地獄の戦場
監督 ルイス・マイルストン
出演 リチャード・ウィドマーク
ジャック・パランス
カール・マルデン
レジナルド・ガーディナー
ロバート・ワグナー
ストーリー
第二次世界大戦下、米国海兵隊B中隊は南太平洋のある島に上陸した。上陸後、日本軍のロケット砲の集中砲火をあび前進出来なくなる。意外である。敵軍にロケット砲の装備はなかったはずだ。任務に着いた中隊長アンダースンは、洞穴の中にいる日本人将校らが降伏を求めているとの情報を得る。アンダースンは小隊を率いてその洞穴へと赴くが…。
中隊長アンダースン少尉(リチャード・ウィドマーク)
日本のロケット砲が無尽蔵に飛んでくるという、ちょっとありえない設定の映画だったが、戦争の無情さは良く描けていると思った。
戦争から逃げたいと願いながら戦わずにはいられない男。それを知りながら見ているしかない男。ガダルカナルの生き残りの部下たち。日本兵の執拗な攻撃にあい、一人、また一人と死んでいく…。
アンダースンはガダルカナルの戦いで、44人中7人しか帰還させられなかったことに頭を痛め、戦争から逃げたいと願いながら逃げられず、何かあると片頭痛を発症させるまでになっている病人である。しかし、今作戦もガダルカナルの生き残りを再び連れて、島を占領し、日本兵を捕虜にする役目を負っている。彼らを失う恐怖とまた戦わねばならない。辛い立場だ。
“ドク”はガダルカナルでのアンダースンの命の恩人だ。“ドク”は、アンダースンの心の内を知りながら、彼に言われるがまま薬を処方してしまう。本当は薬などではアンダースンの片頭痛を癒すことは出来ないと知りながら。そして島に上陸すると、何やらメモを書き始める。アンダースンに宛てたものだ。
“ドク”(カール・マルデン)
“コンロイ”“ピジョン”“坊や”は、ガダルカナルの生き残り組だ。特にコンロイは教師時代のアンダースンの教え子で、彼には大変世話になっていた。どもりを直し、卒業生総代にまでなった。上陸前は戦いを放棄しようとするが、アンダースンに励まされ、そしてアンダースンの戦う姿に勇気を得て立ち上がる。
“ピジョン”はボクサー上がり。“坊や”は姉がハワイで日本人と結婚したことから傷つき、敏感になっている。“ピジョン”は“坊や”を「俺のマネージャー」と呼び可愛がっている。
戦場でウイスキーを作るのを生きがいにしているツワモノもいる。しかし、いざ戦いとなると彼ほど頼れるものはいないという。
そんな男たちと通訳、従軍記者を連れ、日本兵のいる洞穴へやって来たアンダースン。しかしこの洞穴から、生き地獄が待っていた…。
嘆く“ピジョン”(ジャック・パランス)と“坊や”
捕虜を司令部に送り届けるまでに、ガダルカナルの生き残りが一人、また一人と死んでいく。“坊や”は日本兵を皆殺しにしようとし、“ピジョン”にたしなめられるものの自滅して果てる。“ドク”も例外ではなかった。衛生兵とて戦争の犠牲になるのだ。彼は従軍記者に書きかけのメモを託して亡くなった。
その間にも日本のロケット砲は止む気配を見せず、司令部をいらつかせる。捕虜を連れ帰って尋問するが、なしのつぶてだ。しかし、自決した将校から獲得した地図と、“坊や”の遺品から出てきた洞穴にあった地図を照らし合わすことによって、ロケット砲の場所を特定しようとする試みが続くが…。総攻撃までのタイムリミットはあと55分…。
その間、本隊に帰った“コンロイ”がロケット砲により、死んだ。アンダースンが教師時代どもりを直す言葉として使った「希望は万人の母なり。皆それを胸に活きるべし」という言葉をアンダースンに残して…。
“ドク”と“コンロイ”の死がアンダースンを追い詰める。吐き気に襲われ自暴自棄になる。しかし、“ドク”の残した遺言めいたメモがアンダースンを再び駆り立てる…。
リチャード・ウィドマークが、片頭痛に苦しみながらも何かに突き動かされるように戦う男を熱演している。特に温厚で誠実な教師時代から、島へ上陸前の心の弱さをさらけ出す表情、しかし上陸後は頼れる中隊長としての顔、仲間を失い片頭痛に苦しむ姿、しかし仲間の死を乗り越え、さらに前進する姿は、個性派から演技派への道をひた走るウィドマークの姿と重なる。素晴らしい。
日本のロケット砲の場所を探し当てるのは、実に呆気なかったが、その間までの105分間(映画は114分)は流石巨匠ルイス・マイルストンである。ひっぱりにひっぱり、アンダースンの苦悩、その他兵士の個性、日本兵捕虜の個性を充分に描き切っている。
日本兵の描き方も特に偏ったところがなく、捕虜になって辱めをうけるよりは最後は自決する…というのは、1951年当時外れのない描き方で驚かされる。
まぁ、日本兵の苗字に少しおかしいものがあったのと、ガダルカナルの戦いの後で日本軍にロケット砲を無尽蔵に降らせることが出来る余力があったのか疑問だが、それにせよ、戦闘場面は迫力いっぱい、ウィドマークも迫力いっぱいで満足のいく出来であった。
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コメント
>ボースン様
魔女のような看護婦さんですか…?
う~ん…。どうなんでしょう。
いずれにしても、凄いこじつけのポスターには違いないですがっ(笑)。
投稿: オショーネシー | 2009年10月19日 22:07
うーん。
わたくしは看護婦さんだと思うのですが、ポスターの女性。
しかしなんて強引な…(笑)
投稿: ボースン | 2009年10月19日 21:45
>なにわすずめ様
そういえば、ウィドマーク氏って、前歴が教師だったんですよね。
どうりで、教師時代の演技に違和感がないと思いました。
ポスターの女性は、“勝利の女神”なんじゃないかと思うんですが…。
しかし凄いポスターですね。
投稿: オショーネシー | 2009年10月18日 21:15
Montezumaというのは、アラモの砦の戦いから10年後に始まった米墨戦争の戦場で米海兵隊が出撃しています。
この戦闘以前に海兵隊は地中海のトリポリにも出撃しており「モンテズマからトリポリまで海兵隊は勇敢に戦う」、という歌になっています。
『トリポリ魂』という映画も有りますが作品の出来は断然『地獄の戦場』が優れています。
モロッコが舞台の『風とライオン』にも海兵隊が出てきましたね。
投稿: たけだ | 2009年10月18日 10:32
ちょっと、ご無沙汰していたら「地獄の戦場」が登場している!!ワオー!!
この作品、戦闘シーンよりも人間描写が印象深いのですが、それぞれ、よく描けていたと思います。
頭痛持ちで、思い悩むウィドマーク様が、セクシーですし(笑)・・・・スミマセン、ミーハーなもんで、鑑賞の仕方が偏ってますが・・・・かつての教え子と共に同じ戦場で戦い、教え子に死なれてしまった上官のつらさがすごく伝わってきました・・・・もともと、一切遅刻をしないで、毎回時間ぴったりに授業を開始していた先生だったそうですので、黒板の前に立っても、違和感がまったく無いのがさすがですね。
カール・マルデンとは、この頃、他にも「あの高地を取れ」という戦争映画で共演していますが、あちらの作品もいいのですが、あまりにも男性ばかりではむさくるしい(?)と考えたのか、女性との恋愛のからみが取ってつけたように添えられていたのが玉に瑕でした。その点、この作品では、いさぎよくすべて男性陣で進められているので、安心できました。(途中、チラッと「魔女のような」看護師さんが登場するだけ)
なのに、このポスターに大きく登場している女性っていったい・・・・・
「Halls Montezuma」って、この戦闘があった場所?って思っていたのですが、このタイトルは、海兵隊の讃歌からとったものらしいですね。日本の「海行かば」みたいなかんじでしょうか???
投稿: なにわすずめ | 2009年10月17日 13:10
戦争映画にノワールは必要ないというのは解りますし私はノワール的要素を戦争映画に導入しろと言っているわけでもありません。
あのルイス・マイルストンがこれではなあという気持ちですね。
Okinawaの件は、映画で場所が特定されていないこと、原題がアメリカ人以外には意味がよく分からないこと、Okinawaは、当時ヨーロッパでも知名度が高かったことなどによる苦肉の策だったのではないでしょうか?
投稿: たけだ | 2009年10月15日 08:34
>たけだ様
戦争映画にノワール的雰囲気は不要だと思います。
現在ならそういう風に描けたかもしれませんが、まだ1951年当時は、映画ジャンルの描き分けが明確だったと思われます。戦争映画は兵士の苦悩はあれど、派手な戦闘、そして勝って勝って勝ちまくる。内容はあまり留意しなくとも良かった時期の映画だと、私は納得しています。
とにかく、たけだ様はこの映画はお気に召さないんですね。
それでいいと思います。
投稿: オショーネシー | 2009年10月14日 22:36
>ボースン様
なるほど、ボースン様の考え方もなかなか納得できる話ではありますね。
私は実はあまり“信仰”のメモは重要ではないと考えています。
最後の総攻撃に向かうに当たり、脚本家がひねり出したウルトラC…とでもいいましょうか。
従軍記者がドクのメモを読んだ後、アンダースンが、「行くぜ!我々には神が付いている」と言うのなら、信仰は重要なカギになりえますが、アンダースンは何も言わず、「あと2分だ。」と部下にハッパをかけるだけです。
戦争映画って、結構なんでもありの世界が多いので、私はこの内容で満足です。
しかし、Okinawaって…。なんであの島が沖縄なんでしょうねぇ。不思議です。
投稿: オショーネシー | 2009年10月14日 22:15
冒頭からウィドマークには何か問題が有ることが示されて、ボイスオーバーが有って、過去の回想場面とくればフィルムノワールの文体なのでははーーん、ストーリーはそっちに進むのかなあと思っているとカール・マルディンのボイスオーバーも有っててっきりノワーリッシュな内容かと思ったら全く違いました。
ウィドマークとマルディンの葛藤がメインかと思ったらこれも違う。
マルディンは最初の方で「心理的片頭痛は、自分の力で治さなければならない」と言っておきながら「信仰しかない」というメモを残して戦死してしまう。
回想場面で、生徒の吃音を矯正したように部下の問題を解決する内容かなと思ったらこれも違う。
日本兵とのやり取りで異文化理解を訴えようとするかと思ったらこれも違う。
皆さんご指摘のように兵隊の一人一人を結構丁寧に描いていますがそれがストーリーテリングの脚を引っ張っています。
「坊や」に関しては、回想場面も含めて全部削除した方がスッキリすると思います。
脚本は映画の為の書き下ろしですが、脚本家の腕があまりよろしくないように感じます。
映画では戦闘場所は明示されていませんが、製作者側の頭には多分硫黄島が有ったと思います。
硫黄島なら日本軍にも映画で描かれたような火力は有ったはずです。
厭戦的な内容と勇壮な海兵隊マーチが何とも皮肉な取り合わせの一編です。
投稿: たけだ | 2009年10月14日 10:23
>確かに、最後のドクのメモは信仰に頼る内容でしたね。
それは私も不満です。
欧米だとどうしてもそうなっちゃうんでしょうねえ。
それでなくても、「戦争」の非情さにかんたんに対抗できるものってないですし。
私もあの遺書の文面はどうにもピンとこないのですが、アンダースンの絶望を
逆になんとか支えたいというドクの、強い思いのあらわれだと思えば、
その心情は理解できないでもないです。
ドクに限らず、部下たち結構この上官のこと思ってくれてますよね。
内容そのものよりも、メモを書き始めずにいられなかったドクの心根が、
アンダースンを立ち直らせる…と、私は勝手にそう解釈しました。
未完の遺書ですし。
「戦争映画」としての出来はもともと?と思っていますが…(笑)
なぜかフランスやドイツでは"Okinawa"などというタイトルで公開されてるようです。
ますます不思議です。
投稿: ボースン | 2009年10月13日 23:24
>たけだ様
たけだ様はこの映画をお気に召さないご様子ですね。
最初のヴォイス・オーバーは、ウィドマーク氏の心の叫びだと思います。
自分も逃げたいのに、それが出来ないという。
エピソードは確かに盛り込みすぎでしたが、兵士個人個人をじっくりと
描いていると思いました。
確かに、最後のドクのメモは信仰に頼る内容でしたね。
それは私も不満です。
それよりもなによりも、日本軍がガナルカナルの戦いの後で無尽蔵に
ロケット砲をアメリカ軍に、しかも正確に発射出来た設定に驚いています。
まぁ、ジャングルの戦いが描きかったのは明確なので、仕様がないんでしょうかねぇ…。
投稿: オショーネシー | 2009年10月13日 21:52
>ボースン様
この映画のウィドマーク氏は良いですね。
教壇に立つ温厚な姿から、戦場で戦う勇ましい姿まで。
演技派・性格俳優の総てがこの映画に凝縮されているような気がします。
その他の俳優も皆個性豊かで、じっくり書き込んであって
好感が持てました。
そうそう、「聖女ジャンヌ・ダルク」観ましたよ~。
映画自体はつまらなかったものの、ウィドマーク氏の演技は一見に値あり、でした。
投稿: オショーネシー | 2009年10月13日 21:40
おお!ついにご覧になりましたか。お気に召されたようでなによりです!
私、あの、教壇に立つ姿がけっこう好きでしてねえ。
初めてみた時、既に“タフガイ”ウィドマーク様のファンだったのですが、逆にこのフツーっぷりに震撼しました。
戦場に立つ姿も、実に頼もしい、けれども性格が豪快なのではなく、精神力だけでもっている(でも無理をしている)繊細なタフガイ。
狂気と冷酷の化身みたいな悪役も演れるし、豪快なタフガイヒーローも演れる。
多分この二種類のイメージが世間では一番強いのだと思いますが、どちらとも違う性格演技。ちょっと「ワーロック」に通じるかな。
個性が勝ってるように見えて、毎回キッチリと人物造形に違いを出してきてくれるのが、色んな作品を見れば見るほど引き込まれる彼の魅力なんですね~(*^^*)
他の兵隊たちも個性豊かですよね。人数多くて最初は戸惑うのですが、じっくり描き分けられてはいます。
通訳レジナルド・ガーディナーもいい味だし、ネヴィル・ブランドは目をケガしてからが妙にカッコよく感じました(笑)
投稿: ボースン | 2009年10月13日 18:09
オショーネシー様
私には今一つ納得できない映画でした。
冒頭のヴォイスオーバー使用の意図が不明。
エピソードを盛り込みすぎて話しが失速気味(特に「坊や」のエピソードは初めからこいつは死ぬなと解る上に、死に方が唐突すぎる)。
結末に信仰を持ってきたこと。
以上三点が主な不満です。
役者はそれぞれ良い味出していると思います。
特にリチャード・ブーンが良かったと思います。
投稿: たけだ | 2009年10月13日 17:31