映画 フランス

2009年5月31日

太陽がいっぱい

12 1960年<フランス・イタリア>

監督 ルネ・クレマン

出演 アラン・ドロン

    マリー・ラフォレ

    モーリス・ロネ

    ビル・カーンズ

ストーリー

トム・リプリーは5千ドルの契約でフィリップの父親から彼をアメリカに連れ戻すよう頼まれ、ナポリへとやって来た。だがフィリップはマルジュという恋人に熱を上げ、故郷に戻る気はまるでない。やむなくトムは彼と行動を共にするようになる。ある日、フィリップはタオルミナでフレディと合流するため、トムとマルジュを連れヨットで旅立った。今まで友人のように接していたフィリップだったが突如トムに冷たくなり、あまりの仕打ちにトムは彼に対して殺意を抱くのだった…。

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フィリップになりきるが彼に見つかり、気まずいトム(アラン・ドロン)

ルネ・クレマン監督が、アラン・ドロンのために作った映画だと正に言えよう。アラン・ドロン=トム・リプリーである。

言うなれば「欲望の果ての物語」だ。トムは金のためにフィリップに近づき、金と愛憎のためにフィリップを殺す。

驚くべきことに、ヨット上で早くもトムはフィリップ殺害の計画を彼自身に話して聞かせているのだ。映画の序盤から兆候は見えていた。トムはフィリップになりたかったのである。

それは5千ドルがトムの手からこぼれ落ちた時(フィリップの父親から契約を解除される)、今までは友のように接してくれていたフィリップが、ヨットに乗ったとたんサデスティックなまでにトムにつらく当たるようになった時、決意したのだろうか。フィリップを殺して彼になりきる。

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フィリップ(モーリス・ロネ)、マルジュ(マリー・ラフォレ)、トム

マルジュをヨットから降ろし、フィリップと2人きりになり、トランプゲームを楽しむふりをしてフィリップをナイフで一突き。後は死体を布に巻いて大海原へ捨てる。一瞬の躊躇もないこの一連のトムの動作はとてもしなやかである。

その後はフィリップのものを全て頂くため彼になりきるために努力だ。パスポートの写真を変え、筆跡を完璧に書けるようになるまで何度も何度も映写機で写す。そしてフィリップが一番大切にしていたもの…マルジュである。

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         この瞳に抗えようか…?

途中、フレディに正体がばれながらも(当然フレディも始末してしまう)華麗に嘘を重ね、警察やフィリップの父親、果てはマルジュまでをも信じ込ませてしまうこのスマートなテクニック。そうなれば、「太陽がいっぱいだ。最高だ…。」とビーチで一人呟くのもうなずけるかな。

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― と、書いていけば「リプリー」のトム・リプリーとは全くの別人であるのが分かる。

「リプリー」のトム青年は、ホモセクシャル全開の犯罪には消極的で後始末も無様な人物。一方我らがアラン・ドロン扮するトム青年は、フィリップへの愛情を内に秘めながら犯罪には積極的でハングリー、後始末もしたたかな男として描かれている。この「太陽がいっぱい」のトム・リプリーは、アラン・ドロンの性格を加味して出来あがったものだと思うのである。

ヨットでの食事のシーンで、フィリップがトムの食べ方を注意するくだりがある。これもアラン・ドロンの出身から考え出されたものだろう。そしてあの瞳の誘惑…。ただ見つめるだけでマルジュの総てを落としてしまった魅惑のあの青い瞳。何も言えない。

すなわち、「リプリー」は総じて原作に忠実で、「太陽がいっぱい」はアラン・ドロンに忠実な映画と言えよう。

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2008年2月 4日

男と女

2_2 1966年 <フランス>

監督

クロード・ルルーシュ

出演

アヌーク・エーメ

ジャン・ルイ・

   トランティニャン

ピエール・バルー

ストーリー

映画のスクリプト係をしているアンヌはパリ暮らし。娘はドービルにある寄宿舎にあずけている。日曜日、いつも楽しみにしている娘の面会で、つい長居してしまいパリ行きの汽車に乗り遅れる。そんなアンヌを車で送ってくれたのは、カー・レーサーのジャン・ルイ。彼も息子を寄宿舎へ訪ねた帰りだった…。

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アンヌ(アヌーク・エーメ)と、ジャン・ルイ(ジャン・ルイ・トランティニャン)初めての出会い

ジャン・ルイに「ご主人の仕事は?」と聞かれ、アンヌは喋り始めた。夫は映画のスタントマン。そして自分と夫の間には、特別な愛があるという。情熱的でかけがえのない愛。完璧な愛が…。しかし、夫は撮影中の事故で亡くなっていた…。

アンヌのアパートに着いた。ジャン・ルイは来週よかったら一緒にドービルへと誘う。アンヌは行けるかどうか分からないといいながらも、ジャン・ルイに電話番号を告げた。そして別れる二人…。

レーシング・カーのテスト中、ジャン・ルイはアンヌに電話を掛ける。明日、息子へ会いに行くので一緒に、と。良い返事がもらえた。二人は一緒にドービルへ向かう。

5_2子供たちをまじえての楽しいひと時。二人は急速に接近していく…。

帰路の車の中で、ジャン・ルイがアンヌの手を握る…。冷たい表情のアンヌ…。奥様の話をして、と言う。

ジャン・ルイの妻は、彼がレースで重体に陥ったとき、精神の均衡を欠き自殺していた…。

冷たい雨…。アンヌは動揺していた。彼女のアパートに着いたとき、ふと、ジャン・ルイが「モンテカルロ・ラリーに出場する。…終わったら電話する」と言う。そして二人は別れた…。

…ジャン・ルイのアパート。女がベッドに横たわっている。深い付き合いの女だったが、ジャン・ルイは女との関係を清算した。

12モンテカルロ・ラリーが始まる。アンヌは気が気でない。新聞や雑誌で逐一経過を確かめる。

映画を撮影していても、街を歩いていても、心はジャン・ルイの許へ飛ぶ…。

ジャン・ルイの乗った車が優勝する。早速モンテカルロへ電報を打つアンヌ。「愛しています」と。

それに応えるジャン・ルイ。モンテカルロからパリへ、そしてドービルへ車を駆る。

再会し、待ちきれなく肌を合わせる二人…。しかし、アンヌの脳裏に浮かぶのは夫のことばかりだった…。

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― ほろ苦い大人の恋愛物語。

つらい過去を背負った男女がふと出会い、惹かれあい、そして結ばれる。しかし、女は夫のことを今でも深く愛していた…。男と肌を合わせれば合わせるほど、深くなるその思い…複雑である。

あんなにも惹かれあって、愛していると思ったのに、ジャン・ルイが「何故だ?」「何故だ?」と繰り返し言うのも強く分かる。

別れ際にジャン・ルイが、「なぜ、夫の死のことを話した?」と聞く。アンヌは「私の中では夫は死んでいないわ」と言う。ベッドを共にする前に気づけよ、アンヌ!ってなところではあるが、「恋愛」はつらい事を忘れさせ、フットワークを軽くする。

二人の恋の喜びは、見ていてこちらも楽しくなってくる。「愛してる」という電報に、電光石火でアンヌの許へ駆けつけるジャン・ルイ。モンテカルロ・ラリーの間、気が気でないが、街を歩いても公園を散歩しても、微笑がもれるアンヌ…。

しかし、夫との回想は常に空は青かったが、ドービルは雨ばかりなのである…。

アンヌの許へ駆けつけるジャン・ルイの妄想がなんともいい。彼は妄想好きですね。「彼女は今寝ているだろうから、ビストロから電話しよう…」「いや、アパートを訪ねよう。愛を告白してくれた女だ」…等々。アンヌと別れてから、彼女の夫のことも妄想している。「おそらく一風変わった亭主だったのだろう」「イカレタ奴だったに違いない」…等々。1人で運転しているときは、ずっと妄想している。(私は車の免許を持っていないのでよく分からないのだが、皆そうなのか?)

あまたの恋愛映画は女が妄想してきたけど、この作品では男が妄想する珍しい映画でもありますね。

そして、フランシス・レイの音楽が良い。「ダバダバダ~」だけじゃない。アンヌの夫役のピエール・バルーが作詞した深く心に染み入る歌が、実に良いタイミングで入る。

カメラワークも編集も、今観ても斬新だ。

実はこの映画、20年後に続編が作られているのだが(「男と女Ⅱ」)、私は観たくない。

なんともやるせないラストシーンの余韻にどっぷり浸りたいからである…。

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2008年1月28日

黒衣の花嫁

3 1968年

  <フランス・イタリア>

監督 

フランソワ・トリュフォー

出演 ジャンヌ・モロー

ジャン・クロード・ブリアリ

ミシェル・ブーケ

ミシェル・ロンダール

シャルル・デネール

クロード・リッシュ

ストーリー

コート・ダジュールのアパートで独身生活を楽しんでいるブリスの許に、見知らぬ美しい女が現れた。折からブリスの婚約パーティが開かれており、彼の親友コリイは、彼女から鮮烈な印象を受けるが…。

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    ブリスの許を訪れた謎の女 (ジャンヌ・モロー)

女は、遊び人で女好きのブリスの目にすぐ留まった。コリイが彼女を誘い、ブリスが話しかける。女は、コリイを引き払い、ブリスに暑いといって一緒にテラスへ出た。その神秘的な女にブリスはすっかり興味を持ってしまった。

ブリス(クロード・リッシュ)、謎の女コリイ(ジャン・クロード・ブリアリ)

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名前を知りたいと思った。女はスカーフを投げ、「それを取ったら教える」と言う。テラスの柵をまたいで、スカーフを取りに行った瞬間、女はブリスに名前を言い、ブリスを突き飛ばした…。ブリスは墜落死し、女は姿を消した…。

コート・ダシュールから、それほど遠くない市にコラルという銀行員がいた。ある日、彼の許にコンサートの切符が届く。いぶかしく思いながらも足を運ぶコラル。ボックス席だ。女が現れた。胸を弾ませるコラル。翌日の夜、再び会うことを約束して別れた。

翌日、女は予定通りコラルのアパートへ現れた。彼の好きな酒を土産に持って。乾杯をする2人…。

       女と、コラル(ミシェル・ブーケ)

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しかし彼女は酒を花瓶に捨てた…。コラルだけが酒を飲み続ける。コラルもブリス同様、この謎の女に興味を持つ。名前を知りたい…。しかし体が動かなくなっていく…。

彼女は酒に青酸カリを仕込んでいた。次第に苦しくなっていくコラルに、「何年も前に会っている…」と告げる。コラルは彼女の正体が判った。だが、もう遅かった。コラルは女が見守る前で息絶えた…。

次に女は、若手政治家モランの家に、息子の幼稚園の先生だと偽って現れた。夫人がいないと何かと大変だろうと理由をつけて。夫人は、女が打った偽の「母が病気。すぐ来られたし」という電報のため、留守にしていた。

     モラン(ミシェル・ロンダール)と

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息子とかくれんぼをして遊び、寝かしつけた後、女が指輪がないと言い出した。モランは階段下の物置を探す。その時、女が物置の鍵を掛け、ガムテープで空気が入らないようにした。

女は自分から正体を明かし、モランを殺しに来たと言った。モランはすぐさま察した。女は“復讐”に来たのだ。

モランは翌日、死体となって発見された…。

23次に女は、デルヴォーの許を娼婦と称して訪れた。しかし、デルヴォーは事件を起こし、彼女の目の前で警察に捕まってしまう。

計画変更…。次に女は画家のフェルギュスの許をモデルだと偽り訪れる。彼女はフェルグスが捜していたイメージとぴったりの女だった。早速採用される。

女が帰った後、フェルギュスの許にコリイが訪れる。モデルの女…どこかで会ったことがある…。しかし、思い出せない。

フェルギュスは女をダイアナをイメージして、絵を描き出した。段々と女に惹かれて行くフエルギュス…。

     フェルギュス(シャルル・デネール)と、

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コリイがついに女の正体を思い出した。ブリスを殺した女だ。急いでフェルギュスに電話を掛けるコリー…。

しかしフェルギュスは、女が放った矢の一撃で死んでいた…。

…フェルギュスの葬儀。コリーはまるで正体を暴いてくれと言うように真っ黒いベールを掛けた女のベールを剥ぎ取った。ブリスを、フェルギュスを殺した女だった。

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女は警察に捕まり、4件の殺人を率先して認めた…。彼女は何故、何の脈略もない4人を殺し、1人を殺そうとしたのか…?

― サスペンスの詩人、コーネル・ウーリッチこと、ウイリアム・アイリッシュの同名小説の映画化。

彼女が行ってきた、“復讐”とは何のためなのか?そこに焦点が当てられている。

ジャンヌ・モローの自殺未遂からストーリーは始まり、そして彼女は“復讐”の旅へ出る。

トリュフォーは、コラルとのエピソードで複線を張り、モランとのエピソードでその理由を明かしてしまっているが、ストーリーは最後までゆるむことはない。見事な演出だ。

ジャンヌ・モローが、終始無表情で謎めいた女を好演している。彼女は変幻自在だ。“美女”とは言いがたいが、男は謎めいた神秘的な女に惚れるものだ。ここでもトリュフォーは憎いほど、実に上手いのである。

そして、男たちを殺す手口の鮮やかなこと。殺人なのに何故か惚れ惚れしてしまう。

しかし、ジャンヌ・モローはあまりにも“復讐”に燃える女らしいのだ。確かに変幻自在、好演なのだが、キャストに意外性がないのが少し残念なところである。虫も殺せぬか弱い女に見える女優が主人公であったならば(カトリーヌ・ドヌーヴあたりか)、もっとストーリーが混迷して、もっと面白かったに違いない…と思うのは私だけであろうか?。

そして、ジャンヌ・モローはベティ・デイヴィスをとても意識しているように感じた。“魅力的な悪女”はベティ・デイヴィスが得意とする役どころ。口角を下げて無表情で殺人を平然と犯す…。ジャンヌ・モローはベティ・デイヴィスをお手本にしたね。

この映画でのジャンヌ・モローは、実にふくよかであった。徹底したプロ根性の彼女の、ちよっと締まらない体は一体どうしたことだろう?とても気になった。(まぁ、服で体型を隠し、作品には影響を及ぼしてはいないのだが…)

そして度々シャンヌ・モローの“脚”にカメラが吸い付くように執着する。

トリュフォーって、もしかして「脚フェチ」ですか?そんな気がする今日この頃…。

しかし、サスペンスフルで最後まで目が離せない見事な映画でした。

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2007年9月12日

夜の騎士道

2 1955年 <フランス>

監督

ルネ・クレール

出演

ミシェル・モルガン

ジェラール・フィリップ

ジャン・ドサイ

ピエール・デュクス

ストーリー

第一次大戦の終わりによって昔日のロマンチシズムの時代が花咲こうかという時代の物語である。フランスのある田舎町にある第33騎兵隊の中尉アルマンは、ドン・ファンの名にふさわしい人物だった。その彼がある時、同僚たちと賭けをする。1ヶ月以内に偶然の選択によって選ばれた女性の恋人になってみせると高言する。その代わり、大演習に出かける前の日の晩餐会の費用は、アルマンが勝ったら町の人々が払い、負けたら騎兵隊の将校たちが自腹を切るということになる。翌日、アルマンの賭けの相手が決まる。マリ=ルイーズというパリから来た帽子店を開いている、離婚歴のある女性だ…。

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マリ=ルイーズ(ミシェル・モルガン)とアルマン中尉(ジェラール・フィリップ)

なにしろこのアルマン中尉、ドン・ファンも顔負けといった色事師。次から次へと女性を渡り歩いている。彼のタンスの引き出しの中にはラブレターがどっさりという次第。

そんなアルマンがある日、本気に恋に落ちたいとのたまった。そこで皆が“賭け”に出る。大演習の前の日のパーティまでに、“X夫人”を落とせなければ、費用は軍隊持ち。落とせれば、費用は町の人々が出すことに。さて、誰が選ばれるのか?この“賭け”を知らぬのは、選ばれた女性のみ…。

慈善パーティーの日、それはやってくる。アルマンが出した小鳥を当てた女性が“賭け”の対象となるのだ。それは、マリ=ルイーズという、パリから来て帽子店を営む、離婚歴がある美しい女性だった。彼女はこの町の上流社会の名士ヴィクトールに言い寄られていたが、増す増すアルマンの腕が鳴るというもの。

しかし、マリ=ルイーズは手ごわかった。一緒に踊ったものの、帰りは一人。ここでは自分は「よそ者」で、離婚もしている。夜中に将校と二人きりになると、どんな噂が立つか知れない、と。アルマンもここは押しの一手で行こうとしたが、彼女のほうが一枚上手だった。しかしこれから先、マリ=ルイーズはアルマンとヴィクトールとの間を行き来することになろうとは…。

マリ=ルイーズとアルマンが一緒に居ることによって、何といってもここは田舎町。二人が相愛の中だという噂が早くも町中を駆け巡り始める。

ある日、ヴィクトールの家に呼ばれたは良いものの、姉たちの陰湿ないじめに会い、落ち込んでいたところを、アルマンが一緒に踊り楽しい会話で慰めてくれた。その楽しい時もひととき、心無い会話で奈落に落ちる。すっかり酔った町人がアルマンの“賭け”のことを、うっかり口を滑らせようになったのだ。焦るアルマンに、せっかく氷の解け始めたマリ=ルイーズの心をまたも閉ざしてしまった…。絶望のアルマン…。

しかし、めげずにアルマンの追跡は続く。教会からオペラ・ハウスまで。しかしマリ=ルイーズは振り向いてもくれない。しかし、ある日のパーティーでヴィクトールの姉達が仕組んで、2人は一緒に踊ることになる。そして、キス…。いつのまにか2人は本気で愛し合っていた…。

            決闘の火付けとなる娘(ブリジット・バルドー)

9しかし“賭け”のことを知ったアルマンの上司が、2週間の駐屯地の視察を彼に言い渡し、2人の愛が試されることになる…。しかし、ある時偶然にアルマンの“賭け”を知ってしまったマリ=ルイーズ…。

― これぞ、ルネ・クレール式恋愛の縮図。この作品では、恋愛のばかばかしさと残酷さを明るく取り上げています。

戯れに賭けた恋が、本当の愛になろうとは、本人でさえ予測不可能であったということほど、じれったいものはない。2週間の試練は本物の愛を知った者には辛い。しかも相手は、会って数日の大都会から刺激のない田舎へやって来たお堅い離婚経験者で、上流社会の男がしつこく求婚している身で、それもまんざらではない様子。2人の間を行き来する女。

アルマンの“賭け”が町人・軍隊・全てを狂わせる。それも“刺激”のない田舎だからの話。軍隊の友人と、禁じられた“決闘”にまで発展するばかばかしさ。

皆、真剣に演技し、深刻に話が進んでいくのに、その根底にあるのは“ばかばかしさ”と“明るい残酷さ”。大体、マリ=ルイーズ自体が“ばかばかしさ”と“残酷さ”の象徴でもある。真剣に愛し合っていると感じ、2週間の別れを悲しく思いながらアルマンの手紙を読み、その後にはヴィクトールと出かける女。そして歌のリクエストは、アルマンとの思い出の曲だったりする。

ヴィクトールもアルマンとマリ=ルイーズに振り回される。しかし最も厄介なのが、彼の姉たちだった。この上流の家名に泥を塗ってはいけないと、離婚女性のマリ=ルイーズをないがしろにする。それも徹底して。弟にはさりげなく分からぬように。

そして、アルマンの口説きのテクニックを知っている町人たち。彼らは皆、アルマン・マリ=ルイーズ・ヴィクトールをバカにしているのだ。それで“賭け”で盛り上がる。

結局、貧乏くじを引いたのは、アルマンのみ…。因果応酬とはこのことか…。

ちなみに、髪を金髪にする前のバルドーと、まだ無名の頃のダニー・カレル、マガリ・ノエルも出演しているというなかなか豪華な出演陣です。

ジェラール・フィリップは、やさしい顔して、積極的な“色事師”の役を割と多く演じてる人ですね。

DVDには、監督が最後まで迷ったという、もう一つの「ラストシーン」が収められていますが、ルネ・クレール・タッチを取るなら、このラストで正解でしょうね。

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2007年9月 7日

巴里祭

1 1932年 <フランス>

監督

ルネ・クレール

出演

アナベラ

ジョルジュ・リゴー

レーモン・コルディ

ポール・オリヴィエ

ストーリー

「革命記念日」前日の7月13日、パリの下町は祭り気分だ。タクシー運転手のジャンは、向かいの建物に住む花売り娘のアンナと惹かれあっていた。この夕時、アンナは酔いどれの老紳士の客に失礼をしたとして、花売りをしていたダンス場から出入り禁止を言い渡され、少し落ち込んでいたが、ジャンと町で踊り幸せな気分に浸った。にわか雨が降り、彼女とジャンが2人きりになったとき、相思相愛だと知り、益々幸せな夜になった。しかし翌日7月14日、パリ全市民が祭りで有頂天になっていたいる日、アンナの母親が病気にかかり、彼女は2人で踊りにいけないと言いにジャンの部屋へ尋ねると、そこには以前ジャンと同棲していた女、ポーラの荷物が散乱していた…。

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       可憐な花売り娘アンナ(アナベラ)

お互い強く惹かれあっているのに、行き違いばかりで別れてしまう2人の物語。

「革命記念日」の前夜に、愛を確かめ合ったのに、なんという皮肉か。アンナの方では母親が倒れ、ジャンの方では昔の恋人ポーラが“より”を戻そうと、図々しく部屋に陣取っていた。ジャンは強い調子で出て行けと言うものの、行くところが無い…というしおらしいポーラの“芝居”に負け、部屋に置いてやったのが運の尽き。

              踊るジャン(ジョルジュ・リゴー)とアンナ

2アンナの母親が病気で倒れ、その看病の為、約束していた踊りにはいけないということを伝えにジャンの部屋まで行くと、そこには“女”の証拠が。実はこのポーラという女、かなりの曲者でスリとの付き合いがある、いかがわしい女だった。

ジャンが仕事から帰ってきて、ダンスに誘うと、アンナはキッパリと断る。その断り方に腹を立てるジャン。大喧嘩の末、2人は別れてしまう。そして、その夜アンナの母親は亡くなり、彼女は悲しみの淵に落ちるが、ジャンはその時ポーラと踊っていた。

アンナの母親の葬儀の日、ジャンとポーラは新生活を始めるべく、荷物をまとめアパートから出て行った…。

その後アンナは小さな居酒屋の店員になり、ジャンはポーラのスリ仲間となり身を落としていた。オマケにポーラはスリの頭目と出来ていた。

ある日、アンナは店の前に佇むジャンを見つける。しかしジャンはアンナに気づかない。見つめ続けるアンナ…。だがジャンは行ってしまった…。そして偶然店に入ったスリ仲間が、アンナが働いている店を格好の餌食だと思い、襲撃の計画を立て始める。ジャンは見張り係となる。

もう閉店した店にアンナが一人きり。今日の売上金を数えている。そこにスリの頭目とその手下が店に入り、もう看板だと言うアンナの言葉を振り切り、特別に酒を出してもらった。車の往来に見張り係のジャンが2人に信号を送る。そして、店を窓を閉めに外へ出来たアンナを呼び止める。再び出会った2人…。だが以前のような情熱のくすぶりは無い…。アンナは少しの希望を持って、「もしかして私に会いに来たの?」と言うが、やはりジャンは知らなかった。黙々と店の窓を閉めるアンナ…。

「店には戻るな」という警告をしたジャンの制止を振り切って戻ってみると、彼女は羽交い絞めにされていた。ジャンも黙っちゃいられない。アンナを助けるべく2人の許へ駆けつけ、乱闘が起こる。ジャンが倒され、自動ピアノが騒々しく鳴り響く。店の主人が店まで降りてきた。ジャンを逃がす途中で熱いキスをされ、またあの日々が蘇るも、店の主人の鋭い洞察力には勝てず、アンナは店をクビになってしまう…。

そして、お互い別々に違う道へと歩み始める2人。アンナはまた花屋から、ジャンもまたタクシーの運転手から…。

― すれ違いのストーリーと、個性的な人物が登場することで、面白みを増した映画。

アンナとジャンのすれ違いは最初は些細な事だったのに、ポーラの登場で修復不可能になってしまう。そして、母の死。皆に助けを叫び続けても、祭りに行っていて誰も答えてくれない怖さ。その最中にジャンはポーラとのんきにダンスだ。祭りの前日はあんなに幸せだったのに…。にわか雨が2人にキスを誘う。そして、キス、キス、キス…。一歩進んで二歩下がる二人の人生ですが、しかし最後は振り出しに戻る。すごろくみたいですな。

一応“人情喜劇”のようですが、この映画のストーリーは2次的なものなのではないかと思いましたね。この作品では、パリの下町に生きる逞しい人々を描写するのが目的ではなかったかと思われます。

わざと喧嘩を仕掛けて“恋の間”を戯れていたアンナとジャン。ジャンが住んでいるアパートの図々しくも住人には頼れる掃除人。同じ階に住む人々のポーラに対する扱い。アンナがジャンのアパートへ来た時、ポーラとかち合わないかと嬉しそうに話す管理人。勝手に出て行ったのに、またジャンの許へと舞い戻ってきたとんでもない女ポーラ。そのポーラと繋がっているスリ仲間2名。

そして、この映画を面白いものにしているのは、ポール・オリヴィエ演じるいつも酔っている老紳士と、なぜかその老紳士をタクシーに乗せてしまう運転手レーモン・コルディでしょう。この2人、最後の最後までストーリーに絡んでこないんですが、何故か可笑しみがあるんですね。この2人がいることで、映画が生きた。そんな気がします。

「巴里祭」というのは、日本でつけた題名です。本当は7月14日は「革命記念日」。フランス革命の発端となったバスティーユ監獄襲撃事件の一周年を記念して、翌年1790年に行われた「建国記念日」が起源なんだそうです。

そして、今やシャンソンとして定着している、ルネ・クレール作詞、モーリス・ベジャール、ジャン・グレミヨン作曲の「巴里恋しや」も「巴里の屋根の下」程ではないにせよ、効果的に使われていて、やっぱりルネ・クレールは上手いなぁ~…と思わせるところが憎いですね。

アナベラ嬢も、「ル・ミリオン」の頃と比べると、ぐっと自然で美しくなられて必見です。

「巴里恋しや」

 パリの裏町 日は暮れる

 夜の夢が咲く時

 恋の夢が破れる

 運命は一瞬にして 希望を砕く

 なじり合い 喧嘩

 彼は彼女から離れていった

 別の娘が腕の中

 語らぬ恋の秘め事を

 知っていたのだろうか

 パリの裏町 日は暮れる

 夜の夢が咲く時

 恋の夢が破れる

 希望のない日々の後

 ある夜再開した二人

 微笑みはしなくても

 二人の眼が感じとる

 言葉がなくても 瞳が語る

 きっと幸せになれる

 パリの裏町 夢見る夜

 燃える心が 恋の夢を呼びさます

 幸せな日々は過ぎ去り

 全ては夜の色

 けれど二十歳の二人には

 未来の希望が過去を消す

 パリの裏町 夢見る夜

 燃える心が恋の夢を呼びさます

 パリの裏町 日々の太陽

 運命の中で芽生えた

 恋の夢を咲かせる

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2007年9月 1日

自由を我等に

14 1931年 <フランス>

監督

ルネ・クレール

出演

アンリ・マルシャン

レーモン・コルディ

ローラ・フランス

ポール・オリヴィエ

ストーリー

同じ刑務所仲間のルイとエミールは脱走を企てるが、要領の良いルイだけが成功し、彼は露店のレコード売りから蓄音機の店の主人、そして最後に巨大な蓄音機会社の社長にまで出世する。一方、刑期を終えたエミールは、途上若い娘ジャンヌに一目ぼれし、彼女に近づこうと彼女が働いている工場までつけて、ルイが経営する工場までたどり着き、成り行きで工場で働くことになるが…。

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             刑務所での仕事

大工場の社長にまで登り詰めたまではいいが、いつ警察に面が割れるかとびくついてもいるルイ。

             エミールが恋した娘ジャンヌ(ローラ・フランス)

17 一方刑期を終えたエミールは、自由を満喫し原っぱに寝転がっているところを、浮浪者と間違われて刑務所へ逆戻り。しかし、その窓の前から美しい娘が目に入る。彼は人生を儚んで首吊り自殺を試みるが、紐を結わえた格子が外れて結局は脱獄する。彼女の家の前にたたずむエミール…。そして、彼女の家のご近所たちとすったもんだの追いかけっこの末、なんとエミールは彼女の働いている工場に潜り込むことが出来た。そこはルイの工場で、流れ作業で蓄音機を作っていた。

        ルイの大工場

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無事社員になったエミールだが、流れ作業の仕事には慣れず、失敗続きの日々である。彼は作業の途中でも惚れた娘ジャンヌが工場に現れれば、彼女の許へ行ってしまう。皆は彼に振り回されっぱなしの毎日だ。

そんな彼はある日、ふとしたことでこの大工場の社長ルイに出会うことになる。親しげに話しかけるエミールにルイは知らない男だと言うが、2人きりになりたいと社長室に閉じこもる。

ルイ(レーモン・コルディ)とエミール(アンリ・マルシャン)の再開

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エミールはただ懐かしかったのだが、ルイは違った。エミールに銃を突きつけ、金を取れと言い、工場から追い出そうとしたのだ。がっかりするエミールだったが、彼が怪我をし、それをルイが手当てしたとき、友情はよみがえった。抱き合う2人。刑務所でよく口ずさんでいた歌を歌う2人がそこにいた。ルイはすっかり、すました大工場の社長から、エミールの友人に戻っていた…。

…ルイの邸宅での夕食会。上流階級の人々の中でエミールはガツガツ食べ、ワインをたらふく飲んだ。皆が驚きと軽蔑の目で見る中で、エミールだけが彼の姿を見て微笑んでいた。給士の不手際からおこったハプニングに笑い転げる2人。その後の夕食会は上流階級の人々を招待しても来ることは無かったが、ルイはエミールが幸せなら良かったのである。

翌日の朝、酔いつぶれているルイを置いて、エミールは工場に出勤しようとしていたところ、昔の刑務所仲間に会った。ここは誰の家かと聞く仲間に、サラリと友人の家だと言ってすぐさま立ち去った。ついでにルイの妻も愛人と立ち去ったのであった。戸口に顔を見せたルイを見て、エミールの刑務所仲間は確信を持った…。

…工場。エミールが会議中の社長室にやってくる。早速追い出される重役たち。エミールは、実は惚れた女がこの工場内にいると、ルイに告白する。早速ルイはその娘、ジャンヌのデータを取り寄せる。伯父が呼ばれ、彼女とエミールを結婚させるよう命令するルイ。困惑するジャンヌ…。有頂天なエミール…。

仕事が終わって、ルイが家に帰ってきた。夕食会のはずが誰もいない。召使さえいない…。何処からか拍手が聞こえてくる。そこに行こうとすると召使が縛られていた。その部屋に入るルイ。そこにはエミールの刑務所仲間でルイが脱獄囚であることを知っている男たちがいた…。警察には告げられない立場のルイ。どうするのか…。

― ルネ・クレール、トーキー3作目は、余計なものを一切排除した作りになってますね。もちろん歌も入り、ボードヴィル喜劇風に仕上がっていますが、余計なエピソードが一切無い。ルネ・クレール絶好調ですね。セットもアール・デコで余計なものが一切排除されているところも良い。

ルネ・クレールの送るメッセージとは、「人生は思う通りにいかないが、大いに楽しむべきだ。」ということでしょう。前の2作「巴里の屋根の下」「ル・ミリオン」もそうでしたね。「巴里の屋根の下」はほろ苦く、「ル・ミリオン」は大団円でしたが、この作品は“気楽にいこうよ”といった感じでしょうか。

しかし、非常に不安に駆られる映画でもあるんですね。現代までも続く縮図です。流れ作業の規則正しさ…働く人間の規則正しい行進…。新工場ではついに人間が要らなくなる。(従業員は工場の横の河で釣りをしたり、ダンスをしたりと楽しそうですが…)この“怖さ”が、ただの映画にしていないと思います。

ルネ・クレール作品は、ラストが非常に秀逸なんですね。だから作品が締まる。ラスト近くの札束が突風にあおられて飛んでいくシーンは有名ですね。

…“流れ作業の工場”でピン!と来た人はクラシック映画ファンではなくとも多いでしょう。そう、チャップリンの「モダン・タイムス」です。チャップリンはパクッたのか?それともこの作品に感銘と不安を受けて、「モダン・タイムス」が出来たのか?それはチャップリンしか知らない謎であるのだが…。ついつい思いを馳せてしまいますねぇ…。

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2007年8月27日

ル・ミリオン

10 1931年 <フランス>

監督

ルネ・クレール

出演

ルネ・ルフェーヴル

アナベラ

ポール・オリヴィエ

ベネヴァン=ルイ・

     アリベール

パリの下町の屋根から屋根へとカメラが流れていく。教会の鐘が夜の12時を告げる。皆、寝静まる時間だ。しかし、ある場所だけは皆が輪になって踊っている。興味を引かれた男2人が明り取りの窓から何があったのかと尋ねると、皆が歌いだす。「知らないのかい?信じられないような話だよ…」と。そして、時間を朝まで戻すのだった…。そうして映画が幕を開ける。

画家のミシェルと彫刻家のプロスペールは、アパルトマンの一室を共同のアトリエとして使っているが、ミシェルはベアトリスというバレリーナの婚約者がいながらとんだ浮気者で、プロスペールも呆れ顔だ。その上、貧乏で借金まみれ。アパルトマンにはいつも借金取りがたむろしている始末。

ミシェルが画のモデルと浮気中に、ベアトリスが繕い物を持って部屋へやって来た。これに彼女は激怒。部屋へとって帰ってしまう。しかし怒りは収まらず、モデルが帰りがけに、「愛人を部屋へ入れるなら鍵をかけて。」と言う、なかなか強気な娘でもある。ミシェルは機嫌を損ねたモデルの機嫌を取り繕うのに必死だ。アパルトマンの玄関前まで来て、借金取り達が“つけ”を払えと言うと、「商人ってあくどいね」と一言。それに激怒した借金取りたちは彼を泥棒呼ばわりし、追いかける。ミシェルはベアトリスの部屋へ逃げ込むが、ベアトリスの拒絶にあい、部屋を追い出され、また借金取りに追われるはめに。

町ではなにやらスリと警官が追いかけごっこ。スリはミシェルたちが住むアパルトマンへと逃げ込む。ミシェルも追われている最中、アパルトマンは混乱をきたす。その隙にスリはベアトリスの部屋へ逃げ込み、ミシェルの繕った上着を着ているところを、部屋へ帰ってきた彼女にとがめられる。

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ベアトリス(アナベラ)と、ミシェルの上着を拝借したスリ(ポール・オリヴィエ)

警察がベアトリスの部屋のドアを開けるが、後姿のピアノ弾きと笑顔のベアトリスを見て去っていった。彼女のおかげで助かったスリは、このお礼は必ずするよと言い、住所と名前を告げ、去っていった。

一方のミシェルは、ついに借金取り達に捕まり“つけ”を払えと迫られていたが、かたくなに、「嫌だ」を繰り返すばかり。しかし、「払う!!」という声が。プロスペールである。2人のうちどちらかが百万長者になる、と新聞を握り締めて近づいてきた。2人が買った宝くじの発表だ。百万長者は…ミシェルだった。浮かれ喜ぶミシェルと落胆するプロスペール。ミシェルは“つけ”は明日払うと意気揚々と言うが、用心深い借金取り達。本当に当たりくじがあるのか?と聞いてきた。「見せるよ」と皆をアトリエへと誘導するミシェル。ベアトリスの所にあると分かったときには、彼女は仕事へ出ていた。

ミシェルが百万長者になったという噂は、凄いスピードで皆に伝わっていった。「百万長者」…この素晴らしい響き!彼の顔も精悍になっていく。

一方、スリは根城に戻り、副業で営んでいる古物屋の古着のところへ上着を脱ぎ捨てた。そこにお客がやってくる。オペラ歌手だ。舞台の衣装を探しにやって来たのだった。

仕事に出たベアトリスだったが、すぐに呼び戻される。何事かと急いで戻ってみると、モデルと出くわし、これ見よがしに「さよなら、いとしのミシェル」と言うではないか。面白いはずがない。そのうえ、ミシェルにはすぐに部屋の鍵を開けろと催促される始末。そして、「僕は百万長者さ」という、なにやら分からない言葉に戸惑うベアトリス。部屋に入ると、早速上着の話だ。上着の中に当たりくじがあるという。しかし、その上着はスリにあげてしまった…。青ざめるミシェル…。しかしそんなこととはお構いなしに、ミシェル百万長者様のお祝いは続いていく…。

        ベアトリスとプロスペール(ジャン=ルイ・アリベール)

4その頃、オペラ歌手はミシェルの上着を買って上機嫌で店を出て行った。もちろんスリの集団が仕切る店だ。彼の時計をスルのは忘れない。

ベアトリスは、上着をあげた人物の名前を思い出し、プロスペールに伝えていた。名前、チューリップ親父。その名前から住所を割り出し、当たりくじを取り返すと言い、彼は出て行った。彼はなんとか当たりくじを自分のものとし、当選金を山分けしたいと企んでいたのだ。

一通りのお祝いが終わって、ベアトリスの部屋へ入ったミシェル。ベアトリスはあやまるが、「結婚資金が必要だったのに」ともっともらしい、嘘とも真ともつかぬ言葉を吐くミシェル。

     ベアトリスとミシェル(ルネ・ルフェーヴル)

5

ベアトリスがついに住所まで思い出した。オドリエット通り23番。ミシェルはその住所へ急いだ。

…チューリップ親父は、実はスリの大頭目だったのだ。ミシェルが店へやって来て、上着を返してもらいたいと言ってきた。ボロ同然じゃないかとはぐらかすチューリップ親父。その頃、オペラ歌手はミシェルの上着を着て、開演を待っていた。だがそこで、時計がないことに気づいた。

ミシェルのしつこい追求に、オペラ歌手に売ったと白状するチューリップ親父。名前も知らない。しかし、時計があった。それに名前が書いてあるかも知れないと、ミシェルは時計をしげしげと見るが…店の皆が次々と消えていく。チューリップ親父まで。そこに警官登場。ミシェルをチューリップ親父と間違え、彼を警察に連行してしまう。

どうもミシェルの上着が怪しいと踏んだチューリップ親父。今夜オペラ座へ行って取り戻すことにした。

…警察署。オペラ歌手が時計の被害届を出していた。彼が、「犯人はチューリップ親父だ」と言うと、すぐに時計が帰ってきて一件落着。しかし、その場にいたミシェルは彼がチューリップ親父から買った上着の行方が気になって、オペラ歌手に詰め寄る。しかし警官が立ちはだかる。かくしてオペラ歌手は、ミシェルの前から姿を消した…。そして、身元確認のために呼んだプロスペールに上着の奪還を託すが、彼はミシェルを知らないの一点張りだ。あくまでも当選金を山分けする計算なのだ。そしてミシェルは牢の中へ…。

  気がとがめるプロスペール

7なんとミシェルを解放してくれたのは、彼を百万長者だと思って疑わない借金取り達だった。ミシェルも早速オペラ座へ。

同じオペラ座で働いているベアトリスに頼んで、上着の奪還を試みるが、プロスペールが頼んだミシェルのモデルと出くわすし、オペラ歌手はなかなか好色な人物だ。そうする間に開演になってしまった。彼はミシェルの上着を着て舞台へ向かった…。

上着は無事、取り戻せるのか?ミシェルは百万長者になれるのか?

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― ルネ・クレール監督のトーキー第2作目。「巴里の屋根の下」から1年、彼のトーキーに対する姿勢も技術も進化しましたね。もちろん音楽の渦ではありますが、この作品は「巴里の屋根の下」以上に“音楽”の使い方が上手い。なんてったって「オペラ」が出てくる。不自然なことなど何もないわけですよ。そして、登場人物の心の中を“歌”で表している。ミュージカル的というか、ボードヴィル・ショー的と言ったほうがいいのかな?そしてストーリーの進め方も上手いんですよ。なんという驚き。なんという嬉しさ。オマケに台詞もたっぷりです。もう立派なトーキー映画です。まさに今の『映画』です。いや、最近溢れている映画よりテンポがよくて、中身がぎっしり詰まってて、時間が短いなんて…。う~ん…凄いぞ。

ミシェルとプロスペールとの関係も興味深い。始めは、当選金はミシェルが山分けしようと言っていたんですね。しかし自分が当たったと知ったら独り占めする。プロスペールは当たりくじがないと知って、山分けしようとミシェルに迫る。ミシェルの浮気相手まで使って、“くじ”を手に入れようとする。そして、その間に“チューリップ親父”というスリの大頭目が絡む。ベアトリスも大事な登場人物ですね。彼女が警官からチューリップ親父をかくまってから、話が絡まっていく。頑固なオペラ歌手も重要ですね。彼からは“笑い”が取れる。ただ1つ、ミシェルを演じたルネ・ルフェーヴルがもっと魅力的な俳優ならもっと良かったかと思いました。

映画の始まりから、“お洒落”なんですよねぇ。洒落てます。ルネ・クレール節、この作品から定着した感がありますね。チューリップ親父がベアトリスに言う、「このお礼は必ずするよ。」という言葉がキーになる。最初のシーンが最後の大団円のシーンに続く。

なんて幸せな映画!!

                      そういうことだよ~!!

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2007年8月19日

巴里の屋根の下

2 1930年 <フランス>

監督

ルネ・クレール

出演

アルベール・プレジャン

ポーラ・イレリー

ガストン・モド

ビル・ボケッツ

エドモンド・T・グレヴィル

ストーリー

アルベールは歌を歌って歌譜を売るのを商売としている実直な青年だ。ある日、彼はその場で美しいルーマニア人の娘ポーラに出会うが、彼女はこの界隈切っての悪党フレッドに言い寄られるが、まんざらでもない様子だ。失望するアルベールだが、フレッドがポーラの家の鍵を盗んで、彼女は家へ帰ることが出来なくなってしまう。哀れに思ったアルベールは彼女を自分の部屋まで連れて行くが…。

「傑作ギャング映画」の次の特集は、うって変わって、「“粋”とは何か、“遊びの酔”とは何か。ルネ・クレール特集 」です。

7パリの空の下から人々の歌声が流れてくる。それを指揮し歌譜を売るのは、アルベールという青年だ。その歌の輪の中は、スリの温床でもある。アルベールは一番端にいる可愛らしい娘ポーラにどうやら一目ぼれしたようだ。しかしポーラもスリの被害にあってしまう。歌の会が解散すると一目散にスリに詰め寄り、「俺の客に手を出すな!!」と凄み、ポーラの金を奪還する。

一方、この界隈きっての悪党フレッドもポーラに熱を上げている。実はスリがポーラの金を奪い、彼女がそれに気づいたとき彼が助けるという計画だったのだ。しかしそれはアルベールがポーラに金を返し、計画倒れになるのだった…。

…夜、ポーラの部屋にフレッドが押し入る。踊りに行こうと誘うフレッドにポーラはつれないが、まんざらでもない様子だ。一通りの押し問答の後、結局2人は出かける。

バーをはしごするアルベールとその友人で行商人のルイ。そこにフレッドとポーラが入ってきた。フレッドがごろつきとなにやら話をしている間、1人になったポーラ。アルベールとルイに笑いかける。2人はどちらがポーラの許へ行くかダイスで賭けをする。しかし、ポーラの席にフレッドが戻り、アルベールは失望を隠せない。そして店を出る2人。

  ポーラ(ポーラ・イレリー)とフレッド(ガストン・モド)

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2人はその場で別れるが、後ろ髪を引かれるアルベールはバーの前で1人寂しくうろつく。

いちゃつくフレッドとポーラだったが、彼はポーラの部屋の鍵を盗む。口論になる2人。その上、もう1人のフレッドの“恋人”が現れる。いたたまれずにポーラは店を出る。泣き崩れるポーラを見たアルベールは彼女に声をかける。強がって見せるポーラだが、いつしかアルベールと一緒に夜の街を歩いている。

ポーラのアパルトマンに着いたが、ポーラは鍵をフレッドに盗られたことを思い出した。部屋に入れない。アルベールの手前、鍵を無くしたと言うと、彼は自分の部屋へポーラを連れて行く。

ポーラを泊めることにしたアルベール。一方ポーラも思わぬ展開に緊張しきっている。アルベールは自分が何かをするかと思うのは杞憂だと言い、彼女に楽にし服を脱ぐよう言う。精一杯強がるポーラはその通りにし、ベッドで眠るのだった…。その脇に腰をかけ、彼女におやすみのキスをしようとした瞬間に彼女が怒り出し、ひと悶着。ポーラは出て行こうとするが、プライドと行く当ての狭間に苦しみ泣き出す。こうなるとアルベールもお手上げだ。

アルベールも寝る時間だ。電気を消しベッドに潜り込む。しかし、ポーラの抵抗にあい、またひと悶着。

その頃、ポーラの鍵を盗んだフレッドは彼女の部屋でポーラを待ち続けていたが、いつまでも彼女は現れず、アテがはずれ帰っていった…。

結局床で寝ることにしたアルベール…。奇妙な関係の2人に朝が訪れる。そして部屋の戸を叩く音に起こされる。

   アルベール(アルベール・プレジャン)とポーラ

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あまりのしつこい声に、ポーラをシーツで隠し、部屋の戸を開けるアルベール。“客”は彼の友人のスリだった。しばらくずらかると言い、バッグを置いて部屋を後にした。

…ポーラとの別れ。アルベールは未練たっぷりだが、ポーラはそっけなく「さようなら」と言って2人は別れた。しかし、戸を開けるとまだポーラがそこにいるではないか。「家に帰りたくない」と言う。じれるアルベール。自分の部屋だと思ってこの部屋を使えばいいと、彼女を招き入れる。これで初めてアルベールに心を開くポーラだった。

今日もいつもの場所で仕事に精を出すアルベール。その横にはポーラが一所懸命歌譜を売っている。似合いの2人だ。そこにフレッドが現れた。歌譜を買い、部屋の鍵を返すフレッド。しかしポーラはなおも疑わしく思い、アルベールの影に隠れる。そこに歌の会をうるさく思っているアパルトマンの住人が窓から水をかけ、会は混乱に陥る。そしてアルベールとポーラは、とあるアパルトマンへ逃げ込む。2人を探すフレッドを窓から見る2人。アルベールをやっつける勇気はあるの?とポーラに言われ、彼女の前で「俺は結婚するぞ」と高らかに宣言し、困惑顔のポーラを残して勇ましく表へ出て行った。

フレッドはアルベールの友人のスリを捕まえ、「俺の女に手を出すな」という手紙を持たせ、アルベールの部屋へ向かわせた。

…ポーラの部屋。気が進まなくも、アルベールの許へ引っ越すべく荷物をトランクに入れている。

アルベールは大荷物を抱え部屋へ到着。すっかり新婚気分になっている。そこに警察が現れる。なんと彼は友人のスリが置いていったバッグがもとで、逮捕されてしまう…。フレッドが書いた手紙も、ポーラも後から到着することになる…。

― ルネ・クレール最初のトーキー映画と共に、フランス映画界の極めて初期のトーキー映画。

完全なるトーキー映画というよりは、台詞付き音楽映画といったほうが正解か?台詞より音楽で映画が埋め尽くされていますね。アルベールの歌、バーやダンスホールの音楽。そしてアルベールとポーラが口げんかするときまで音楽の華・華・華…。しかし、「パート・トーキー」でもなく、なんとなくトーキーに対する戸惑いというものも感じられないでもない。

この映画は、はっきり言って“想像”で楽しむ映画です。登場人物たちが何を語っているのか、何を考えているのか“想像”する。それでなければ理解できない映画だと思うんですよ。サイレント映画を観ているような感覚で観るのも一考かと思います。とにかく“想像”することです。

登場人物が耳打ちする場面が多々あります。アルベールがポーラに耳打ちして、ポーラが、「ダメ、ダメ、ダメ。」。ポーラがアルベールに耳打ちして、「ウイ、ウイ、ウイ」。恋人たちの耳打ちにカフェの客の女達が笑う…。その“耳打ち”の言葉を想像しなきゃダメですよ。でなければ、映画から完全に取り残される羽目になる。登場人物の“声”に耳を澄ましましょう。

この「初」のトーキー映画では、まだ“粋”なところはあまりお目にかかれませんが、“遊び”は“実験”という形をとって現れていますね。そこはどこか?ということも探して“想像”出来る。実に奇妙な面白さに満ちた作品に仕上がってますね。

ルネ・クレールのトーキー映画は、これ以降益々進化していくと感じられる映画でもあります。私も次の作品が楽しみだ。

アルベール・プレジャンが歌う主題歌「巴里の屋根の下」は名曲中の名曲。後に「ショコラ」でも使われています。

しかし、ポーラって女は気が多い困ったチャンですな。こういう女は同性に嫌われる。

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2007年5月25日

リスボン特急

1_13 1972年 <フランス>

監督 ジャン・ピエール・

         メルヴィル

出演 アラン・ドロン

    カトリーヌ・ドヌーヴ

    リチャード・クレンナ

ストーリー

パリの街に夜のとばりが降りると、それを待っていたかのようにパトカーのランプが廻りだす。そしてコールマン刑事の一日が始まる。…一台の車が海岸に打ち寄せる波しぶきをかぶりながら疾走する。4人の男が終始押し黙ったままだった。ルイ、マルク、ポール、そして首領株のシモン。彼らは閉店間際の銀行を襲った。しかし、マルクは店員に撃たれ、病院に担ぎ込まれた。その頃コールマンは、警察の犬であるギャビーから、ある組織が税関とグルになって麻薬をリスボン特急で運ぶという情報をキャッチした…。

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 コールマン刑事(いくぶん渋さを増したか?アラン・ドロン)

刑事が人間に抱く感情は、疑いと嘲りだけである。

                   フランソワーユジェーヌ・ヴィドック

このヴィドックという人間は、1800年代に犯罪者から警察の犬になり、ついには国家警察パリ地区犯罪捜査局(後のパリ警視庁)を設立した人物。だから、この言葉は重い意味を持つ。

…冷たく荒い波しぶきが海岸を覆う。一台の車が海岸沿いの道に止まる。一方パリではコールマン刑事が乗った車に犯罪の一報が入る。仕事だ。事件の解決を見るのは街が静まった夜中だろう。

海岸沿いの銀行に、車から降り激しい雨に打たれた3人が入っていく。サングラスとマスクで顔が見えないようにし、銀行強盗を始めた。次々に袋に現金を入れる3人。しかし出納係の機転で、激しいベルが静寂を破る。だが、この厳しい気象でベルはむなしく鳴るだけだ。そして出納係が男に銃を発射した。負傷した犯人の1人、マルク。この男を引きずって2人は銀行を出て逃げた。パリまでの列車に乗ると見せかけて再び車に戻る3人。途中で奪った金を埋め、マルクを病院まで運んだ。計画は成功だ。

コールマンは多忙だ。変死した女、関係を結んだ後未成年だと分かりうろたえる男色家。そして“警察の犬”ギャビーがコールマンの車に乗り込む。彼女は麻薬をリスボン行きの特急で運ぶという情報をもたらした。大きな成果だ。

                  愛のベクトルはどっちに?

                  カティ(カトリーヌ・ドヌーヴ)

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コールマンは息抜きにあるクラブに入った。銀行強盗の首領格のシモンの店だ。もちろんコールマンにはシモンが暗黒街の人間だと承知だ。この2人には友情のような絆があった。ピアノを弾くコールマン。それに気づいた女がいた。シモンの情婦カティである。カティはシモンの情婦でありながら、コールマンをも愛している。コールマンもキャシーを愛している。熱い視線が絡み合う。しかし、刑事がコールマンに“仕事”だと告げると、彼女に“キス”を送り店から消えた。

新聞に銀行強盗の記事が載ってから、負傷したマルクからボロが出てはまずいと、他へ移す準備が行われた。皆が看護師に化けて、マルクを病院から連れ出そうとしたが、彼は瀕死の重体だった。他へは移せないと言う。そこでカティが皆の話の隙をついて、マルクの病室に入る。そして“空気”を注射して、彼の息の根を止めた。

  障害がありながら愛し合う2人

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忙しいながらも、2時間の休憩をとるコールマン。向かった先は、カティの居る部屋だった。愛し合う2人。しかしカテイはこの関係がシモンにばれないかと心配している。しかしコールマンはシモンがこの関係をずっと前から知っていると告げる。シモンとコールマンは女を共有していたのだった。

そして、シモンたち3人は麻薬の受け渡しの計画に余念がなかった。なんと麻薬を渡してから、それを再び奪うという計画だ。そしてその日がやって来た。リスボン行きの特急にシモンが乗車し麻薬を運び屋に渡し、下車した。ギャビーの情報通りだ。しかし、夜の暗闇のなか、ヘリコプターが列車を追いかけていた。ヘリから列車へ飛び移るシモン。そして列車の乗客に化けて、運び屋から麻薬を奪い再びヘリに乗り込み、彼らの仕事は完了した。大成功だった。そこまではギャビーはつかめなかった。見事にしてやられたコールマンはギャビーをののしり痛めつける。

身元不明だった男の鑑識結果がコールマンにもたらされた。マルクだった。彼のことが新聞に「銀行強盗の片割れか?」というふうに載ってしまった。気が気ではないルイ。レストランに入るが、そこにはコールマンたち警察の人間だけしか居なかった。そして、ジ・エンド。

コールマンはシモンの店に入る。話をする2人…。シモンは死んだマルクも逮捕されたルイも知らないと言う。しかし、ルイは吐いたのだ。洗いざらいを…。

― メルヴィル監督の遺作です。

4人の男の危ない綱渡り。シモンとコールマンの友情にも見える関係。そしてこの2人の男の狭間で揺れる女。

秀逸なのは、疾走する列車にヘリから飛び移り変装し、麻薬の運び屋から麻薬を取り戻す場面ですね。この場面は本当にハラハラドキドキさせてくれる。そしてシモン演じる、りチャード・クレンナのスマートさが光りました。彼の計画は何一つ抜かりがない。まさに“リーダー”と呼ぶにふさわしい男。アラン・ドロンも歳を重ねて、渋くなっています。(本当は若い頃の浮世離れした美男子の頃が好きなんですが…)口調が抑制されていて、声が素敵なのよなんてったって。そりゃ、「甘いささやき」が聞きたくなるってもんです。

コールマンの忙しさを表していたのは、車の電話に掛かってくる事件の多さですね。一緒に行動している刑事が電話を取る。「8号車。― 了解。」そしてコールマンが「どこだ?…すぐ行く。」と答えるシーンが多いことで証明されていますね。

惜しいのは、アラン・ドロンとカトリーヌ・ドヌーヴの“愛”が、いまいち迫ってこなかったことですかね。障害のある“愛”は燃え上がる。しかし、2人の愛は終始くすぶっているんですよ。いまにも火が消えそうなんですね。“スター”どうしのぶつかり合いは、がっぷりよつで、どちらも引かず共倒れしたような感じ。このキャスティングは、ちょっとミスだったかも…。それだけが残念…。

まさに、ヴィドックの言葉が重い刑事物語でした。

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2007年5月22日

仁義

7_22 1970年 <フランス>

監督 ジャン・ピエール・

        メルヴィル

出演 アラン・ドロン

    イヴ・モンタン

アンドレ・ブールビル

    ジャン・マリア・

         ボロンテ

ストーリー

マルセイユ ― パリ間の夜行列車のコンパーメント内。1人は刑事マティ、もう1人は容疑者ボーゲル。マッティが寝入ると、ボーゲルは安全ピンをの針の先を曲げ、手錠の鍵穴に差し込んだ…。一方、マルセイユから程遠くない刑務所。明日には出所というコレーに、古顔の看守が宝石店を襲う仕事を持ちかけてきた。しかし、また刑務所に逆戻りすることを恐れたコレーはこの話を断り、出所した。コレーは犯罪仲間のリコに“貸し”があった。彼が服役している間、勢力を伸ばした彼の許を訪ね、“貸し”の代償を求めたが、リコは言を左右してはぐらかしていた。コレーは彼を一喝し、拳銃とかなりの札束をものにし、リコの追っ手を背後にパリに向かった…。

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― すなわちブッダは、赤い土くれで輪を描いて言った。「人はそれと知らずに必ず巡り合う。たとえその身に何が起こり、どのような道をたどろうとも、運命の赤い輪の中に必ず集まるのだ。」

このブッダの言葉が、心に染み入る映画。

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刑事マティ(アンドレ・ブールビル)と

            容疑者ボーゲル(ジャン・マリア・ボロンテ)

まずはコレー(アラン・ドロン)の出所。そして、列車の中へ。朝焼けの静けさが突然破られる。ボーゲルが手錠を解いて、列車の窓を突き破り逃げたのだ。焦るマティ。追いかけ拳銃を撃つが、彼を逃してしまう。

一方コレーはリコのアパートメントへ向かった。金が必要だったのだ。5年ぶりの再会に喜ぶリコだったが、金の話になるとはぐらかす。そこでコレーは隠し金庫を見つけ、拳銃と札束を奪い、「いつか返す。」と、リコのアパートメントを後にする。しかしぬかりのないリコは手下をコレーの許へ送り、金と銃を取り返そうとするが、コレーのほうが一枚上手だった。そして車を購入し、パリへと向かう。

   リコの手下を葬り、去っていくコレー(アラン・ドロン)

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警察のローラー作戦が始まった。必死に逃げるボーゲル。途中に河があったのが幸いした。彼は河を渡り、警察犬の猛追に競り勝った。そしてレストランで食事をしている最中のコレーの車のトランクに潜り込んだのだった。彼の車のトランクには鍵が掛かっていなかったのだ。

道路の全面封鎖にコレーも引っかかったが、トランクを開けるとき鍵が開いているのに気づいた彼は、「鍵が合わない。」と言う。そして後ろのトラッックの運転手との諍いに紛れて検問を突破する。…田舎の畑で車を止め、ボーゲルを出してやるコレー。ボーゲルの手には拳銃が握られていたが、コレーはびくともしない。タバコをボーゲルに渡し彼は一息ついた。言葉は無かったが、二人の間に何かが芽生える。

12_5しかし、コレーとボーゲルはパリまで簡単にたどり着けない。またもリコが放った手下に捕まってしまう。だが、車のトランクからボーゲルが出てきて、手下の2人を殺す。札束は血まみれで使い物にならない。銃声も聞かれたはずだ。急いで逃げる2人。

マティも危機にさらされていた。ボーゲルを自分の手で逮捕しなければ、辞任も覚悟だ。そして“情報屋”に何か手がかりがないか聞いて回る執念深さ。華やかなナイトクラブのオーナー、サンティにも容赦ない。彼はマティによって“警察の犬”(つまりは情報屋)になれと脅されている。ボーゲルと面識があるため、ここへ来たらすぐに連絡しろと凄むマティ。

結局コレーとボーゲルは以前コレーが住んでいたアパートメントに落ち着く。そして、コレーが出所前に看守が話していた宝飾店を襲う計画を進める。その計画を成功させるには、“狙撃者”が必要だ。ボーゲルは悪の道に染まった、射撃の腕が抜群の元刑事をコレーに紹介する。

4_38 衣装トランクが数台置かれた殺風景な部屋…。そして蜘蛛や蛇、トカゲやネズミが自分の体の上に登ってくる…。幻想…。酒に溺れた元刑事ジャンセンの姿だった。コレーからの電話で恐怖の幻想から目が覚める。

2人は会うことになる。よりによってサンティのナイトクラブでだ。そして宝石店の下見はジャンセンの仕事になった。数々の宝石を見ながら、防犯装置に目を光らせるジャンセン。

一方コレーは宝石の買い手の許を訪ねたが、返事は芳しくない。しかし、計画は進めなければならない。コレーとボーゲルは綿密な計画を練って宝石店に侵入する。警備員の手足を縛り自由を奪う。そして、ジャンセンも動き出す。ギター・ケースの中に拳銃を忍ばせ、“正装”で宝石店にやって来た。彼の狙撃の腕は素晴らしかった。一発で、セキュリティを開放したのだ。後は宝石をカバンに詰めるだけ詰める2人。しかし警備員の機転で、防犯ベルが鳴り響いた。あわてて逃げる3人。

宝石の強奪が、デカデカと新聞に載ってしまった。もう買い手はいない。ジャンセンとボーケルは、サンティに話せと言う。そしてサンティの仲間に会うコレー。実はその男は、刑事マティだったのだ…。

いやいや~、私も騙された。宝石をさばこうとしている男に化けているのは、マティだったとは…。あの特徴のある鼻でやっと分かった。

                       最後の抵抗

6_37 刑事マティは、どんな汚い手を使っても犯人を追い詰めていく執念深い男。しかし私生活では3匹のネコを飼い、いつも気遣っているやさしい男でもある。いや、人間が愛せない人物なのかも知れない。サンティの息子を逮捕して、自殺未遂をしたときには、さすがにあわてたが…。別にサンティが悪事を働いた訳ではない。彼を“警察の犬”に仕立てようとした結果の失敗…。

彼の活躍がとても光りますね。良い役者ですね、アンドレ・ブールビルという役者は。実は彼は、コメディアンなんだそうですよ!(誰か嘘だと言ってくれ…)

そして一番光っていたのは、実はイヴ・モンタン扮するジャンセンなんじゃないんでしょうかねぇ…。幻想におびえる日々。しかし宝石店のセキュリティを開放する役目を任されて、森で銃撃に1人励み、特別な銃弾を作る。そして仕事の実行の時に“正装”して挑む。それが実にかっこいい。コレーに、「最後まで見届けるよ。」と言う哀しみ。実質上の主役、アラン・ドロンが完全に喰われていますよ。

コレー、ボーゲル、マティ、ジャンセンの4人が、くんずほぐれずストーリーを動かしていく。コレーとボーゲル、2人の友情で結ばれた関係も目が離せない。上手い演出ですねぇ、さすがメルヴィル監督。

そして、渋い男にはトレンチコートが似合う。ボーゲル以外の3人はバッチリとトレンチコートで決めているんですね。フランスの男はトレンチコートですよ。トレンチコートが似合わなきゃフランスの渋い男じゃないですね。(断言していいものか…)

警察署長の言葉が、一番最初に出てきたブッダの言葉を体現しているんじゃないでしょうか。

「人は罪深いものだ。」

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