旅 情
監督
デイヴィッド・リーン
出演
キャサリン・ヘプバーン
ロッサノ・ブラッツィ
イザ・ミランダ
ストーリー
アメリカの地方都市で秘書をしている38歳のジェーン・ハドソンは欧州見物の夢を実現し、ヴェニスまでやって来た。フィオリナ夫人の経営するホテルに落ち着いた彼女は、相手もなくたった一人で見物に出かけ、サン・マルコ広場に来て喫茶店のテーブルに腰を下ろした。しかし、背後からじっと彼女を見つめる中年の男に気づくと、あたふたとその場を後にするのだった。ロマンスを求めてやって来た割には消極的なジェーンなのだった…。
ロマンスを求めてやって来たジェーン(キャサリン・ヘプバーン)
まず、タイトル・ロールからして上手い。絵で、ジェーンの旅行を見せる。船に乗ってロンドンへ。そして飛行機に乗ってパリへ。そして列車でヴェニスへ…。そして本物の列車になる。
運河を通る水上バスから見るヴェニスの家々が美しい。そして、どこにでもいる騒々しいアメリカ人の観光客…。
そして孤独なジェーンは、寺院の鐘に誘われるままにサン・マルコ広場へ。喫茶店で若い女性にカメラを回していると、イタリアの男性は彼女たちの“脚”に興味を持ってついて行った。唖然とするジェーン。しかし、今度は景色に向けてカメラを回すジェーンの“脚”に注目する男がいた。
ジェーンに興味を持った男(ロッサノ・ブラッツイ)
ふと、視線を感じ振り向き、目が合うとジェーンはたちまちアタフタしてしまう。サングラスをかけ、ウエイターに清算を頼もうにも、誰も相手にしてくれない。結局、その男がウェイターを呼び、なんとも情けない気持ちでサン・マルコ広場を後にするジェーン…。
翌日、ジェーンの観光は積極的だ。知り合った浮浪児マウロを従え、カメラを回す。そして彼女はある店で、見事なベネチアン・グラスを見つけた。店主が対応に出てきた。このゴブレットは18世紀のもので1万リラだという。気に入った様子で魅入るジェーン。しかし、店主に「サングラスをはずされては?」と言われ、はずすと、そこには昨日の男がいた。ディ・ロッシという男だ。驚き慌てふためくジェーン…。ヴェニスでの買い物の方法でも2人はもめた。そしてジェーンは根負けし、男の言い値でゴブレットを買った。
しかし、ジェーンの孤独は消えず、またサン・マルコ広場に足が向いた。一緒のホテルに泊まっている客がジェーンの視界に入ったので、彼女は1人ではないように見せようと、テーブル側に椅子を倒した。そこにちょうど、ディ・ロッシがやって来る。しかし彼も勘違いし、挨拶だけで通り過ぎて行った…。泣きたくなるジェーン…。
翌日も1人で精力的に歩くジェーン。マウロと、サン・バルナバス広場へ行く。なんとその広場は、ディ・ロッシの店の前だった。彼が店に不在でなぜか安心するジェーン。そしてカメラを回し始めたはいいが、運河に落ちてしまう。なんとも恥ずかしい思いをするジェーン…。ヴェニスには運が無いのかも知れない…。
ホテルに着いてみたら、ディ・ロッシが尋ねてきていた。そして彼は、ジェーンに「運命を感じた」と告白するが、ジェーンは突っぱねる。しかし彼はひるまない。「愛はそう難しく考えるものではない」と。「2人は出会い、愛を感じた。素敵なことだ。どこが悪い?」と。
そこに邪魔者が。同じホテルに住むアメリカの騒々しい夫婦だ。彼女はベネチアン・グラスを半ダースも買い物してきたという。包装を解いて見せてくれた。ジェーンのと全く同じだった…。そして口論になる2人…。しかしイタリア男は口が上手い。今夜サン・マルコ広場でコンサートがあるから一緒に行こう。コンサートの後のことは運命の女神の手に…と行って帰った…。
コンサートの夜、2人は愛を感じあった。花売りが来て、ジェーンはクチナシを選んだ。彼女の説明では、昔、本格的な社交界があって、それに出るためにクチナシをつけようと思ったのだが、1本2ドルもしたし相手は学生だったからあきらめた夢の花だった。
その花をジェーンは橋から運河に落としてしまう。ディ・ロッシが懸命に拾おうとするが、流れて行ってしまった…。そして、いつしかジェーンは彼を「レナート」と呼ぶようになっていた。
翌日、レナートとのデートのためジェーンは、買い物をしめかし込みサン・マルコ広場まで出かけた。しかし、彼は来ない。代わりに「甥」が少し遅れると伝言しに来た。しかし、彼は「甥」ではなく、レナートの「息子」だったのだ。「母親」も健在とのこと。胸がつぶれそうになるジェーン…。そして彼の息子に「来る必要はないと伝えて」と言って、その場を立ち去った。
ホテルに帰ったジェーンは、フィオリナ夫人と滞在している画家が不倫の関係にあり、その橋渡しをマウロがしていることに激怒した。そこにレナートが現れる。ジェーンはレナートが結婚していたことを隠していたことに憤慨していた。「何故?言って!」と責める。レナートは、「怖かった…。始まらないうちから、君が逃げてしまうのが…。」と言う。ジェーンはそれでも責め立てる。「フィオリナ夫人と同類だわ」とさげすむが、レナートは違う。「混同しないでほしい。ただ彼女も生身の人間。責められない。」と言うのだ。なおも責めるジェーンに、レナートは諭すように「君の夢はゴンドラで、ヴェニスの美しさに酔い、甘い歌に聞きほれること。金持ちで若い独身男性との素敵な出会いだった。私は若さも財産も持たない、美男でもなく既婚者だ。」「…だが男だ。…君は女だ。」「“汚い”とか“不倫”とか、ケチをつけず、空腹ならある物を食べるんだ。」と言う。
しかし、気が治まらないジェーンは1人で出かけるという。だが、いつか2人の間の“氷”は解けていた…。そうしてジェーンは「女」としての“華”を咲かせたのだった…。
そして2日間、夢のような日々を過ごし、ジェーンは決断する…。
― コッテコテの「観光恋愛映画」ですね。ロマンスを求めてやって来たヴェニスで、相思相愛の相手が見つかったはいいが、その相手が(別居はしているものの)既婚者だったという悲劇。
そして、いままでたいした恋愛経験もなく、「恋愛」とは、かくも清潔で美しくあらねばならないという概念が根底から崩れてしまった悲劇。
イタリア人とアメリカ人の「恋愛感」のすれ違いの悲劇。
ジェーンとレナートの悲劇は少しだけ手がとどかなったことだ。クチナシの花のように…。
レナートがいみじくも言うように、ジェーンの“ロマンス”は、「ゴンドラで、ヴェニスの美しさに酔い、甘い歌に聞きほれ、金持ちで若い独身男性との素敵な出会い」だったはず。しかし、本当に愛したのは、「若さも財産も持たない、美男でもない(?)既婚者」だった。
しかし、イタリア男の「一度見つめあったら、押して押して押しまくる」という精神は凄いなぁ…。こんな風に情熱的に愛してほしいと思わせるものがある。
脇役もなかなか。厚顔無恥なアメリカの夫婦は特に傑作だ。これが「アメリカ人万人の代表」というのがいいね。
ただ、ストーリーは時を経て、多少古くなっていると感じずにはいられない。
「働く独身女性」が観光旅行を平気で1人でする時代だし、ロマンスにも積極的だ(こっちから誘うくらいだもの)。アバンチュールと思えば、“不倫”だってなんのそのだろう。「愛しているから別れるの」というジェーンはもう遠い存在でしかない。
しかし、その「古臭さ」がかえって“新鮮”と感じる、ハッとさせられるシーンや台詞もいっぱいだ。
そして、監督のデイヴイッド・リーンであるが、この作品を撮りたかったというわけではなく、荘厳なヴェニスの街を撮りたいから、この作品を選んだ…と言っても過言ではないほど、彼のヴェニスは美しく雄弁だ
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