに彼の情婦キャシーを連れ帰る依頼をされる。しかしジェフはアカプルコでキャシーの虜になり、2人は愛し合い、サンフランシスコへ逃げるが、キャシーは追ってきたジェフの同僚を殺して彼の前から消えてしまう。その後ジェフは名前を変え、小さな町でガソリンスタンドを経営し、献身的な恋人にも恵まれ静かな生活を送っていたが、ウィットに見つけ出され新たな仕事を依頼されるのだった。しかし、そこにはなんと何も無かったようにキャシーが昔の姿のまま立っていた…。

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アカプルコの出会い。ジェフ(ロバート・ミッチャム)と、キャシー(ジェーン・グリア)

― これぞ“夢の女”、キャシー。

どことなく幼さが残るが絶世の美女。寂しげだが誘うような瞳。完璧な肢体…。ジェフは一目で恋に落ちた。逢引きするたびに思いが募る。そんな彼女が4万ドルを着服し、ウィットを銃で撃って逃げたとは考えられなかった。

「信じて…」キャシーは憂いを含んだ瞳で訴える。

しかし、ジェフの同僚がウィットがポンと出した調査費用1万ドルの半分を主張しにサンフランシスコへ現れた時、夢は覚めた。キャシーは同僚を殺し、去った。4万ドルも着服していた。

それから随分時が流れた。ジェフはウィットに見つかってしまった。彼の傍らには昔と何も変わらないキャシーがたたずんでいた。キャシーはウィットに過去を洗いざらい話してしまっいた。ウィットに借りがあるジェフは仕事を引き受けなければならなかった。

「仕方がなかったの…」キャシーは変わらぬ瞳で訴える。

しかし、ジェフが仕事に取り掛かるとキャシーの本性が見え始めるのであった…。

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― これぞ“悪夢の女”、キャシー。

虫も殺せぬような柳腰の美女が、凄絶なまでの“悪女”の面をさらしていく。もうキャシーに“夢”を持っていないジェフをどこまでも、どこまでも追い詰める。ウィットの部下と結託し悪事を働く。邪魔者は躊躇なく殺す。「保護者」であるウィットも例外ではないのだ。

ジェーン・グリアが、“タフ”なロバート・ミッチャムに完全に勝利した“悪夢の女”を魅力的に演じて、この映画は傑作になった。キャシーを軽蔑しつつも「保護」する、馬に目のないウィット役のカーク・ダグラスも“悪の魅力”に溢れていて惚れる。

暗い結末まで目が離せない。これぞ「フィルム・ノワール」の醍醐味!!

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2009年6月 2日

民衆の敵

4 1931年<アメリカ>

監督

ウィリアム・A・ウェルマン

出演

ジェームズ・キャグニー

エドワーズ・ウッズ

ジーン・ハーロウ

ジョーン・ブロンデル

ベリル・マーサー

ストーリー

シカゴの町に育ったトムとマットは少年時代から札付きのワルでプティー・ノーズという悪党にそそのかされ万引きなどを働いていたが、そのうち2人は純然たる悪党となりノーズの指示で怪我を強盗を企てるようになった。だがこれは警官の知るところとなり失敗に終わった。この時無情にも2人を置き去りにして姿を消してしまったノーズの行為は彼らをいたく憤らせた。間もなくトムとパットは運輸会社のトラック運転手となり、パディーという大親分に匿われるようになった。やがて世界大戦が勃発し、トムの兄で善良なマイクは戦場において勲功を立てたが、トムは禁酒法の影響により酒が高くなったのをきっかけとし、マットと共に大々的に政府の倉庫に保管された酒を盗み出す仕事に取り掛かった。トムとパットは親分パディーと共々ネイルス・ネイザンというギャングの手下となり、酒の密造・密売に手を染め出すが…。

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マット(エドワーズ・ウッズ)と、トム(ジェームズ・キャグニー)

面白いのは「暗黒街の顔役」と共通して、映画が始まる前に“この作品はギャング礼賛ではない”と注意書きのスーパーが流れる。それほど1930年代は、ギャング映画が多く作られた。この映画はそんなギャング映画の夜明けである。

トムとマットは幼い頃からいつも一緒のワル仲間。何をするにも一緒。パディーの組織に入り立派な悪党になっていく2人。若い頃裏切られたプティー・ノーズにも見事復讐を果たす。

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    プティー・ノーズに復讐を果たすマットとトム

と、後のギャング映画なら2人は悪の世界を制覇しようと考えるところだが、最後まで親分に忠実な部下なんである。制覇出来るきっかけはあった。大親分のネイルス・ネイザンの不慮の死である。彼は乗馬中暴れ馬から落ちて命を落とす。だがトムとマットが取った行動は、ネイザンの命を奪った馬を殺すことだった。

野望は小さい2人である。

トムと兄との確執(この兄貴が偽善的な男で嫌味なんだな)。兄に対する劣等感と母親の2人に対する揺れる思い。

しかしなによりもこの映画の一番の“核”は、トムとマットの友情物語である。彼らの友情に嘘偽りは無い。2人の友情の深さには感動さえ覚えるほどだ。ギャングの抗争はこの映画においてはやや隅に置かれているといってもよいのではないだろうか。

女優陣であるが、核になって出演しているのはトムの“母親”だけである。ビリング3番目のジーン・ハーローは映画に華を添える程度の出演。なんだかやけに不細工に見えたし…。トムの恋人にいたっては頬にグレープフルーツを押し付けられフェード・アウトである(この作品中白眉なシーンであるが)。

トム扮するジェームズ・キャグニーは快調そのもの。小気味よい演技。そして拳でパットや母親の頬をこづく仕草は母性本能にグッとくるのである。グレープフルーツは御免だが、グーでトントンと優しくこづかれてみたいものである。

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